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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第三部:逆襲のお話
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第一三二話 仲良死なお話

 少年と佐藤による同胞団への嫌がらせ(ハラスメント)攻撃は、その後も何度か続いた。パトロール隊を二つほど襲い、わざと逃がした敵の通報でやって来た増援部隊を返り討ちにしてからは、同胞団が積極的に街をうろつくことはなくなった。同胞団に対する攻撃を開始してから既に10人近くを殺害していたが、それでも敵はまだ大勢残っている。


 この日もまた、二人は同胞団に対して攻撃を仕掛けていた。二人の攻撃が続くにつれて同胞団が街をパトロールする機会は減ったが、それでもまだ同胞団は街中に残っている。彼らは他所からの侵入者や仲間に引き込めそうな生存者の集団を見つけるために、いくつか小規模な前進基地を街中に設けていた。

 廃屋やマンションの一室を利用したそれらの前進基地には3名ほどの同胞団の構成員が交代で寝泊まりして、街に入ろうとする者、通りがかる者を見張っている。少年がこの街に入ったその夜に襲撃されたのも、前進基地で息を潜めて外を監視していた構成員たちに見つかってしまったからだ。



 二人は今日、その前進基地の一つに攻撃を仕掛けた。廃墟の一角に設けられている前進基地の居場所を特定するのは困難だったが、偶然にも前日襲撃したパトロールの持ち物から、前進基地の地図を見つけたことでその場所を掴むことが出来た。

 襲撃は成功し、基地内にいた同胞団員は無力化された。二人は前進基地に備蓄されていた弾薬や食料を奪い、さらにもう一つ「お土産」を持ち帰ってきていた。


「おら、ちゃんと歩け」


 商品陳列棚が倒れ、破壊されたレジが床に転がる荒れ果てたコンビニに、三つの人影がやって来た。少年と佐藤と、この日はもう一人、二人に前後を挟まれるようにして歩く男の姿があった。頭に黒い袋を被せられ、ヒューヒューと荒い息を吐いているその男を、後ろから少年が小銃の銃口で小突く。


「おいおい、そいつは捕虜だ。丁重に扱えよ」

「あいにく僕は兵士じゃないんで、ジュネーブ条約を守る義務はありませんよ」

「だったらお前が敵に捕まった時にも、丁重な扱いは期待できないな」


 そう言って佐藤が背後を振り返り、誰も後を追ってきていないことを確認した。前進基地にいた同胞団員はこの捕虜となった一人を除いて全員死んだはずだが、念には念を入れておくべきだ。


「グズグズするなよ」


 そう言って少年が再び銃口で男の背中を押すと、男は袋の下でくぐもった悲鳴を上げて倒れ込んだ。後ろ手に縛られているせいか、上手く立ち上がれないようで、仕方なく少年は男の襟首を掴んで無理やり立たせる。


「進め。変な動きを見せたら撃つ」


 男は素直に再び歩き出したが、袋の下からは嗚咽と泣き声が聞こえてくる。少年は構わず男の腕を掴むと、レジカウンターの奥にあるバックヤードへとその身体を押し込んだ。鍵が破壊された扉は押しただけで開き、埃だらけのバックヤードにあった椅子に男を座らせる。バックヤードの中にあった売上管理用らしい金庫は扉が無理やりこじ開けられ、床に小銭が転がっていた。


「さて、いくつか聞きたいことがある」


 男の頭を覆っていた袋を取り去り、少年はその顔を覗き込む。捕らえる際に何発か殴ったせいでその顔は晴れ上がり、目の周りには青痣が出来ていたが、それでも男の歳は少年とさほど変わらないように見える。涙と鼻水に塗れたその顔を見据え、少年は尋ねた。


「何日か前、お前たちの仲間が女子数名を連れてきたはずだ。そいつらはどうなった? 今は何をしている?」


 コンビニ周囲の安全を確認したのか、後からやって来た佐藤がバックヤードの扉を閉める。佐藤は少年が男を問い詰めているのを目の当たりにしたはずだが、何も言わなかった。


「女子……?」

「ああそうだ、高校生くらいの女子が10名程度と、20代前半の女性が一名。うち20代の女性は腹を撃たれていた。お前の仲間が一緒に連れてきたはずだ」


 血まみれの裕子の姿を思い出し、少年はわずかに顔をしかめた。あの後裕子がどうなったのか、同胞団の一味ならこの男も知っているだろう。

 が、男はまだ状況が上手く呑み込めていないのか、それとも言葉を選んでいるのか、はたまた少年との取引の材料にしようとしているのか、少年と佐藤の顔を交互に見比べるだけで一向に口を開く気配はない。だが様子を見るに、男が怯えているのは間違いなかった。

 

 怯えるのも当然だ。何せいきなりやって来た二人に基地を襲撃され、仲間は殺され自分は捕虜となったのだから。ちなみに二人が男を捕虜にしたのは、前進基地に潜入した際偶然最初に遭遇したからであって、特に理由があってこの男をタコ殴りにした挙句捕虜にしたわけではない。


「言っておくが、取引なんてしようと思わない方がいい。例えお前がここで口を噤んだとしても、他にもまだまだ大勢お前の仲間たちはいる。お前を今ここで殺したところで、そいつらから聞き出せばいい話だ」


