第九三話 とにかく拷問にかけるお話
警棒で殴られ昏倒した若者と、スタンガンの電流で昏倒している間に拘束された少女の二人を庭先に停めてあった車に放り込み、少年と葵は商店街へと向かった。そこに一軒、楽器店があることを覚えていたのだ。
シャッターが下りたままの商店街の中、個人経営の小ぢんまりとした看板が見えた。通りに面した大きな窓は、楽器を練習するための防音室のものだろう。窓ガラスが二重になっていて、外に音が漏れないようになっている。
葵はなぜこんな小さな村に楽器店があるのか不思議でならなかった。この村にも生徒数はかなり少ないとはいえ小学校もあるから、昔はそこへ楽器を納入していたのかもしれない。もっとも外から見る限り、楽器店はかなり昔に廃業していたようだった。防音室の窓から店の中を覗くと、床には皺だらけの書類が散らばっている。ショーウインドウは空っぽだ。
「それで、これからどうするんです?」
「どうするって、お話しするんだよ」
「拷問の間違いでは?」
「彼らがおとなしく僕の質問に答えてくれれば、お話しするだけで終わるさ」
そう答えた彼の瞳は、笑っていなかった。葵は後部席で縛られ横たわっている少女たちを哀れに思った。これから彼女たちがどんな目に遭うか、簡単に想像できた。
かといって、先に襲ってきたのも彼女たちだ。葵は生まれて初めて銃を向けられた、あの感覚を決して忘れはしないだろう。実弾が入っていなかった銃とはいえ、向けられた時には恐怖を感じた。恐怖で身体が動かなかった。
それに襲ってきた三人組――――――そのうち一人は少年の手であの世に送られていたが――――――が、行方の分からない裕子と亜樹と何らかの関わりを持っている可能性が高い。というよりも、彼らの仲間が裕子たちを拉致したと見るのが正しいだろう。あの後3人組が待ち伏せをしようとしていた家を調べた時、リビングで裕子の手袋を見つけたのだ。それに家には他にも人がいた気配があった。葵たちがあの少女によって民家に連れてこられる前に、裕子たちがそこにいたのだ。
「でも、拷問するのは――――――」
「先に手を出してきたのはそいつらだ。それに奴らがやったことは誘拐、拉致、あるいはゲッツと呼ばれる行為で、一般的には到底許される行為じゃない。これは正当な行為さ」
「最後のゲッツはなんだか違うような気もしますけど、拷問したところで素直に先生たちの居場所を吐いてくれますかね?」
ミリタリーマニアである葵は、世の中には文字にして読むだけでもおぞましい拷問方法があることを知っていた。それに拷問で得られた情報は、必ずしも正しいものばかりではない。被疑者が苦痛から逃れようとでたらめな情報を吐いたり、あるいは精度が低い情報しか得られないということだってある。
「まあ、そこのところはきちんと考えてあるよ。せっかく二人、生かしておいたんだから」
まるでモノ扱いだ。しかし、少年にとっては自分以外のすべてがモノと同じなのだろう。自分が生き延びるために利用するだけのモノ。
車を停め、楽器店の中を確認した後、まずは気絶したままの若者を店の中へ放り込む。続いて両手を縛り目隠しをした少女に車を降りるように言うと、彼女は抵抗する素振りを見せた。しかし少年が「もう一発、ビリビリいっとく?」とスタンガンを取り出しスパークさせる音を聞いた途端、おとなしく自分の足で歩きだす。
少々強引に店の中へと少女を誘導し、レジの奥にあった肘掛け椅子に座らせる。相変わらず気絶している若者も同様に椅子に座らせると、両足を椅子の脚に、両手をひじ掛け部分にロープで縛りつけた。
「見えないってのは怖いなあ?」
少女が震えているのは、遠目からでも分かった。目隠しをされた状態で声だけ聞こえ、縛られているのだ。怖くないはずがない。
