同志
「やっとついた」
オレは痛む足を半ば引きづりながら、ドサッと投げ出すように荷物を足元に下した。
「まったく情けないわね。たかがこれくらいの旅でへこたれるなんて」
「無茶言うなよ。こっちは今までこんな長期間徒歩で移動したことなんてなかったんだからしょうがないだろ」
「それこそ情けないわね。この程度の距離歩いたことないなんて。どんな平和ボケした世界に住んでいたのよ」
「そうは言ってもな~……」
オレは痛むかかとを労わるように地面へと足を投げ出す。
まったく人間っていう生き物はなくならないとそのありがたさに気が付けないんだよなぁ。そう考えるとオレの住んでいた世界ってなんて便利だったんだろうか。懐かしさとともにそれに否が応でも気が付かされる。地球。すなわち日本においてそうそう長距離歩くことなんてめったにない。アスリートや登山家などならともかく、一般人なんて通勤・通学の間ぐらいであろう。歩いてせいぜい半日とか一日である。それが一か月まるまる歩きっぱなし。いくらゆっくりとしたペースで進んでいたとしても、日本育ちの軟弱大学生が行うにはちょっとレベルが高すぎる。
「いいじゃないか。コタローにもいい経験になったろう」
エノーミさんは口角をつり挙げニヤリと笑う。
まったくこの人は……。
この人は犯罪的に人を使って楽しんでいるにちがいない。
人が悪すぎる。
まあオレに楽を覚えさせないためには必要なことなのかもしれないが……。
だとしてもな~、なにか納得できない。
そうなのである。ここでふと疑問に思った人もいるかもしれないが、実は何を隠そう今回の行程では魔法を使って身体強化をすることを出発前に禁止させられていた。身体強化魔法は全身の筋力を飛躍的に高めることができるものだ。それなりにマナを消費するものであるが、今現在の状況と比較するとよっぽどましである。それを使えば例えミカちゃんを頭に乗せていようが、何を持っていようが数日歩き続けることはそこまで大変にはならない。だからこそ強化していれば今回の行程は今のような辛い思いとは無縁になっていたであろう。ただ悲しいかな。今回は己の体力だけが頼りである。そしてオレの体力は平均並み。この前ちょっとした軽い気持ちでエノーミさんに理由を聞いたときは、訊かなければよかったと激しく後悔しため息が出たほどだ。
「魔法を使う事は必要最低限にしたほうがいい」
エノーミさんの鶴の一声でそう決められた。魔法にばかり頼ってはいけないということだ。もちろん、エノーミさん本人とビオレラも同じである。
「だがこの違いはなんだ」
まったくと言っていいほど疲れを見せない二人。むしろビオレラなんか力が有り余っている感じだ。超人じゃなかろうか。いや……なら超エルフか。なんか某マンガのスーパーヤサイ人みたいだな。でもまあ、よく考えたらおそらく能力のスペックが違うのであろう。そもそもこの世界の人間の身体能力でさえ、オレの持っている常識の基準とは違うのかもしれない。むしろ違うにきまっている。
「は~。疲れた……」
そういえば、この旅の最中から彼女の呼び方がさん付けから呼び捨てに変わった。本人いわく「いい加減さん付けって気持ち悪いのよね」ということだ。あの素性を打ち明けた時以来、言葉の刺々しさは変わらないがなんとなくオレに対する接し方もやわらかくなってきた気がする。ただもうちょっと優しくしてくれてもいいような気もするけど……。打たれ弱いオレにとってはいつメンタル面にクリティカルダメージが炸裂するかわかったものではない。まあ変な気を使う必要がなくなったからこれはこれでよかったような気もするが。
「こっちよ」
ビオレラはそんな俺にお構いなくすたすたと進んでいく。気のせいか歩くスピードも速くなっている気がする。
それもそうか。久しぶりに自分の国へと帰ってきたんだ。それは自然と足も速くなろうってもんだ。オレは早足のエルフを追いかけた。
―――――――
ここは深い深い森の中。遥か頭上は天蓋のような木々のカーテンでぐるりとおおわれている。わずかばかりにその隙間を通り抜ける光はまるで綺麗な線を引いたようであり、また一方では鋭利な槍のように地面に突き刺さっている。だがそれを除けば周りはかなり薄暗いといった印象がぬぐえない。しかしどちらかというと暗いというよりは神秘的な雰囲気を全体的に醸し出しているといった印象が強いせいか嫌な感じは受けない。しかしどことない緊張感のようなものも自然と感じられてしまうような重たい空気でもある。
