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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第二部:変革のお話
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第八九話 ただの案山子のお話

 元々山間にある村ということで猟銃の所持者も多かったのか、村を探索すると何丁かの銃器が見つかった。それらは駐在所で警察官から入手した拳銃を除けばすべて狩猟用の散弾銃やライフル銃だったし、手入れがされなくなってから少なくとも数か月が経過したものばかりだった。弾薬だって住民と感染者の交戦によりほとんど撃ち尽くされていたが、いくらばかりかは銃弾を見つけられた。


 必要な分の銃弾は確保できたと踏んだ少年は、いよいよ実弾射撃の訓練を亜樹たちに施すことにした。銃も弾も村で見つけたものだけを使うので、わざわざ車に積んである武器弾薬に手を出す必要はない。捜索にかかった手間を考えると彼女たちにタダでくれてやるのもなんだか惜しい気がしたが、こっちだって代わりに食料や寝床、温かい風呂などを提供してもらっているのだ。ギブアンドテイクだと少年は自分を納得させた。ルールを破るわけにはいかない。


 ただし射撃訓練を行うとなると、場所の選定が重要になる。一発や二発の銃声では感染者は人間の居場所を突き止められないだろうが、何発も同じ場所で銃を発砲していれば、近くの感染者が殺到してくることは想像に難しくない。少年は以前学院の校庭で短機関銃の試し撃ちをしたが、あれは自作の消音機を取り付けてあったため、響いた銃声はさほど大きくはなかった。それだって感染者を警戒して二発の発砲にとどめておいたのだ。


 となると、当然学院の敷地内での射撃訓練は行えない。同じ場所から継続して銃声が轟いていれば、たとえ感染者が遠くにいても場所がわかる。何せ今は、他に騒音を立てる人間はいないのだ。銃声の音は、予想よりも遠くまで聞こえると考えて間違いないだろう。


 検討の末、初回の射撃訓練は村から数百メートル離れた田んぼで行うこととなった。村の外れに感染者がいないことは確認済みだし、仮に感染者が村に残っているのならば、銃声に引き寄せられてきたところを「的」にもできるだろう。予想以上に数が多ければその時は隠れるなりさっさと逃げるなりするだけだ。



 数日後、村の外れに車を止めた少年は早速準備を始めた。同乗していた生徒3名と引率役の裕子を車から下ろし、学院から持ってきた的を適当な場所に設置するよう指示する。人間の上半身ほどの大きさと形に切り抜いた段ボールを塩ビパイプに取り付けた手作りの的を、射撃地点から50メートルほど離れた場所に設置させる。

 あたり一面は田んぼで見晴らしがよく、周囲で動くものといえば鳥くらいだった。しかし念を入れて、少年は近くの林の中も確認することにした。林から射撃地点までは約200メートル、急に感染者が飛び出してきても十分対処できる距離だが、それでも一度見回っておくのに越したことはない。


「……で、なんでお前もついてくるんだ」


 自動小銃から取り回しのいい短機関銃に持ち替え、林に向かった少年の後をついて来たのは亜樹だった。


「的を立てるのに何人も必要ないでしょ、私もここが安全かどうか自分の目で確認しておきたいし」

「今やこの日本に、安全な場所なんてないぞ」

「訂正するわ、『比較的』安全かどうかね」


 車の周辺で的を設置している裕子と他の二人の生徒を残してくる形になったが、裕子には実弾の装填された銃を渡してあるから問題ないだろう。問題があるとすれば、彼女はまだ銃が撃った経験がないことだった。そして装填された銃弾は二発のみ。もっとも銃声が鳴ればすぐ引き返す予定なので、そちらはさほど問題がない。


 木々が生い茂る林の中は視界が悪く、地面も分厚く積もった落ち葉が腐っていてかなり足場が悪い。漂っている腐葉土の臭いに、少年は唐突に昔飼っていたカブトムシを思い出した。父の田舎で捕まえたカブトムシは、雄雌つがいで飼っていたこともあってかなり長い間飼育していたような気がする。


「ねえ、あれ……」


 亜樹が突然立ち止まり、林の奥を指さす。落ち葉が敷き詰められた地面の上に、ぼろぼろの毛布のようなものが散らばっていた。近づいてみると、それらは食い荒らされた犬たちの死体だった。


「これって、前に私たちを襲ってきたやつらかな?」

「知らん」


 とはいえ学院から村まで距離がある以上、その可能性は低いだろう。犬たちの死体のいくつかは首輪が付けられており、やはり飼い犬が逃げ出して野犬になっているのは間違いない。野犬はある意味感染者よりも厄介なので、ここで死んでいたことに少年は感謝した。体力や銃弾の消耗を抑えるためにも、可能な限り戦いは避けたい。


 死んでいる犬は全部で10頭くらいだろうか。どれも酷く死体は食い荒らされている。流れ出た血はすでに茶色く乾いて固まっていることから、何日か前に犬たちは殺されたのだろう。


「共食い……?」

「だといいけど」


 それにしては、どうも何かがおかしいような気がする。少年は犬たちの傷口を見たが、どうも野生動物に食われたような痕には見えなかった。かといって自分が狩猟のプロであるわけでもないので、何に襲われたのかと聞かれれば返答に困る。

 足跡も見当たらない。腐葉土の上に、さらに分厚く落ち葉が積もってしまっているからだ。試しに靴底で落ち葉を蹴散らしてみたが、足跡らしきものは見つからない。残っていたとしても、クッションのような落ち葉の上ではどれが足跡かなんてわからないだろう。野犬の群れが何に殺されたのかは、結局わからずじまいだ。


「そういえば気になってたんだけど、感染者ってなんで今も生きてるの? あれが動く死体だったらまだしも、普通に生きているんでしょ? 食料はどうしてるの? 人間が減ったら奴らの食料もなくなるのに、未だに活動を続けているなんて」

「僕に聞くなよ。そういったことは科学者や医者の仕事だけど、そういった人たちはほとんど死んだ。奴らがまだ生きてるのは一度食ったものから効率的にエネルギーを取り出せるからかもしれないし、僕らの知らないところで人間を食ってるのかもしれない。だけど、とにかく奴らは不死身じゃない」


 そう答えつつも少年は、今まで考えないようにしていたその疑問を忘れることは出来なかった。いったいいつまで、感染者たちは生きているのか? なぜ連中は餌となる人間がほとんどいなくなったというのに、未だに生きているのか?

