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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第三部:逆襲のお話
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第一五九話 大脱出なお話


 亜樹を仲間たちのいるコンビニまで送り届けた後、少年はそのままコンビニの駐車場にあった小型車で同胞団の拠点へと向かった。恐らく佐藤が事前に脱出用に用意していたのだろうその車は、整備も行き届いており問題なく動いた。4人乗りでは亜樹たち全員を乗せることは出来ないということで、少年が使わせてもらうことになったのだ。

 団長にマイナスドライバーで刺された腕は未だに鈍痛を放っているものの、出血は収まっている。横転した同胞団の車両から自動小銃と拳銃を見つけ出し、最低限の武装をした少年は、亜樹たちをコンビニに置いて一人同胞団の拠点へと出発した。

 亜樹たちにはもうしばらくコンビニに残るように言ってある。仮に少年たちが一定時間経過後も戻らなかった場合は、二人を置いて別の場所に移動する手筈となっていた。


 先ほどからの雷雨のおかげか、同胞団の拠点の火災もだいぶ勢いを弱めつつあった。それでもまだあちこちから火の手は上がっている。

 さっきと明らかに違うのは、聞こえる銃声が減っていることだ。時折、重機関銃の腹に響くような銃声が遠くなり始めた雷鳴に交じって聞こえてきたが、それ以外には散発的な銃声しか聞こえない。


 同胞団が状況を制圧しつつある…というわけではないだろう。さっき少年が団長とカーチェイスを繰り広げながら通り抜けた北門にはやはり誰の姿もなく、少年は車に乗ったまま悠々と拠点への侵入に成功した。地面には感染者の死体が転がり、そこかしこに稲光を受けて輝く空薬莢が散らばっている。同胞団が感染者を撃退したのならば、再侵入を防ぐために門を閉めるはずだ。それをしていないということはそこまで手が回っていないか、門を防ぐための作業者自体がいなくなってしまったということだ。


 少年は佐藤と別れた西門まで向かうことにした。重機関銃の銃声も、ちょうどそのあたりから聞こえてきている。佐藤がまだそこに残っている保証はないが、彼がどこへ行ったのかはわかるかもしれない。

 少年は車を降り、小銃を構えながら進んだ。先ほどまでドライバーが貫通していた左腕は少し動かすだけで痛むが、感染者や団員と遭遇した時のことを考えると、威力不足の拳銃片手に進んでいくのは危険だった。筋肉の損傷は最小限に抑えられたためか、少し動かすだけで激痛が走ることを除けば、左腕は何かを掴んだり振ったりという動作を問題なく行えている。


 地面に転がる死体は、団長を追って拠点内を走り回っていた時よりも増えていた。多くがボロボロの衣服を身に着けていたことから感染者だと判断できたが、いくつかは戦闘用装具に身を包んだ同胞団員の死体らしきものもある。それらの死体は全身を貪り食われて悲惨なことになっていた。きっと感染者も、かなり腹が減っているのだろう。

 雨は徐々に止みつつある。構えた小銃の銃口から雨水を滴らせながら、少年はさっき佐藤と別れた西門まで戻ってきた。建物の陰から顔を出すと、とたんに聞こえる銃声が大きくなった。


 西門の前にはまだ装甲車が停まっていて、誰かが屋根の重機関銃の発砲を続けていた。だが破壊された門の周辺に展開していたはずの団員たちの姿はどこにもない。装甲車はただ一台、西門から雪崩れ込もうとする感染者たちを抑えている。もともと乗っていた同胞団の銃手は倒したはずだが、誰かが代わりに乗り込んだのだろうか。


 しかし少年が目を凝らすと、発砲炎に浮かび上がるのは見知った顔だった。


「佐藤さん!」


 装甲車の屋根から身を乗り出して、機関銃を構えているのは佐藤だった。どうやら彼も無事に生きこのっていたようで、それだけでなく装甲車までちゃっかり頂いていたらしい。少年に気づいた佐藤は、機関銃を発砲しつつ、片手で「こっちへ来い」と少年を手招きした。


「怪我してるみたいだな、大丈夫か?」

「動かすくらいなら何とか。団長は僕が殺しました」

「…そうか、ならもうここに残っている理由もないな」


 聞けば佐藤は少年がここに戻ってくると思い、装甲車を奪って留まっていたのだという。入れ違いになってしまうのを防ぐためとのことだったが、侵入してくる感染者の数を見ると、本当にギリギリまで粘っていてくれたようだ。


