やっぱり予想は裏切らない
今回は珍しく長いです。予約投稿もはじめて使ってみました。
家の中は外観どおり、質素な作りとなっていた。現状を考えてみるに異世界だと思われるこの世界の住居はどんなものであろうかと、いくぶん緊張していたが思いのほか普通であった。むしろ全くと言っていいほど違和感はない。通されたリビングと思われる部屋には、使いこまれた大きなテーブルに椅子が二つ、その他には本棚や箪笥がいくつか置いてあるだけだ。しかし、本や何かの資料、日常品などあちこちに散らかっており、かなり雑然とした部屋となっていた。一言で言って、汚い。どうやら掃除や整理整頓は苦手な人のようだ。奥には台所が続いており、さきほどまで食事をしていたのだろう、いいにおいが漂ってきた。空腹の自分にとってはとても魅力的なにおいである。
女性は俺に椅子に座るよう促すと、台所にあったスープとパンを目の前に差し出した。
俺は机の上の邪魔なものをかき分けスペースを作ると、ありがたくその食事をいただく。
スープは白色で見た目変わったところは見られない。オレは恐る恐る口をつけてみる。
おいしい。
食べてみるとコーンスープのような味がした。パンはまるでライ麦パンのような素材の味をそのまま残した味となっていた。
パンは少し硬いな。でもスープと合わせて食べれば丁度良いか。
そして俺は食べながら疑問を口にする。
「すいません、いろいろとお尋ねしたいんですけど、まず確認したいのはここはいったいどこなんですか?」
俺は礼儀知らずと思われないよう、努めてゆっくりと訊いた。
「ここはムバルアの街近郊、南西部に位置する森の中。人間には確かジョイーナの森と呼ばれている所だ」
「ムバルアですか…」
キター!!
案の定一度も聞いたことのない地名だ。やはり異世界(確定)のようだ。
「それでなんですけど、魔物っていうか、化け物っていうか、そういう生き物って存在しますか? 肌が緑だったり、目が一つだったりするような奴なんですけど……」
俺は受け取った暖かい飲み物を口に含むと、極力当たり障りのない言葉で尋ねた。
こちらは独特な味をした飲み物であるが、後味がすっきりとしていて飲みやすい。強いて言えば、温かい麦茶のような物か。
しかし、俺の思惑とは裏腹に、女性は俺のことを射抜くようにじっと見つめていた。
何か質問がおかしかったか? まさか、うそを言っているのがばれたか…。 まあ、それはそれで構わないと思っているが。
俺は見定めるような視線にかなり居心地が悪い。誰かに見つめられるってこんな感じがするんだな。経験したことのないことなので変な感じがした。そもそも、こんな美人にみつめられて平常心でいられるわけがない。
「そうか魔物に…、いやしかし、まさか……。まあいい。とりあえず自己紹介をしておこう。私の名前はエノーミ・リア・ノイアレンだ」
何かを気にしていた様子がすごい不安なんですけど…。
「はじめまして、斎藤 虎太郎です。遅くなりましたが、今日は泊めていただきありがとうございます」
「気にするな。まさか、この状況で帰れとも言えまい。で、魔物についてだったか」
「はい。そういったものは存在するんですか?」
「ああ。もちろん魔物はいる。コタローだったっけか。さきほどコタローが言っていたものは、おそらくオーガと呼ばれるものだな。無数といる魔物の中で、比較的数が多い魔物の一つで、確か人間のギルドではBランクではなかったか? 少なくとも昔私が人間の街にいたときはそうだった」
でたでた。期待通り。ギルドに魔物。異世界の定番と言ってもいい。先ほど逃げてきた魔物、名前はオーガか。
「エノーミさんはさきほどから、人間とよく言っていますが、アナタは人ではないのですか? 少なくとも俺にはそうとしか見えないのですが……」
まさか、ここで実は魔物でしたなんて落ちはかなり笑えない。よくよく考えれば、人にしてはエノーミさんは完璧すぎる。もしかしたら、ほんとにそうなのかもしれない。異世界到着早々ゲームオーバーという考えが頭をよぎった。俺は嫌な汗が、背中を伝うのを感じた。
エノーミさんは一瞬ポカンとした表情を浮かべると、次の瞬間、堰を切ったように笑い出した。
「あははははは。人間、私が人間か。クックック。これは面白い。こんなに面白いことは久しぶりだな」
