第一七四話 電気は大切にね! なお話
その日、ショッピングモールの住民たちは久しぶりに笑顔を浮かべていた。天井の蛍光灯は煌々と輝き、家具店に置かれたテレビの画面には映画の一シーンが表示されている。ショッピングモールに電力を復旧させる試みが成功したのだ。
成功の立役者は元同胞団員の電気工事士資格を有する男だった。彼は館内の配電設備を弄って、外部からの電力供給を可能にした。そして外の駐車場に並べた電動車両のバッテリーから、館内への電力供給を可能にしたのだ。
といってもショッピングモールの隅々まで電力を行き渡らせるには電力が足りないため、電気が復旧したのは普段住民たちが寝起きする館のみ。それでも久しぶりに電気が使えるということで、住民たちは喜んだ。これで夜に暖を取るため、火災の心配をしながら焚火を館内でせずに済む。それにショッピングモールの従業員用休憩室にはシャワールームがあり、暖かいお湯を使って身体を洗うこともできる。電力が復旧するまでは大きな鍋でお湯を沸かし、タオルで身体を拭くといったことが精いっぱいだった。
「今まで、散々ひどい扱いをして済まなかった」
そう言って元団員たちに頭を下げたのは、埋め立て地の住人であるおじいさんだった。同胞団が壊滅し、少年たちが元団員たちを助けてやってきた時、真っ先に厳しい態度を取った連中のうちの一人だった。団員たちを放り出せ、食事など与えるな、と他の住民たちと共に厳しい言葉を浴びせていたおじいさんが、頭を下げている。
「君たちがまだ暴れようとしているんじゃないかと不安だったんだ。でもこうやって、私たちの生活を便利にすべく昼夜問わず働いてくれて…今までの暴言の数々を許して欲しい」
「いや、俺たちも悪いことをしてあんたらに迷惑をかけたのは事実だから…」
団員の一人が言う。直接埋め立て地の住民に暴力を振るったことこそないだろうが、同胞団の行いで多くの住民が苦しめられてきたことも事実だ。中には殺された者だっている。それを考えれば、住民たちが元団員たちに反発し、報復しようとする気持ちも十分に理解できる。
だが今は協力して問題を乗り越えなければならない時期だ。過去のことを水に流す―――というのは無理かもしれないが、少なくとも今の間だけはそのことを忘れて互いに力を合わせなければ生き残れない。
早速シャワーを浴びに行く住民たちの波に逆らい、団員の一人が少年のもとへやってくる。どこか急いでいる様子だった。
「急いで警備室に来てくれ。千葉が無線で外部の人間と連絡がついたと言っているんだ」
「他に生存者がいたのか?」
「さあ、俺は佐藤さんを呼んでくる」
自分たちの他にもこの近くに生存者がいたのだろうか? あるいは他所からやってきたのか?
だがこの近辺にいる生存者はあらかた同胞団が襲って回っていたと聞いていたので、少年は後者だと思った。もっとも、拠点を失い逃げた団員の可能性もなくはないが。
少年が無線機室も兼ねた警備室に戻ると、既に佐藤が到着していた。早いなと思いつつ、無線機に向き合う彼らの背後に立つ。ヘッドセットを装着した千葉が、何事かマイクに向かって話している。
「それじゃ、今は何人くらいいるんだ?」
『全員合わせて20人だ。大人が8名、子供が12名』
「子供が多いな」
『親とはぐれた子供、親が死んだ子供、そういった連中ばかりだ』
どうやらこの近くまでやって来た生存者の集団らしい。彼らは遠路はるばる西から車でここまで逃げてきたのだという。
武器は猟銃が何丁かと、バットや鉄パイプで作った槍が少々。大人の男女比の構成は一対一だが、全員が同行している子供たちとは何の血縁関係もないそうだ。
『俺たちは大学の教育学部の人間なんだ。ちょうど去年卒業して先生になるところだったのに、このありさまだ』
8人は大学生の友人同士らしく、感染者から逃げる途中で子供たちを保護していき、いつの間にか人数が20人まで膨れ上がっていたのだという。
「あんたらは今どこにいるんだ?」
『…それについては、申し訳ないが今は答えられない。あんたがたが信用できる人間と言う確証を、俺たちは持っていない』
「それもそうだな、申し訳ない」
