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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第三部:逆襲のお話
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第一二三話 深く静かに戦闘するお話

 スーパーマーケットでの食料調達は予想よりも少ない収穫で終わり、少年と佐藤は物資収集の継続を余儀なくされた。スーパーマーケットでもそこそこの分の食料は入手できたが、同胞団が要求してきたノルマに比べればはるかに少ない。

 次に二人が向かうことにしたのは、埋め立て地区から反対側、やや内陸部にある小学校だった。小学校は災害などの非常時には避難所として指定され、そのために普段から食料や毛布などを備蓄してある。備蓄と言っても数百人がせいぜい三日程度食べられる量でしかないが、備蓄用の保存食であれば今もそのまま残っているだろう。

 

 問題は避難所に多くの人々が避難してきて、食料が既に消費されてしまっていた場合だ。その時はどうしようもない。もっとも感染者は人が多く集まる場所を襲う傾向があり、不安で大勢の人々が集まっていた各地の避難所も例外ではなかった。多くの避難所が感染者が日本に現れてから一日か二日で壊滅しており、多くの物資が手付かずのままであることも考えられる。


 残酷な話だった。自分たちが生き残るために、大勢の人々に死んでいてほしいと願うことは。

 しかし今は死んだ人間に思いを馳せている余裕はない。自分たちが、そして佐藤の仲間たちが生き残るためには、避難所に多くの食料が残されていると信じるしかなかった……が。



「これは少し予想外だな」


 目的地の小学校から少し離れたマンション、その4階の廊下から双眼鏡で小学校の様子を伺う佐藤がそう呟いた。手すりに肘を立て、隣で同じく双眼鏡を覗く少年も佐藤と同意見だった。

 双眼鏡の丸い視界に映る小学校は、一言で表すならば荒れ果てていた。校舎の窓ガラスは割れ、敷地を囲うフェンスはなぎ倒され、グラウンドのそこかしこに白骨化した死体が転がっている。しかしそれだけならば、まだ二人の予想の範疇だった。


 予想外だったのは、小学校の敷地に沿って外を走る道路に、文字通り山のように死体がうず高く積みあがっていたことだ。長い時間が経ったせいかそれらの死体は全て朽ち果てており、延々と連なる白骨と破れた衣服がアスファルトの上から道路を舗装している。

 小学校の正門は破壊されていたが、他の避難所と異なるのはそれが内側から外へと破られていることだった。数百キロはありそうな鋼鉄製の門が、レールから外れ大きくひしゃげて道路に転がっている。少年が今まで見てきた避難所では、外から押し寄せる感染者に耐え切れず門が外から内側へと破られていた。


 そして極めつけは、校庭に停められた三台の軍用車両の存在だった。屋根のないオリーブグリーンに塗装された自衛隊仕様のパジェロが二台と、荷台に幌を張った人員輸送用のトラックが一台、グラウンドに面した昇降口の脇に放置されている。


「ここに自衛隊がいたってことですか?」

「俺にもわからん、なんせ指揮系統が滅茶苦茶になってたからな。どの部隊がどこにいて、どの部隊が健在なのか。どの部隊が壊滅したのかも混乱のせいで正確な情報は入ってこなかった。だが覚えている限りじゃ、この近辺に部隊が展開していたって話は聞いていない。恐らくどこかから移動してきて、その途中であの小学校に滞在していたんだろう」


 自衛隊が小学校にいたというのならば、道路に転がる無数の死体にも理由が付く。恐らく感染者の侵入を防ぐために、手当たり次第に撃ちまくったのだろう。射線上にあったと思しき校庭の木々はちょうど大人の胸ほどの高さで断面がずたずたに裂けて折れていたし、機銃弾の直撃を食らったのかバラバラになった手足が校庭に散らばっている。それでも校庭内に感染者のものらしき死体が転がっているということは、必死の抵抗にも関わらず侵入を防げなかったということか。


「全滅……」

「というわけでもなさそうだ。あの門は明らかに内側から破られている、どうにか脱出に成功したんだろう。車両が残っているってことは、全員が生きてあの小学校から出られたわけじゃなさそうだが」


