第一七二話 こちらニッポン…なお話
元団員たちも協力的になり、人手も増えた。そうなると物資の輸送にも余裕が出てきて、佐藤たちは同胞団の拠点跡地から様々なものを持ち帰ってくるようになった。残っていた食料品や燃料の輸送もほぼ完了し、後は細々と定期的に拠点跡地と埋め立て地を往復して、他に役立ちそうなものを運ぶだけだ。
埋め立て地に運び込んだものは多い。各種工作機械に、自動車の整備機器。太陽光発電のパネルと風力発電用の小型風車。どれも同胞団が収集し、倉庫に仕舞われていたものだ。ショッピングモールの屋上にも太陽光発電のパネルはあるが、数も十分とはいいがたい。何よりメンテナンスされていなかったためにいくつか故障して発電能力が落ちていたため、代わりとなるものが必要だった。
各種工作機械はドリルやグラインダーと言った中学校の図工室に置いていそうなものから、3Dプリンターまで多種多様だ。大きなものは流石に一度に運び込むことは出来ないので、分解して埋め立て地に輸送することになったが、それでも役立ちそうなものは次々と埋め立て地に送られてきた。
助けた元団員たちの中には、医者の他にも技術者が数名いた。電気工事関連の資格を持っている者と、銃火器の改造を手掛けていたものだ。後者については武器に関する興味が高じた余り、モデルガンを改造して殺傷能力を持たせるどころか、勤める町工場の工作機械を勝手に使い本物の銃を作っていたらしい。
同胞団は自衛隊や警察から回収した銃火器を装備していたので銃を作ることはなかったようだが、代わりに彼が作っていたのはそれらの武器に装着するサプレッサーだったそうだ。最初はオイルフィルターを流用して製作していたらしいが、バランスが悪かったり直径が太く照準が難しいというデメリットがあったため、次第に自作するようになったらしい。
自動車に取り付けられるオイルフィルターは太いため、照準器を塞いでしまい銃の狙いがつけられなくなってしまう。そのため銃工は別の材料を使って減音器を作っていた。最初はそこらへんにあった鉄パイプで試作したが強度が足りずに破裂したり融けたりして、最終的にはフラッシュライトのグリップ部分を減音器に転用することにした。
フラッシュライトと言ってもプラスチック製のヤワな代物ではなく、軽量で強度のある航空機用アルミニウムで作られた、耐衝撃性と防水性に優れたものだ。ホームセンターやミリタリーショップで売られている高価な代物で、中には数百メートル先まで光が届くほどの強力なものもある。頑丈で性能が良いことを除けば普通の懐中電灯とさほど構造的には変わりなく、グリップ部分は電池を収めるために空洞に作られている。
銃工はそれを減音器に転用した。グリップ部分の金属筒に、発砲時の高圧ガスを受け止めるためのいくつも仕切を設けたバッフルと呼ばれるパーツを挿入する。ライトの両端にあるスイッチと電灯部分は取り外して、片方には銃口に取り付けるためのパーツを、もう片方は塞いで銃弾を通すための穴を設けたパーツをねじ込む。こうすることで軍隊や警察が使うそれよりはかなり性能が劣るものの、使いやすい手作り減音器の完成だ。
ただし減音器本体の材料は比較的入手しやすいとはいえ、バッフルや銃口に取り付けるためのパーツは自作するしかない。しかも材料となる航空機用アルミニウムを使った十分な強度のあるフラッシュライトは一度に大量に入手するのが難しく、メーカーもブランドもバラバラの商品を使うって減音器を作らなければならない。
それらはネジのピッチやグリップ部分の太さが違うため、規格を統一して大量生産、なんて真似もはできなかった。そのため銃工は材料に合わせて一つ一つ手作りで部品を制作しており、完成までに時間が掛かる。また材料は頑丈なものとはいえ、銃に取り付けて発砲するなんてことを想定した作り方はされていないため、発砲のたびに劣化が進んでいき、本物の減音器に比べると寿命も短かった。作っては壊れ、新しく作っている間にまた別のものが壊れ…ということで、物資の豊富な同胞団であっても、全員に減音器付の銃を装備させることは出来ていなかった。
