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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第三部:逆襲のお話
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第一五四話 黒塗りの高級車に追突してしまうお話

 団長たちを乗せたランクルは、拠点内を北に向かって走っていく。その後を追う少年の運転するパジェロには、当然ながらあっという間に銃弾が殺到してきた。窓ガラスに白い蜘蛛の巣状のヒビが入り、バックミラーが吹っ飛ぶ。


「クソッ、運転しづらいなこれ」


 免許こそ持っていないものの、こんな世界なのだ、少年にだって車の運転経験はある。だが少年が乗り込んだ大型SUVのパジェロは、かなり運転しにくかった。ハンドルを切るのにも体力がいるし、図体がデカい。さっきから何度も放置車両や壁に車体を擦り付けていたので、サイドミラーはどこかへ消えてしまっていた。今更ながらシートベルトをして、少年はランクルの追跡を続ける。


 アクセルを踏み込むと、ディーゼルエンジンの振動と共に車が一気に加速した。ランクルに乗っているのは団長とその護衛だ。団長がどこへ行く気なのかはわからないが、ここで見失うわけにはいかない。今少年以外に団長を追っている者はいない、見失ったらそれが最後だ。

 団長の護衛が窓から上半身を乗り出し、手にした短機関銃を発砲してくる。ハンドルを握る少年も片手で拳銃を掴むと、前方のランクル目掛けて発砲した。オートマ車でよかった、と少年は思った。これがマニュアル車だったら両手が塞がってしまうので反撃すらできない。


 しかし互いに走行中の揺れる車の上で発砲しているためか、少年の放つ銃弾はなかなか前方のランクルに命中してくれない。同様にランクルの団員たちが撃った弾丸も大半はあらぬところに飛んで行ったが、全く命中しないわけではなかった。


「えいくそ、邪魔だ!」


 フロントガラスは銃弾を受け続けて真っ白になっていたが、中々割れてくれない。少年が拳銃のグリップを内側から叩きつけると、フロントガラスは窓枠ごと外れ、地面を転がっていった。

 玉切れになった拳銃から弾倉を排出しようとしたが、自衛隊の拳銃は両手を使わないと弾倉を外せないようになっている。一瞬だけハンドルから手を放して弾倉を交換しようとしたが、とたんに車が蛇行し始めたので少年は慌ててハンドルを掴んだ。弾倉を排出した拳銃をダッシュボードに放り、どうにかポケットから弾倉を取り出して装填しようとする。


 前方を走るランクルが急に方向転換し、今度は東に向かって走り出した。なんだと思った少年の目の前に、数体の感染者が飛び出してくる。どうやら破壊された西門以外からも、感染者が侵入してきているようだ。


「うわっ!」


 慌ててハンドルを切るが、よけきれずに一体にぶつかってしまった。ぶつかった感染者は身体をくの字に折り曲げ、車は感染者をボンネットに乗せたまま走っていく。

 車が猛スピードでぶつかってきたというのに、感染者は元気に動き回っていた。上半身をボンネットに預け、足を地面に引きずられながらも、運転席に座る少年に向かって両手を伸ばしてくる。急停車して振り落とそうかとも思ったが、今停まったら団長たちとの差はますます開いてしまうだろう。そうこうしている間に感染者はじりじりとボンネットの上に這い上がってくる。


 その時、射界を確保するためか、先行するランクルのテールゲートが開いた。車の中からテールゲートを開くことはできないので、元から完全に閉め切らない状態で走っていたのだろう。車内後部の荷室部分に陣取った団員が、自動小銃を発砲してくる。

 慌てて頭を下げた直後、運転席のヘッドレストが綿をまき散らして弾け飛ぶ。ヘッドライトが潰れて片目になった。だが幸運なことに、エンジンや駆動系統には一発も被弾していないらしい。しかし感染者はすでにボンネットの上に乗りあがっていて、今まさに運転席に飛び込もうとしていた。


 窓を破っておかなければ・・・と少年が後悔したその時、ランクルが角を曲がろうと少し速度を落とす。だが少年は速度を落とさないまま角を強引に曲がり、曲がり切ったところでさらにアクセルを踏み込んだ。


「お届け物だ!」


 急加速したパジェロは、テールゲートが開いたまま走行するランクルに勢いよく追突した。後部の荷室で空になった小銃の弾倉を交換していた団員が、衝撃で尻餅をつく。そのうえ追突の衝撃で、パジェロのボンネットにいた感染者が前方に向かって転がっていった。そのまま感染者はテールゲートが開いたままのランクルの荷室に飛び込んでいく。