この二週間エノーミさんとビオレラに導かれる中、鬱蒼とした木々の中をひたすら突き進んできた。道なき道を進む行程は想像以上に辛かった。一番堪えたのはコンクリートで固められた舗装された道を歩くのとはわけが違うことである。普段気を使わないような些細な動きにも注意を払わなければならなくなり、必然と体中至る所の筋肉が悲鳴を上げている。特に足の裏の筋肉は焼けるように痛い。足底筋膜炎かなぁなどとわかったところでどうしようもないことをとめどなくひたすら考え続けていた。一歩踏み出すごとにずきずきとする。やはり自分にはインドアがあっているなぁなどと歩きながら何度思った事か。そして今日ようやく入口へとたどり着いた。
「ここからがブルーフォレスト?」
「そうよ。まだ入り口だけどね」
オレは視界に表れてきた建物をどことなく達成感にあふれた表情で見上げてしまう。
「なに「やってやったぜ」みたいな充実してそうな顔してるのよ。気持ち悪いからやめなさい」
「……」
オレは旅の間着々とレベルの上がってきたスルースキルをいかんなく使用し、なんとか精神面へのダメージを最小限に抑える。そして改めて一度目の前のものに視線を走らせた。
「あれは……?」
オレ達の目の前には徐々に一軒の小屋が見えてきた。屋根の上をべったりと覆う苔。一見すると緑色の屋根にも見える。屋根の一部には小さな煙突が見えており、小屋の外には火を起こすのに使うであろう薪が綺麗につみあがられていた。大きさ的には何の変哲もない山小屋といった感じである。
「ここが管理者の家ですか」
「そうよ。はるか昔、結界がブルーフォレストの周囲に張られて以来、ここに住む者の許可がなければ何人たりともブルーフォレストの中には入れないわ」
「そうだ。コタローにひとつ言っておく。奴には気をつけろ」
「どういうことですか?」
「まあ、会ってみればわかる。ただ遠慮する必要は全くない」
「そうね。むしろ悪ガキを相手にするような感覚でいればいいんじゃない?」
そう言うとビオレラは前へと進むんで行き、コンコンと軽く小屋のドアを叩いた。
「クラス様。おいででしょうか。入国の許可をお願いしたいのですが」
「……」
中からは何の音も聞こえてこない。
「いないのかな?」
「いや、中にはクラスの気配がある。コタローもマナを感じ取れるはずだ」
「確かに」
エノーミさんの指摘通り、小屋の中にはしっかりと誰かのマナを感じる。
すると一拍置き、小屋の中から人の動く気配がする。
ガチャリ。
「さてはどなたですかな?」
出てきた人物を木漏れ日が足元から照らし出す。
「これはこれは……ビオレラ様ですか。お久しゅうございます。相変わらず元気そうで何よりです」
「クラス様もお変わりなく何よりです。急ぎゴンドアに行きたいのですが、通行の許可を頂けないでしょうか?」
ビオレラはそう言うとお爺さんにオレ達(主にオレ)を紹介する。
オレは改めてその姿を観察した。
ドアから現れたのは長く伸ばした白いひげ。うすい灰色の一枚のローブを羽織り、腰のあたりには一本のベルトがやんわりと巻かれている。その手には一本のほとんど装飾もない白っぽい長い杖が握られていた。背筋はぴんとしており、腰は曲がっていないが一般的にいう魔法使いのお爺さんというイメージにぴったりのエルフである。
「こちらはご存じであると思いますがサティスファルド家のエノーミ様。その隣にいるのが人間のサイトウ コタローです」
「またお懐かしい方にお会いできて嬉しいことです」
お爺さんは感慨深そうに一瞬目を細めると、ゆったりとした歩調でエノーミさんの前へと歩いていく。
「再びお目にかかることができるとは。お会いするのは何百年ぶりでしょうか」
「そうか。もうそんなにもなるか」
エノーミさんは右手を腰に当てると考え込むように首をななめに傾けた。
「ええ。ルギホップの館で食事をした時以来ですからそうなりましょう」
「あの時か。あそこの食事はうまかったな。ライドは達者にしているか」
「ええ。おかげさまで」
「それはなによりだ」
エノーミさんにしては珍しく人間味あふれる答えである。普段はそっけない態度をとっているがエノーミさんもやはりというか一人のエルフなんだなと実感させられる。てか皆さんいったい何歳なんですか?