今は遠くから安全に感染者を処理するため、狙撃銃用の減音器を銃工に作らせている。かつての敵の下で働かされているということで銃工がサボタージュを起こしたらどうしようかと少年と佐藤は心配していたが、むしろその逆だった。銃工は特に抵抗することもなく、それどころか楽しそうに減音器を作り続けている。
どうやら彼にとっては、銃に触れて何かを作れるということの方が大事らしい。作業に没頭することで現実逃避しているのか、それとも本当に武器を愛しているのか。いずれにせよ、こんな状況でも何かに没頭できる彼を、少年は少し羨ましく感じた。
そして身近なところにも、役立ちそうな人材が眠っていた。
ある日の遠征の後、同胞団の拠点跡地から何かの機材を佐藤達が持ち帰ってきた。一瞬ゲーム機の筐体のようにも見えたそれには、ダイヤルスイッチやボタンがいくつも取り付けられており、ケーブルでマイクとヘッドホンが繋がっている。
「なんだ、それは」
「アマチュア無線機だよ、知らないのか?」
機材を持ち帰ってきた一人、伏見はそう言いながらショッピングモールの警備室にアマチュア無線機を設置していた。監視カメラのモニターが設置された警備室は昼夜を問わず電気が供給されている数少ない場所の一つで、伏見は警備室の壁際に設置されたラックに、アマチュア無線機の筐体を置いた。一つだけではなく、いくつも筐体がラックに並べられていく。
ショッピングモール内の情報を一度に集められる場所と言うことで、元団員の立ち入りは禁じられているはずだ。しかし佐藤にトランシーバーを使って確認したところ、彼が許可を出したらしい。こちらに協力的な伏見はほとんど監視無しでの行動が許可されており、今回アマチュア無線機を持ち帰ってきたのも彼のアイディアだったという。
「俺、前にアマチュア無線の資格を取ってたんだ。だから同胞団でも何度か無線機係を任されたこともある」
「無線機? 仲間と連絡を取るためか?」
「違う、無線の傍受だ。生存者の中ではアマチュア無線機で連絡を取っている連中もいる。そう言った連中の交信を傍受するんだ」
少年はトランシーバーなどは扱った経験があるものの、本格的な無線機を扱ったことはない。トランシーバーの通信距離はせいぜい数百メートルだが、アマチュア無線機はそれこそ海を越えた遠い外国の相手とも交信ができる。
「無線を傍受して同胞団に引き入れるのか考えてたのか?」
「違う、襲撃するためだ。無線機を使うような連中は物資も豊富に持っている。そういった連中を見つけては襲っていた。こっちからの発信は基本的に禁止だったよ」
なるほど、と少年は納得した。実に同胞団らしい。誰かと助け合うためではなく、襲うために使用するとは。
無線機の筐体をいくつも用意したのは、様々な周波数で行われる交信を傍受するためだ。無線機が一つだけなら頻繁に周波数帯を切り替えて傍受を続ける必要がある。しかし無線機をいくつも用意してそれぞれに異なる周波数を割り当てておけば、周波数を切り替えている間に行われた交信を聞き漏らす、なんてこともない。
「自衛隊や警察の交信は聞こえなかったのか? どこかで生き残ってる人たちはいると思うけど」
「一度もなかったな。そもそも、自衛隊がアマチュア無線の周波数帯で交信するはずもないだろ」
それもそうだな、と少年は思った。自衛隊が使っている無線機が入手できれば、生き残っているであろう自衛隊員たちの通信も傍受できるのだろうが、それも難しい。通信機は軍事組織にとっては機密の塊であり、この非常時でも…いや、非常時だからこそ、なおのこと機密保持が徹底されていた。
少年と佐藤は以前自衛隊が活動の拠点にしていた運動公園に向かい、武器弾薬の調達を行ったが、使える無線機は一つたりとも残されてはいなかった。ほとんどは自衛隊が後退する際に運び出されており、持ち出す暇がなかったと思われるものについては徹底的に破壊されていた。同胞団が入手し、今は少年たちが使っている装甲車には無線機が搭載されていなかったらしく、軍用無線機を入手することは出来ていない。