 門の周辺に展開していた団員たちは、感染者に食われるか佐藤の銃撃を食らって死ぬか、あるいは持ち場を離れて逃げ出してしまったらしい。もっとも佐藤が団員たちを狙う前に彼らの戦線は崩壊していたとのことなので、遅かれ早かれ団員たちは逃げていたようだが。


「佐藤さんのお仲間は?」

「ここを脱出する前に移動手段と武器弾薬を確保したいそうだ。もうすぐ戻ってくるはずだが…」


 佐藤が機関銃のベルトリンクを交換しながら言う。発砲が止んだ瞬間に門から侵入した感染者が装甲車に接近してきたので、少年は小銃を構えて発砲した。一発撃つたびに左腕に激痛が走ったが、今は我慢するしかない。


 そうこうしている内に、SUVが二台近づいてくる。少年は小銃を構えかけたが、佐藤がそれを制する。佐藤の仲間———というよりも敵の敵は味方の理論で共闘していた、同胞団の反乱者たちだった。


「ダメだ、武器庫周辺は感染者でいっぱいだ!」


 武器弾薬は思うように確保できなかったらしく、車だけ調達して戻ってきたようだ。同胞団の継戦能力を支えるほどの武器弾薬であれば相当量が貯蔵されていると期待していたのだが、そこに辿り着くのは難しいようだ。


「仕方ない。今あるだけの量でもここから脱出するには十分だ。潮時だ、ここを離れるぞ」

「待ってください、ここを抜け出してどこへ行くんです?」

「前に俺が連れて行ってやった、埋め立て地にあるタワーマンションだ」


 以前佐藤と一緒に、同胞団のカツアゲを目撃した埋め立て地のことだろう。そこにはまだ佐藤のかつての仲間たちが残っていて、同胞団からは物資の上納を命令されて窮地に追い込まれていた。元はと言えばそんな事態に陥ったのもその仲間たちが若い男たちに危険な仕事ばかりを押し付けた結果、嫌気がさした彼らが同胞団に加わってしまった自業自得な一面もある。


 埋め立て地に元々あった橋は既に佐藤の手で爆破され、代わりに跳ね上げ式が対岸との間に掛けられている。クレーン車のウィンチと建設用の資材で作られた跳ね上げ式の橋は、埋め立て地への感染者の侵入を防ぐためのものだった。

 橋を渡った後で橋桁を持ち上げてしまえば、感染者たちは少年らを追って来られない。感染者に追われてどこまでも逃げ続けるよりかは、よっぽどいい選択肢だと言える。


「先に逃がしたあの子たちはまだコンビニにいるのか?」

「はい。人数が多くて車には乗り切れなかったのと、僕らを待っていたみたいです」

「だったらあいつらに車に乗せていくしかないな」


 佐藤は後ろを指さした。佐藤の同志が拾ってきた同胞団の車両はどれも普通の乗用車だったが、一応定員を超えない範囲で先に逃げた亜樹たち全員を乗せることは可能だった。


「よし移動だ、お前は機関銃を使え。撃ち方はわかるよな?」


 佐藤がそう言って、装甲車の銃座から運転手へと席を移ろうとする。


「待ってください、僕が運転した方がよくないですか?」

「こいつは普通の車を動かすよりも運転は難しいし、何よりお前はここから目的地までの道のりを正確に把握しているのか?」


 佐藤の言う通りだった。少年は無免許だが乗用車こそ運転した経験はあるものの、本格的な軍用車両を運転したことはない。それにここから目的地までの経路も完全に把握しているわけでもない。道中瓦礫や事故車で塞がれている場所はあるだろうし、そうなった場合どこを迂回すればいいのか咄嗟の判断を求められる場面もあるだろう。遅滞なく目的地へ向かうためには、道を知っている佐藤が運転手を務めるのが一番だった。


 少年は重い装甲車のドアを開き、屋根のハッチから身を乗り出した。銃撃が止んだことで、たちまち感染者たちが装甲車に近づいてきている。使い方は一応教わっていたし、佐藤が気前よく発砲していたおかけで操作方法はほとんどわかっていた。目の前の重機関銃のグリップを両手で握ると、少年は感染者の群れに目掛けて発砲した。