事実同胞団は無線で交信した相手を襲って回っていたのだから、そんな答えが返ってくるのも当然だった。しかし生存者たちは現在地こそ教えてくれなかったものの、現在の状況については情報を共有してくれた。
彼らは数台の自動車に分乗して移動を続けているらしい。だが子供ばかりということもあり、しばらくは今いる場所に留まる予定なのだという。車の燃料は乏しくなってきており、武器も食料も不十分だった。
『この一週間、一日一食しかとってない。腹が減った』
「それは大変だな」
『そっちには食料はあるのか? 図々しい頼みかもしれないが、余裕があるなら分けてもらいたいんだ』
同胞団が壊滅し、連中が集めていた物資がそっくりそのままこちらに渡ったため、今の埋め立て地には豊富な食料が備蓄されている。だが物資は無尽蔵にあるわけではないし、他人に気軽にばら撒けるほどの量があるわけでもない。
何より、無線機の向こうにいるのが敵でないという確信もない。もしかしたら彼らもかつての同胞団と同じように、物資を略奪する相手を無線で探しているのかもしれない。同じことを思ったのか、佐藤は即答を避けた。
「それについてはこちらの独断では決められない。協議する」
『こちらはもう限界に近い。皆疲れている。何とか東北まで辿り着ければよかったんだが…』
「東北? なぜ東北を目指す?」
『知らないのか? 東北には生き残った自衛隊が集まっていて、安全地帯があるって話だ』
よくもそんな確証のない話だけを頼りにここまでやって来たものだ。少年は逆に生存者たちに感心した。そもそも噂を流す人だっていないだろうに、どこからそんな話が伝わったのだろう。
「噂は噂だろう?」
『いや、確かな話だ。前に無線で一度通信が繋がったんだ、ほんの短時間だったが…』
「通信? 誰と?」
『東北地方にいる人間だ。今自衛隊が救助要請に応じないのは救出に向かう余力がないからで、東北には安全地帯がある。だからそこまでたどり着けば助けてもらえるって言ってたな』
「怪しい話だ。そいつは本当に東北で保護されている人間だったのか?」
『わからない。だが感染者しかいない街で日々減っていく物資を数えて毎日隠れて過ごすよりかは、少しでも希望がある方へ向かった方がいいんじゃないかと思ってな』
子供を引き連れてそんな無謀な行動に出るとはなんと無責任な、とは非難できなかった。彼らも出来ることならばわざわざそんなリスクのある行動なんかとらずに、同じ場所に留まっていたかっただろう。しかし物資が無くなりつつある状況では、そうも言っていられない。その状況で最善と思った行動をとった彼らをバカにしたり批判するのは、後だしじゃんけんも同然だ。
「とにかく、今はそっちで頑張ってくれ。物資の提供が可能かどうかは仲間と話し合って決める」
『わかった。図々しいかもしれんが、こっちには子供がいる。助けてもらえるとありがたい。…バッテリーがもうない、充電が終わる8時間後にまた連絡したい』
「わかった、8時間後だな」
その会話を最後に無線は切れた。
「本当に彼らに物資を渡しますか?」
「言ってることが本当ならな。俺としては、連中を助けてやりたい」
無線で話を聞いた限り、助けを求めてきたのは若い連中ばかりだろう。子供たちを引率しているのは全員20代の男女だ。年寄が多いこのコミュニティに迎え入れることが出来れば、人手も増えて助かる。佐藤はそう言った。
無論、問題がないわけではない。人数が増えるということは、その分消費される物資の量も増えるということだ。それを他の住人たちが認めてくれるかどうか、そこが肝心だった。
そもそも無線機の相手がならず者たちと言う可能性だってなくはない。以前まで同胞団がやっていたように、無線でこちらの物資の状況や居場所を突き止め、襲ってくるつもりかもしれない。
「とにかく、皆を集めてくれ。それと念のために、対岸の連中にも襲撃に備えるよう伝えておいてくれ」
とにもかくにも事態は動き出した。後は、どういう終わりを迎えるかだ。
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