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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第三部:逆襲のお話
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第一三三話 stranger in the darkなお話


 僕らはこの戦いに勝てるのだろうか。ソファーに寝転がり、地図を眺めながら少年はそんなことを考えた。少年が手にした地図は捕虜とした男から聞き出した情報を基に作られており、そこへ佐藤が単身同胞団の前進基地に戻って入手してきた警備体制のリストの情報を加え、大まかな敵の配置などを記載してある。


 それを見る限り、今の状況では勝ち目はかなり薄いのではないかと少年は思い始めていた。

 同胞団の本拠地が海沿いの倉庫街にあるということは、少し前から分かっていた。今回男を尋問してその具体的な場所を特定できたのだが、問題は敵の人数と装備だった。

 同胞団の人数は多く見積もっても70人程度。問題は、少年と佐藤のこれまでの攻撃にも関わらず、同胞団の構成員の数が減っていないことだった。大方、どこか別の場所で生存者のグループを見つけ出し、そこからメンバーを補充しているのだろう。東京は日本で最大の人口を誇っていた自治体だけあって、感染者の数は多いが生き残っている人間の数も多い。


 同胞団は拠点の防備を固め、少年と佐藤の捜索を行う一方で、自分たちの戦力強化にも余念がなかったようだ。集められた人数の中に亜樹たちはまだ含めていないが、もし彼女たちが完全に敵に回った場合、敵戦力はさらに増える。

 そして同胞団の武装。こちらは銃砲店から略奪したり、警察や自衛隊が遺棄した武器をかき集めたりで、基本的に一人一丁は銃火器が行き渡っているようだ。その上少年が出くわした3人組のように、自衛隊の展開していた拠点を捜索して、さらに武器弾薬を確保しようとしている。


 敵は数十倍の人数で、全員が銃火器を持ち、ある程度統率が取れている。その上此方を明確に敵と認識し、攻撃も仕掛けてきている。特殊部隊員の佐藤がいたから同胞団と戦おうという気持ちになったが、もしも自分ひとりの状況だったらさっさとトンズラしているだろう。

 そもそも、なぜこの街に踏みとどまって同胞団と戦う必要があるのだ? 少年は自問した。答えは、亜樹や裕子が同胞団のところにいるからだ。彼女たちを同胞団の元から引き離し、助けるために戦いを続けることを選んだ。


 だが、その必要はあるのか? 元々彼女たちとは一か月程度生活を共にしただけで、命を助けられたといった恩があるわけでもない。そして今や亜樹たちは少年のことを敵視しており、同胞団の側へとついてしまった。

 少年が撃ってしまった裕子だって、今も生きているかどうかはわからない。男の話では病室へと運ばれたそうだが、その後の話は聞いていないという。噂では生きているとのことだが、真偽は不明だ。


 いっそのこと、この街から逃げ出してしまおうか。そんな考えが頭に浮かんだ。

 佐藤の仲間には申し訳ないが、元々自分には関係のなかった話だ。彼らが同胞団に虐げられ、命の危険に晒されていようが、戦えるだけの力を持たなかった自分たちの責任でしかない。それに彼らが若者たちを邪険に扱ったせいで、若者たちの離反を招いてしまったのだ。自己責任だ。

 裕子や亜樹にしても、元々何の関わりもなかった人間の集まりだ。もしも世界が変わってしまわなければ、彼女たちと会うこともなかった。そして今亜樹たちは、少年を敵対視している。自分に敵意を向けている連中を助ける道義はない。敵となった連中を助ける義理はないし、容赦する必要もない。放っておくか、殺すか。そのどちらを選んだところで、誰も非難はしないだろう。


 いっそのこと何も考えず、ただ欲望のままに生きてみるのもいいかもしれない。少年はテーブルの上に置かれた、ビニールの小袋に入った白い粉に視線を移した。捕虜にした同胞団の男が所持していたもので、中身は麻薬だ。

 どこから入手してきたものかはわからないが、同胞団では麻薬も一般的に使われているようだ。麻薬自体なら少年もとある理由から入手したものを、傷の手当てをする時麻酔代わりに使っている。だが同胞団では構成員たちの恐怖心を取り除くために、麻薬が支給されている。

 

 捕虜となった男の腕にも、比較的新しい注射痕がいくつかあった。男は同胞団に加わってからまだ一、二か月程度しか経っていないらしく、麻薬を使用したのもほんの数回程度とのことだ。禁断症状はまだ見られないが、薬物中毒になるのも時間の問題だろう。

 麻薬を使っている間は、絶望的な外の世界のことを忘れていられる。男はそう言った。世界は絶望的な状況に陥り、いつも頭の中には死への恐怖が渦巻いている。酒か女か薬物か、そのどれかに溺れでもしなければ恐怖で発狂しかねないだろう。


 そしてその麻薬は、同胞団への貢献度によって支給される量が決まるらしい。恐怖から逃れたい者、麻薬漬けになった者は、必死になって働いて麻薬を手に入れる。この恐怖に染まった世界で、人を支配する方法としてはうってつけだ。

 どうやら同胞団の中でも、支配する者たちとされる者たちの二種類があるらしい。支配する者たちは同胞団の設立メンバーで、される者たちは後から同胞団に加わった構成員。同胞団は自分たち以外の生存者は殺すか、徹底的にそれこそ死ぬまで利用しているようだが、同胞団の中でも利用されている者たちがいるようだ。


 だがかつての世界でも会社や軍隊がそうであったように、明確な上下関係があるということは、上の者の指揮で下の人間が動く、統制が取れた組織であることを意味する。そして統制が取れた武器を持った集団と言ったら、それはもはや軍隊と同じだ。

