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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第一六七話 スカイウォーカーなお話

 一方医者の救助のために、一人倉庫付近で黙々と感染者の排除を続けていた少年だったが、流石にそろそろまずいなと思い始めていた。台座代わりの軽トラの荷台の上には無数の空薬莢が転がり、先に並べて置いた弾倉も残り2本を残して空になっている。そして今、カービン銃のボルトキャリアが後退したまま動かなくなり、銃に突き刺さっている弾倉が空になったことを少年に告げた。


 残りの弾は60発。しかし倒せた感染者は30体かそこらだ。いくら殺傷能力が高いライフル弾とはいえ、それは人間に対する話だ。痛みに動じない感染者を一撃で黙らせるには急所、特に頭を撃ち抜くしかないが、動く感染者の頭を一発で撃ち抜けるほどの腕は少年にはなかった。


 空になった弾倉を荷台に置き、手元の30発の5.56ミリ弾が収まった弾倉を銃に叩きこみ、ボルトストップを押すと、後退していたボルトキャリアが前進して薬室に銃弾が自動的に押し込まれた。光学照準器の光点を、医者たちが立てこもる倉庫の鉄扉を叩く感染者の頭に合わせる。

 

 引き金を引くと、レンズの向こうでぱっと赤い血が飛び散った。だが、致命傷ではない。放たれた5.56ミリのライフル弾は感染者の下顎を吹き飛ばしたが、脳にはなんらダメージを与えていなかった。下顎を失ったにも関わらず、感染者は涎と血を口から垂れ流しながら、なおも扉を叩き続ける。


 もう一発引き金を引くと、今度は感染者の右の頬が吹き飛んだ。さらに一発発砲し、今度は右のこめかみに銃弾が命中する。頭蓋骨が砕け、脳みそをまき散らしながら地面に倒れた感染者は、ようやく動かなくなった。


 胸などを撃ち抜いておけば出血多量でいずれは死ぬかもしれないが、医者たちの救助は迅速に行わなければならないため、そんな悠長なことをやっている暇はなかった。揺れ動く別の感染者の頭に狙いを定めた少年は、再び引き金を引く。


『ゴーストよりデッドマン、武器弾薬及び車両の確保に成功した。これよりそちらに戻る』


 イヤホンから佐藤の声が聞こえ、少年は無言で無線機の送話ボタンを一回押した。さすがに堂々と声を出して会話するわけにはいかないので、送話ボタンを一回押すと『了解』の意であることは予め確認済みだ。


『了解、まだ生きているようだな。デッドマンは現在位置で待機、こちらの到着を待て。終わり』


 その声と共に交信は終了した。ここに来た一番の目的である武器弾薬の確保は出来たらしい。移動手段である車両も確保できたので、後は倉庫に立てこもる医者たちを救助するだけだ。


 だがどうやって感染者に囲まれた倉庫から、医者たちを助け出せばいいのか。倉庫の周りは感染者にぐるりと囲まれてしまっているし、一階の入り口の鉄扉は今にも破壊されてしまいそうだ。二階に逃げたところで事態はさほど変わらないだろうし、窓から地面に飛び降りたところであっという間に感染者が群がってきて死ぬことに変わりはないだろう。入口付近の感染者を倒し、犠牲を覚悟の上で走って脱出させるか。だが医者を助けられなければ意味がない。


 5分後。残りの弾倉も全て使い果たし、やることが無くなって拳銃片手に周囲を警戒していると、ダッフルバッグを脇にぶら下げた佐藤が走ってきた。その後に続く伏見は、どこかで見つけたらしい大きな脚立を掲げている。


「待たせたな」


 そう言って佐藤はバッグを少年に押し付けた。中身を確認すると、装填済みの弾倉が10本、無造作にバッグに突っ込まれている。


「どうも」


 礼を言って装填済みの弾倉を小銃に叩きこみ、ベストのポーチに収納していく。代わりに空の弾倉をバッグに放り込んだ。


「で、どうやって助けるんです?」

「倉庫の隣の建物の二階から、こいつを使って移動させる」


 佐藤は伏見の脚立を指さして言った。医者たちが立てこもる倉庫と、その隣の建物は道路を隔てて10メートルほど離れている。伏見が持ってきた脚立はロックを外して伸ばせば梯子になる代物で、ギリギリ届くかどうかという距離だ。


「下の感染者に見つかりますよ?」

「それは覚悟の上だ。だが感染者はそれほど頭がよくない。自分たちの獲物が空中を移動していたら、ジャンプして手を伸ばすだけだ。予め建物の二階に回り込んで捕まえようなんてことは考えないさ」


 とはいえ、医者たちを追って逃げ出した先の建物に突入してくることは十分考えられるなのでまずは倉庫の隣の建物の一階を封鎖し、その上で別の脱出手段を確保してから医者たちを救助しなければならない。


「俺は倉庫の連中に脱出手段について指示する。お前は倉庫の一階を封鎖、伏見は二回まで脚立を運べ」


 武器弾薬と食料、燃料を確保し、脱出手段もある。あとはここから逃げ出すだけだ。だが脱出手段がある車置き場まで、感染者たちを引き連れていくわけにはいかない。まず医者たちを倉庫から隣の建物まで移動させることで感染者たちの視界から逃れ、その後また別の建物に移って感染者たちの追跡から逃れる。佐藤の指示で、少年たちは動き出した。伏見は長くて重い脚立を二階まで運ばなければならないが、手助けしている余裕はない。



