第一一〇話 夢から覚めたらなお話
気が付くと、世界が垂直に傾いて見えていた。床が視界の右半分を占め、少年は自分が床に倒れていることに気づく。
上半身を起こし、周囲を見回したが、体育館には誰もいない。ナオミや結衣、愛菜、そして母の姿をした感染者の姿もない。
あるのは死体だけだった。
体育館の中は黒焦げで、天井が崩れて灰色の空が見えている。天井の穴から差し込む光によって映し出されたのは、床に転がる人の形をした炭の塊の数々だった。
胎児のように身体を丸めたもの、夫婦だったのかお互いに抱き合ったままその身体を焼き尽くされたもの。そして焼け焦げた死体の多くが倒れていたのが、体育館の出口の扉付近だった。折り重なるようにして多くの消し炭となった死体が、出口に手を伸ばして倒れている。
ふと、体育館ごと火を放たれ、焼き尽くされた人々の悲鳴が聞こえたような気がした。自分が見ていたあの光景は夢だったはず。この体育館が焼かれたのだってもう何カ月も昔の話だ。それなのに少年は今、肉と髪が燃える嫌な臭いを嗅いだような気がした。
気でも狂ってしまったのか。そこでようやく、自分の隣に転がっていた死体の存在に気づく。警察官の制服を着たその男性の死体は、体育館の他の死体とは違い焼け焦げてはいなかった。右手には拳銃が握られ、干からびて骨が露出したこめかみには小さな穴が開いていた。
警察官の死体のすぐ傍には、黒い表紙の手帳が落ちていた。その手帳には見覚えがある。幻を見ていた中で、少年が読んでいた警察官の日記が綴られていた手帳だ。
もしかして……と、俯せに倒れていた警官の死体をひっくり返す。ばきっという音が響いたが、少年はそんなことよりも制服の胸元につけられていた名札に目を奪われていた。安全ピンで留められたプラスチック製の安い名札には、「鎌田」と書かれている。
少年は死体の手から拳銃を引きはがし、そのまま自分の手に握った。壁に手をついて立ち上がり、悪夢のような光景から逃れようと外へ出る。体育館の外には、少年が来た時と同じ配置のまま、同じものがあった。だがそれらはどれも見るも無残な形になっており、人がいる気配など欠片も感じ取れなかった。
校庭には数台の乗用車やバス、そして三台のパトカーが止まっていた。だがそれらはどれも、埃を被り泥で汚れたままになっている。フロントガラスには雨で埃が流れた後が残り、タイヤはひび割れている。そしていくつかの車両には、銃弾が命中した痕があった。黒焦げになり、フレームだけになってしまっている車もある。
校庭に張られていたテントはほとんどが骨組みだけになり、わずかにキャンバス地の布がへばりついているといった有様だ。台風で吹き飛ばされたのか、崩れてしまっているものが多い。
校庭の隅に掘られた穴をのぞき込んで見ると、穴の底には人骨が散乱していた。数は数十人分にも上るだろうか? 衣服を纏ったままの白骨化した死体が、無数のゴミに埋もれるようにして無造作に転がっている。
少年がこの中学校に来た時、見えていなかったものもあった。校舎の屋上から下へ向かって垂れ下がる、先端が輪っかになったロープの数々だ。それらが何の用途に使われていたのかは、日記の内容通りだとするときっといいものではないだろう。
それを証明するかのように、悪趣味なオブジェのように、一本のロープの先端に白骨化した頭蓋骨だけが残っていた。頭蓋骨の虚ろな瞳は虚空を見据え、風が吹くたびにゆらゆらとロープが揺れる。きっと、あのロープに秩序を乱した者たちを縛り首にして、屋上から突き落としていたのだろう。それを示すかのように、ロープの真下の地上には、バラバラになった白骨が無数に散乱している。腐敗した遺体が重力に耐え切れず、落下してバラバラになったらしい。
二つある校舎のうち、一つは黒焦げになっていた。無事な方の校舎の壁には校庭のパトカーと同じく弾痕が穿たれ、窓は粉々に割れていた。それこそ、銃撃戦でも起きたかのように。
感染者に襲われた――――――というわけではなさそうだった。この中学校で何が起きたのかは、この日記の続きを読めばわかるだろう。
『6月25日
今日は銃砲店に向かい、武器を調達した。現状、銃火器は我々警察官が装備していた拳銃が4丁しかない。これでは万が一外部から感染者や敵対的な集団が襲ってきた場合、到底太刀打ちできないだろう。
幸い、市街地の外れには銃砲店がある。数名を選抜し、その銃砲店に向かった。店内には店主と思しき生存者がおり、私が武器を提供するように要望しても首を縦に振らなかった。どうやら誰にも武器を渡すつもりはなかったらしく、話をしても興奮するだけだったので射殺。避難所を守るためには武器がいる、仕方ない』
『6月27日
自警団が避難民たちが武装蜂起を企てているとの情報を掴み、首謀者たちを拘束。彼らの話では、私はやり過ぎているという。これ以上私がこの避難所を治めていたら、いずれ皆死ぬと考えたようだ。その前に私や自警団員を排除し、皆の合意を得た避難所の運営を行っていくというのが彼らの計画だったようだ。
