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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第三部:逆襲のお話
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第一五六話 グラディエーターなお話

 本格的に降り出した雨が、急速に少年の身体を冷やしていく。上半身はシャツ一枚の少年にとって、冬の雨はさらに体温を奪う敵だった。ずぶ濡れの手足は氷のように冷たく、指先もかじかんでいる。だが団長を目の前にした今、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 ライフルを構え、団長が見えた方向に向かって引き金を引く。明かりの消えた夜の街では、時折空で光る稲光と、相手が放つ銃火だけが頼りだ。


 少年の銃撃に対して、団長が反撃してくることはなかった。そこまで距離が離れているわけでもないのに、なぜ撃ってこない? その疑問は、こちらに向かって走ってくる感染者を見てすぐにわかった。

 頭に血が上っていたせいですっかり意識の外に吹っ飛んでしまっていたが、二人の周囲には感染者がいるのだ。数はそこまで多くはないが、派手に銃声を鳴らせば当然気づかれる。団長が反撃してこなかったのは、少年だけに撃たせて感染者の目標を少年に絞らせることが目的だったのだろう。


 少年はとっさに物陰に隠れたが、既に感染者は少年を見つけていた。少年は感染者に向けてライフルを発砲した。距離が離れていて、その上安定した銃撃が可能なライフルであれば対処は難しくない。さすがに走ってくる目標を一発で仕留めることは難しいが、何発か撃てばさすがに当たる。

 少年に向かってきた感染者は胸を撃ち抜かれてそのまま地面に頭からスライディングを決めた。が、少年のライフルも同時に弾切れになった。空になった弾倉の隣に、テープで上下逆に装填済みの弾倉が連結されていたので素早く交換する。

 

 もともと大した装備を身に着けていなかった上に、弾倉を保持するポーチやホルスターなども持っていなかったので、少年が同胞団から奪った武器は車が横転した際に全てどこかへ行ってしまっていた。今手元にあるのは、横転したランクルとその周りの死体から奪ったライフルと拳銃が一丁ずつ。しかも予備の銃弾はない。両方合わせて残弾は40発もない。


 だが自分と違い、団長の武器は拳銃だけだと少年は予想した。団長が撃ってきているのは拳銃のみ、もしも他の武器があればとっくに使っているはずだ。この暗闇に加えて強風と雷雨では、10メートルの距離からでもなかなか当たらないだろう。現に団長は少年たちを奇襲した際に、初弾を外していた。


 となれば、銃弾は極力温存しておかなければ。それには感染者相手の発砲を控える必要がある。それに感染者に対応している間に、団長に撃たれてしまっては元も子もない。


 感染者がもう一体、少年に向かって突進してきていた。少年はライフルから手を放し、代わりに背中に吊った鞘から短刀を引き抜く。そしてこちらへ向かってくる感染者の頭へ、短刀を勢いよく振り下ろした。

 短刀の刃は容易に感染者の頭蓋骨を叩き割り、頭へ深々と突き刺さった。死んだ感染者の頭に食い込んだ刃を引き抜こうとしていると、再び空が明るくなり、爆音のような雷鳴が轟く。それとほぼ同時に再び銃声が響き、少年は慌てて身を隠した。


 恐らく団長は感染者に気づかれないよう、雷鳴と同時に発砲をしているのだ。さすがに地上で鳴らす銃声を雷鳴で完全にかき消すことは不可能だが、それでも感染者には気づかれにくくなるだろう。それに稲光で、目標である少年の位置も正確に把握できる。

 

 暗闇の中走り回って団長を見つけるのは難しい。となると、自分も彼に倣うのが得策だろう。少年は引き抜いた短刀を鞘に戻し、再びライフルを手にした。空が稲光で明るくなるわずかな隙に団長の居場所を把握し、雷鳴と共に発砲する。でなければ団長だけでなく、感染者まで相手にしなければならない。残り僅かな銃弾は、なるべく感染者相手には使いたくなかった。


 少年は廃車の陰に隠れ、雷が空を明るくする瞬間を待った。暗闇の中で何かが動く気配がするが、その正体が団長なのか感染者なのか、はたまた強風で揺れ動く木々が見せる思い込みなのかはわからない。


 そして空が光る。今度は近くに雷が落ちたのか、爆弾でも爆発したかのような雷鳴が轟いた。

 雷が街を明るく照らし出す。その瞬間少年は廃車の陰から身を乗りだし、周囲を見回す。


 思った通り、団長が20メートルほど離れた場所で少年に拳銃を向けていた。少年もライフルを構え、引き金を引く。雷鳴に負けないほどの銃声が交錯した。

 きちんと狙ったはずなのだが、団長向けて放たれた銃弾は全てあらぬ方向に飛んでいった。街路樹をしならせるほどの強風と叩きつけるような雨、そして何より寒さが原因だった。ライフルを構える少年の腕は、寒さで震えていた。


 団長の放った銃弾も、少年には当たらなかった。強風と大雨の中では、10メートル先の人間を拳銃で狙うのも難しい。しかしアメリカで射撃のトレーニングを受けていたという団長の言葉は本当らしく、少年は自分のすぐそばを銃弾がかすめ飛んでいくのを感じた。

 少年の闘志は燃えていたが、それと正反対に身体は冷え切っていた。雷鳴が止み、少年は再び廃車に隠れる。弾倉の残弾確認孔を見ると、ライフルに残った銃弾は15発もなかった。


 派手に発砲したが、雷鳴が銃声をある程度かき消して呉れてはいたのか、二人のもとに感染者が殺到してくることはなかった。それでも一体の感染者が少年の姿を認め、両手を振り回して走ってくる。近づいてきた感染者をライフルの銃床で殴りつけ、倒れこんだところを思いきり蹴り飛ばす。再び雷鳴が轟いたので、そのまま感染者の頭に銃口を向けて発砲した。

