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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第三部:逆襲のお話
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第一四〇話 万人の万人に対する闘争なお話


 狂っている。少年は団長を一言でそう評した。

 彼の言っていることは正しいように感じるし、事実少年もいくつか彼の意見に賛成できる点があった。弱い者が社会の足を引っ張っているという彼の意見は、本当かどうかはさておき、そうなのではないかと少年も感じていた。

 弱い者が自分の弱さを武器に、権利を声高に主張する。生活保護の不正受給や行き過ぎたクレーム行為などのニュースが報じられる度、少年は自分が弱い立場にあることを利用して悪いことをする輩を許せないと思ったし、インターネットやテレビでもそういった連中を非難する声が上がっていたのも事実だ。


 だからといって、そのような人たちに「生きる価値が無い」とまで考えたことは無い。弱い立場にあることを利用して好き勝手やっているのはほんの一部だろうと少年は思ったし、弱い人たちに差し伸べられる手がなくなってしまえば、もしも自分が同じような立場になった際に困ると感じたからだ。

 それに何より、その理念の行き着く先が「父親を超える」。彼は自分が父親よりも偉大であることを証明するために、そのような狂った理念に従った世界を作り上げようとしているのだろうか?

 なので少年は正直に言った。


「あんた頭おかしいんじゃないか?」

「じゃあ逆に君は、何が正しくて何がおかしいか言い切れるのか? 平和な世界では君たちにとっては信じがたい行為であった殺人や略奪が、今では当たり前のように行われているんだ。未だに平和だった時代の理念に縋りついている連中の方が頭がおかしいのかもしれないぞ。そもそも平和な世界でも、資本主義や競争といった形で弱肉強食の考えは当たり前だったがね」


 お金を多く持つ資本家が、お金を持たない労働者を雇い、彼らには安い賃金を支払い、自らは体を動かすこともなく多くのお金を稼ぐ。

 企業は製品改良の競争を行い、人々の支持を得られた企業は市場で生き残り、負けた企業はやがて倒産するか、強い企業に吸収される。

 受験では生徒たちが必死になって勉強し、より良い成績を取って他の受験生を蹴落とし、募集された定員に入ろうとする。

 就職活動では人気の企業に大勢の志願者が殺到し、他の志願者を押しのけてその椅子に座れたところで、今度は社内での出世競争が始まり・・・。


「それと何が変わらない?」


 そう言って団長は嗤った。

 命が直接奪われないだけで、生存競争は形を変えて続いてきた。もしも企業が市場での競争に負けて倒産すれば、負けた側の社員は路頭に迷い、不幸な結末を迎えるかもしれない。

 就職活動に失敗し、低賃金で長時間過酷な労働を強いられる会社で働くことになってしまったら、いずれは過労死するかもしれない。

 平和な社会であっても、競争に負けた者がその後も幸せでいられるかと言われたら、首を縦には振れないだろう。


「いずれにせよ、感染者やならず者がうろつく今の日本で一人でも多く者を生き延びさせ、今後社会を復興させていくには強い人間が必要だ。弱い者はリソースの無駄飯ぐらいにしかならない。戦える人間、戦えずともその技術で他者をサポートできる人間しか生きる価値はない」

「そんなあんたは周りの連中より強いのか? 自分一人で戦って生き残れる自信でもあるのか?」

「あるさ、でなければこんなことは考えない。この銃だって飾りじゃない」


 周りの力のある連中に守られている奴が「弱肉強食」とほざいているのであれば失笑物だったが、どうやらそうでもないようだ。団長は腰のホルスターに納まった自動拳銃を叩く。形から見て、自衛隊が使っている拳銃だろうか。


「アメリカにいた頃、シューティングをやっていてね。といっても的当てじゃない、実戦的な人を殺すための射撃術だ。日本で銃関係の話はイメージがあまり良くないからしていないが、向こうの大会で入賞したこともある。日本に帰ってきてからも、時々クレー射撃をやっている。今でも十分役に立っているよ」


 ということはつまり、もう何人か殺しているのだろう。その相手が感染者なのか、それとも生きている人間なのかは分からない。だが団長の筋肉が付いた身体つきからしても彼がひ弱な政治家とは思えなかった。きっと少年が団長と正面から殴り合いをしたところで勝つのは難しいだろうし、撃ち合いをしたところで勝てるかどうか。