何を馬鹿なことを言っているのだろうか。今までこの避難所で人々が生き残ってこられた理由は、私があらゆる手段を駆使して避難所の維持に努めていたからだ。容疑者たちは私を単なる大量殺人者と罵ったが、彼らにそれをやる度胸はあったのか。秩序を乱した者たちを処刑することも、インフルエンザの患者たちを焼き殺したのも、全部仕方がないことだ。それ以外に方法はなかった。
容疑者たちはまだ何か喚いているが、明日の朝処刑する』
『6月28日
容疑者たちを処刑。同時に今後避難所の秩序を乱そうとする者は計画を立てた段階でも罪に問うことを宣言』
『6月29日
避難所からの脱走を企てた者たちを拘束。今後避難所に危害を加える存在と化す可能性も考慮し、処刑』
『6月29日
避難民の一人が自警団員を襲い、銃を奪う。銃撃戦が発生し、犯人も含めて4名が死亡』
『7月3日
自警団員の一人が離反。避難民の脱走を手助けし、阻止に向かった自警団を銃撃。避難民12名が逃亡したが、犯人を拘束。
尋問で犯人はこんなやり方は間違っていると叫んでいた。避難民の大半はこの避難所から逃げたいという願望を持っており、自分はその手助けをしたに過ぎないと言っている。私のやり方が間違っているのだろうか? いや違う。
自警団の規律も緩んできているように思える。粛清が必要かもしれない』
そこで日記は途絶えていた。少年はそう感じた。次のページは白紙だった。次も、その次も。
ここで何かがあったのだ。少年は手帳のページを一気に捲った。最後のページに、長々とした文章が綴られている。
『7月10日
私は罪を犯した。私は間違っていた。
私はいつの間にか目的と手段を取り違え、皆で生き延びるために避難所の秩序を維持するのではなく、避難所の秩序を守ることだけを最優先するようになっていた。
住民のことなどこれっぽっちも考えず、私はいかにして避難所の秩序を乱さないかということだけしか考えていなかった。その結果住民の反発を招いたが、私はそれに対しただ問題を起こしたと認識するだけで、なぜそのような状況を引き起こしたのかを考えていなかった。犯人を突き止め、処刑することしかできなかった。
7月9日に、ついに大規模な戦闘が避難所内で勃発した。相手は感染者ではなく、昨日まで寝食を共にしていた避難民と自警団員だった。
誰がどんな理由で争いを始めたのかはわからない。だが、きっと最初は些細なことだったのだろう。そこから喧嘩に発展し、やがては殺し合いにつながった。
最初、私は自警団に騒動の鎮圧を命じた。騒いでいる者は全員射殺し、秩序の維持を最優先せよと。だがその命令が決定打になったのかもしれない。自警団の半分は任務を放棄し、逃亡を図った。それを阻止しようとした連中との間に銃撃戦が発生し、ついには避難所の人間全てを巻き込んだ戦いに発展していった。
それまでため込んでいたストレスが爆発したらしい避難民たちは、家族や仲間以外の人間に対して容赦なく暴力を振るった。昨日まで一緒に暮らしていた人々は互いに容赦なく殺し合い、避難所のあちこちで凄惨な光景が繰り広げられた。
私はその光景を見て実感した。自分が間違っていたのだと。
考えれば、もっとうまい方法はいくらでもあったはずだ。だが私はそれらに思考を割くことはなく、ただすぐに効果が出る簡単な方法を選び続けた。すなわち不満を抱いている人たちの言葉は無視し、行動に出た者は処刑するという安易な方法を。
私が高圧的、独裁的な統治方法を執ったことで、確かに数カ月間は生き延びることが出来た。避難所の外で大勢の人々が死に、感染者となっている中、百人以上の人間がこれまで人間のまま生きてこられたのは奇跡といってもいい。だがその一方で避難民たちは抱えた不満を吐き出すことも出来ず、それらが一気に爆発した時殺し合いに発展した。
私は罪を犯した。それは起きたこと全てを「仕方ない」「自分のせいではない」と否定し続けたことだ。
私は何か問題が起きるたびに、それを住民たちのせいにしてきた。自分は間違っていないと言い訳をして、現状を変えようとはしなかった。それは単に私に精神的な余裕がなくなっていたというだけでなく、自分が間違っているということを認めたくないという意識があったという部分もあるのだろう。私は一見正解に見える手段を選び続けてきた。その先に何が待ち受けているのか深く考えることを避け、もっといい解決策を探すことを諦めていた。
もっといいやり方はいくらでもあったはずだ。だが私は考えることから逃げ、問題からも逃げ続けた。今になってそれを実感している。だが、もう全て手遅れだ。
住民たちのほとんどは互いに殺しあって死に、生き残ったわずかな者たちはすでに避難所を脱出した。私は今、一人この避難所に留まっている。だが、ここに――――――いや、もうこの世界に長居するつもりはない。