「かなり失礼なことを考えていた奴がいるな」
オレはとっさに首を横に振った。おそろしい洞察力。いや読心力。
なんとビオレラも同じくおんなじことを思っていたようだ。すさまじい勢いで否定していた。
「あなた様がいらしたということはそろそろという事なのですね」
エルフのお爺さんはどことなく憂いを帯びた表情でエノーミさんに語りかける。
エノーミさんは首を縦に振る。
「……まあな。というわけで通らせてもらうぞ」
「エノーミ様なら何の問題もありません」
そしてお爺さんは俺の方を向いた。
「初めましてコタロー様。そう緊張されなくても結構ですよ。私の名前はガイリード・アーツ・クラスと申します。皆様には短くクラスと呼ばれております。どうぞよろしくお願いします」
お爺さんはゆったりと右手を差し出してくる。
「こちらこそよろしくお願いします。サイトウ コタロウです」
温かい。
オレはしっかりと握手を交わす。見た目に反してしっかりとしたとても大きな手の平であった。
手を離すと、お爺さんは頭の上から足先までゆっくりとオレを観察する。優しげな雰囲気であるがその視線はとてつもない鋭さを持っている。あたりは森の生き物のほか何も音はしていない。沈黙が続く。しかし嫌な感じは決してしない。なにに気をつけろというのだろうか。オレの中では好印象度マックスなのだが。
「なるほど。なるほど」
クラスさんは自分の中で何か納得したように軽く頷いている。
「コタロー様の好きな女性のタイプは可愛い系より綺麗系の女性ですね」
「は?」
「そうですね、ビオレラ様のようなきつめの性格の方がどっちかっていうと好みでしょうか?」
「い、いや……」
「好きな女性の部分は二の腕と見ました」
「いやいや。隠さなくても結構ですよ。スカートは短いのもいいけど、長いのにも何か魅力を感じてしまうってことですよね。かくいう私もs」
「てか聞いてないし!」
なるほど、気をつけろとはそう言うことですか。オレは二人の忠告に納得する。
どうしようかな……。全然当たってないことには突っ込むべきか…。でもなんとなくこのまま相手のペースにのまれてしまうのも嫌なので、正直に答えてみようか。ちなみにクラス様の好感度はすでに底辺である。
「オレは尽くしてくれるかわいい感じの子の方が断然好きですね。あと誰になんと言われようとオレは足首フェチです」
「なに!? 君もなのかい?」
「え? クラス様もですか?」
「キュッと細い足首はなんともたまらんものがありますね。また引き締まった腓腹筋が若干盛り上がって見えるとよりいいですな」
「クラス様流石ですね」
なんとまさかの同志。あの良さを分かっているとは。クラス様の好感度は再びマックスである。オレは無言で今度はがっちりと握手を交わす。
「スカートは長いのにも魅力があるっていうのも大いに同意できますけど」
「おお! そうだろう。なかなかコタロー様も見る目がありますね」
「変態ね」
「そういってやるな、男ってのは種族を問わずこういうものだ」
女性陣からの見る目がなんとなく変わってしまった気もするが、同じ志を持つ者を手に入れたのに比べれば安いものである。