「まあ、救助要請を出したところで応答してくれる奴らがいるとは思えないけどな」
「なんでそう思う?」
「同胞団に加わる前、俺は避難所で通信係をやってたんだ。そこで何度もいくつもの周波数で救助要請を出したけど、結局誰も応えてくれなかった。救助を求める通信はいくつも聞いたけど、自衛隊とか警察が応答してくれたことは一度もない。まだ生き残ってる人間が多い時ですら助けに来なかったんだ、今更来るわけないだろ」
伏見の説明に納得すると共に、少年は彼も以前は普通の人間だったんだなと実感した。最初から誰かを傷つけようとして同胞団に入ったわけではない、彼も生き延びるための手段として同胞団に加わったのだろう。
「…俺、ラジオのパーソナリティーになりたかったんだよな」
無線機のアンテナをショッピングモールの屋根に設置することになり、少年も作業を手伝った。アンテナを支えるポールを屋上の手すりに固定している時、伏見がぽつりと呟く。
「なればいいじゃないか。この先も生き残れば、チャンスは巡ってくるだろ」
「誰が聞いてくれるって言うんだよ。聞く人が誰もいなくちゃ、いくら電波に声を乗せたところで何の意味もない」
「少なくともここにはまだ生き残ってる人がいる。だから、他所にも大勢生きてる人はいるだろう」
少年がそう言うと、伏見は納得したような、してないような顔見せた。少年としても確信があって言うことではなかったが、それでもまだ他に生きている人はいると信じたかった。
「…お前、なんだか前向きだな。こんなひどい状況だってのに」
「ああ、ネガティブなことばかり考えるのは止めたんだ。前向きに考えていかなきゃ、生きていく活力だって湧いてこない」
それを実感したのは、家族が生きていると信じて帰還のための努力を続けているハンの姿を見てからだった。生きる目標があるハンは生き生きとしていたし、彼からは負のオーラを感じない。ここの住民は皆疲れ切っていて、生きる希望を失ってしまっている。死への恐怖から生き続けているだけで、何かしたいから生きていたいとか、そういうことを考えている人間はいない。
このままでは、いずれここも駄目になってしまう。だから少年は考え方を、なるべく前向きにすることにした。それに昔の小説家は言っていた。「希望を持たずに生きることは、生きることを止めているのと同じだ」と。
「はあ、まあ…俺も、なるべく前向きに考えてみるよ」
伏見はそう言うと、警備室に設置した筐体にコードで繋がったマイクに向き合った。
「CQ、CQ、CQ、こちらJA1…えーと、そういや識別信号はどうすりゃいいんだ?」
「なんだそれ?」
「どこの誰が話してるかを判別するためのコードだ。まあ、こんな状況だから適当でいいか」
伏見はそう言って、再度マイクの送話ボタンを押す。
「CQ、CQ、CQ、こちら東京。お聞きの局いらっしゃいましたら、QSO願います。どうぞ」
そう言って伏見は送話ボタンから手を放す。QSOとは、交信可能かどうか確認するための略語らしい。以前はこうすることで、その時間帯に無線機の前にいた人が応答してくれることがあったそうだ。
名前も顔も知らない遠くの人と繋がる。以前はスマホのアプリでもそういうものはあったが、やはり無線機というお手軽とは言えない方法で人と繋がるということも、味わいがあるのかもしれない。
無線機のスピーカーは沈黙を保ったままだった。だが伏見は再びマイクを握り、言った。
「しばらく誰か応答しないか呼びかけを続けてみるよ」
「頼んだ」
少年はそう言って、警備室を出る。「CQ、CQ…」と繰り返す伏見の背中は、さっきよりも元気なように見えた。
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