私は過ちを犯し、罪を重ね続けた。その結果大勢の人々の命を奪ってしまった。この責任はとらなければならない。
いや、単にもう疲れただけだ。今まで深く考える、問題と真剣に向き合うということから逃げ続け、今またこうやってこの世界で生きるということから逃げようとしている男を嗤ってくれ。
もしもこの日記を読んでいる人がいるのならば、どうか最後まで諦めないでほしい。「仕方がない」と思考を停止して安易な道に逃げるのを止め、「自分のせいではない」と起きたことから目を逸らさず真剣にすべての物事と向き合ってほしい。
地獄のようなこの世界で生き続けることはとても難しいだろう。だが、最後まで諦めずに生き延びてほしい。どんな時でも最後まで最善の道を選ぶ努力を続け、その結果が良いものではなかったとしても、その事実から逃げずに次の糧としてほしい。
それがこの逃げ続けてきた愚かな男が、唯一残せる価値ある教訓だ。
鎌田徹 巡査長』
少年はいつの間にか、焼け落ちて黒焦げの残骸と化した体育館へと戻ってきていた。体育館へと戻ってくる途中、あちこちで人の死体を見かけた。どれも互いに殺し合い、死んでいった避難民の亡骸だった。
体育館に入ると、「鎌田」のネームプレートを身に着けた警察官の死体が再び少年を待ち受けていた。少年はその死体の傍らにしゃがみ込むと、その胸に手帳を置いた。
この警官も僕と同じだった。日記を読んでいてわかったのは、彼も自分と同じ存在であったということだ。どちらも起きたことに対して「自分のせいではない」と結果から逃げ、「仕方ない」と妥協し続け安易な道を選んでいた人間だ。違うのはこの鎌田巡査長は最後に自分が犯してきた過ちと正面から向き合った。だが少年はこうやって幻覚を見るほど追いつめられるまで、自分を正当化し続けることしかできなかった。
少年がこの避難所で見た一連の幻覚は、単に疲れが溜まっていたとか痛み止めのために麻薬を使ったからという理由だけではないだろう。心の奥底ではきっと、自分がやってきたことが間違っていたと考えていたのだ。だがずっとそのことを認めようとせず、本当の気持ちに蓋をして目を逸らし続けてきたことで、心が悲鳴を上げていた。
だからこんな幻覚を見たのだ。現実ではこの避難所はとっくに放棄され、死体と瓦礫だけが転がる廃墟でしかなかった。だが少年はここに人がいるという幻を見ていた。そんな幻覚を見たのは、少年が逃げたい、誰かに助けてもらいたいという都合のいい願いを抱いていたからだろう。
そして心の奥底に押し込められていた少年の本音は、ナオミたちの幻覚という形で少年を自分のやってきたことと強制的に向き合わせた。今まで自分がどんなことをしてきたのか、その結果どれだけの人が死んだか。今まで考えないようにして心の安寧を保ってきた出来事を、少年に真正面から叩きつけた。
「あ……ああ……うぁあ……」
少年は膝をつき、呻き声を上げた。頭を抱え、子供のように泣きじゃくる。自分が今までしてきたことがどれだけひどいものであったのか、それを今更ながら理解した。
自分のせいでどれだけの人が死んだのか。そして自分勝手な理由でどれだけの人の命を奪ったのか。死んだ人々の悲鳴が今になって蘇ってくる。彼らが最期の瞬間に見せた、理不尽な死に対する恐怖と怒り、そして少年への憎悪に満ちた眼差しが、脳裏に浮かんで消えない。
僕は間違っていた。その言葉が何度も頭の中を反響する。
自分は口先だけは立派だが、結局何もできない人間だった。自分のことが大事で、偉そうなことを言っておきながら自分はその正反対のことしかできない。どんな時でも自分を最優先し、他の人がどうなろうとかまわない人間。何か起きれば逃げることしかできず、決断を迫られても安易な方を選ぶしかない人間。
そしてそれらの事実から目を逸らし続け、自分を正当化し、過ちを重ね続けてきた人間。それが自分であることを少年は自覚し、自分がどうしようもない最低の人間であることに絶望した。
これまでどれだけの人間を自分は死なせてきた? そしてどれだけの人の死から目を逸らし続けてきた?
もしももっと早く自分が犯した過ちを認めていたら、その後の行動は変わっていたかもしれない。どんな状況でも最後まで諦めることなく、最善の手段を探し続けることが出来る人間になっていたかもしれない。たとえどうしようもなくなって人の命を奪うしかないことになっても、死者の数を減らせていたかもしれない。
だが今さら自分がどういった人間であるかを自覚し、自分の過ちを認めたところで、死んだ人間は帰ってこない。過去を変えることはできない。自分が犯した罪を消すことも出来ない。
自分のせいで多くの人が死んだ。その事実を改めて理解し、少年は黒焦げの死体が転がる体育館の中、一人震えることしかできなかった。
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