「人を束ねるのであれば、まず自分が先頭に立たなきゃならない。父から学んだことだ。力なき者に生きる資格は無いが、それは私自身にも当てはまる」

「そりゃ、結構なことで」


 よく過去の発言がブーメランとなって帰ってくる言行不一致な政治家は多いが、こういった形で言行一致、有言実行されるのも困る。

 だが自分に力がある者が、力のない者の立場になって物事を考えるのは難しいだろう。もしも彼が力なき立場の人間だった場合、同じことを考えただろうか。そんな少年の考えなど無視して、団長は続ける。


「そのために私は色々な繋がりを利用して、有望な人材を集めた。混乱に乗じて警察官を何人か指揮下に置き、武器や物資を確保した。元刑事、元自衛官、暴力団員から医師、技術者・・・力がある、役に立つ技術を持っていると判断した者たちを取り入れていくことで、この同胞団は作り上げられた。君たちの居場所が分かったのも、地元警察出身の人間が協力してくれたからだ」

「よくそいつら、あんたに協力したな。頭がおかしいとは思わなかったのか?」

「人間は無意識に権威に縋り、そして従うものだよ。本来私は警察官に命令を下せる立場にはないが、勝手に彼らの方から私に従ってきた。他の連中も同様だ。普段から絶対の権力を持っている人間なら、こういう時でも頼りになる。言うことに従っておけば間違いないだろうと考えているんだろうな」


 地域のことをよく知っている警察官が同胞団にいたからこそ、彼らは少年と佐藤の居場所を把握して襲撃を仕掛けてきたのだ。地元警察の人間が、予め外部から来た者が逃げ込みそうな場所をリストアップしていたり、どのルートを通るか予想して見張りを立てていたのかもしれない。

 土地勘だけは長年その場所に住んでいる人間の方が上だ。少年や佐藤は同胞団と戦うためにこの町を調べつくしていたつもりだったが、地元の住民はそれ以上にこの町のことを知っていたということだろう。それが警察官であればなおさらだ。


「簡単に仲間を使い捨てにするくせに、そいつらはよくあんたに付き従っていられるな。そのうち背後から刺されるんじゃないか?」

「何のことだ?」

「僕たちを襲撃してきたヤク中どものことだ。あいつらだってあんたの仲間だろう? なのにクスリ漬けにした挙句、鉄砲玉として突っ込ませてくるなんて、あんたらは『同胞』を大切にしないんだな」

「ああ、あの連中か。あいつらこそ弱い連中、価値なき存在だよ」


 団長はそう言って嗤った。


「あいつら、元は地元の不良だか暴力団員だか知らないが、目の前の困難から現実逃避するために麻薬や違法薬物に走っていた馬鹿どもだ。頼るべき薬も無くなって発狂しかけていたところを私たちに見つけてもらったおかげで、今の今まで生き永らえさせてもらっていたんだ。薬でも使わなきゃ自分の正気を保っていられない、そんな弱い連中を今まで生かしてやっていたんだ。本来とっくに死んでいなければならない連中だ、生きる価値もない奴らだった」


 短機関銃と防弾ヘルメット一つで無謀な突撃を繰り返してきたジャンキーどもは、同胞団にとっても使い捨ての鉄砲玉だったらしい。団長は以前から繋がりがあり、混乱の中で合流に成功した暴力団幹部から、密輸された麻薬や違法薬物の在り処を教えてもらっていた。その麻薬を使って薬物中毒に陥っていた連中をコントロールし、自分たちの言うことを聞く便利な鉄砲玉として使っていたようだ。

 また同胞団内でも希望する者には麻薬を支給することで、団内部でも不要な存在を見極めていた。団長にとって必要なのは心身共に頑健で、自分の意志で戦える者たちだ。麻薬で現実から逃れ、恐怖心を薄めてようやく戦えるような軟弱な人間ではない。それに薬物が無ければどうなるかわからない人間など、リスクの塊も同様だった。長く同胞団には置いていけなかった。

