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常識

「ちなみにだが、彼が私の次になる」

「そうでしたか」


 意味深な言葉であるがエノーミさんの言葉にクラス様は嬉しそうに微笑んだ。なんとなく想像はつくが、おそらく二人の中でオレには言えないような内容のやり取りなんだろう。


「今日ここにはおいででないようですね」

「まあな。一応留守番をさせている。まだ旅につれて行くには少々心もとないのでな」

「それでは拝見するのはまたの機会の楽しみにさせていただくとしましょうか」


 クラス様はゆったりとした足取りで小屋の中に入ると一個の手のひら大の水晶のようなものを持ってきた。


「さてさてお二人は問題ないのですが、コタロー様にはこの水晶に触れていただいてもよろしいでしょうか?」

「……」


 オレはクラス様の持ってきたブツを観察する。


「これはなんなんですか?」


 めちゃくちゃ妖しい。オレはじっと水晶を見つめる。


「これはこの森を囲う結界の核の一つでして、害あるとみなされたものは持てないようになっているのです」

「持てないというのは、触ると何か起きるということですか?」

「そうですね。単純に触れられないのです」



 持ったらビリッとくるとか、爆発するとか変なことになるということだろうか。普通に考えるとそんなことはないと思うが、なんか仕掛けとかあったらとか変なことを考えてしまったため妙な緊張感を感じる。見た感じは綺麗に澄んだ水晶であるが、不安感はぬぐえない。

 オレは丁寧に手渡された水晶をおずおずと受け取る。


 ……なんともないな。危惧していた痛みや衝撃の類は感じない。


「何にも起きないんですね」


 オレは溜めていた緊張感を吐き出すように深呼吸する。

 触った感じはひんやりとしていて固い。近くから覗き込んでみるが特に変わった様子はない。透き通るような透明感であった。


 若干拍子抜けした感が否めない。まあ、何も起きないに越したことはないけど…。




「それでは失礼します」


 クラス様に挨拶を告げオレたち一行はエルフの街へと向かう。

 もちろん最後に固い抱擁を交わしたのは言うまでもない。誰と誰であるかは言うまでもなくわかるであろうことなので割愛。それにしても思わぬところで思わぬ出会いというものはあるものである。まさかオレの足首思想に共感してくれる(エルフ)がいるとは……。いや~、かつて友人に話しては幾度となく笑われ、挙句の果てには白い目で見られることもあったが、わかってくれる人はいるもんだなと嬉しさとともに奇妙な達成感とも違う感情がこみあげてくる。


「まさかクラス様クラスの馬鹿がもう一人いるなんてね」


 それはシャレか? まあ、この件に関してはなんと言われようと外野は無視。




「とりあえず、まずはコロの街に立ち寄ってからゴンドアまでね」


 少し歩きだしてから、ビオレラは言った。

 二人の話を聞く限り、どうやらここからゴンドアまではかなり距離があるらしい。


 せっかく着いたと思ったのに……。まだまだ先が長いことを考えるとげんなりしてくる。ただ若干の慰めというか景色もそうであるが、ブルーフォレストに入るまでとは違う雰囲気にはなってきた。だんだんと道路のような舗装されるまでとはいかないが、しっかりとした道にもなってきた。おかげでこれまでほどの足の痛みも感じない。オレとしては嬉しいことこの上ない。ただ足も気持ちも重いことこの上ない。


 クラス様の家を出発してからおよそ半日くらい経っただろうか。天井を覆う木々によってうっすらとしか解らないが、だんだんと日も翳り始めてきたようだ。


「そろそろコロの街ね」


 ビオレラが不意にそうつぶやいた。オレは自身の中に広がる沈黙と言う名の海から抜け出す。ひたすら歩き続け、何も考えていなかったせいか妙に頭の中がどんよりとしている。後ろを振り返るとエノーミさんが何かを感じるかのように空を見上げていた。旅の中では何度も見かけたおなじみの様子であった。聞くところによるとエルフにはこの森の中の現在地がなぜだか正確にわかるらしい。まるで歩くGPSである。

 思わず地図がいらないな、などと至極あたりまえなことを考えてしまったオレを許してほしい。だってそうじゃん。こんな広い森でも迷う必要なし。RPGでいえば商人や町のお店で地図を買う必要がないってことである。

よく考えるとなにそれすごって思ってしまう。フィールドやダンジョンで同じところを行ったり来たりする心配がない。なんてチートスキル。

 余談であるがそれを二人に言ったら「何それ、バカバカしい」「GPSとはなんだ。ぜひ詳しく教えてくれ」だそうだ。

 もちろん前者がビオレラ。後者がエノーミさんである。そして当然のごとくエノーミさんには長い時間をかけて説明させられることになったのだが……。


 気がつくとかなり足元に続いていく道もしっかりとしたものになってきている。


「今日中には着きそうですね」

「そうだな」


 そうした二人の会話と共に、次第に視界も開けたものとなってくる。


「あとどれk」

「こんにちは。旅のお方ですか?」


 なんだ!? 敵襲か?