 校庭にはいくつかテントが張られ、乗用車やバスが泊まっていたが、あれらも自衛隊が持ち込んだものとは考えにくい。たぶん、先に避難民が小学校にやってきていたのだろう。そこへ後から自衛隊もやってきて、その後小学校は感染者の群れに襲撃された。


「あの小学校を見に行くぞ」

「え? でも先に避難していた人たちがいたなら物資は残っていないんじゃ……」

「物資じゃない、武器と情報が欲しい。もしかしたら校内に武器弾薬が残っているかもしれないし、そうでなくとも他の部隊の現在地がわかるものがあればいい」


 移動の途中で一時的に滞在していたのならば校内に武器弾薬を運び込んでいたとは考えにくいが、戦闘の最中で置いていった物資があるかもしれない。今の二人に必要なのは、同胞団に対抗できる強力な武器と弾薬だった。最終的には同胞団と直接銃火を交えなければならないことを考えると、自動小銃以上の武器が欲しい。


 

 いつも通り音で感染者たちの気を引いてから前進したいところだったが、いかんせんグラウンドの端から校舎まではかなりの距離があった。石を校舎の外壁にぶつけるには相当近づかなければならないが、見晴らしがいいため感染者が外に出てきた場合、確実に発見されるだろう。


「仕方ない、このまま内部に突入する。もしも感染者を見つけたら、無理に倒そうとせずに後退しろ」


 佐藤は少年に消音器付きの拳銃を渡そうとしたが、少年はそれを断った。扱いなれていない武器、それも拳銃では正確な銃撃など望むべくもないし、消音器が付いているとはいえ銃声が完全に聞こえなくなるわけではない。学校の廊下などの狭い空間で発砲すれば、反響してかなりの範囲まで聞こえるだろう。

 となると、いつも通りの戦い方が良さそうだった。感染者が一体ならば、背後から忍び寄って頭に斧の一撃。二体ならば様子見、三体なら迷わず引き返す。


「よほどの緊急時以外は、発砲は避けろ」


 佐藤がカービン銃の弾倉を交換した。弾倉の中には装薬を減らし、消音効果を高めた専用の銃弾が装填されているが、長いサバイバル生活のせいで既に拳銃用の減装弾は使い果たし、カービン用も40発ほどしか残っていないのだという。通常の銃弾を使った場合、消音器は100パーセントの効果を発揮しない。減装弾は弾速が落ちて威力も減っているため感染者との戦闘には不向きだし貴重だが、ここで使うべきだと佐藤は判断したらしい。


 広い校内を探索するため、危険を承知で佐藤と少年は二手に分かれて行動することを決めた。少年は正門から、佐藤は裏側から入り、西と東に分かれている二つの校舎をそれぞれ捜索する。

 窓から感染者が校庭を覗いているのではないかという不安感に駆られたが、幸いにも校舎の中から咆哮が聞こえてくることもなく、少年は校庭に面した昇降口の近くまでやってくることが出来た。まずはいきなり校舎に足を踏み入れることはせず、昇降口のすぐそばに放置された三台の軍用車へと足を運ぶ。


 校庭のそこら中に死体が散らばっており、激しい戦闘が起きていたことが見て取れた。足元に目を落とせば、そこかしこにくすんだ金色の輝きを放つ空薬莢が転がっている。自衛隊では撃ち終わった際に弾倉は回収するそうだが、その弾倉も空っぽの状態であちこちに放置されていた。何千発どころではなく、何万発という銃弾を迫りくる感染者の群れへと叩き込んでいたらしい。


 ドアが開いたままのパジェロの車内を覗き込んだが、めぼしいものは何もなかった。シートや床に散らばっているのは紙屑やガムの包み紙などで、銃火器はおろか銃弾一発残っていない。無論、ゲームか何かのように都合よく武器弾薬が置いてある、なんてことは期待していなかったが。

 兵員輸送用のトラックも同様だった。少年は斧を手に取ると、足音を立てないようにして昇降口へと向かう。昇降口のガラス扉は流れ弾でも受けたのか粉砕されており、地面に散らばったガラス片を踏まないように気を付けて校内へと足を踏み入れる。自衛隊が逃げ出した後で校舎は感染者に蹂躙されたのか、昇降口のドアは蝶番ごと吹き飛ばされ、大きくひしゃげて床に転がっている。