 だが団長も少年向かって拳銃を撃ってくる。しかも堂々と身を晒し、歩きながらの発砲だ。強風の中ではどのみち当たりようがないと高をくくっているのか、それとも少年の残弾が乏しいことを把握しているのか。少年も応戦しようとしたが、その前に雷鳴が止んでしまい、街が再び暗闇に包まれる。

 

 団長は拳銃しか持っていないようだが、残弾には余裕があるのだろう。だがこちらは弾切れ寸前のライフルと、同じく装填されている分しか弾のない拳銃が一丁ずつ。

 どうすべきか…と少年が考えていると、突然すぐ近くでガラスが割れる大きな音が鳴り響いた。音のした方を見ると、道路に散らばる割れたガラス瓶の破片が、稲光を受けて光っていた。

 すぐに音を聞きつけて、感染者が3体、元気に少年のいる方へと走ってくる。暗闇の中隠れてやり過ごそうとしたが、続いて赤い光の玉が少年のすぐ傍へと放り込まれてきた。

 赤い光の玉の正体は、全ての車に積まれている非常用の発炎筒だった。発炎筒の赤い光が暗闇の中でも少年を明るく照らし出し、その姿を目にした感染者たちが咆哮と共に勢いよく殺到してくる。


「ふざけんなよ…!」


 団長は少年に無駄弾を撃たせるために、感染者たちをけしかけたのだ。向かってくるのが一体だけであれば短刀で対処できるが、複数体となると話は別だ。やむなく少年はライフルを3点バーストモードに設定し、感染者に向かって発砲した。感染者はすぐ近くまで迫っており、武器を持ち替える時間はない。雷鳴も轟いてはいないが、雷を待っていたら食い殺されてしまう。


 銃声が轟き、感染者たちが次々と頭や胸を撃ち抜かれて倒れていく。感染者の撃退には成功したが、代わりにライフルの残弾も全て使い切ってしまった。もはやただの鉄の棒と化したライフルを捨て、拳銃を引き抜いた少年は、風雨の中でも構わず燃え続ける発炎筒を拾い上げると遠くへ思いきり放り投げた。火の粉が手に当たったが、冷たく冷え切った手ではもはや熱いとも感じない。


 冷たい雨と吹き付ける風が少年から体力を奪っていく。薄い半袖のシャツは既にたっぷりと雨水を吸い込んでおり、さらに冷たい風が少年の体温をさらに下げていた。寒さで拳銃を握った右手が震える。

 この分では撃ったところでまともに当たらないだろうな、と少年は思った。強風に加えて身体の震えでまともに狙いを定めることすら出来ない。至近距離から銃弾を惜しむことなく発砲できれば一発くらいは当たるかもしれないが、拳銃の予備弾はない。

 

 再び雷鳴が轟く。団長が身を隠していた電柱の陰から飛び出し、拳銃を発砲しながら少年に徐々に近づいてくる。至近距離から確実に仕留めようと考えているのだろう。少年が投げ返した発炎筒は未だに燃えていたが、感染者たちはまだ集まってきていない。

 恐らく団長は発炎筒の光が感染者を呼び寄せる前に決着をつけようとしてくる。団長に近づかれてしまえば、銃撃戦では少年に勝ち目はない。団長は未だ元気そうだが、少年は相当体力を消耗している上に、残弾にも余裕はない。


 少年は背中の鞘から短刀を引き抜き、右手に握った。拳銃は左手に持ち替え、雷鳴を待つ。ここで一気に決着をつける必要がある。長期戦になれば団長が圧倒的に有利だ。


 そして空がまたも明るくなり、紫色の稲妻が雲の中を走り抜ける。一瞬遅れて雷鳴が轟き、少年と団長の双方が互いに立ち上がって拳銃を構えた。

 もはや狙って撃っている暇などなかった。少年は隠れていた廃車の陰から飛び出し、雷光の中に浮かび上がる団長目掛けて走りながら拳銃を発砲する。


 突撃してきた少年を、団長は少し驚いたような顔で見ていた。まさか少年の方から飛び出してくるとは思ってもいなかったのだろう。団長も隠れた車の陰から上半身を乗り出し、拳銃を発砲しようとしていたが、少年の牽制の銃弾がそれを阻む。

 再び団長が車の陰から身を乗り出したが、その頃には少年は団長の目と鼻の先に迫っていた。拳銃を構えかけた団長に向けて、スライドが後退した弾切れの拳銃を思い切り投げつける。団長はとっさに拳銃を握ったのとは反対の手で顔を庇い、そのまま引き金を引いた。


 ロクに狙いも定まっていない銃撃だったが、至近距離での発砲だ。銃弾は少年の右こめかみを掠り、その衝撃で少年は一瞬気を失いそうになった。それでも痛みをあまり感じなかったのは、あまりの寒さに感覚がマヒしかけているからだろうか。溢れ出た血で右目が塞がったが、左目は無事だ。


 少年は手にした短刀で団長に切りかかった。団長は少年の斬撃を拳銃で受け止めたが、衝撃で拳銃が手から吹っ飛ばされる。

 少年が第二撃を放とうとする前に団長は自らも短刀を鞘から引き抜いて、少年が振り下ろした刃を受け止めた。そのまま少年を突き飛ばして距離を取り、順手に握った短刀を構える。


「君みたいな強い人間が、私の下に来なかったのが非常に残念だよ」


 団長はそう言うと、大きく短刀を振りかぶって少年に突進した。少年は気合を入れるために叫び声を上げ、自らも団長に向かって走る。雷光が大雨の降りしきる中、斬りあう二人のシルエットを照らし出す。

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