 オレが発した声の上に突如綺麗なソプラノ声が重なった。

 落ち着けオレ。ちらっと馬鹿な考えが頭をよぎったがすぐに声の聞こえてきた頭上を見上げる。


「こんにちは驚かせてごめんなさい。人間の方がいらっしゃるのは久しぶりなものでつい声をかけてしまいました」


 全然気がつかなかった……。それにしてもきれいな声。澄み渡った妖精のような声とはこのことか。

 しかし驚きすぎて、うるさいくらいに心臓の鼓動が耳に響いてくる。

あ~もうビックりした。


「大丈夫ですか? すいません。そこまで驚くものとは思ってなかったもので」

「いいんですよ。気にしないで下さい。コイツの気が緩んでいたのがいけないんですから」


 申し訳なさそうに肩をすくめる樹上の人影に、ビオレラはあっさりとした口調で言った。

 そんなビオレラの言葉がおかしかったのかクスクスとした笑い声が降りてくる。


「そちらの人間の方本当にごめんなさい」 

「いえ、全然大丈夫なので気にしないでください」

 

 オレは気にしていないと思われるように努めてクールに答える。なんか嫌じゃん。いくら初対面の人といえどあまり悪い印象は持たれたくないし。


「もしかして、ブルーフォレストにやってくるのは初めてですか?」


 これはオレに向けられた言葉であろうか。もちろんここに来るのは初めてである。とは言ってもこの世界ではどこに行っても初めての場所であるが。


「だとしたら私達エルフは森の中では特に気配を消すことができますから、人間のかたでは慣れるまで戸惑うかもしれませんね」


 樹上の人物はやんわりと言った。


「そうは言っても……」


 なんか納得がいかないな。

 決して見栄を張るわけではないが、オレのちんけなちんけなプライドが顔を出す。オレはビオレラ以外に笑われてしまったことになんとなく常識はずれのようでいい気持ちがしない。確かにこの世界の常識を何一つ知らないのは間違いないのだがなんであろうこの敗北感。

 オレの様子を見てフォローしてくれたようであるが、何か釈然としない。


 オレたち三人は樹上の人に別れの挨拶を告げると、また道なき道を進んでいく。


 再びオレたちの間に沈黙が広がる。

 こういうときは本当にしょうもないことが頭に浮かんでくる。森の中から巨大な熊が飛び出してこないかとか、今日のご飯はなんだとか、あと十歩ほど歩いたら世界が爆発しちゃうとか、目の前に広がる木々の間を某有名ゲームにでてくる赤ひげのマ〇オがピョンピョンジャンプしていくだとか、とめどなくくだらないことばかり考えてしまう。いったい登山家やマラソン選手などはいつも何を考えて山を登っていたり、道を走っていたりするのだろうか。

 未だに頭の中では先ほどのもやもや感がどうしようもなく渦巻いていた。早く忘れてしまおう。オレは何か違うことを考えて気持ちを切り替えることにした。そういえば……。さっきの樹上のエルフさんは何かの実でも採っていたのだろうか。

 オレはさきほどから疑問に思っていたことを二人に聞いてみた。


「先ほどの方はエルフの方でしょうけど下に降りてきませんでしたね。とても雰囲気の言い方でしたけど木の上に登って何をしていたのでしょうか?」


 木の上にいるというのはこの時代の特徴なのだろうか。それとも思っていた以上にエルフという種族は原始的なのだろうか、そうなのならば今まで考えていたものと大分変わってくる。


「……」


 うん?? 

 なぜだか二人からの答えはない。何かあったのだろうか。オレは地面を淡々とたどっていた視線を中断し顔を上げた。そして斜め横を歩いていた二人の方を見る。

 うん???

 両者とも立ち止まってオレの方を凝視していた。エノーミさんは「そうか。そう言えばそうだったな」と呟くように言った。感情をほとんど表に出さないエノーミさんであるが何かにかなり驚いているようである。もう一人ビオレラは特徴的なその切れ長の目を最大限見開いていた。まるで暗闇の中にいる猫のようである。


「二人ともどうしたんですか?」


 ビオレラはともかく、エノーミさんがこれほどまで表情を動かすとははじめてである。まさか怒っているわけではないだろうが……。オレ何かやってしまったのだろうか。ぐぬぬ。話をそらそうとしてさらなる深みにはまってしまったのか。なんという厄日。こういう日は早く寝るに限る。まだまだ日は高く昇っているが……。とりあえず一秒ほど思い当たることを頭の中で考えてみるが答えは出ない。


「そうね……。アンタがこの世界の人じゃないって改めて実感したわ」


 ビオレラが疲れたように息を吐く。


「私も最近はそのことをすっかり忘れていたな」


 どうやら予想するにこの世界の常識を知らなかったことが原因らしい。ここまでの様子であると、よっぽど子供でも知っていることなんであろう。


「コタローには言ってなかったが、基本的にエルフ族は木の上で過ごすことを好む者が多い。理由を聞かれると答えようがないが、人間が地面の上で生活をしているのと同じではるか昔からそういう生活習慣になっているとしかいいようがないな。とにかくエルフとは木の上で生活することが多い。かくいうこのブルーフォレストにある七つの街も全て巨大な木々を利用して造られているしな」

「私達は森の精霊とも呼ばれているしね。人間達の中には私達が一生地面に降りないで生きていると思っている人もいるんじゃないかしら」


 ビオレラは苦笑して言った。


「そうなんですか…」


 でも二人を見てたらそんなのわからないでしょ。だってそれこそ普通に下で生活してるし。

 オレはまた新たな発見をしたのだった。



いまさらSUM41にはまってしまいました(笑)

「still waiting」と「subject to change」かっこいいわ~。

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