第一五一話 パンツァーフォーなお話
バリケードを築いていた連中は倒したが、今度は少年たちが追われる立場となっていた。バリケードに立てこもっていた連中を倒すのに時間がかかってしまい、後ろから追ってきた同胞団の別動隊との距離が詰まってしまったのだ。
「僕が連中を足止めします。佐藤さんは団長を追ってください!」
団長との距離は大きく離されつつある。追手と戦いながら団長を追っている余裕は、今の状況ではとてもない。ここでどちらかが追手を足止めすれば、もう片方は背後に気を配る必要もなく全力で団長を追える。
この場合、残るのは自分が適任だと少年は考えた。こちらは重い機関銃を持っているし、それに戦闘のスキルも身体能力も佐藤の方が上だ。団長を仕留めるという仕事に失敗は許されないのであれば、成功確率が高い方に任せるべきだろう。
佐藤も意見が一致したのか、「わかった、頼むぞ」と言い、少年を一瞥して進んでいく。一方少年はその場に留まると、手近なところにあった廃車のボンネット機関銃の二脚を立て、銃口を今来たばかりの道に向ける。ここから団長が向かっている武器保管所まではほぼ一直線だ。
少年は機関銃の照準器越しに、通り過ぎたばかりの道を見つめた。道といっても倉庫と倉庫の間の荷下ろし場で、そこら中に廃車や空のコンテナが放置されたままになっている。遮蔽物はいくらでもあるが、それは同胞団の追手にとっても同じだ。
少年は暗闇の中、息を潜めて銃を構える。するとその時、突然今まで沈黙していた電灯たちが、一斉に眩い光を放ち始めた。
発電施設が復旧したか、予備の電源に切り替わったのだろう。これで暗闇に紛れて迎え撃つ、という真似は出来なくなった。少年は覚悟を決め、背負っていたバックパックの中に入っていた機関銃用の弾倉を地面に置く。
やがて倉庫の一つの扉が開き、そこから男が顔を覗かせた。同胞団の追手だ。少年はその顔を見るなり、引き金を引く。拳銃のものよりはるかに大きな銃声が轟き、銃床のバットプレートが何度も少年の肩を強打する。
放たれた数発の弾丸は目標を外し、男の頭上にあった水銀灯を粉々に撃ち砕いた。男が慌てて顔を引っ込め、「待ち伏せしてるぞ!」と後続の仲間に伝える声が響く。
建物の窓や柱の陰から団員たちがわずかに姿を見せ、少年が隠れた廃車向けて発砲してくる。少年も負けじと撃ち返すが、狙って撃っている暇はなかった。とにかく団員たちの足を止め、佐藤が団長に追いつくまでの時間を稼ぐので精一杯だ。
団員たちも身体は晒さずに銃口だけを突き出して撃ってくるものだから、少年に命中することはない。少年は団員たちの姿が見えたらすぐさまそこに銃弾を撃ち込んでいたが、団員たちは数にものを言わせてじりじりと少年と距離を詰めていく。
機関銃の弾が切れ、少年は給弾のためにフィードカバーを開いた。機関銃の銃火が止んだとたん、それまで隠れていた団員たちが一斉に動き出す気配がした。少年は左手で機関銃の給弾作業を続けつつ、右手に拳銃を握り、手だけを突き出して適当に撃つ。当てるつもりはなく、少しでも団員たちが近づいてくるのを阻止できれば問題はない。
弾切れになった拳銃を廃車のボンネットの上に置き、装填が終わった機関銃を構える。右手で二脚を立てた機関銃のグリップを握りながら、左手で拳銃を掴み、空弾倉を輩出してどうにか再装填する。
撃てるようになった拳銃をベルトに挿し、少年は団員たちへの射撃を続けた。だが、どうも様子がおかしかった。突然団員たちがそれ以上の前進を止めると、互いの顔を見合わせて、波が引いていくかのように後退していく。