 自分たちの何十倍もいる、統制が取れた軍隊。そんな連中に対して何かを得られるわけでもない戦いを挑む。それに何の意味があるのか。

 少年は頭を抱え、ベッドのクッションに頭を埋めた。考えてもどうしようもないもの、どうにもできないものからは、目を逸らすか逃げるしかない。

 幸い、今は佐藤が外で見張りを行っている。連行した捕虜は縛り上げた上で別室に放り込み外から鍵をかけているので、逃げ出される必要もない。少年は一瞬だけ時計に目をやり、まだまだ見張りの交代時間まで時間があることを確認してから眠りについた。






『……聞いているのか。デッドマン起きろ』


 ノイズ交じりの佐藤の声が、少年を浅い眠りから強制的に目覚めさせた。壁掛け時計の針を見ると、眠りに落ちてからからまだ10分と経っていない。


『聞こえるか、デッドマン』


 再び佐藤の声。ようやく少年は、自分が無線機のイヤホンを耳に突っ込んだまま眠っていたことに気づく。同胞団から奪った市販品の無線機で、ホームセンターで売っているような安物だ。


「こちらデッドマン、今起きました。ゴースト、何かありましたか?」


 無線機のイヤホンのコードに付属する、送話ボタンを押しながらそう答える。デッドマンにゴースト、どちらも二人が無線通話上で使う符丁<コード>だ。万が一通信を同胞団が傍受していた際に備え、少年は偶々読んでいた漫画のタイトルから、佐藤は某マスクドなライダーから適当に選んだものだった。


『不審な人影を確認した、敵だ』


 その言葉で、一気に目が覚めた。敵、すなわち同胞団。


「距離は?」

『およそ400メートル。数は不明だが、下を見ても10はいる。この建物を取り囲むように近づいてきている、全方位からだ』


 二人が今いるマンションは、本来の拠点ではなく一時的なセーフハウスだった。捕虜である同胞団の男を本拠地まで連れ帰るのは手間がかかるし、何よりも脱走された時に困るということで、事前に用意してあったセーフハウスの一つに連れてきたのだ。

 一人二人ならただの生存者か、偶然この辺りをうろついている同胞団の連中だと判断しただろう。しかし10人以上が同時に、しかも全ての方角から3人のいるマンションを目指してきているとなっては、これは確実に同胞団が攻撃を仕掛けようとしていると判断するしかない。


「尾行されたんでしょうか?」

『わからん。仮に後をつけられていたとしても、何度も確認した』

「じゃあなんで……」

『とにかく、この場を離れる。撤収だ、あの男を連れて駐車場まで移動しろ』


 捕虜を連れて戻る際、尾行されていないか何度も後ろを振り返って確認した。捕虜がGPS発信機などを持っていないかもしっかりボディチェックした。だからこそ、セーフハウスの存在を敵に察知されたことが不思議でならなかった。

 とはいえ、今はどうやって同胞団が3人の居場所を見つけたか、それを考えている時間はない。優先事項は速やかにこの場を離れ、別拠点へと移動することだ。数で劣り、その上捕虜という足手まといを抱えている今、交戦はなるべく避けたい。


 ソファーの傍らに置いてあった短機関銃を拾い上げ、食料などが入ったリュックを背負う。ドアを開けて隣の部屋に向かおうとした時、再び無線機のイヤホンが鳴った。


『デッドマン、こちらゴースト。敵の数が多い。こちらで排除を試みるが、全員倒すのは無理だ。接近された場合は対処を頼む』

「了解、ゴースト」


 少年はホルスターに収まった拳銃を引き抜き、銃口に消音器を取り付けた。普通に発砲しては銃声で感染者を集めてしまうため、拳銃だけ消音器とセットで佐藤から借りたのだ。拳銃の射程距離はたかが知れているし、命中精度も短機関銃や自動小銃に比べて遥かに劣るが、いざという時に躊躇なく発砲できる点だけは優れている。


 外は雨が降っており、風も吹き始めた。ただでさえ気温が低いのに、吹き付ける雨風がさらに体温を奪っていく。唯一露出した顔に当たる風はまるで刃のようで、皮膚が切れてしまいそうなほどの冷たさだった。

 外に出たくないほどの悪天候だったが、このマンションにいつまでもいるわけにはいかない。屋上では佐藤がマンションに接近しつつある敵に向かって発砲を開始しているだろうが、この雨と風ではあまり期待しない方がいいだろう。消音器付きのカービンを使って発砲しているのか、わずかな銃声は風にかき消されて全く聞こえない。


「おいコラァ、起きろ」


 隣室のカギを外し、ドアを開けると、部屋の中では両手を縛られた同胞団の男が熟睡していた。このマンションに来るまでは泣きじゃくり、かと思えば同胞団のメンバーであることを強調して解放するよう高圧的な態度に出たりと少年は男に何度も苛立っていたが、今回は少年と佐藤の苦労など知らないようなその熟睡っぷりが頭にきた。少年はソファーの上に横たわり、鼾をかいている男の足をブーツのつま先で蹴飛ばす。


「痛ってぇ、何すんだよ!」

「黙って一緒に来い、移動だ」


 敢えて同胞団の襲撃を受けていることは言わない。言ったら男は仲間が近くまで来ていることを知り、反撃を試みてくるだろう。そのリスクを排除するため男を今ここで処理してしまえば楽だったが、佐藤は捕虜について「なるべく殺すな」と言っていた。

 佐藤は「なるべく殺すな」と言っていただけで、「絶対に殺すな」とは言っていない。反撃を受け、仕方なく射殺という事実をでっち上げても問題はないはずだ。だがそれをやってしまうと、かつて否定した自分の生き方を再び辿る羽目になってしまう。

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