 医者たちが立てこもる倉庫の隣の建物は、何かの事務所だったらしい。少年は倉庫とは反対側にある裏口から内部へ侵入し、建物内に感染者がいないことを確認した。倉庫に面した道路側に入口がもう一つあり、医者たちを脱出させる際に追ってきた感染者たちがそこから突入してくることが想定される。少年はそちら側の一入口の封鎖を開始した。


 事務所にあった重たい事務机やキャビネットを片っ端から入り口前に並べていき、バリケードを構築する。万が一感染者が破ろうとしても、内部に入ってくる頃には裏口から脱出できるだろう。


 佐藤は工場の一つにあったキャスター付きのホワイトボードを引きずってくると、『二階の窓から梯子で脱出しろ』と大きく書いて倉庫に向けた。倉庫の二階の窓から顔を覗かせる医者が両手で大きく○を作り、こちらの意図が相手に伝わったことを確認すると、佐藤は事務所の少年を呼び出した。


「ゴーストよりデッドマン、現在の状況は?」

『梯子の準備中です。デブがいないことを願うだけですね』


 事務所の二階に上がった少年は、伏見と協力して脚立を伸ばした梯子を窓から倉庫へ突き出していた。大きな音を立てないように窓枠に毛布を敷いて、そろりそろりと倉庫の方へ繰り出していく。感染者たちは倉庫の医者たちに夢中になっているので、頭上の梯子に気づいた者はいない。


『二階の窓枠に梯子を固定しろ。音を立てるな』


 佐藤はホワイトボードにそう書いて、自らも事務所に向かった。裏口から入って通りに面した入口のバリケードに問題がないことを確認すると2階に上がり、少年たちの作業が順調か確認する。


「順調か?」

「なんとか。でも脚立の強度が不安です。一応テープで補強しましたし、耐荷重は100キロまでと書いているんですが」

「こういう使い方は想定してないからな。倉庫の連中が慎重に伝ってきてくれるのを祈ろう」


 もしも梯子が途中で折れてしまったら、上にいる人間は感染者の溢れる地上へ真っ逆さまだ。その上梯子を失ってしまえば、脱出手段もなくなってしまう。


「頼むぞ」


 佐藤はそういうと、階段を上り3階のベランダへ移動した。梯子を伝う医者たちを援護するためだった。全部は倒せないので、梯子に手を伸ばす者を優先して狙うつもりだった。梯子が掛かっているのは2階とはいえ、感染者の人間離れした跳躍力では手が届く可能性もある。



 ゆっくりと事務所の2階から繰り出される梯子が、倉庫の二階に届こうとしていた。両方の建物の高さに違いがあるため、事務所の方が高さとしては上だ。梯子は斜面を描くような形で、倉庫の二階の窓に近づいていく。


 二階の窓が開き、医者たちが顔を覗かせた。医者たちは「早くしろ」とでも言うかのように手を振ったが、少年は確実性に拘った。失敗すれば、次の機会はない。


「よし」


 梯子がようやく倉庫の二階に届き、待ち構えていた医者たちがその先端を窓の中に引き込んだ。少年と伏見は事務所側の梯子の足をロープで窓枠に固定し、地面へずり落ちてしまわないようにする。道路を隔てた倉庫の方でも、医者たちが梯子の足をガムテープで窓枠に固定しようとしているのが見えた。


「よし。あんたは梯子の足を抑えていてくれ。僕は向こうの連中が無事に渡ってこれるように援護する」


 伏見にそう言うと、少年は佐藤に状況を尋ねた。


「デッドマンよりゴースト。こちら側の準備完了、いつでもいけます」

『ゴースト了解。連中が梯子を渡り始めたら、確実に下の感染者たちが気づく。バリケードが持ちこたえられるのは5分かそこらだろう。彼らが安心して渡れるように、確実に援護しろ。感染者との距離が近い、誤射に注意』


 もしも下の感染者に怖気づいて足が止まってしまえば、それだけで大きな時間ロスになってしまう。そうならないように、梯子を渡る者を狙う感染者は確実に始末しなければならない。


 倉庫の窓からは、今か今かと脱出を待ち構える医者たちが見える。人数は5名。一人1分かかるとして、5分あれば十分かもしれない。後は梯子が注意書き通りの耐久性を持っていることを祈るだけだ。


『始めろ』


 佐藤の指示で、少年は『こちらに来い』と両手を大きく振った。早速、大学生くらいの若い男が窓から身を乗り出すと、四つん這いで梯子を伝いながら事務所に向かって動き始める。


 感染者たちは上から聞こえる金属が軋む音で、頭上を仰ぎ見た。その瞬間に少年と佐藤が消音器付きのカービンを発砲し、なるべく梯子を渡る男の存在が見つかるまで時間を稼ごうとした。が、当然ながらすぐに一体の感染者が自分たちの頭上を渡る男を見つけ、咆哮を上げる。あっという間に梯子の下には感染者が群がり、梯子の上の男に向かって手を伸ばす。思わず下を見てしまったのか、恐怖で男の手足が止まってしまった。


 感染者の一体が大きくジャンプして、その指先が宙に架かる梯子を掠める。だがその瞬間に、佐藤が飛びあがった感染者に向かって発砲した。頭を撃ち抜かれた感染者が、力を失い地面に墜落する。


「止まるな」


 少年はそう言って、自らも梯子の真下に集まる感染者たち目掛けて引き金を引いた。少年たちの援護のおかげか、男が恐る恐るといった感じで再び梯子の上を動き出す。


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[良い点] さてこの新たな加入者が何をもたらすのか。この理不尽な世界でどういきていくのか。 まだまだ目が離せませんね。これからも期待してます。
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