それでも何発か銃弾が飛んできたが、少年を殺すつもりで撃ってきているようには感じなかった。少年の銃火を黙らせられればそれでいいとでもいうような、やる気のない弾だ。
「なんだ・・・?」
このタイミングで退いていく団員たちに、少年は困惑を隠せなかった。もしかして佐藤が団長を倒したので、統制が取れなくなって逃げているのか? それとも同胞団の拠点への感染者の侵入が予想以上になり、そちらに応援に行かざるを得なくなったのかもしれない。
そんな都合のいいことを一瞬考えた少年だったが、次の瞬間無線機のスピーカーから流れてきた声で我に返った。
『なんだ、ありゃあ・・・?』
その声は佐藤の攻撃に呼応して武装蜂起した、離反した同胞団のメンバーだった。素っ頓狂な声が無線から流れた直後、突然ノイズと共に交信が途切れる。同時に佐藤が向かった方向から、何かを破壊する轟音が轟いた。
「おい、逃げろ! 早く!」
その声と共に建物の陰から姿を見せたのは、さっき団長を追っていったばかりの佐藤だった。だが、様子がおかしい。慌てたような顔で、少年のいる方向に向かって全速力で走ってきている。佐藤が焦っている理由は、すぐにわかった。
直後、建物の陰から何か大きなものが姿を現した。一瞬、少年はそれを大きな箱だと思った。
大きな箱だという少年の例えは、あながち間違いではなかった。8つのタイヤを履き、屋根に重機関銃を搭載したそれを箱と呼べるかどうかは疑問だったが。
「逃げろ!」
佐藤が叫んだ直後、拳銃やライフル銃のものとは比べ物にならない銃声が轟き、少年の頭上を何か熱いものが通り過ぎた。
佐藤を追いかけて姿を現したのは、自衛隊の装甲車だった。元は迷彩が施されていたのだろうが、今は同胞団のシンボルカラーの黒一色に塗り分けられたその装甲車には、どうやら同胞団員たちが乗っているらしい。屋根に取り付けられた重機関銃が銃手もいないのに勝手に動き、すぐ目の前を走る佐藤の背中に狙いを定める。
だが佐藤は、装甲車が自分を狙っていることを把握していたらしい。重機関銃が火を噴く直前にその場に伏せたことで、放たれた銃弾は全て左右に立ち並ぶ工場の壁を撃ち抜いていく。しかしその威力は相当なもので、鉄筋コンクリート製の工場の壁が、銃弾を受けて文字通り粉々に砕けていた。
一方無人の銃座の小回りは効かないようだった。その場に伏せて銃弾をやり過ごした佐藤が、元来た方向へと踵を返して走り去っていくと、無人の重機関銃の銃口も佐藤を追おうとする。しかし低速とはいえ走行中ではなかなか狙いが定まらないようで、加えてその銃座の動きも遅く、銃座が再度発砲する前に佐藤はどこかへと姿を隠してしまっていた。
装甲車の運転手が少年の姿を認めたのか、突然そのスピードが上がり、大型トラックほどもあるその車体がまっすぐ少年に向かってきた。慌てて少年が飛び退いた直後、装甲車が今まで少年が隠れていた廃車に勢いよく乗り上げ、まるで紙箱を踏み潰すかのようにその車体を押し潰した。
少年は同胞団員たちが後退した理由を悟った。この装甲車は、彼らが武器保管所に保管してあった切り札なのだろう。その攻撃に巻き込まれないように後退したのだ。
再び装甲車の銃座が動き始め、少年を狙おうとする。少年は急いで左右に立ち並ぶ倉庫の一つに飛び込んだ。幸運なことに、金属製のドアは重機関銃の流れ弾を食らってドア枠から丸ごと吹っ飛んでいた。
倉庫の中に隠れたものの、少年が一休みする暇もなく再び装甲車からの銃撃が始まる。オレンジ色の曳光弾が窓を粉砕して倉庫の中に飛び込み、銃弾がコンクリートの壁を易々と貫通して倉庫内のパレットや木箱を粉々に吹き飛ばした。