俺はその様子を唖然と見つめる。
だって、こんなに目の前の人がいきなり笑いだしたら、そりゃ驚くでしょ。俺としては全然おかしなこと言ったつもりはないけど…。にしても、笑いすぎでしょ。
エノーミさんは尚もおかしそうに何度も腹を押さえる。こんな綺麗な人が大笑いしている様子はなんとなくシュールな気がする。
「悪いな。別にコタローのことを笑ったわけじゃない。まさか、この私に向かって人間ですか? などと言う奴がいるとは思わなかったのでな」
俺は若干バカにされているようでむっとしたが、このままでは引き下がれないので、もう一度訊いてみた。
「ということは、エノーミさんは人間ではないということですか?」
「ああ、そうだ。私は人間ではない。エルフだ。まさかエルフに人間ですかという奴に遭遇するとは。ましてやこの私に向かって。子供でもそんなことを訊いた奴はいないと思うぞ」
「エルフですか……」
エノーミさんはところどころ思い出し笑いを続けながら、この世界の種族から国について説明してくれた。
「そう言う訳だ。長々とこんなのを説明したのは初めてだな」
エノーミさんは話し疲れたようで、身体を大きく伸ばしコキコキと首を鳴らす。
なるほど……。
とりあえずエノーミさんから聞いた話を自分の中で要約してみる。
どうやらこの世界はグンスという名前らしい。グンスには魔物を除くと3つの種族が存在するようだ。まず一つ目は人である人間。当然俺も人間であるようだ。人はグンスの人口の8~9割を占めており、領土として大きく3つの国に別れている。大陸の西北部を占める、帝国アルモエ。大陸の北東部に位置する民主義国家ファイモクロ。険しい山脈が連なる大陸南東部にドイ。大陸の創世記から数えて1800年程の月日が流れ、現在は創世期を抜け、中世期、すでにその後期にさしかかっているらしい。700年ほど続く中世期は人間の時代であり、3ヶ国は争うことなく平和にくらしているようだ。争いや戦争の影はなく、久しくその手の問題は起きていないということだ。当然魔物との衝突はあるが、それを除けば極めてのどかな世界とも言える。
それにしても思うが聞いただけですごい世界である。だって、そりゃそうだろ。地球で言えば、人間イコール争い・戦争と言っても過言ではないと思う。それぐらい人間は愚かな存在だ。人種、宗教、国籍、身分、はたまた容姿から性別。かなりのものが醜い争いの対象となりうる。憎しみ、嫉妬、怒りなど負の感情は容易に人を人という存在に形づくる。まあ、言ってみればそうでなくては人ではないのだが。負があるから正が輝く。陰があるから陽がある。中国古代思想家たちは、これを陰陽論と呼んでいたが。
陰陽は相対的なものであり、あらゆる事物を対象とする。陰は陽に転化し、陽が陰に転化することもある。事象を対立し、相互に制約しあう。また、相互に補完し合い、時には対立し、時には統一する。簡単に言えば、最初の人間イコール争いは間違っていないということだ。
俺に言わせれば、負の面が無い人間など、肉の入っていない牛丼と一緒である。だから、この世界の人間は地球のものとは少し違った存在なのかもしれない。
とりあえず、話を戻そう。
帝国アルモエは、高度な研究の盛んな学術国家である。そのおかげで、工業は発達しており、最先端の工業技術を駆使して主要な産業となっている。
次にファイモクロ。ファイモクロは選挙によって選ばれた人間が国を運営していく民主主義国家であり、その税金の安さから商人たちが多く暮らす国である。3カ国の商業はファイモクロが中心となって回っており、ある意味人々の生活を左右するため非常に重要な役割を担っている国である。
最後にドイ。一部を除き国の大部分を山に囲まれている国である。そのため、天然資源が豊富に産出し、内政的にはかなり豊かな国のようだ。
その他にドワーフがいるようだが、南西部奥地の山の中に都市を築いているとのことだ。大部分のドワーフはその街で暮らしているようで、基本人間と積極的な交流はしていないようだ。鍛冶や土木・建築作業に秀でた種族であり、人間の街でその力を発揮しているドワーフも結構いるということである。早く見てみたい。
