第一六〇話 死にたくなければついてくるお話
その一団と出会ったのは、車列が北門の近くに差し掛かった時だった。
「助けてくれーっ」
重機関銃を発砲し、接近する感染者を散らしていた少年は、銃声に混じって助けを呼ぶ声を聞いたような気がした。周囲を見回すと少し離れた場所にコンテナの集積所があり、そこに感染者が群がっているのが見えた。
大人の背丈以上の高さのコンテナの上には、いくつかの人影があった。彼らは少年たちの車列に向かって叫び、手を振っている。感染者たちは彼らの乗ったコンテナの周囲に群がり、地面に引きずり降ろそうと手を伸ばしていた。
コンテナの周囲はすっかり感染者に囲まれている。感染者の手が届かないコンテナの上に逃げたはいいものの、今度は身動きが取れなくなってしまったといったところだろう。腕に巻かれた黒いバンダナを見なくとも、彼らが同胞団の一員であることはすぐにわかった。
「頼む、助けてくれ!」
「置いていかないでくれ!」
コンテナの上には何丁か銃が転がっていて、一人は散弾銃をこん棒代わりに、コンテナに這い上がろうとする感染者の頭を殴りつけている。銃があればかろうじて包囲を突破できなくもない数の感染者だが、それが出来ないということは、団員たちは弾切れの状態でコンテナの上まで追い詰められてしまったのだろう。
このままでは、彼らに待っているのは死だけだ。見通しの良いコンテナの上にいる以上、感染者たちは団員たちのことを決して諦めたりはしない。団員たちを食ってやろうと、いつまでもコンテナの周りに集まり続けるだろう。そして団員たちは唯一の安全地帯であるコンテナの上から動くことが出来ず、かといって武器もないので感染者たちを倒すこともできず、自分たちが飢えるか衰弱して死ぬのを待つしかない。地面に降りて無理やり突破を試みても、あっという間に群がってきた感染者に食い殺されておしまいだ。
「どうする?」
佐藤が装甲車の速度を落とし、しかし止まることなく前進しながら無線機に問いかける。
『あんな連中放っておけばいい、自業自得だ』
『そうだ、あいつらは敵だ。助けたところで裏切られるかもしれない』
佐藤の同志がそう答える。確かに同胞団は敵だ。今まで多くの人を殺し、人々を捕えて感染者と素手で戦わせるような残虐な見世物で笑っていた連中だ。彼らはこれまで、助けを求めて命乞いをした人たちを、笑いながら見殺しにしていたに違いない。
少年は機関銃を団員たちに向けた。手を振って助けを求めていた団員たちの表情が、一瞬にして凍り付く。感染者に食い殺されるのと、機関銃でミンチより酷い状態にされるのは、どちらがマシだろうか。
それに彼らは敵だ。助けたところで、大人しくしていてくれる保証もない。寝首を掻かれて殺さ柄れてしまうかもしれない。
しかし、全員がそうだとは限らないはずだ。それに少年が自分の間違いに気づけたように、彼らも自分の過ちを認めることが出来るはずだ。だがここで死なせてしまっては、その機会も永遠にやってこない。
「助けましょう」
少年のその言葉に、佐藤はさほど驚いた様子もなく答えた。
「いいのか? 近づいた途端に撃たれるかもしれないぞ?」
「連中は弾切れだ、その心配はありません。それに武器は全部置いていかせます。何か不審な動きを見せたら僕が撃ちます」
佐藤は少年を一瞥すると、ハンドルを切ってコンテナの方へと向かう。後続の車両から、無線で抗議が入った。
『おい、どこへ行くつもりだ!』
「連中を助ける」
『あんな奴ら放っておけばいいんだ! 俺たちが危険な目に遭う必要はない!』
「だったらお前たちだけで先に逃げるんだな」
佐藤はそう言って無線を切った。
とはいえ、機関銃で武装した装甲車と、目的地までの道のりを知っている佐藤抜きでは前進もおぼつかない。無線機のスピーカーからは少年を罵倒する声が聞こえていたが、後続の2台のSUVは仕方なくといった感じで装甲車の後に続く。
一方コンテナの上の団員たちは、仲間の運転する装甲車が自分たちを助けに来てくれたと勘違いしたのだろう。手を振り歓喜の声を上げていたが、屋根の機関銃を構えているのが少年であることに気づいた途端、動きが止まった。