 そしていったい自分たちはいつまで、感染者と戦い続けなければならないのか?




 亜樹たちが車に戻ると、射撃の準備はすっかり整っていた。車から50メートルほど離れた場所には的がいくつか立てられているが、荒れ果てた畑に人型のものが立っているとさながら案山子のようだ。


「前も言った通り、散弾銃で感染者と戦うときには50メートル手前から撃つんだ。弾はそれ以上飛ぶが、50メートル以上だと当たっても効果は少ない。奴らは痛みを感じないからな、人間だったら被弾で戦意喪失しても感染者相手だと意味がない」


 近すぎてもダメだと、亜樹たちはここに来る前に少年から教わっていた。近ければその分威力も増すが、外した時に再装填が間に合わずやられてしまう可能性が高いのだという。

 そのため亜樹たちは、少年から中折れ式散弾銃の再装填は4秒以内に済ませるよう練習しろと言われていた。感染者にとって50メートルの距離を駆け抜けるには5秒あれば十分だ。装填に5秒以上かかっていてはやられてしまうし、5秒ちょうどでも装填が終わったことには感染者が目の前にいる計算になってしまう。

 亜樹たちは学院で、散弾銃と空撃ち用のシェルを使って装填の練習を行っていた。それでもまだ、4秒以内の再装填は出来そうもない。


「まずは僕が撃つ。その後は先生たちが」

「教官、質問があります! 耳栓はつけないんですか?」


 葵が笑顔で手を挙げて元気よく言ったが、少年の顔は彼女と対照的に嫌そうな表情だった。「隊長」呼ばわりされることを少年は嫌がっているようだが、葵は知らないのか知っていて無視しているのか、相変わらず「隊長」や「軍曹」とその場その場で少年の呼び方を変える。


「今はつけてもいい、けど実際に感染者と戦うときには外したほうがいい。耳栓をしたままだと奴らの足音や声が聞こえないから命取りになる」

「了解であります!」


 びしっという音が聞こえてきそうなほど、見事な挙手の敬礼を葵が行う。

 以前少年が野犬を追い払った時の拳銃の銃声は、爆竹を何十倍にも大きくしたような音が鳴っていた。散弾銃はそれよりも威力が大きいというのだから、銃声はもっと大きいのだろう。あの時少年は耳栓なしなのに平気な顔をして拳銃を撃っていたが、やはり慣れが大事ということだろうか。


 一通り説明を繰り返した後、いよいよ実弾が渡される。一人当たり4発だけだが、銃弾は貴重なので仕方がない。撃った後装填し、再び発砲すればそれでおしまいだ。

 生徒の中には怯えたような顔で散弾を受け取る者もいた。彼女が恐れているのは目の前の少年か、あるいは自分が手にしている銃という人を殺せる重みを持った武器なのか。弾を装填し安全装置を外して、引き金を引くだけで人が死ぬ。それが銃という武器だ。


 あらかじめ二発の弾を渡してあった裕子に追加でさらに二発を渡すと、少年は自らも上下二連式の散弾銃を手に取った。そして素早い手つきでロックを解除し、銃身を折ってむき出しになった薬室に二発のシェルを押し込む。銃身を戻すと、ロックがかかるカチッという乾いた音が響いた。


「じゃ、試しにあの案山子でも撃ってみるか」


 そう言って少年が指さしたのは、70メートルほど離れた畑の外れに立っていた、古びた案山子だった。着せられていた服はぼろぼろに裂け、帽子がかろうじてのっぺらぼうの頭に乗っかっている。斜めに傾いた案山子に銃口を向けると、少年は引き金を引いた。


 その瞬間、空気を震わせる銃声が轟いた。耳栓をしていても、大きな銃声が亜樹の鼓膜を震わせた。生徒の一人が小さな悲鳴を上げ、とっさに両手で耳を塞いでいた。銃声があまりにも大きかったのか、裕子はハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。それと対照的に葵は、なぜだか興奮したような笑顔を見せていた。


 哀れ射撃の的になった案山子は胴体に散弾を食らい、思いっきり殴られたかのように大きく揺れた。ずいぶんと古かったせいか、案山子を支えていた木の棒が着弾の衝撃で折れたのだろう。その腹から中身の綿をはみ出させながら、案山子の上半身がくの字に大きく曲がった。人間で言ったら大きくブリッジをしているような格好になりながらも、案山子はかろうじて立っていた。


「何突っ立ってんだ、撃てよ。感染者が来るかもしれないぞ」


 かろうじて聞こえたその言葉で、亜樹たちはここに来た本来の目的を思い出す。それぞれ所定の位置につき、散弾銃を構えた。構え方はもう何度も、少年から教わっていた。

 足を開き、脇を閉め、わずかに上半身を前に屈めるが顔は地面と垂直に。頬と肩をしっかりと銃床に当てる。安全装置を外し、トリガーガードに置いていた人差し指を引き金にかけた亜樹は、銃口上部にそこだけ突き出た照星を50メートル先の的に重ね合わせた。

 一呼吸置き、亜樹は引き金を引いた。

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