そして最後にエルフ。ドイ国の東、ブルーフォレストと呼ばれている森の奥や大陸の南西部のかなた海の上にある孤島に多く暮らしているらしい。閉鎖的な種族で島を出ることはめったになく、人間たちとほとんど交流はしないようだ。その数はとても少ないらしく、人間やドワーフとは違い子供を作ることをめったにしないそうで、その種族の数が増えることはほとんどないらしい。
そして、俺は一息ついていたエノーミさんに、満を持して聞きたかったことを尋ねてみた。
「魔法とかはあったりしないですか?」
「あるぞ」
「やっぱりあるんですか……」
オレは嬉しい気持ちも反面、複雑な気分になる。なんだかんだ言って、自分の全く知らない世界に来てしまったという事実が、いまさらになって重くのしかかってきた。
魔法か…。
「いったい魔法とはどういったものなのですか? 誰でも使えるものなのですか?」
「そうだな……。魔法を一言で定義するのは非常に難しいな。なぜなら、魔法とは世界そのものであるからだ。魔法とは世界を構成する要素“マナ”を用いて起こすもので、世界を通して内からあふれ出るマナによって魔法を発動させる。誰にでもマナはあり魔法を使うことができるが、実際使える人間は限られている。なぜなら魔法とは“マナ”を自らの身体の中で、自分用の“マナ”へと変換させて発動させるものだからだ。この過程には膨大な訓練が必要となる。だから一部の人間にしか使えない。一生かかっても出来ない人たちがほとんどだな。決して一朝一夕にはできない。だがまれに、天才と言われる人間はすぐに出来るようになったり、何にもしていないのに勝手に自分用の魔力に変換されるような体質の奴もいる。遺伝的な問題で魔法を使える人間が多い貴族と呼ばれる連中は比較的マナの変換が容易にできたりするがな。少なくとも昔は使えない人など珍しかったのだが、今は限られた人間にしか使えない。なぜだかはわからないがな……」
そう言うとエノーミさんは壁にかかっていたランプを指さす。
「まず、簡単なものをみせてやろう」
エノーミさんの身体が光を帯びる。ふわっとまるで蛍のようにエノーミさんの周囲がぼんやりと光始めた。
「消えろ/ストップ」
一瞬で部屋の明かりが消える。壁にかかっていたランプの光が、エノーミさんの言葉のあとすぐに消えた。
「光よ /スタート 」
再びランプに火がともり、部屋が明るくなる。
「簡単なものだが、これが魔法だ」
……まあ、なんというか。確かに魔法ですね。ある程度予測していたこととはいえ、いざ真近で見ると唖然とさせられるものがある。地球という魔法のない世界で暮らしていたものとしたら当然と言えば当然だが。
「すごいですね……」
俺はそれしか言葉にできなかった。
「そうか? これは基本中の基本だから魔法を使えるものにとっては、造作もない」
「そうなんですか……。自分のいた世界には魔法のようなものは存在していなかったのでそれだけで驚いてしまいます」
「魔法が無い?!」
エノーミさんは訝しげな声を上げた。
「はい。魔法は自分のいた世界には存在しませんでした」
「なるほど私には想像もできないな。魔法が無い世界か。そんな世界があるとは。なんと興味深い。では人々はどうやって暮らしていたのだ?」
「魔法の代わりに、科学と呼ばれるものが発達しています」
俺はエノーミさんに地球について簡単に説明した。
「魔法の代わりに科学と呼ばれるものが重要な世界と言うことだな」
エノーミさんは興味津々の様子で、話に耳を傾けていた。ところどころで質問を挟み、その探究心はとどまることを知らないように思える。目つきがさきほどまでのそれと全く違う別人の様になっていた。エノーミさんとはどのような暮らしをしている人なのか解らないが、もしかしたら学者や研究者みたいなことをやっているのかもしれない。
「エノーミさんはここで一人で暮らしているのですか?」
すでにエノーミさんはぶつぶつと呟きながら自分の世界に入り込んでいた。俺から聞いた話を頭の中でじっくりと考えているのだろう。
おそらくこの人はこういう人なんだな。親友にもこういったタイプの人間がいたものだ。
オレはそんな光景を懐かしく思いながら、エノーミさんの意識がこちらに帰って来るまで、ゆっくりと待つことにしたのだった。