表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
182/234

第一六六話 アパムなお話

 医者救出の準備のために少年を残し、佐藤たちは目的地である武器弾薬保管所へ向かう。残された時間がわずかであることは、今にも破壊されそうな倉庫の扉を見てすぐにわかった。中へ逃げ込んだ医者たちが内側からバリケードを築いたのだろうが、倉庫の扉は感染者たちに何度も殴打されてすっかりひしゃげてしまっていた。

 少年を残し、ひとまず倉庫の周りの感染者を削っていくように指示はしてあるものの、彼に小銃弾を渡してしまったせいで佐藤たちの戦闘力は著しく低下してしまっている。小銃弾の弾倉は、ほとんど一人一本しかないような状態だ。もっとも佐藤以外の面々の銃には消音器など付いておらず、感染者だらけのこの状況ではとても撃つことなど出来ないが。


 

 保管所の周辺にいた感染者たちは、医者たちの助けを求める声を聴いてそちらに行ってしまっている。だがその声が聞こえなかったり、死体を貪る方に夢中の感染者も残っている。保管所に向かって走っている今も、建物の陰からふらりと感染者が一体、姿を現した。

 佐藤は消音器付きの拳銃を構え、二回引き金を引く。初速の低い拳銃弾は消音器と組み合わせることで、数メートル離れると遊底(スライド)が前後する音しか聞こえなくなるので、小銃に比べると気軽に発砲できた。

 感染者の頭と胸に一発ずつ銃弾を叩き込むと、急所を撃たれた感染者は呻き声も上げずにその場に崩れ落ちる。拳銃弾は破壊力に乏しいので、確実に急所を狙っていく必要があった。

 

 武器保管所に近づくにつれ、地面に転がる死体と空薬莢の数が増えていく。同胞団員たちも武器と弾薬を手に入れようとしていたのだろう。もしも彼らが変更後の保管所の扉の鍵を知っていて、中身を持ち出してしまっていたら、ここまで来たのは無駄足になってしまう。他の場所にも武器弾薬は保管されているとのことだが、そちらに向かうと大幅なタイムロスとなってしまう。

 佐藤は団員たちが保管所の扉を開けていないことを願った。そしてそれは同時に団員らが武器を手に入れられず死んでいることを願っているのと同義だが、佐藤はそのことについて考えないようにした。


 その後も数体の感染者を射殺し、佐藤らは武器弾薬の保管所に到着した。元々は食品工場の冷凍倉庫だったらしい。分厚い金属の扉の前にはいくつか死体が転がっていて、感染者が一体、死体の切れ端を貪っている。


「どうやら連中は、鍵の番号が変わったことを知らなかったみたいだな」


 貪り尽くされている団員たちの死体は、保管所の扉にもたれかかるようにして転がっていた。きっと保管所の中に入ろうとして果たせず、そのまま感染者に食い殺されてしまったのだろう。

 保管所の扉の鍵のナンバーは、佐藤らが同胞団への襲撃を掛ける直前に変更されていた。反乱などを防ぐために不定期に変更されるナンバーが、今回は命取りとなった。団員たちは感染者たちと戦いながらこの保管所までたどり着いたものの、ナンバーが変わっていたために中に入れなかった。

 保管所にある弾薬を使えばいいと考え、ここにたどり着くまでにほとんど銃弾を撃ち尽くしていたのだろう。床にいくつか転がる銃器の弾倉は悉く空になっており、団員たちの死体も予備弾倉の類はほとんど身に着けていなかった。

扉が開かないと知った時の彼らの絶望がどれほどのものだったか、佐藤は考えないようにした。伏見を呼び、彼が知っているという変更後のナンバーを尋ねる。

保管所の扉は頑丈な金属製で、散弾銃で蝶番を破壊し内部に侵入するのは難しそうだ。ドアノブの上には数字が刻印されたボタンが並んでいて、正しいボタンを押すとロックが解除される仕組みらしい。ボタンにこびり付いた血の跡が、団員たちの最期を想起させた。


「えーと、確か6453だったよな…」


 伏見が呟き、その通りにボタンを押す。すると微かにロックが解除される音が聞こえ、今まで接着剤で固められていたかのように動かなかったドアノブが、軽い力を込めただけで簡単に開いた。


 重い扉を開くと、途端に鉄と脂の臭いが鼻についた。室内は真っ暗で、入り口のすぐ脇にLED電球のランタンが置いてある。佐藤はランタンを手に取ると、電源スイッチを押した。


 途端に目に入ってきたのは、壁に掛けられた何丁かの重火器と、透明な衣装ケースに収められた金属製や木製の弾薬箱だった。どれも整然に並んでおり、持ち出された形跡はない。ひとまず目的のものが無事に持ち出せそうだと、佐藤は胸を撫で下ろした。