少年がその場に伏せた直後、彼の頭上を壁を貫通した機銃弾が通り過ぎていった。砕けたコンクリートの破片が額に当たり、一瞬少年の視界が真っ暗になる。倉庫の壁が正しくハチの巣状態になった後、装甲車のエンジン音が徐々に遠ざかっていく。
少年が死んだと思ってこの場を離れるわけではなさそうだった。その証拠に銃撃は続いており、どこかで何かが破壊される轟音が轟いている。それにあまりよろしくないことに、装甲車は少年の隠れている倉庫の周囲から動こうとしない。
機銃弾で壁に空いた穴から外を見てみると、先ほどから姿を消していた同胞団員たちが戻ってきていた。彼らは装甲車を中心に、少年が隠れる倉庫を取り囲むようにして展開している。装甲車という強力な援軍を得たからか、団員たちの顔には余裕の表情が見える。
拠点にも感染者が集まりつつあるこの状況で、よくそんな余裕をこいていられるな、と少年は思った。装甲車は感染者が寄ってたかって殴りかかったところで、普通の車と違って窓やドアを破壊されて中に乗り込まれる心配はないし、搭載した重機関銃を使えば感染者の群れだって一掃できるだろう。それに元々戦場で使うことを想定した車両だから、感染者を轢き殺したところで走行性能にもほとんど影響は出ない。
装甲車を破壊された西門に回せば感染者が殺到してきても十分凌げそうなのに、それをせずに少年と佐藤の抹殺に持ち出しているということは、二人を殺すことが最優先なのか、それとも装甲車が無くとも感染者くらい撃退できるという自信の表れなのか、はたまた既にこの拠点の維持をあきらめてしまっているのだろうか。
「おい、大丈夫か」
どこからか佐藤の声が聞こえてきたので振り返ると、壁の弾痕から外の光が差し込む中、暗闇の中から何かが這い出てきた。素早い匍匐前進で少年に近づいてきたその人影は、コンクリートの粉末や埃で真っ白になった佐藤だった。どうやら佐藤も少年と同じ倉庫に逃げ込んでいたらしい。
「佐藤さん、無事だったんですか!」
「ああ、なんとか。お前も怪我はないな?」
「さっき一瞬昇天しかけましたが、まあ無事です」
小声でそう言葉を交わしながら、少年と佐藤は壁の穴から外の様子を見る。団員たちがどこかへ行く気配は、やはりなかった。だが倉庫に突入してくる気配もない。装甲車を中心に倉庫を包囲し、重機関銃の銃撃を建物の隅々にまで浴びせるつもりなのだろう。
装甲車を見ると屋根のハッチが開き、そこから上半身を乗り出した乗員が重機関銃に銃弾を装填している様子が見えた。一瞬、今装甲車の機関銃を再装填している乗員を狙撃すれば、逃げ出す隙が生まれるのではと思ったが、すぐに少年はその考えを改めた。ハッチの左右は装甲板、背後はハッチの扉、正面は機関銃と、乗員の周囲には障害物が多すぎる。正面から狙っても、機関銃が盾になって銃弾は命中しないだろう。それに少年が発砲した途端に団員たちに居場所がばれ、彼らがすぐさまこの倉庫に乗り込んでくるか、その前に再び機関銃の銃撃が始まるに違いない。
再装填を終えた乗員が車内に引っ込み、ハッチが閉じると、再び機関銃が無人で動き出し、今度は倉庫の二階に向かって銃撃を開始する。空気を震わせる銃声と共に、無数のコンクリート片が地面に降り注ぐ。
「連中、どこからあんなものを・・・」
「自衛隊が遺棄したものを回収してきたんだろう。さっきあれが出てきた武器保管所を一瞬見たんだが、内部にももう一両装甲車があった」
「え、じゃあ装甲車を二台も相手にしなきゃならないんですか? そんなん無理ですよ。それに団長はどこへ行ったんですか?」
たった一台でも手強いどころではない相手なのに、その装甲車が二台もあるとは。しかし今少年たちを攻撃しているのは一台だけだ、もう一台はどこへ行ったのだろう?