「水とバケツを持ってきてくれ。水はポリタンク全部」
二人を椅子に縛り付けると、少年は葵にそう指示を出した。拷問で水を使うのはよくある手段だ。ミリタリーマニアとはいえ残酷な行為は嫌いな葵だったが、やはり大人しく指示に従った。先生たちがどこに行ったのかを聞き出すためならば、多少は手荒い真似をしてもかまわないだろう。実際に、彼らはそれだけのことをした。
少年の車には、常に生存に必要な物資が一通り積まれていた。水の入ったポリタンクもそのうちの一つだ。後部の荷台に積まれた18リットル入りのポリタンクは水で満杯になっており、葵は引きずるようにしてポリタンクを3つ、楽器店の中に運び込んだ。
少年はバケツに水をなみなみと注ぐと、まずは少女の目と口を塞ぐように貼り付けてあったガムテープを勢いよく剥がした。小さい悲鳴と共に、ガムテープの下からは恐怖の色に染まった少女の瞳が現れる。
「あ、あんた、こんなことをしてタダで済むと……」
「黙れ」
そう言ってすかさずスタンガンを取り出すと、すぐに少女は押し黙った。続いて少年は若者のガムテープも同様に剥がしたが、こちらは未だに起きる気配がない。バケツの水を勢いよく頭にぶっ掛けると、冷水を浴びせかけられた若者の目が開いた。
「起きたね。じゃあ、楽しくお話しでもしようか」
「ここは……?」
「さっき君たちが襲ってきた場所の、すぐ近くにある楽器店だよ。とりあえず、親睦を深めるために自己紹介でもしようか。君たちの名前を教えてくれないかな?」
ぞっとするような笑顔が、少年の顔に浮かんでいた。いい笑顔だった、その瞳に一切感情がうかがえないことを除いては。
椅子に縛り付けられた二人は顔を見合わせ、そして何も答えなかった。そんな二人に少年は笑顔のまま、突然特殊警棒を取り出して勢いよく若者の手に振り下ろした。二人とも両手は指を伸ばすようにしてひじ掛けに縛り付けられており、コンクリートも砕きかねない硬さの警棒の先端が若者の指を直撃した。何かが折れる乾いた音と共に、若者が絶叫した
「いくら泣こうが喚こうが、助けは来ないと思うよ? この部屋防音みたいだし」
「クソ野郎、っ痛てぇえええええっ!指が折れた! ぐあああああああっ!」
「人間には215本も骨があるんだよ、一本ぐらい何だよ?」
若者の右手の人差し指はあらぬ方向にねじ曲がり、大きく腫れ上がっていた。激痛に顔を歪ませ、両手両足をばたつかせる若者に顔を近づけると、少年はやはり明るい口調で言った。
「今からは、僕が神様。神様の言うことにはきちんと従わないと天罰が下ります」
「何が神よアンタ! 頭おかしいんじゃないの!? 今すぐアタシたちを解放しなさい!」
今度は少女が叫んだ。少年はわざとらしく大きなため息を吐くと、「なんで僕のいうことを聞いてくれないかな?」と呟く。そして車から持ち出していた布の袋を取り出し、少女の頭にすっぽりと被せた。
「な、何を……」
「悪い子はお仕置きだぞ」
そして再びバケツに注いだ水を、少女の頭に浴びせていた。今度は一気にバケツを空にするやり方ではなく、じょうろで花壇に水を撒くように少しずつ、布を被せた少女の頭に水をかけていく。
葵はこれと同じ拷問方法を知っていた。アメリカがキューバの海軍基地でやっていたという「尋問」だ。布を伝って水が鼻や口に入って容疑者は溺れる感覚を味わうが、拘束されているため袋を取って呼吸することができない。そして溺死する寸前で尋問官が袋を取り、それを繰り返して容疑者の心を折っていくのだ。
ちなみにアメリカ政府はこのやり方を、身体が傷つかないとして「拷問」ではなく「尋問」としていた。それでも世界中で反対運動が起きるほど、非人道的なやり方である方法に変わりはない。それをいとも簡単に、自分と同年代の少女に行える少年の精神を葵は疑った。