「なんだこいつ!?」


 突然荷室に放り込まれてきた感染者に、ランクルの団員たちが大騒ぎする。荷室の男が感染者を銃床で殴りつけ、文字通り手の届く至近距離から自動小銃を連射した。身体中穴だらけになった感染者は荷室から転がり落ちていったが、わずかにランクルのスピードが落ちたその隙に、少年のパジェロは一気に速度を上げてランクルと並走を始めた。


 そのまま勢いよくハンドルを切り、車体を思い切りぶつける。パジェロに横から押されたランクルのボディが、倉庫の壁と接触して火花を散らす。


「死ねえっ!」


 壁とパジェロに挟まれたランクルの団員たちが、窓から拳銃の銃口を突き出して発砲する。その前に慌てて少年は車を離れさせたが、目と鼻の先の距離から放たれた銃弾は全てがパジェロの車体に着弾した。銃弾の一発が窓から飛び込んできて、少年の鼻先を掠める。ドアを貫通した銃弾が、そのまま助手席に突き刺さった。


「さっさと北門を開けるんだ!」


 ランクルの助手席に座る幹部が、トランシーバーに向かって叫んでいる。北門という言葉に、少年は聞き覚えがあった。亜樹たちを逃がしたのが北門だ。

 だが亜樹たちが佐藤の指示通りに動いていてくれたなら、今頃は北門付近にあるコンビニか、あるいは既にそこを離れて佐藤が用意したセーフハウスに移動しているだろう。このまま団長たちと亜樹たちが遭遇する可能性は低い。


 それと同時に少年は、団長がここから離れようとしているのだと理解した。すでに同胞団の拠点の内部には、感染者たちが侵入している。それに監視塔や頑丈な門扉といった防衛設備や、装甲車や銃火器なども装備品も、少年と佐藤が暴れまわったことで失われつつある。この拠点の維持に拘っても無駄だと判断したのかもしれない。


 だが、自分たちだけ先に逃げようとしているその姿勢はよくない、と少年は思った。それに危険人物である団長をこのまま逃がすわけにもいかない。仮に今の手下の大半を失ったとしても、彼が残っていればいずれまた同胞団を再興させてしまうだろう。そして多くの人たちを苦しめ続けることになる。そのようなことは容認できなかった。団長だけはここで何としても倒しておかなければならない。


 拠点の内部は既に混沌の坩堝と化している。そこかしこで銃声が鳴り響き、感染者の咆哮が空気を震わせる。鎮火に失敗したのか火の手も再び勢いを増し、夜空が赤く染まっている。


 もうこの拠点は終わりだ、と少年は悟っていた。今までは感染者に見つかったとしても、侵入を許さないだけの設備と装備、そして人員がいた。だが今やそれらの大半が失われつつある。同胞団は拠点周辺の感染者を一掃し、多少の騒音ならば出しても問題ないだけの環境を作り上げていた。だが轟いた爆発音は遠くの街まで届き、そこから続々と感染者たちがこの拠点目がけて殺到してきている。

 それらの全てを排除し、この拠点を守り切るのは不可能に近い。最も懸命な判断は、ここから逃げることだろう。だが団長たちだけはどうしても逃がすわけにはいかない。


 さっき団員が無線機で指示を飛ばしていたおかけか、拠点の北門は開け放たれていた。だがそこを守備しているはずの団員たちの姿は見当たらない。すでに逃げ出してしまったのかもしれない。

 パジェロとランクルは互いの車体をぶつけ合いながら、猛スピードで北門を通り抜け、廃墟と化した街の中へ出る。しかし十数発の銃弾を受けたパジェロは、すでに限界に近かった。先ほどからエンジンがせき込むような音を立てているし、中々スピードも上がらない。降りて他の車に乗り換えようにも、近くに動く車があるのかどうかもわからないし、その間に団長たちは逃げてしまうだろう。


 既に拳銃の銃弾も残りが弾倉一本分しかなかった。一方で団員たちは窓から身を乗り出し、まだ発砲を続けている。どちらも車や壁にぶつかったせいで車体はボコボコになっていたが、それでもランクルはまだ走り続けている。

 二台のSUVは通りに出た。爆発音を聞いて集まってきていたのか、広い道路にはちらほらと感染者の姿が見える。ランクルは群がってくる感染者を避け、時には撥ね飛ばしながら広い道路を疾走する。対して少年のパジェロはとうとうエンジンに被弾したのか、中々速度が上がらなくなってきていた。 