「もう一台は感染者の相手に向かったようだ。団長はそっちの装甲車に乗っていった」
「じゃあ逃がしたってことですか?」
「いや、生き残った俺の仲間が奴を追ってる。もっとも、このままじゃいつ逃げ出すかわからんが」
佐藤と内通していた同胞団の反乱者たちも、さっきの装甲車の銃撃で何人か犠牲者を出したらしい。もしも彼らが怖気づいて団長の追跡を諦めて逃げだしたら、この戦いは少年たちの負けになるだろう。
外では装甲車が誰もいない倉庫の二階への銃撃を続けていた。反撃されないよう徹底的に銃撃を加えた後で、団員たちを突入させるつもりなのだろう。もしも再度一階部分に銃撃が行われたら、今度こそ隠れる場所はなくなってしまう。
「このままじゃ勝ち目がない、どうすれば・・・」
「俺に考えがある。といっても、お前にまた危険な役目を担ってもらわなきゃならない作戦だが、乗るか?」
少年は機関銃の設置されたバリケードを突破した時のことを思い出した。あれも十分危険な試みだったが、今度はそれ以上に危険な作戦になるだろう。何せ相手はこちらの銃撃が通用しない装甲車だ。
しかしそうも言っていられない。逃げるにしろ再び団長を追うにしろ、装甲車をどうにかしなければならない。
「でもあの装甲車がある限り、勝ち目はないですよ? 逃げるんならともかく、あれを破壊しないと団長を追うこともできない」
「あの重機関銃は遠隔操作ができるが、意外と小回りが利かないんだ。照準は潜望鏡だし、旋回と仰角はハンドルで操作する。それに赤外線暗視装置の類も搭載されていないから、素早く狙いを定めたいと考えたら乗員がハッチから身を乗り出して操作するしかない」
確かに先ほど装甲車に追われている時も、至近距離にもかかわらず少年には一発も銃弾が命中しなかった。車内から限られた視界を元に、いちいちハンドルを回して遠隔操作していたのであれば、確かに至近距離で動き回る目標を狙うのは難しいだろう。逆に離れた距離からであれば、狙った場所へ的確に銃弾を送り込むことが出来るに違いない。
つまり至近距離の目標に対しては、乗員が直接機関銃を操作して対応するしかないということだ。だが近づいたところで攻撃手段がなければ無意味だ。それに装甲車の周囲には、歩兵となる団員たちが展開している。接近するのは難しいし、近づいたところで装甲車を無力化する手段が無ければただの自殺行為に過ぎない。
「安心しろ、あれを破壊する手段ならある」
佐藤はそう言うと、今まで背負っていたリュックから何かを取り出した。2リットルサイスのペットボトルほどの大きさのそれは、いつぞや少年と佐藤が自衛隊が展開していた運動公園から見つけてきた無反動砲弾だった。だが肝心の砲弾を撃ち出す無反動砲が無ければ、遠距離から安全に装甲車を破壊することはできない。
「それは?」
「爆弾だ。タイマー式で起爆するように改造してある。何かあるかもしれないと思って重たいのを我慢しても持っていたんだが、こんなところで役に立つとはな」
少年たちは二発砲弾を拾ったはずだが、もう一発は見当たらない。聞くと拠点の西門を破壊する時に一発使ったのだという。見ると砲弾の先端にはベルトの外されたデジタル腕時計が取り付けられており、その基盤部から伸びた電線が元々信管の入っていた穴に刺さっていた。
「ストップウォッチモードにしてタイマーをセットすると、時間がゼロになった瞬間に起爆する」
「でもそれじゃあギリギリまであの装甲車に近づかなきゃならないじゃないですか」
「だから危険だと言っただろ。俺かお前のどちらかが連中の気を引いている間に、もう一人が装甲車に接近して爆弾を投げつける。直前にスモークを焚いて連中の視界を奪うつもりだが、それでも接近するには相当の危険が伴うだろう」
つまり囮となって装甲車にミンチにされるか、肉弾攻撃で団員達に銃撃を受けるかのどちらかだ。どっちにしろ死ぬ確率が高い作戦だが、このまま倉庫に隠れていたところで、コンクリートの壁ごと穴だらけになるのがオチだ。
一通り二階を銃撃し終えた装甲車の重機関銃が再び沈黙する。弾切れになった機関銃を装填し終わったら、今度はまた一階部分に銃撃を加えてくるだろう。既に穴だらけの倉庫の一階には、銃撃から逃れられそうな遮蔽物は残っていない。次の機銃掃射が始まってしまったら、二人ともミンチにされてしまう。
「・・・絶対あれを何とかしてくださいよ」
少年はそう言って、姿勢を低くしたまま倉庫の二階へ向かう。爆弾の扱いに慣れていない以上、装甲車に接近して爆弾を放り投げるのは佐藤の仕事だ。装甲車に近づかなければならない佐藤の役割も十分危険だが、少年は団員たちの視線を一気に集めて攻撃を引きつける以上、危険度はもっと高い。
機銃掃射を受けてコンクリート製の階段はボロボロになっていたが、何とか二階に上ることが出来た。先ほどまでは窓だった大穴から外を覗くと、まだ装甲車の重機関銃は装填作業が終わっていないらしい。ハッチから上半身を乗り出した乗員が、レバーをガチャガチャと引いているのが見えた。
やるなら今しかない。少年は機関銃を構えると、地上の団員たちへ向けて引き金を引いた。
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