少年が重機関銃を構える。その途端に撃たれると思ったのだろう、団員たちは一斉に両手を挙げた。
「頼む、撃たないでくれ!」
棍棒代わりに使っていた弾切れの小銃や散弾銃すら放り出し、懇願する。だが少年はその言葉に耳を傾ける前に、機関銃を発砲した。狙いは団員たちではなく、感染者たちだ。
跳弾の危険があるので、コンテナに近すぎる感染者は狙えなかった。まずはコンテナから離れたところにいる感染者を機関銃で一掃し、佐藤が装甲車を前進させる。戦闘機の武装としてすら使われていた重機関銃の威力は凄まじく、放たれた銃弾は軽々と感染者の身体を貫通し、直撃を受けた手足をもぎ取っていく。
感染者の数が減ったところで、佐藤が装甲車を突っ込ませ、感染者たちを跳ね飛ばして団員たちの乗るコンテナに車体を横付けした。
「死にたくなければついてこい。どうする? ここで死ぬか、僕たちについてくるか」
そう言って少年は、彼らに下に降りるよう促した。数十メートル離れたところには、同胞団が使っていた車が何台かある。さすがに佐藤の同志たちが乗るSUVには敵である彼らを乗せられないので、足は自分で調達してもらうことにしたのだ。
武器を持っていないとはいえ、流石に敵対している人間を佐藤の同志の車両に詰め込むことは出来なかった。佐藤の同志たちは団員たちを乗せることを拒否するだろうし、無理やり乗せようとしたらその前に射殺しかねない。
それにその車には、コンビニで少年たちを待っている亜樹たちを乗せていく予定だ。団員たちを乗せてしまったら、彼女たちのスペースがなくなる。
「早くしろ! でないとここに置いていくぞ」
団員たちが顔を見合わせぐずぐずしていたので、少年は彼らを一喝した。コンテナの周りにいた感染者たちはある程度掃討できたが、全部というわけではない。それに銃声を聞きつけた感染者の群れが続々と車列に殺到しつつある。装甲車は乗用車と違って感染者のパンチを受けたり轢いたりしてもびくともしないが、馬鹿力の感染者たちにひっくり返されてしまうことも考えられる。何より、完全に包囲されてしまえばこちらが動けなくなる。
少年の言葉で、団員たちは慌ててコンテナから飛び降りた。このままコンテナの上で死を待つよりかは、敵であっても相手が人間であれば差し伸べられた手にすがるしかなかった。
団員たちは弾切れの銃を放り出し、機関銃で少年が感染者を撃ち倒す中、駐車場へ向かって必死に走る。佐藤が再び装甲車を発進させ、感染者たちを跳ね飛ばしつつ団員を先導する。
「これで車にキーが無かったらおしまいだな」
佐藤が呟いた。恐らくいつでも車を動かせるように、キーは車内にあるはずだ。だがそれがなかった場合は面倒になるなと思いつつ、少年は感染者の群れに目掛けて銃弾を撃ち込む。途中で機関銃の銃弾が切れたのと、感染者が走る団員たちに近づきすぎたため、小銃に持ち替えて射撃を継続した。
だが心配は杞憂だったらしく、団員たちは駐車場に辿り着くと、それぞれ車に乗り込んだ。人数はバラバラだったが、全員が車に乗ることが出来ていた。しかし焦りからかエンジンが中々かからない車もあり、その間に感染者たちが団員たちの乗り込んだ車に群がろうとする。
一方少年の乗る装甲車にも、感染者たちが近づいてきていた。弾切れの重機関銃を再装填している暇はなく、小銃に持ち替えて射撃を続けていた少年だったが、重機関銃弾と比べると小銃弾は威力が低い。人間相手ならば十分な殺傷能力のあるライフル弾でも、痛みを感じない感染者相手では少々心細い。
30発入りの小銃の弾倉が空になり、少年は拳銃を抜いて叫んだ。
「機関銃の予備弾はどこです!?」
車内には手榴弾がいくつか収まったチェストリグや、小銃用の弾倉がシートや座席に散乱していたが、重機関銃用のベルトリンクが収まった弾薬箱は見当たらない。叫んだ少年に、佐藤が返した。
「あぁ? ねぇよそんなもん! それが最後だ!」
「マジですか!?」
「ミニミが置いてあるからそいつを使え、弾は無駄にするなよ!」