「この野郎・・・!」


 このままでは距離が開くばかりだ。少年はハンドルから両手を離し、助手席に立てかけてあった自動小銃を手に取った。右手で銃のグリップを握り、左手でハンドガードごとハンドルを上から押さえつけ、小銃を構える。右に左に勝手に動こうとするハンドルを左手一本で押さえつけ、三点バースト射撃で小銃を発砲した。

 しかし無理な姿勢で発砲しているので、当然ながら当たらない。銃弾は大半が明後日の方向に飛んでいき、数発はランクルの車体に当たった。

 銃撃でランクルの後部タイヤの一つがパンクしたが、まだ彼らは走り続けていた。それにパンクしてもある程度は走れるランフラットタイヤを履いているのか、スピードは落ちているものの走行にそこまで支障はないようだ。


 弾切れになったライフルを助手席に放り、再びアクセルを踏み込む。ランクルはまだ走っている。

 少年は何とかリロードした拳銃をダッシュボードの上に置いた。が、その時アスファルトが剥がれた路面で車体が大きくバウンドし、拳銃が運転席の足元に落ちてしまう。

 手を伸ばしたが、銃には届かない。少年は拳銃を拾うのを諦めた。団員たちの銃撃に反撃が出来なくなってしまったが、もとより運転しながらの発砲だ、弾は当たらない。


 少年の運転するパジェロも、何度も銃弾を食らったせいで限界に近い状態だった。車体には無数の弾痕が穿たれており、さながら車の形をした穴あきチーズだった。まだかろうじてエンジンは動いているものの、さっきからアクセルを踏んだ時の反応が鈍ってきている。


 団長たちの乗るランクルは、感染者を右に左に避けて走っている。頑丈でオフロードも走れるとはいえ、ランクルはあくまでも乗用車だ。人間を何十人も撥ねながら走れるようには作っていない。

 それでも時折感染者を避け切れずに跳ね飛ばしているので、ランクルが通った後には一本道が出来ている。車がスクラップになる前に、勝負を決めなければならない。幸いランクルも走行スピードが落ちてきている。相対的なスピードで言えば、こちらの方が早い。


 少年は意を決して、アクセルを思いきり踏み込んだ。感染者たちは少年の運転するパジェロにも群がってきているが、それらをギリギリかすめるコースで、一気にランクルまで距離を詰める。


「追ってくるぞあのバカ」


 団員たちのそんな言葉すら聞こえる距離まで近づいた瞬間、後部座席や荷室の団員たちが一斉にパジェロに向けて発砲した。跳弾が車内を飛び回り、とうとうエンジンもオシャカになったのかタコメーターの回転数があっという間に0に近づいていくが、数グラムの銃弾では2トン近い車体の勢いは止められない。

 パジェロは再度ランクルの車体後部に追突し、そのまま押し始めるような形になった。そのうえ彼らにとって運の悪いことに、ランクルの前方の路面には大穴が開いていた。おそら水道管の工事中だったのか、ショベルカーやトラックが放置された道路のど真ん中に、軽自動車ならすっぽりと収まってしまいそうな深い穴が掘られている。

 だがランクルの運転手は、追突した少年のパジェロに気を取られて後方を見ており、前方に迫った大穴に気づいていないようだった。少年はそのままアクセルを踏んでランクルを押し続け、そしてランクルを路面の穴に叩き落とした。


 配管工事中の大穴に転落したランクルは、鼻先が長いおかげで完全に穴に落ち込むことはなかった。だが穴の淵にボンネット部分がぶつかり、ランクルはフロント部分を中心に車体が半回転し、屋根から道路に叩きつけられた。


 一方少年の乗るパジェロも、今度こそオシャカになってしまっていた。操縦不能となったパジェロは勢いを保ったまま工事現場に突っ込んでいき、路面に放置されたままの工事用資材に乗り上げる。

 エンジンブローしていたのでそこまでのスピードは出ていなかったのだが、それでも資材置き場の配管を踏み越えた車体は大きく傾き、勢いよく横転する。


 パジェロの車内はまるで洗濯機のように大きく揺れた。固定されていなかったものが全て吹っ飛び、大きな衝撃が少年を襲う。足元に落ちていたはずの拳銃がが頭上から降ってきて、少年の額を直撃する。

 威力の弱い拳銃だが、鈍器として使うのであれば話は別だった。少年は間抜けな声を上げ、意識を失った。

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