 照明は当然消えたままだったが、窓が多いおかげで校舎の中は明るい。少年は左手に拳銃、右手に斧を携え、まずは一回の捜索を行うことにした。

 やはり小学校には周辺の住民が避難していたのか、一階の教室には人が暮らしていた痕跡があった。床に敷かれた段ボールと、乱雑に散らかる毛布。ゴミ箱が溢れるまで詰め込まれた保存食のパッケージや水のペットボトル。この様子では、100人単位で避難者がいたようだ。

 そして教室や廊下には、いくつか死体が転がっていた。老いも若きも、男も女も、様々な人間が死んでいた。それらの死体はあちこちが貪り食われており、校内に感染者が雪崩れ込んできた時に逃げきることが出来なかったのだと少年は推測した。どの死体も干からび、あるいは肉が腐り落ちて骨が露出している。


 その後一階の教室をいくつか見て回ったが、食料は残されてはいなかった。食料はどこか一か所に集積しておいて、そこから各自に配給していたのかもしれない。

 外から見た限りでは、少年がいる東側の校舎の二階には職員室があるようだった。この学校が避難所になっていたのなら、職員室が避難所運営の指揮拠点になっていただろう。そこに行けばどこに食料が集められていたのかわかるかもしれない。


 そう考えて二階へと向かう途中で、少年は一つの死体を発見した。死体ならそれこそ校舎の内外に文字通り腐るほどある。だが少年がその死体を見て足を止めたのは、それが真新しい死体だったからだ。

 二階への階段の踊り場で、男性の感染者らしき死体が俯せに倒れている。喉は鋭い刃物で切り裂かれ、断面からはホースのような気管が露出していた。痛覚が鈍く強靭な身体を持つ感染者でも、一撃で致命傷になる傷だ。

 その傷口からは未だに血が流れ出ていて床を真っ赤に塗りつぶしている。感染者が鋭利な刃物を持って背後から同類を襲う習性があるのならば話は別だが、そうでないのならば直前に他の生存者がこの感染者を殺害したことになる。


 その生存者が誰なのかはわからないが、このまま先に進むのは止めた方が良さそうだ。少年はそう考えた。少年と佐藤がこの小学校を訪れる直前に、自分たち以外の誰かもここにやってきていた。今も小学校の中にいるのかどうかはわからないが、鉢合わせしてしまったら厄介なことになる。その生存者が敵対的な存在でなくとも、急に遭遇した場合、冷静な判断が出来ずに戦闘になってしまうかもしれない。

 それに真新しい感染者の死体が転がっているということは、校舎の中にもまだまだ感染者がいることを示している。ここは一時撤退して、小学校を訪れている生存者が誰なのかを把握した方がいい。


 そう考えて、元来た道を引き返そうと振り返った時だった。階下から感染者の呻き声と共に、西日に照らされる廊下の床に、身体を左右に揺らす影法師が映る。その影はだんだん少年のいる階段の方へと近づいてきており、慌てて少年は踊り場から二階へと駆け上がった。

 どうやら一階に感染者が残っていたらしい。仕方がない、他の階段から下に降りよう……そう考えたその時、パン、という乾いた銃声が廊下に響き渡る。それと同時に「バカ、何で撃った……!」という、押し殺した声が聞こえてきた。


 二階の廊下には、真新しい死体がいくつか転がっていた。床に転がる死体を目で追っていった少年の視線の先には、ドアが開いたままの職員室の出入り口があった。そしてその職員室から、慌てた様子で三人の男たちが飛び出してくる。一人は手に硝煙の立ち上る拳銃を握っており、残りの二人はそれぞれ軍用の自動小銃を携えていた。


 少年と男たちの目が合った。一瞬だけだが奇妙な沈黙が訪れ、双方ともハトが豆鉄砲を食らったような顔で互いに見つめあう。少年は男たちがまだ若く、自分と歳がさほど離れていないような連中ばかりであることに気づいた。そして彼らが二の腕や額に巻く黒いバンダナを見て、彼らが同胞団のメンバーであることを理解した。

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