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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第一六三話 頭を抱えるお話

 同胞団が壊滅してから二日。

 少年と佐藤は新しい問題に頭を悩ませていた。


「これじゃあ全く足りないな」

「武器弾薬、燃料に食料…これでよく冬を越せましたね」


 二人が目にしているのは、埋め立て地の人々が所有する物資の備蓄状況を記したリストだった。リストには多くの品目が記載されているが、どの項目も数字は0か、それに近い一ケタ台ばかりが並んでいる。

 

「同胞団の連中が生かさず殺さずで搾り取っていたからな。ここにある物資のほとんどは、ここにいた男たちが寝返った時に持ってかれた。ここの連中が飢え死にせず、かといって十分な元気を与えて反抗されるのを防ぐためのギリギリの量だけ残してな」

「これだけしか残ってないんじゃ、僕らがここに来たせいであっという間に消費量は増えてゼロになりますね」

「ああ。実際、ここの人たちも俺たちに反感を抱き始めている」


 感染者溢れる拠点を脱出し、かつて佐藤たちが暮らしていた埋め立て地に避難してから二日。同胞団は壊滅し、彼らに虐げられていた埋め立て地の人々は自由になった。


 一方で、少年らが助けた団員たちに向けられる視線は敵意に満ちていた。同胞団に反乱を起こした連中も、ここの住民からは歓迎されていない。

 残っている物資が少ないのに、そこにさらに大勢押しかけて来たのだから当然だ。しかもその大半は、今まで自分たちを痛めつけてきた連中なのだ。反感を抱くどころか、復讐されてもおかしくはない。


 事実、ここに逃げ込んできた団員たちを殺すべきだという意見が、住人の間からは上がっていた。そして厄介なことに、反乱を起こした元団員たちもその意見に乗っかっている。


 千葉という男をリーダー格とした反乱者たちは、少年らが同胞団の拠点から脱出する時から団員たちを殺すべきだと主張していた。そしてこの埋め立て地に逃げ込んだ後も、その主張を変えることはない。少年たちが救助した団員たちは今は静かにしていて、こちらの指示に反抗するようなこともない。それでもいつかは裏切られ、寝首を掻くつもりだからその前に殺すべきだと言い張っている。


 住人や千葉たちがそう考えるのも無理はない話だった。同胞団は今までやってきたことが鬼畜の所業すぎたのだ。今彼らが心を入れ替えた、もう誰も傷つけるつもりはないと言い張ったところで、それを簡単に信用する人はいないだろう。団員たちを助けた少年ですら、心の奥底では一抹の不安を抱えている。


 しかし、彼らを助ける決断をしたのは少年だった。助けてしまった以上、今更「怖いから」という理由で彼らを殺すことは出来ない。


 少年と佐藤は話し合い、ひとまず団員たちを拘束することにした。幸い、埋め立て地にはショッピングモールや建設中のマンションなどがある。テナントが使用する各店舗の倉庫は、窓がなく外から鍵もかかるので、団員たちを閉じ込めておくには最適の場所だった。団員たちが脱走や反乱などの共謀が出来ないように一人ひとり別々の倉庫に閉じ込めておくことで、少年たちはどうにか団員たちを殺さないでおくことを、渋々といった感じとはいえ住人たちから同意を得ることが出来た。

 千葉たちは不満げだったが、脱走した場合は問答無用で射殺するという条件を少年たちに飲ませることで、ひとまず即時の処刑は避けられる見通しとなった。



 とはいえ、いつまでも団員たちを倉庫に閉じ込めておくわけにもいかない。埋め立て地に残された食料は住人たちが食い繋ぐのでギリギリの量しか残っておらず、それも後10日保つかどうかといった量だ。捕虜である団員たちに回す食料はなく、彼らは今後水だけしか与えられない。このままでは団員たちだけでなく、住人たちまでもが飢えで死にかねない。そのためには早急に食料を調達してくる必要がある。それに、武器も必要だ。


 少年たちの手持ちの弾薬はほぼない。同胞団の拠点から脱出する際に、追ってくる感染者を殲滅するためにほとんどの弾薬を使い果たしてしまった。それは千葉たちも同様で、今まで同胞団の支配下にあった埋め立て地の住人たちに至っては、そもそも武器をほぼ持っていない有様だ。


「戻るしか、ないよな」


 佐藤はそう言って、フードコートのテーブルの上に広げた地図を見下ろした。二人が今いるショッピングモールは、埋め立て地で暮らす住人たちが共同生活を営む場だった。再開発中とはいえ、埋め立て地にはマンションや普通の家屋もいくつか建っている。にもかかわらず彼らがそのような家で暮らさず、こうやって集団生活を営んでいるのは、きっと一人になるのが心細いからだろう。


 フードコートは住民たちの生活の場から少し離れたところにあり、今は周りに誰もいない。少年も地図を見て、つい先日必死こいて逃げ出してきたばかりの同胞団の拠点に戻らなければならないことに、複雑な気持ちを抱いた。