少年は空っぽになった弾薬箱を手に取ると、接近してくる感染者に向かって投げつけた。金属製の弾薬箱はそれなりの重さがあり、感染者の頭に当たって間抜けな金属音を立てる。頭に弾薬箱の直撃を食らい、バランスを崩した感染者に向かって、少年は拳銃を発砲した。拳銃はあっという間に弾切れになった。
だがその間にようやくエンジンのかかった団員たちの車が、続々と移動を始める。少年は車内後部の荷室に置いてあった装填済みのミニミ機関銃を手に取ると、再びハッチから身を乗り出した。佐藤が装甲車のスピードを上げ、その後にぞろぞろとSUVやミニバンが続く。
屋根から身を乗り出した少年はミニミ機関銃を構えると、進路上に立ちふさがる感染者の群れに目掛けて発砲する。揺れる走行中の車の上で、両手で保持しただけの機関銃を撃っているので中々当たらないが、撃っているということが大事だった。後続の車両に乗っている佐藤の同志や団員たちは、銃はあっても運転で忙しいか、そもそも武器を持っていない。戦っているというアピールをするだけでも、彼らの士気は向上するだろう。
逃げようとして失敗したらしい、感染者に取り囲まれて停まっている車があった。窓という窓が破られて、感染者が上半身を車内に突っ込んでいる。枠部分にわずかに残ったフロントガラスは血で真っ赤に染まっていて、運転手が既に死んでいることを示していた。
『おい、逃げるぞ!』
無線機から佐藤の同志の焦った声が聞こえ、少年は背後を振り向いた。見ればさっきコンテナの上から助け出した団員たちの乗るミニバンが一台、車列を離れて別の方向に走り去っていく様子が見えた。
続いてもう一台、車列を離れミニバンの後を追うSUVがあった。両方の車に乗っている団員は、合わせて4名程度か。どうやら彼らは少年たちについていくのは御免だと思ったらしい。
『何やってる、撃て! 逃げちまうぞ!』
無線機からはそう喚く声が聞こえたが、少年は走り去っていく二台の車に銃口を向けることが出来なかった。佐藤もまた、撃てとは一言も言わない。
逃げるのも当然だろうな、と少年は思った。団員たちから見れば少年たちは敵だし、これまで散々酷いことをやってきた。自分たちがそうしてきたように、少年たちにどんな目に遭わされるかもわからない。それを考えるととてもついて行こうとは思わないだろうし、逆の立場なら自分もそうすると少年は思った。
逃げた彼らが復讐に来るかもしれない、という考えはもちろんあった。だが今の団員たちは丸腰だ。車があるから感染者から逃げることは出来るだろうが、感染者と戦うことは出来ない。少年たちを襲いに来る前に、生き延びること自体出来るかどうかだろう。既に同胞団は壊滅し、拠点には感染者が溢れている。強力な武器と組織を失った彼らが、これまで通り横暴を働けるかは疑問だった。
少年としても武器も持たずに逃げるだけの連中を背中から撃ちたくはなかったし、何より撃とうとしたところで、既に逃げる団員たちの車両は路地を曲がって姿が見えなくなっていた。わざわざ転回して後を追うのも時間の無駄だし、何より危険だと判断したのだろう。それに団員たちが向かった先は、既に感染者が雪崩れ込んでいる拠点の内部だ。佐藤は何も言わずに装甲車を前進させた。
それでも彼らが武器を手に復讐にやって来た時には、少年は戦おうと決めていた。自分の不始末で誰かの命が奪われるのであれば、自分の手でケリをつけなければならない。
無線機のスピーカーからは舌打ちが聞こえてきたが、少年は無視した。代わりに再び機関銃を前に向け、立ちはだかる感染者たちへ銃弾を浴びせていく。5.56ミリ弾では重機関銃のように感染者の手足をバラバラにするという真似は出来ないものの、頭に当たれば即死するし、手足に命中すれば筋肉が千切れて行動を制限できる。
機関銃の銃身が熱を持ち、落ちた雨粒が一瞬で蒸発するようになった頃、車列は北門を通り抜けた。来る時にはなかった乗用車が一台、壁に突っ込んで炎上していた。
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