 この言葉に関しては嘘が混じっていた。まず少年は、早く裕子たちの安否を確認しておきたかった。少年の言った通り、ここで男を殺しても何の問題もない。また別の同胞団員を捕らえて話を聞き出せばいい。

 だがそれには時間がかかる。撃たれた裕子が一命を取り留めたのかそうでないのか、亜樹たちは無事なのかどうか、少年はまだ把握していない。もしも彼女らがひどい目に遭っているのであれば、早急に助け出す必要がある。


「素直に話せば命は取らない。だが何も言わないならお前に価値はない」


 そう言って少年は拳銃を引き抜くと、銃口を男の頭に突き付ける。わざとらしく撃鉄を起こすと、途端にべらべらと男は話し始めた。


「来た、来てた! 高校生くらいの女だろ、この前来てたよ!」

「何人いた?」

「10人だ、10人いた! 他にも担架で運ばれてた女の人が一人いた」


 合わせて11人。少年が学院にいた時と同じ人数だ。ひとまず、裕子や亜樹たちは全員生き延びていたらしい。


「その子たちは今何をしている? 担架で運ばれていた女性はどうなった?」

「女子たちは今色々と雑用……ゴミ捨てだったり掃除をさせられている。女の人についてはわからない、医務室に連れていかれたから。でも生きているとは噂で聞いた」

「同胞団でも医務室は用意しているんだな。てっきり戦えなくなった負傷者は殺しているものとばかり思ってだが」


 皮肉を込めた少年の言葉に、男は睨み返す。


「俺たちはそんなことしない! 負傷した仲間は見捨てない、それが俺たちだ! お前たちみたく自分のことしか考えないアウトローとは違う!」


 大声を出した男を、少年は一発殴って黙らせた。この周囲の安全は完全には確保していない。感染者がどこかにいる可能性を否定しきれない状態で、喚かせておくわけにはいかない。


「お前の個人的な意見は今は聞いてない。それで、彼女たちはまだ危害を加えられていないんだな?」

「……ああ」

「ならいい」


 ひとまず全員が無事であることを確認し、少年は安堵した。腹を撃たれた裕子も、まだ生きているらしい。同胞団なんかの仲間になったら酷い目に遭っているんじゃないかと思っていたが、今のところはまだ何も手出しされていないようだ。あるいはこれからされるところなのか。

 

「お前たちの拠点についての情報を教えろ。警備体制、巡回の時間、監視カメラの場所、全部だ」

「それは……覚えていない。今日今週分の警備体制のリストを受け取ったばかりだから……」

「リスト? どこだ」

「前進基地に置いてあった、お前らが持ってきたんじゃないのか?」


 少年が目配せするまでもなく、佐藤が襲撃した前進基地から持ち出してきた物資を納めたリュックを漁る。前進基地を襲撃した際にめぼしいものは残らず持ち出してきたつもりだったが、如何せん時間がない状態での略奪だったため、見落としたものは多い。案の定、そのようなリストは見当たらなかった。


「そのリストはどこにある?」

「俺たちがいたマンションの部屋の……本棚の中だ。黒いバインダーに挟んである。嘘じゃない!」


 少年が拳銃に再び手を伸ばしたのを見て、男が半ば叫ぶように言った。この様子から見るに本当のようだが、少年は念を押した。


「いいか。お前が嘘をついているとわかったら、その瞬間にお前を殺す」


 精いっぱいの凄味を聞かせた少年の言葉に、男はがくがくと頭を振る。男をたっぷりと脅しておいてから、少年は佐藤と向き合った。


「で、どうします?」

「戻って取ってくるしかないな。些細な情報かもしれないが、今の俺たちにとっては貴重なものだ」

「すいません、もっと色々と探しておくべきでした」


 少年は佐藤に頭を下げた。前進基地を制圧した後使えそうなものがないか一通り漁ったつもりだったが、かなり見落としがあったらしい。通信が途絶したことに気づいた同胞団の部隊がやって来ないか焦っていたので、前進基地になっていた部屋をくまなく調べる余裕がなかったことが原因だった。


「いや、俺も見つけられなかったわけだから、お前が誤る必要はない。俺はさっきの前進基地に戻ってそのリストとやらを取ってくる。お前はここで待機しているんだ」

「僕も一緒に行きますよ」

「お前まで来たら、こいつは誰が面倒を見るんだ」


 そう言って佐藤は、項垂れる男を指差す。


 「不安要素でしかないから殺せばいい」。その言葉が喉元まで出かかったが、少年はどうにか飲み込んだ。それでは今までやって来たことと何ら変わりない。

 裏切るかもしれないから、襲われるかもしれないから。そんな理由をつけて少年は、これまで大勢の無抵抗の人間を殺害してきた。それが間違ったことだと少年は今では理解しているし、幻覚を見るほど後悔の念に苛まれたこともある。

 二度とそんなことはしたくない。そう思っていたのに、こうも簡単に「殺せばいい」と言いかけてしまうとは。少年は自分が何も変わっていないことを改めて実感した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少ない人数で効果的な戦い方で迫力がありました。 [気になる点] 感染者の唾液を採取して同胞団の巡回員を捕まえる気絶している間に注射して解放するとか、上納する飲み水や食べ物にゾンビの唾液を混…
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