 とはいえ、手っ取り早く食料などの物資や武器弾薬を入手したければ、同胞団の拠点に行くしか方法はなかった。この地域一帯の物資は同胞団が略奪しつくしており、それらは全て拠点に運び込まれ備蓄されていた。拠点が感染者の群れに襲われ、その際に発生した火災で燃え尽きていなければ、拠点にはいまだに大量の物資と武器弾薬が眠っているはずだ。


 少年もいつか拠点に戻ることになるだろうとは思っていたが、ここまで早く戻ることになるとは思ってもいなかった。それほど、物資の欠乏は深刻な状態だった。どう頑張っても、食料はあと2週間も保たない。


 それに弾薬もない。少年と佐藤、そして千葉たちの手元にある弾薬は、全部合わせて500発もない。感染者の群れや、同胞団の残党と交戦することになった場合、あっという間に撃ち尽くしてしまうだろう。食料調達のため外に出るにしても、自衛のための武器は必要だ。


「結局、戻るしかないな。こんなに早く戻ることになるとは思わなかったが」

「でも、車は使えませんよ? ここには電動車もないようですし、普通の車で行くわけには…」


 同胞団の拠点を脱出する時に乗ってきた装甲車は、騒音をまき散らすディーゼルエンジンで動いている。あの時は静粛性よりも武装と頑丈さを優先していたし、派手に銃声を鳴らしていたためディーゼルエンジンの車でも選択肢に入った。だが今度は感染者が雪崩れ込んだ拠点の跡地に潜入することになるのだ。うるさい車で近づこうものなら、あっという間に感染者に気づかれて取り囲まれてしまうだろう。


 かといって、この埋め立て地に静粛性の高い電動車は残っていないようだ。それらの車はここにいた若者たちが同胞団に加わった際に、軒並み持っていかれてしまったという。それに残った車も、整備が出来る人間がいなかったためか既に置物同然だ。動いても、いつ故障するかわからない。


 そもそも、車を動かすための燃料すら残っていないのだ。燃料は生活に必要な最低限の量を残して同胞団に巻き上げられ、危険を冒して町から見つけてきた燃料も同胞団にほとんど献上していた。ショッピングモールの屋上にはソーラーパネルが取り付けられているので、日中は冷暖房を使うことができる。だが24時間営業を想定していなかったため蓄電器は設置されておらず、電気が使えるのは昼間の間だけだ。


 季節は春に向かいつつあるとはいえ未だに夜はかなり冷え込むため、住人たちはショッピングモールの屋内で焚火をして、暖を取る有様だ。キャンプ道具コーナーから持ってきた焚火台の上に、街路樹の枯れ枝や家具コーナーから持ってきた木製の机や椅子、タンスを叩き壊した薪を燃やして、住人たちはどうにか生き延びている。


「行きは自転車を使う。帰りは拠点に残っている電動車を探して、物資と武器弾薬を積み込んで戻ってくる」

「上手く残ってますかね? 生き残った団員が脱出に使ったり、火事で焼けてるかも」

「残ってるのを祈るしかないだろう。自転車に乗せられる量なんてたかが知れてるからな、無かったら俺たちは死ぬしかない。それに同胞団は夜間の電力供給用に、大量の大容量バッテリー搭載の電動車を町中からかき集めてた。一台か二台は残ってるさ」


 ショッピングモールには自転車を扱っている店があるし、なければそこらから持ってくればいい。さすがに帰りは車を調達するしかないが、徒歩で行くよりはマシだ。帰ってくる手段が現地調達、というのも行き当たりばったりな気もするが。


「で、誰が行くんです? 流石にここの人たちに行かせるわけにはいかないでしょう」


 一番の問題は、誰が感染者がうようよいる拠点跡地に潜入してくるか、ということだ。ここの住人はまず無理だろう、と少年は思った。

 この埋め立て地にいた人々は、同胞団に加わることを許されなかった人たちだ。年寄や中年、子供しかいない。戦える若い男は軒並み同胞団に寝返り、若い女性も同胞団に献上された。そして同胞団に加わった彼らのほとんどは、壊滅した同胞団と運命を共にした。


「僕と佐藤さん、それに千葉さんたちが何人か。それで足りますかね?」

「なんだ、お前も行く気なのか? 怪我が治ってないんだからゆっくりしてればいいのに」

「僕以外に戦える人間なんて、そんなにいないでしょう?」


 団長に刺された腕の傷はまだ癒えていないし、その前に痛めつけられた拷問とコロシアムの影響から完全に回復したわけでもない。しかし、戦える人間がいないのでは、行くしかないというのが少年の気持ちだった。

 千葉たちも物資の調達自体は賛成しているから同行するのは当然だが、それ以外に適任の人間がいない。まだ拠点に同胞団の残党が潜んでいるかもしれないという可能性がある以上、亜樹たちを連れていくわけにはいかない。そもそも、拘束した団員たちの見張りや、埋め立て地に残って外敵からの襲撃に備える人間も必要だ。