「よし、ここにあるものは全部持っていくぞ」


 とはいっても、そこまで数が多いわけでもない。せいぜいボストンバッグ二つか三つに入りそうな程度の量だが、これで埋め立て地に戻るまでの間弾切れの心配はせずに済むだろう。

 保管されていた銃弾の多くは弾倉に装填されておらず、一発ずつバラの状態で茶色いボール紙の箱に収められたままだった。即応用なのか、既に装填済みの弾倉もいくつか容易されてはいたが、それもあまり多くはない。弾倉に銃弾を入れっぱなしにしておくと内部のバネが弱って装填不良を起こすことがあるため、保管する時には銃弾を弾倉から抜いておくのが常識だ。


 佐藤は千葉に、空の弾倉に銃弾を装填するように指示した。弾倉に弾が入っていなければ、感染者が襲ってきても銃を撃てない。千葉たちもお目当ての武器弾薬を見つけられたためか、特に文句を言うこともなく佐藤の指示に従う。その間に佐藤は装填済みの弾倉をベストのポーチに突っ込むと、伏見を保管所の外へ連れ出した。


「なあこれで俺があんたたちの味方だって信じてもらえただろ? この手錠を外して…」

「それはここから出た後の話だ。まずは帰るための足を確保しなきゃならない」


 大量の物資があったところで、それを持って帰る手段がないのであれば宝の持ち腐れでしかない。徒歩で持ち帰るのは論外だ。体力を消耗し、動きも鈍る。感染者に見つかったら逃げきれない。

 伏見は不満げな顔をしつつも、「わかった、こっちだ」と佐藤を先導した。さっきまでと違い、銃弾には余裕がある。佐藤は消音器付きのカービン銃に持ち替えると、進路上の感染者を仕留めながら進んでいく。


 車両置き場は保管所からさほど遠くない場所にあった。大きな倉庫の入口のシャッターは開いており、何台か車が出ていった形跡がある。中を覗いてみると、電気自動車やハイブリッド車が十数台、ジャッキアップされていたりエンジンフードが外された状態で並んでいた。町から回収してきたものの、まだ整備が終わっておらず使えない車両なのだという。

 そしてお目当ての車両はそれらの整備中の車の群れに鎮座していた。


「こいつは珍しいな」


 佐藤は目の前の中型トラックを見てそう呟いた。佐藤も経済紙でちらっと見たことがある、荷台の下に大きなバッテリーを積んでいる電動トラックだ。まだ実用化の段階には至っておらず、走行距離も100キロ程度と短いが、自動車メーカーが宅配業者などと協力して実証実験を進めていると記事には書いてあった。


「よくこんなもの見つけて来たな」

「同胞団には前にこいつを作った自動車メーカーで働いていた奴がいたんだ、そいつのアイディアだ。もっとも、あまり使わなかったけど」


 整備に時間が掛かる上に、小回りが利かずそれでいて100キロ程度しか走れない。暖房等を使ったらもっと走行距離が減る。トラックゆえの積載量は魅力的だが、それでも不安要素の方が大きかったのだろう。整備はしたものの余り使われておらず、半ば放置気味だったというのが本当のところらしい。


 他にも電動の商用バンや軽トラックが数台並んでいる。こちらについても航続距離が100キロ程度だが、小回りが利くため重宝していたのだという。それでも荒れた道を走るには不安があり、また街から回収できる物資も徐々に減っていったことから、物資輸送の役割を電動のSUVに譲って最近はもっぱら拠点内の輸送用にしか使われていなかったようだ。


「よし、一台持って帰ろう。もう一台はSUVでいい、今日はそこまで多くの物資を持ち帰れるわけじゃないからな」


 今回持ち帰る物資は、この拠点全体に備蓄されている分から見れば微々たるものだ。今回の目的は偵察及び当面の物資の確保であり、残された物資を全て持ち帰ることではない。今後安全を確保した際に大量の物資を運び出すことになるだろうが、その時に電動トラックが役に立つだろう。今回持ち帰る分の物資については、商用バン一台で何とか収まる量だった。


 佐藤は電動バンの足回りを確認し、問題なく走行が可能であるかを確認した。続いて運転席に乗り込み、パワースイッチを押す。カギはいつでも動かせるようにとのことか、運転席のドリンクホルダーに突っ込まれていた。

 気になる充電についても、駆動用のバッテリーは十分充電されていた。これならば問題なく埋め立て地までの往復が可能だろう。クラクションや歩行者への接近警告装置のスピーカーについても、配線が切断されているので走行音以外の音が鳴る心配はない。


 もう一台、倉庫の外に停まっていたプラグインハイブリット方式のSUVを見つけた佐藤は、伏見を連れて少年が戦っている倉庫へと急いだ。これで足は確保できた。後は物資と少年、そして医者たちを救助してここを離れるだけだ。


ご意見、ご感想お待ちしてます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