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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第三部:逆襲のお話
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第一三一話 愛されるより愛したいお話

「結局、どっちが悪かったんでしょうか?」


 廃墟と化した雑居ビルの一室で、窓から外へ自動小銃を構えていた少年はそう呟いた。隣で同じくライフルを構える佐藤が、目線も合わせずに「何のことだ?」と返す。

 二人が今いる場所は、大通りに面した雑居ビルの三階にある部屋だった。室内には事務机やキャビネットがいくつも並び、壁には売り上げの量らしいグラフを描いたホワイトボードが掛かっている。床に散乱した書類の上には埃が積もったままで、この部屋が長いこと放置されていたことを示していた。


 裕子や亜樹と再会し、様々な原因から同胞団側に付いた彼女たちと銃火を交わしてから既に三日が経過していた。増援の同胞団員と銃声を聞きつけてやってきた感染者たちから逃れた少年と佐藤は、その日から同胞団に対する嫌がらせ(ハラスメント)攻撃を始めることにした。本来ならばもっと後に準備を整えてから行う予定だったが、裕子たちが同胞団の側に付いたことで急遽前倒しとなったのだ。


「この前のことですよ。先生たちは同胞団が悪い連中だとは知っていなかったみたいですけど、僕は誰も信用しちゃいけないと前から言ってたんだ。それなのに先生たちは一回助けられたくらいで簡単に信用して……僕のことは信用してくれなかった」

「……」


 佐藤は無言だった。続きを促しているのだと少年は解釈し、しゃべり続ける。無論、感染者がいるかもしれないので小声だ。


「確かに僕も少しは強引なところがあったかもしれない。でもこんな状況だっていうのに、先生が誰も彼も信じようとしたからこうなったんだと僕は思うんです。先生がもっと警戒していれば、あんな奴らにホイホイついて行かなかったら、僕だって先生を撃たずに済んだかもしれないのに」

「なるほど。簡単に悪人を信じたあの先生も悪いとお前は思っているんだな?」


 少年は頷いた。見知った人たちが危険な同胞団の連中と一緒にいるということで、焦っていた面もある。銃を抜く素振りを見せた青年の策略にまんまと引っかかり、先に発砲してしまった自分が迂闊だったということも理解している。それでも裕子たちがもう少し警戒心を持って行動していれば、こうはならずに済んだのではないかという思いがどうしても少年の心の中にあった。


「僕は何度も自分や仲間以外の人間を簡単に信じちゃいけないって言ったんだ。なのに先生たちは初めて会ったばかりのあの同胞団の男を信じて、危険かもしれないのについて行った。能天気にも程がある」

「それは違うと思うぞ」


 佐藤が口を挟む。


「お前はあの先生たちが無防備で能天気だと言っていたが、俺はそうは思わない。俺もこの前彼女たちに初めて会ったばかりだから偉そうなことは言えないが、俺はあの裕子とかいう先生はどんな状況であっても人を信じようとする人間だと感じた」

「だからその姿勢がいけないんだと……」

「確かに今はこんな状況だ。そこら中に悪意を持った人間がいくらでもいる。人を簡単に信じちゃいけないってお前の意見はわかるし、正しくもある。だけどな、こんな状況だからこそ人を信じることも大切なんじゃないかと俺は思うんだよな。あの先生たちは何も考えず同胞団の男について行ったわけじゃない、考えて悩んだ末に奴を信じることを決めて一緒に行動したんだろう。……まあ、結果的に見ればそれが裏目に出たわけだが」

「でも先生たちは、僕を信じてはくれなかった」

「別に彼女たちはお前を信用しなかったわけじゃない、あの同胞団の連中とお前のどっちも信用しようとしていたんだろう。ただタイミングが悪かった。あの時の切迫した状況ではいきなり撃ってきたお前よりも、まだ自分たちに銃口を向けていない同胞団のあいつの方が信頼度は高かった。最初に撃ったのが逆だったら、彼女たちは同胞団の連中に銃を向けていたかもしれない。彼女たちは最後までお前を信用しようとしていたように俺は感じたし、今も心のどこかでは信じているんじゃないか?」