袋越しに水を浴びせられた少女が、拘束された手足を必死でばたつかせる。袋が顔に張り付き、少女が口を大きく開けて息を吸おうとしている様子がわかった。しかし濡れた袋は空気を通さず、逆に少女の口にどんどん水が流れ込んでいく。
バケツ2杯が空になったところで、ようやく少年は少女の頭から袋を取った。袋を取られた少女は大きくせき込み、まるで陸に上がった魚のように口をパクパクと開き、必死に酸素を杯に取り込もうとしているようだった。
「で、名前は? 教えてくれるよね?」
観念したように、若者が自分と少女の名前を口にした。もっともそれが本名かどうかはわからないし、少年も彼らの名前自体に興味は内容だった。重要なのは二人が名前とはいえ、自分たちの情報を吐いたということだ。
「僕にも、それなりの仏心ってものがあるわけだよ。君たちに襲われたとはいえ、できれば手荒な真似は避けたい。不幸にも死者が一人出てしまったけど、これ以上死人を出したくないわけだよ」
よくもぬけぬけと……と思ったが、葵は黙っていることにした。
「君たちが素直に僕の質問に答えてくれるなら、これ以上手荒な真似はしない。話が終わったら君たちを解放しよう、なんなら仲間のところに送ってやってもいい。ただし大人しく質問に答えてくれない場合は、これ以上の苦痛を味わうことになるかもしれないけど」
少女と若者は顔をがくがくと振った。本能的に、反抗してはいけないと悟ったようだった。平気な顔で人の指をへし折り、溺死寸前に追い込むような奴が何をするか、二人には想像もつかなかった。
「じゃあ、そっちの彼女にはしばらく音楽でも聞いていてもらおうか。先に君に話を聞くとしよう。後で同じ質問を彼女にもするけど、二人で答えが違っていたら……どうなるかわかってるよね?」
少年は椅子に縛り付けた少女に、車から持ってきたヘッドホンを装着した。外の音が聞こえないようしっかりとイヤーパッドを耳に押し当てる。そしてヘッドホンをガソリンスタンドで拾った音楽プレイヤーに接続すると、大音量で音楽を流し始めた。
これで少女には、少年や若者が何を言っているのか聞こえることはないだろう。葵はさっき少年が言っていた「せっかく二人、生かしておいたんだから」という言葉の意味を理解した。二人から別々に話を聞くことで、より精度の高い情報を得ようとしているのだ。
これが二人一緒に話を聞いていたら、片方のついた嘘にもう片方が話を合わせて偽の情報を吐く可能性がある。しかし一人ずつ別々に同じ質問をすれば、片方が嘘をついてももう片方が話を合わせることができなくなる。もしも同じ質問なのに答えが違っていたら、それはどちらかが嘘をついているということだ。
嘘をついたり、質問に答えなかったらどうなるか、それは先ほど少年が実際に示して見せた。二人は嘘をついたことが発覚した時の報復を恐れ、本当のことしか喋らなくなるだろう。囚人のジレンマ、というやつなのだろうか。
「よくもこんな手段、思いつきますよね……」
「一人でいる時に、拷問やらゲーム理論やらの本を読んで考えていたんだよ。これが本職の兵士だったらたぶん僕のやり方では口を割れないし、本職の尋問官だったらもっと上手くやるんだろうけど」
だがこの二人は、拷問に対する訓練など受けたことがない。普通の人間がそんなものを受けるはずがないからだ。だから少年は、この二人から情報を得られると確信したのかもしれない。
「とにかく、さっさとこいつらから情報を引き出さないと。もしも先生たちがこいつらの仲間に拉致されていたら、かなり面倒なことになる」
少年は別の椅子を引きずってくると若者の前に座り、「じゃあ、始めようか」と笑顔で言い放った。
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