 コンクリートの壁すら軽々と粉砕する重機関銃の銃弾を浴びた感染者たちは、文字通りバラバラになって吹き飛ばされていく。機関銃や車両に固定されているが、それでも一発撃つたびに強烈な反動が少年を襲う。グリップを握った手から左手に反動が伝わり、団長に刺された傷が痛んだ。


「先導する、続け」


 佐藤が無線機で後続の同志たちに伝え、装甲車を発進させる。立ちふさがる感染者は機関銃で撃ち倒し、撃ち漏らしたものは頑丈な車体で弾き飛ばしながら前進する装甲車の後を、二台のSUVが続く。


「同胞団の連中はどうなったんです?」


 機関銃を発砲しつつ、少年が叫ぶ。


「全員どこかに行ったよ。どこかで再集結するつもりなのか、それとも統制を失ってバラバラに逃げてるだけなのかはわからんがな。もっとも、団長以下幹部連中がほとんど死んだ今、まともに統率を取れる奴はいないだろう」


 団長は少年が自らの手で殺し、幹部たちもカーチェイスの果てに車が横転して全員死んだ。幹部の中には生き残っている者もいるだろうが、同胞団は団長のカリスマ性あって成り立っていたものだ。その団長がいなくなった今、他の誰かが同胞団を再建しようとしても、きっと以前のようにはいかないだろう。

 きっと誰もかれもが自分がトップに立とうとして、醜い争いの果てに殺しあうか、あるいは捕まっていた少年の見張りをしていた男のように、誰かの命を奪い続けることに嫌気がさして逃げ出すに違いない。もっとも、生きてここを出られればの話だが。


「どうやってここから出ます?」

「北門から出る。お前の友達もピックアップする必要があるからな」


 西門は既に感染者の出入り口と化してしまっているので、脱出するにはふさわしくない。ここは少年が戻ってきた北門を使うのが一番だろうというのが佐藤の考えだった。北門からも感染者が侵入しつつあるが、それでもまだ数体レベルだ。突破するのは遥かに容易だろう。


 それに少年たちの乗る装甲車と違い、佐藤の同志が乗っているのはあくまでも乗用車だ。感染者を何体も引いて走れるパワーも耐久性もないし、血と脂でタイヤがスリップしてしまえば行動不能になる。装甲車はその重い巨体を動かすために強力なディーゼルエンジンを積んでおり、その大きな振動音で感染者に気づかれやすくなってしまうが、既に感染者に見つかっている状況ではさほどデメリットにはならない。むしろ銃弾すら弾く頑丈な車体と、戦場での使用を考慮した悪路走破性、そして搭載した機関銃は、感染者に包囲されたこの状態ではむしろ好都合だった。


 運よく生き延びている団員たちが感染者に必死の抵抗をしているのか、未だに時折銃声が鳴り響いている。それに混じって微かに聞こえてくるのは、食い殺される犠牲者たちの悲鳴と絶叫だ。

 装甲車を先頭とした車列は感染者を跳ね飛ばし、撃ちながら進んでいく。途中で脱出を図ろうとして失敗したのか、壁に衝突し運転席が潰れたトラックで通路が塞がっていたことがあった。佐藤が後続の同志から別ルートの指示を受け、冷静にハンドルを切る。佐藤の同志は同胞団の人間として一時期行動していたので、拠点の内部の構造については佐藤よりも詳しかった。


「うわっ!」


 突然、装甲車の前に一台のSUVが飛び出してきて、佐藤が慌ててブレーキを踏んだ。急ブレーキで鳩尾に重機関銃のグリップの直撃を食らった少年は、一瞬気が遠くなったが何とか意識を保った。飛び出してきたSUVのボンネットには感染者が乗っていて、フロントガラスが割れた運転席に向かって手を伸ばしている。SUVに何人か乗っているが、彼らは同胞団のメンバーだろう。


 SUVは車列の目の前を通り過ぎ、そのまま鉄筋コンクリート製の倉庫に激突した。大きな破壊音が空気を震わせ、SUVのフロント部分がぐしゃぐしゃに潰れる。電気配線がおかしくなったのか、車のライト類が全てオンとなり、周囲が明るくなる。


