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治癒術


「そうか、そうだったな。ビオは昔から妙に何かを期待しているような目をしていたのはそういうことだったのか。ふむ、なるほど。確かにビオの考えはほぼ正解だ。私の治癒術は針の穴を通すような完璧なマナ操作によって成り立っている」


 やっぱりか。ただそれ自体に大した驚きはない。なにせお母様に教えてもらっていたから。

 となるとやっぱり私にもできる。はっきりと見えた希望に、胸の奥からかすかな喜びが湧き上がってくる。


「これは困ったな。どう説明したらいいものか」


 エノーミ様は珍しく本当にどうしようかという風に考えている。


「マナ操作の習得。これだけなら確かにビオレベルともなれば問題ないと思うかもしれない。まあ、本当はマナ操作をマスターすることさえも不可能に近いことなのだが、仮にできるレベルになったとしても本質はこれだけじゃあない。例えばビオは治癒術とはどんなものだと思う?」

「そんなのマナを操って怪我や病気を治す……」


 私は言いかけていた言葉を途中で止める。

果たして本当にそうなのだろうか。いや、よく考えてみなくちゃ。エノーミ様がそんな単純な問いかけをするだろうか。ううん。絶対しない。だとしたらきっと何か違った意味合いが含まれているはずだ。 


 いったい治癒術とはなんだろうか。私はあの時を思い出す。なによりも先に浮かんでくるのは原因不明の病で倒れたお母様をわずか数時間で治してしまった常識を外れた力である。様々な手を尽くしてもまるで効果がなく衰弱をたどっていたお母様を瞬く間に元気にしてしまう力。それまで私を含め誰もが指をくわえて見ていることしかできなかったことはあれから相当な時間が経った今でさえ思い出すと胸が苦しくなる。誰かお母様を助けて。私は何度この世界の神に願っただろうか。でもこの世界に神はいたのだ。この世界の絶対的な力である魔法ですら命という概念に干渉できない世界の理を覆してしまう神の力。

 エノーミ様によってお母様は元気になったのだ。当時エノーミ様の事は話には聞いていたが正直ほとんどすごい人というだけで、あまり関心がなかった。ただその日を境にまったく変わってしまったが……。


 治癒術とは文字通り病気、怪我などの体に起こる種々の疾患を治してしまう力である。簡単に説明すると症状の原因に対して自身のマナを使って無理やり干渉していくのである。その過程でもっとも重要なのは先ほどからも言っている通り、マナを用いることである。魔法を扱うものにおいてマナほど重要なものはないが、これ自体を意識的に使える人はほとんどいない。マナとは魔法言語を使うためのツールなのである。魔法を唱えれば言葉に込められた力により、必要な現象を引き起こすことができる。それがマナであり、魔法であり、この世界の仕組みであった。そして魔法を扱うもの全ての人においての基礎であり、常識である。だからこそ私もここ数日で実感させられたがマナ自体を扱うことは容易ではないのだ。無意識的にしていたことを意識的にやる。生まれてからずっと当たり前だったものを改めるのはとてつもなく難しいものであった。



「治癒術とは文字通りさまざまな症状を治していくことができる。もちろんビオの思っていることで間違いはないし、私もその通りだと思う。げんにそこに深い意味などないし、なにせ治癒術はマナをうまく扱えないことには始まらないからな。ただそれがすべてではないということを知っている者に関してはほとんどいない。重要なことは病気、けが、体、精神状態、生活環境、全てにおいて高度な知識を持っていることが必要となる。そこにこそ治癒術の一番の難しさがある」


エノーミ様は足を組みなおすとコタローを見た。


「なんですか?」


 コタローは未だなぜここに自分がいるのかわかっていないように不思議そうな顔をしている。傍らにはミカド様がいつもどおり気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。


「とりあえずビオレラは見ているといい」


 そう言うとエノーミ様は小さく魔法を唱えた。


「「なにをしているんですか!?」」


 意図せずコタローの声が私のそれと綺麗に重なった。魔法の発現とともにエノーミ様の腕から鋭利な刃物でスパっと切られたかのように血が溢れだす。流れ出す赤い液体は瞬く間に床を赤色に染め上げていく。


「エノーミ様! 包帯はどこに置いてあるんですか。早く止血しないと」


 私は急いで走り出すと、包帯の置いてありそうな場所を手当たり次第に探した。


「ない!! アンタならどこに何があるかわかっているんでしょ。早く持ってきなさい!」


 私はコタローを怒鳴りつけた。彼はなにを考えているのか未だにその場を動いていない。


「ちょっと聞いてるの! 早くしなさい」


 ホントにこの男はいったい何を考えているのだろうか。はやくしないとエノーミ様が出血多量で大変な事になってしまう。出血の多さでよくは見えないがあまりにもきれいに切れている傷口からは骨さえもわずかに見えている。