 重度の麻薬中毒者は使い捨ての鉄砲玉に、使いはじめや軽度の依存症の者は重要な任務から外し、敢えて敵や感染者の襲撃が予想される場所に配置して捨て駒にする。団長はこれを「人材活用」「適材適所」と言った。


「あんたの仲間たちが強い人間ばかりだってことはよくわかった。だが自衛隊や警察が全滅したと決まったわけじゃない。もし生き残っていた彼らがあんたのことを見つけたとして、彼らがあんたのおかしな思想についていくかな? それとも自分らより武器も練度も上の連中に対して、全面戦争を挑んで勝つ自信でも?」

「戦う必要はないさ。彼らの方から私に従うだろう」


 団長は続けた。


「所詮は文民統制という言葉を、政治家が自衛隊の箸の上げ下げまで統制し指揮することと勘違いしている国だ。政治家も自衛隊も、国民もな。警察官が私の姿を見た瞬間に『どうしたらよいでしょうか』と、進んで指示を求めてきたくらいだ、無意識の内に政治家の方が公務員より立場が上だと考えているんだろう。もしも生き残りの部隊がいたとしても、容易に掌握できるだろうな。誰かの指示に従っていれば、自分の頭で考える必要はないし、何かが起きたとしても指揮していた奴の責任で、自分が責任を取る必要は無い。私が指揮を執ると言えば、たとえ正規の指揮系統ではないとしても、彼らは進んで私の指示に従うさ」

「もしも大規模な部隊に守られた安全地帯が日本のどこかに設置されて、そこで一般市民が以前と変わらない生活を送っていたとしたら? 以前と同じく政府機関が機能していて、政治家がものごとを決めているような場所があったらどうする? そこでもあんたの言うことを聞く人たちがいるとでも?」

「それこそ政治家としての私のステータスが役に立つだろう。そのような場所がある可能性は低いだろうが、もしも私がそこに行けたとしよう。早々に国民を見捨てて自分たちだけ先に安全な場所に逃げた連中と、地獄の中で自ら武器を取って集団を率い、何十人もの命を救って凱旋してきた政治家。それに自分で言うのもなんだが、私はカリスマ的な政治家だとよくテレビでは言われていたし、人気もあった。国民はどちらを支持するかな?」


 確かにそんな映画の主人公のような政治家がいたら、少年も無条件で支持してしまうかもしれない。実態は別として、自らも武器を手に戦い、多くの人々の命を救った人間がいて、しかもそれが政治家だったとすれば、誰もが彼を支持するだろう。ハリウッド映画化されそうなくらい大正義な存在だ。


「私が実権を掌握した後には、同胞団には私の手足となって自由に動いてもらう。もっとも私が政治的にトップに立てば、私兵集団などは必要ないだろうがな。誰も責任を取りたがらないから、何も考えずに上の人に従う。それがこの国の人間の本性だよ」

「こんな状況なのにか?」

「こんな状況だからこそだよ。皆疲れ切っているのさ。それこそ他の優秀な人に全ての判断を委ねて、もう何も考えたくないと思うくらいはね」


 そこで団長は、少年に顔を近づけて言った。


「私の仲間にならないか?」

「は?」

「この地獄のような世界を一人で長い間戦い、生き抜いてきた君には生きる価値がある。実に将来有望な人材だ。君は自分の頭で考え、自分で行動してきた。自分の生死すら他人に任せきりの、無責任な連中とは違う」


 少年は団長が何を言っているのか理解できなかった。自分の仲間をさんざん殺してきた奴を仲間にする? そんなことをするだろうか? もしも少年が団長の立場であったら、危険要因とみなして捕まえるまでもなく殺していただろう。


「確かに君は私の仲間を少々殺しすぎたが、君に負けた彼らが悪いのであって、君を責める理由にはならない。それに君のような有望な人材を見つけられたのであれば、あの程度の損害は許容範囲内だ。君らの拠点を見つけた後、一気に攻め込んで殺すのは容易かったが、こうやって話をしたかったから可能な限り殺さず連行してくるよう命令したんだ。もう一人のお仲間の方も一緒に連れてこられなかったのは、非常に残念だがね」

「許容範囲内、ね・・・」

「どうだ? 私と一緒に新しい世界を作らないか? この混沌とした世界を新しく作り直し、人々を導く選ばれた存在になりたいとは思わないか?」




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