 となると、現地に向かえるのは片手の指で数えられる程度の人間しかいない。


「佐藤さん、銃持ってきました!」


 何もかもが乏しい現状に頭を抱える二人の元へ、銃を抱えた青年が一人駆け寄ってくる。


「ああ、ハンさん。ありがとう」

「いえいえ、私にはこれくらいしか出来ないですから」

「足の怪我がなければ、ハンさんにも来てもらいたかったんだがな。何しろ軍隊経験があるんだから」

「徴兵されてたとはいえ、実戦に出たことなんてないですよ。せいぜい足手まといになのがオチです」


 ハンと呼ばれたその青年が隣国出身の外国人であることを聞かされた時、少年は大いに驚いた。彼の話す日本語はとても流暢で、言われるまで少年はハンが日本人であると思い込んで疑わなかった。


 ハンは幼いころから日本駐在の商社マンである父親と共に日本で暮らしていて、意思疎通には全く問題のないレベルで日本語を操ることが出来る。その上彼の国には徴兵制度があったため、対象年齢となった際に一時帰国したハンは、軍隊で訓練を受けた経験もあった。


 徴兵期間を終えたハンは日本の大学に留学し、日本企業への就職活動を始めた。その矢先にパンデミックに巻き込まれ、彼が家族のいる故郷へ帰国することは叶わなくなった。その後避難民たちとともに偶然この埋め立て地へと行きついた。


 軍隊経験のあるハンは同胞団にとっても魅力的な人物だっただろうが、彼は同胞団に参加しなかった。ハン本人がそれを望んだこともあるし、何より同胞団がここにやってきた時に、抵抗したハンは足を撃たれて負傷していた。

 同胞団にとって、動けない人間は価値がない。何より彼が外国人だったということもあって、ハンを同胞団に引き入れようとする者はいなかった。

 撃たれた傷は塞がり、歩行も全く問題ないレベルまで回復した。だが撃たれた後遺症で、ハンは全力で走ることが出来ない。医者も道具もない状態からよくぞここまで回復したものだというレベルの奇跡だが、足手まといになってしまう可能性がある以上、ハンを外に連れ出すことは出来なかった。


「あれ、その銃は…」


 ハンが抱えてきたカービン銃は、佐藤が常に傍らに置いているのとまったく同じモデルだった。重工には消音器が取り付けられ、ハンドガードの上下左右に伸びるマウントレールには、色々なデバイスが取り付けられている。普通の自衛隊員が装備していない、特殊部隊用の銃だ。

 

「ああ、死んだ俺の仲間の銃だ。今までハンさんに隠しておいてもらっていたんだ」


 死んだ仲間とは、佐藤がパンデミックの際に行動を共にしていた自衛隊員らのことだろう。佐藤の部隊は治療薬開発のカギになると思われる科学者の救助に派遣されたが、任務は失敗し、佐藤も仲間を逃がすために脱出用のヘリに乗り遅れて取り残された。その際に死んだ仲間がいると、彼は前に語っていた。この銃も、その死んだ仲間が持っていたものを回収したのだろう。


「なんだ、銃があったなら最初から同胞団に抵抗していればよかったのに」

「そんなことをやってたら最初から俺たちは皆殺しにされていたさ。これ以上誰も死なせないためには、あの時は抵抗せず従うしかなかった。万が一、最後の手段としてこいつを置いていったんだ」


 佐藤はそう言うと、少年にそのカービン銃を押し付けた。ついでに、佐藤が持っているのと同じ消音器付きの自動拳銃も手渡される。


「こいつはお前が持ってろ。これからもっと前線に出て戦ってもらうことになるからな。こっちの方が何かと便利だろう」


 確かに、消音器付きの銃は感染者と戦う際には便利な道具だ。完全に音が消えるわけではないが、それでも感染者相手に格闘戦だけで戦い続けたり、派手な銃声で囲まれるリスクが減るのはありがたかった。


「銃声を鳴らさずに済むのはいいですけど、どうやって同胞団の拠点からここまで物資を運んでくるかってことの方が大事ですよ。物資があったって、持って帰れなきゃ意味ないですから」

「電動車が残ってても、積める荷物の量はたかが知れてるしな。電動のハイエースなんてあれば一番いいんだが、そんなものないしな」


 電動車両にわずかな荷物を載せて、何度も往復するのは現実的ではない。トラックなどで一度に運べればそれが一番なのだが、トラックはディーゼルエンジンで動くので騒音を撒き散らす。感染者に囲まれながら、また逃げるのはごめんだ。それに感染者に気づかれず、何度も拠点に接近できるという保証もない。


 弾薬庫や倉庫のカギの暗証番号は、千葉たちが知っているので問題ない。だがそれらの物資を確保しても、運ぶ手段が無ければ意味がなかった。

 二人が再び頭を抱えていると、ハンが思い出したように言った。


「そういえば佐藤さん。さっき捕虜の一人が佐藤さんを呼んでましたよ」

「俺を? 何で?」

「何でも役に立つ情報を話したいとか」


 本当に役に立つ情報なんだろうな、と呟きつつ、佐藤が独房となっているショッピングモールの倉庫へ向かう。その後ろ姿を見ながら、少年は再び地図に目を落とした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーむ依然として予断を許さぬ状況。 うまいこと潜入して帰ってきてウハウハとなればいいんですが、それはそれでトラブルのもとでしょうし、ともあれ楽しみにしています。
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