「まあ、落ち着け。コタローもわかっているな」


 エノーミ様は腕のことなどまるで何事もないかのように言った。


「そんな落ち着いていられるわないじゃないですか! エノーミ様の腕が……」

「ったく。そういうのはやる前にやるってある程度言っておいて下さいよ。びっくりするじゃないですか」

「ちょ…、あんた何言って……」


 私が言い終わらないうちにもコタローは血だまりに滑らないように慎重にエノーミ様に近づいていくと傷付いた腕を右手でつかむ。

 コイツいったい何をしようというのだろうか。


「じゃあいきますね」


 若干のマナの揺らぎとともに、みるみるうちにエノーミ様の腕の出血は治まっていき、次第に傷口もなくなっていく。ものの数十秒で跡形もなく傷跡がなくなってしまった。


 ……は? うそでしょ。

私は自分の頬を一度力強く叩く。


「う…痛い」


 おそらく右頬は相当赤くはれ上がっているだろう。でも今はそんなのはどうでもいい。

 エノーミ様は治り具合を確かめるかのように、腕をすりすりとさする。


「大丈夫そうだな。流石だ」


 エノーミ様はコタローに向かって言った。


「そうですか、ならよかった。それにしてもいきなりやると驚くじゃないですか」

「そうか? お前ならこの程度たいしたことないだろう?」

「そうですけど、オレが言いたいのはそういう意味じゃないですよ。まったく……」


 コタローはあきれを通り越して、少し安心したかのように表情を緩めた。


「まあなんとなく考えていることはわかりますけど流石にこれはやり過ぎじゃないですか? 血がダメな人が見たら某マンガに出てくるのび太くんになるところでしたよ」

「あ~あれか、ポケットから不思議な道具を出すタヌキ型ロボットが出てくるやつか」

「そう、そう。ちょっと違うところもあるけどそれです」

「そんなことはどうでもいい!!」


 私は思わず大声を出してしまった。でもこんな場面であったらだれでも叫びたくなってしまっても仕方がないと思う。私としてはむしろよくここまで自分を抑えられていると自分をほめてあげたいくらいだ。


「そんなことよりもちゃんと説明してください」


 今この男がしたことは紛れもなく治癒術である。そんなばかなことがあるわけがない。そうあるはずがないんだ。でも今私が目にしたものは紛れもなく治癒術であった。ぼけていたわけでもなんでもなく私の知る、そして私の身に着けたいと渇望していたまさにそれであった。


「うそよ……」

「信じられないのも無理はないか。これがおそらくビオの考えている治癒術だな」


 エノーミ様は魔法を使い床に流れ出した血だまりを綺麗にし、服の汚れも落とす。数分前と何一つ変わらない状態のエノーミ様に戻っていた。


「ビオにはコタローがしたことがなんだかわかるか?」


 そんなもの答えは簡単だ。治癒術に決まっている。私は不本意ながらも軽くうなずく。


「だとしたら言い方を変えようか。私の腕で何が起こっていたかわかるか?」


 わかるわけがない。だって私はそれが知りたいのだから。腕の外傷を瞬く間に治してしまう力は、まさしく神秘のひとことである。


「コタロー試しに説明してみろ」

「まじっすか!? えー、う~ん……、なんていったらいいのかな。まあ簡単に説明すると細胞レベルで止血と修復、血栓の溶解、組織の再生、増殖、出血した血液を補うために骨組織らの活性化ってとこですかね」

「細胞? 血栓……?」


 聞いたことのない単語があまりに多すぎて何を言っているのかがまったく理解できない。


「またえらく省いたな」


 エノーミ様は珍しく表情をやわらかく変化させた。


「だって一つ一つ説明するとしたらとんでもなくめんどくさいですよ。ましてやビオレラさんはこういうことを知らない訳だし」


 ムカッ。確かにその通りであるが否定できない事実であるだけに余計に腹が立つ。


「それもそうか。要は治癒術を扱うにはマナ操作だけでは不十分だということを伝えたかったのだ」

「今のコタローの言ったことがそれですか?」

「そうだ。簡単すぎるがおおまかな内容はそういうことになる」


 意味が解らない。先ほどのコタローの内容もそうだがわからないことが多すぎる。


「……ちょっと一つ一つ聞きたいことを整理させてもらってもいいですか?」


 あまりにも考えの及ばないことが多すぎて何も考えられない。


「まずなぜコタローが治癒術を使えるかということです。マナ操作の事はともかくエノーミ様しか知らないようなそのような高度な知識をどうして理解しているんでしょうか? 彼はまだここに来てそれほど経ってないはずです。ならあまりにもおかしくないでしょうか?」

「そのことに関しては簡単だ。私はなにもしていない」


 うん? エノーミ様の言っている意味がよく理解できない。


「すまんな。言い方がわかりにくかったか。つまり私は何も教えていない。コタローは元からそう言った知識を持ち合わせていたということだ」

「すいません、それはどういうことでしょうか?」

「言葉通りだ。例えばさきほどコタローの口から説明された内容は私が教えたのではなく、最初から知っていたということだ。もちろんここに来て学んだ内容も数多くあるだろうが、そのベースの部分は初めから理解していたから。だからこそコタローも治癒術が使える」

「ちょっと待ってください。それはあまりにもおかしくはないでしょうか? 私といえどもこの世界の中ではかなり知識を持っている方だと自負しています、けれど先ほどの内容は全く聞いた事の無いようなものでした。私たちが知らないような知識をエノーミ様が持っていることは一部の人たち、少なくとも私にとってはおかしいことではないです。ですが、コタローが知っているということはどうやっても説明が付きません」


 エノーミ様に関してはもう触れる必要がないほど凄さが伝わっているだろうから、私が当然と思っていることも理解してもらえるだろう。でもコタローに関しては違う。いくらエノーミ様が認めているからと言って、私にとっては怪しい人物以外の何物でもない。確かに気が利いて、料理や家事がうまくて、ミカド様に好かれているがそれだけでは……まずい、これだけを見ると相当な好人物である。ただエノーミ様しかとけないような鍵魔法をいとも簡単に使いこなし、エノーミ様にしか使えない治癒術を使え、ましてや人間である。百歩譲って、やっぱりだめね。一万歩譲って、エルフであるとしたらなんとか納得できなくもないが、それでさえおかしなことである。それほどの力を持ちながら名前を知られているわけでもない、出自も不明。正真正銘怪しい人物である。



「そうだな……。コタロー、ビオは確かに信用できる。その点に関しては私の名に懸けて誓ってもいい。これからのことを考えてお前のことを話しておこうと思うがどうだ?」


私にしては久々に長い文章(笑)

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