 窓から外を覗く。灰色の雲に頭上を覆われた、灰色の街の中を一台の自動車が音もなく走ってくる。


「少なくとも俺だったら、誰も信じられないって言って銃を振り回す奴よりかは、何十回裏切られようとも人を信じ続けようとする人と仲良くしたいね」

「こんな時でも、ですか?」

「こんな時だからこそだよ。俺たちは人間であることを止めちゃいけないんだ。人を信じて馬鹿を見たヤツがいたんだとしても、誰も信用しようとしないヤツよりはマシだ。人を信じて裏切られたヤツをあざ笑う人間がいたとしたら、俺はそいつらの方が間違ってると思う。人を信じるってことは大変なことなんだぜ? 人を信じないですべてを敵だと決めつけるのは簡単だ。人を信じて裏切られた人間を笑う奴らは、自分が裏切られることを恐れて何もできないようなチキン野郎だ。どんな時でも人を信じようとする人間は、真に価値がある人間だと俺は思うね」


 自動車は音もなく、少年たちの潜むビルに向かって走ってくる。佐藤は口を閉じて、顎をしゃくった。少年は窓際のテーブルに二脚で立てた自動小銃を構え、その隣で佐藤もボルトアクション式狙撃銃に取り付けられたスコープを覗く。


「そんな価値ある人間を、このまま同胞団の手に渡すわけにはいかないからな……手順は覚えてるな?」


少年は無言で頷き、自身もスコープを覗いた。十字の照準線の中心部に、音もたてずに走る自動車を収める。製造メーカーのロゴマークから、少年はその車が電気自動車だということを知っていた。佐藤曰く、同胞団がよく街の中をパトロールする際に使っている車らしい。


 裕子たちを同胞団に引き込まれたことで、佐藤と少年は予定を繰り上げて次の一手を打つことにした。少年がこの街に来る以前から同胞団は自分たちに敵対する佐藤を捕らえようと、あるいは自分たちの知らない生存者が街に入り込んでいないかを確認するためにパトロールを行っていた。巡回ルートや時間は不定期だったが、それでも佐藤は何度もパトロールの様子を確認していくうちにだいたいのルートや曜日、時間帯を把握できたらしい。


 少年と佐藤が陣取っているこの雑居ビルも、佐藤が突き止めた同胞団の巡回ルート上に存在している。複数ある巡回ルートの中から、いつどこを同胞団がパトロールするかは運任せだったが、今日は運があったようだ。昨日は同じビルで一日待ったが同胞団は現れず、今日が二度目の挑戦だった。


「念のために確認しときますけど、あの車は本当に同胞団の連中が乗ってる奴ですよね?」

「心配するな。あのリーフは奴らが使ってるもので間違いない。ナンバーに見覚えがある」

「なら安心ですね」


 同胞団は基本三人一組となって、街を音の出ない電気自動車やハイブリッド車でパトロールしている。普通のガソリン車を使わないのは、エンジン音で感染者を呼び寄せたくないからだろう。いくら自衛隊や警察の銃火器で武装している同胞団といえど、大量の感染者と正面切って戦うだけの余裕はない。

 同胞団には技術者もいて街のあちこちに監視カメラなどを仕掛けているようだが、数と範囲には限界がある。その限界を埋めるためのパトロールだった。電気自動車ならば、太陽光発電装置などがあればガソリンを消費することもないし音も出ない。


 同胞団の乗る電気自動車は時折蛇行したりなるべく道路の端を走行したりと襲撃を警戒している動きを見せていたが、高い位置に陣取る少年と佐藤からしてみればそんなもの何の障害にもならなかった。7.62ミリ弾が20発装填された自動小銃を構え、スコープのレティクルに電気自動車のボンネットを納めた少年が、佐藤に先立ってまず発砲を開始する。


 時速60キロ近くで走っている車に銃弾を命中させるのは容易いことではなかったが、それでも数発撃てば一発は当たるし、人間に比べれば車の方が的が大きい。一回引き金を引くごとに強烈な反動と共に大きな空薬莢が吐き出され、床に落ちて澄んだ金属音を立てた。

 発砲に気づいたらしい電気自動車が加速して逃げようとしたが、彼らが交差点を曲がって少年たちの視界から逃れる前に、放たれた銃弾のうちの一発がボンネットに命中した。モーターやバッテリーが損傷したのか、見る見るうちに車の速度が落ちていく。完全に停車する前にドアが開いて中から銃を持った三人の男が飛び出してきたが、次の瞬間には一人が頭の上半分を吹き飛ばされて地面に崩れ落ちた。