「助けてくれ!」


 無事な後部座席のドアが開き、団員が一人、足を引きずりながら車列に近づいてくる。だが次の瞬間、黒い影が団員に勢いよくぶち当たり、団員の絶叫が響いた。

 団員に体当たりを食らわせたのは、SUVを追って走ってきたらしき感染者だった。感染者は団員に馬乗りになり、その首に食らいつこうとする。少年は咄嗟に感染者に機関銃を向けたが、撃てなかった。銃弾をばらまくための機関銃では、狙って撃っても団員を巻き込む恐れがあった。


 代わりにホルスターから拳銃を抜いたが、その時にはもう遅かった。団員の首筋に感染者が食らいつき、悲鳴が上がる。感染者が団員の首の肉を食いちぎると、噴水のように真っ赤な血が傷口から噴き出した。


「あけてくれ!」


 壁に激突したSUVの助手席では、団員がボンネットから車内に侵入しようとする感染者を必死に手で追い払っていた。見れば感染者の両足は変な方向にねじ曲がっている。恐らく進路上の感染者を跳ね飛ばしたはいいものの、ボンネットに感染者が乗り上げてしまい、パニックに陥っている間にハンドル操作を誤って壁に激突してしまったのだろう。彼は助手席のドアを必死に開けようとしていたが、激突の衝撃で車体が歪んてしまっているのか、ドアはわずかにしか開かない。


 少年は彼らを助けようと思った。だがその前に、団員たちの乗ったSUVを追ってやってきた感染者たちが、たちまち車列に殺到してくる。感染者たちに機関銃の銃口を向ける少年に、佐藤が言った。


「行くぞ、あいつらはもうダメだ」


 周囲にガソリンの臭いが漂っていた。それは壁に激突したSUVの燃料タンクから漏れているようだが、車に閉じ込められた団員たちはそのことに気づいていないらしい。

 直後、電気配線の一部がスパークしたのか、SUVの車体が一瞬にして炎に包まれた。運転席と助手席の団員たちは少年の方を見て助けを求め、叫んでいる。ガラスが割れたドアの窓からはい出そうとしているが、身体のどこかが引っ掛かっているのか出ることが出来ない。


「くそっ」


 感染者の群れが集まってきている以上、いつまでもここに留まっているわけにはいかなかった。それに団員たちの身体には既に火がついており、危険を冒して燃え盛る車に近づいたところで、彼らを助けられることは出来ない。


「ああああああああ!」


 運転席のドアが開き、そこから人の形をした炎の塊が転がり出てきた。両手を振り回し、地面を転がってどうにか火を消そうとしているが、運悪く彼が転がった場所には車から漏れたガソリンが流れてきていた。さらに激しい炎に包まれた団員が、絶叫し動かなくなる。


 助手席にいた団員は、どうにかドアの窓から外に這い出すことが出来ていた。だがそこへ、燃え盛る感染者が上からのしかかってくる。痛覚はなく、痛みも暑さも感じない感染者は、自分がいくら燃えていても気にすることなく目の前の人間たちを食らおうとしていた。感染者の炎が自らにも燃え移り、悲痛な悲鳴と共に団員の姿が殺到する感染者たちの陰に隠れて見えなくなった。集まってきた感染者たちの身体にも炎が燃え移り、さながら歩く松明のようだ。


 少年は炎上するSUVの周りに集まった、感染者の群れ目掛けて機関銃を発砲した。だが狙ったのは感染者たちではなく、炎に包まれ苦痛の中じわじわと死につつある団員たちだった。助けることが出来ないのであれば、せめてその苦痛を一瞬で終わらせてやった方が良いだろう。団員たちは周囲の感染者もろとも銃弾を浴び、一瞬でその命は絶たれた。


「…無駄弾は使うなよ」


 肯定とも非難ともとれる口調で佐藤が言う。この状況で敵である、生きている団員たちを全員助けて回れるとはとても思えないが、それでも助けを求めている場合はなるべく助けてやりたい。少年の想いとは裏腹に、無線機からは「よくやった! あいつらは死んで当然の奴らだ」「じわじわと殺してやればよかったんだ」と佐藤の同志たちの声が流れる。


 本当にそれでいいのだろうか、と少年は思った。敵だから最大限の苦痛を与え、惨たらしく死なせることが正しいのだろうか?

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