 

 撃ったのは佐藤だった。少年たちのビルから停車した電気自動車まで500メートルは離れていたが、佐藤は逃げる男の頭を一撃で、正確に撃ち抜いた。少年が舌を巻く間もなく佐藤が狙撃銃のボルトハンドルを引き、空薬莢の排出と次弾装填を行う。

 もう二人は少年たちが雑居ビルから発砲してきていることを察知したのか、手にした自衛隊の自動小銃や狩猟用の散弾銃を発砲してくる。しかしロクに狙いも定めていない銃撃など当たるはずもないし、正確に狙ったとしても射程ギリギリの距離だ。当たるわけがない。


 少年も佐藤に倣い、今度は正確に狙いを定めて500メートル彼方の男たちに向かって発砲する。初弾は外れたが、弾着痕からおおよそどれくらい弾道が変化するかを把握した少年は、照準を微調整してもう一度引き金を引いた。

 背中を見せて逃げようとする男の一人が、突然転んで足を押さえ始めた。スコープ越しに見ると男が押さえた足は血で真っ赤に染まっており、その顔が苦痛に歪んでいるのがわかる。少年の撃った弾が、足に命中したらしい。

 本当は頭を狙ったのだが、当たればオーケーか。そう考えた少年はもう一人の方に照準を合わせたが、その前に再び佐藤が引き金を引き、スコープの中で無事な方の男の頭が弾けた。


「どうします、殺しておきますか?」


 重症ではあるもののまだ意識がある同胞団の男を照準に捉えながら、少年は佐藤に尋ねる。


「いや、放っておけ。あいつが逃げ延びてくれれば、俺たちが本格的に反撃を始めたってことを仲間にも伝えてくれるだろう。……まあ、この様子じゃ仲間のところへ帰るのは無理そうだが」


 派手に鳴らした銃声を聞きつけたのか、感染者たちの姿がスコープの中に映っていた。足を撃たれ、動けない男は自動小銃を連射して近づいて来る感染者たちに抵抗する。姿を見せた感染者はほんの数体だが、男がパニックに陥っている様子ははっきりと分かった。


「よし、俺たちも撤収するぞ。感染者がこのビルの近くに集まってくる前に、さっさと離れよう」


 ライフルをたすき掛けにして背中に吊るし、代わりに消音器付きの拳銃を抜いた佐藤に続き、少年も雑居ビルの一室を出た。同胞団の連中に比べれば発砲量は抑えたつもりだが、それでも静まり返った街で鳴らす銃声は意外と遠くまで響く。感染者たちに居場所を特定される前に、セーフハウスへと帰還しておきたかった。


 パトロール隊が帰ってこないことは、じきに同胞団の知るところになるだろう。彼らはきっと、少年と佐藤が襲ったと判断し警戒を強化するに違いない。あるいは少年たちの捜索を強化するだろうが、その捜索隊をも二人は襲撃するつもりだった。

 どこから襲われるか分からないという状況は非常にストレスを与えるものだ。襲撃の恐怖と日々のストレスで同胞団を動揺させ、隙を生ませる。それが少年と佐藤が立てた今後の作戦だった。


 部屋を出る時に、少年は一度だけ背後を振り返った。窓の外からは、風に乗って自動小銃の連射音が聞こえてくる。足を撃たれた同胞団の男はまだ生きているようだが、それもいつまで保つだろうか。

 この作戦は裕子たちを救うために二人で立てたものだ。彼女たちが今どこで何をしているのか。無事なのかそうでないのか。本当に少年の敵となってしまったのか、それともまだ説得の余地は残っているのか。

 不安や懸念材料は山ほどあったし、時間にそれほど余裕があるわけでもない。裕子たちが同胞団の元にいるとわかっている今、すぐにでも同胞団に殴り込みをかけて彼女たちを助け出したいという気持ちだった。だがこちらに十分な人手があるならまだしも、二人だけで正面から攻撃を仕掛けに行っては返り討ちに遭うだけだろう。ここは多少時間がかかっても、確実な作戦を取るべきだということは少年もわかっていた。

とにかく今は、とにかく立てた作戦を実行するだけだった。少年は彼女たちの無事を祈ることしかできない。

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