想い
そしてさっそく話の続きを切り出す。
「それで先ほどの事なんですけど……」
「まあ、まず落ち着け。そうだな、それじゃあ何から話そうか……。まずは……なぜビオはこのマナ操作の概念を持ってきたんだ?」
ずるい。やはりエノーミ様はすんなりと教えてくれそうにはない。一筋縄ではいかないのはわかっていたが……。
でもここでしつこく反論してもただ聞き分けがないだけである。なんとか自分を抑えないと。そして何より評価を下げるような答え方だけはしないように気をつけないと。私は考えていたことを頭の中で反芻し答えを口にする。
「ええと、それはエノーミ様のあの力を身につけるためにはマナを自在に扱えなければいけないと思ったからです」
とりあえず無難な答えのはずだ。というよりも純粋な私の気持である。答えるとしたらそれしかない。
「ふむ。たしかにその通りだ。だがそれだけではないだろ?」
エノーミ様はやわらかい声で続きを言う。
何を意味しているのだろうか? う~ん……、だけど思いつくこともない。
「私の知る限りビオに限らず初見だけでそれに気が付ける者がいるとは思えん」
なるほどそう言うことか。確かに私だけでこの事実に気が付けるはずもない。エノーミ様も私に助言した人が誰なのかと思っているのだろう。
「はい、正直に言うとお母様に教えてもらいました」
やはりエノーミ様はエノーミ様だ。すべての面において鋭すぎる洞察力を持っている。私はともかく、人によっては本当に怖い存在なんだろう。
「そうか。なるほどな、彼女なら当然と言えば当然か……」
エノーミ様とお母様は古くからの知り合いである。いつ、どこで、どんな風に知り合ったのかは知らない。いつもそれとなく聞いてみてもうまくはぐらかされてしまう。ただ今の言葉からもエノーミ様は母のことを大きく買っていることがよくわかる。
ずきん。
私の心に嫉妬のような、よくわからない感情が広がっていく。実の母親であるが悔しい気持ちというか、はたまた憧れのようなものが生まれてくるのを感じずにはいられない。幼い時からエノーミ様は私にとってアイドルであった。一挙手一投足が私の目を引き、別世界の住人であるかのように神々しく全てが憧れであった。特にあれを目にした時から私の心はそれで埋め尽くされてしまった。私にはこれしかないと思った。とてもとても口だはうまく表現できないが、その時は瞬間的に心が震えたのを感じたものだ。この力を手に入れることがエノーミ様に近づく唯一の方法だと悟るまで時間はかからなかった。これさえあればエノーミ様に私を知ってもらえる。これさえあれば限りなくおそばにいることができる。私はそう思った。しかしエノーミ様はある時理由も告げず急にブルーフォレストから居なくなった。おそらく母などは知っていたのであろうが、私にとってはあまりに思いがけないことで、ショックのあまり目の前が真っ暗になった。そのせいで家に引きこもることになりかけた。正確に言うと一週間ほど引きこもってはいたが、その時お母様に言われた言葉が今でも耳に残っている。
「エノーミに興味を持ってもらえるぐらいの人になりなさい」
まるで頭に雷が落ちたような衝撃であった。そう。ビビビッと電流が頭の先から足のつま先まで駆け抜けたような感覚であった。
そうか、そうすればいいのね。私は思った。そして気が付いた。まずは自分を成長させなくちゃ。
だからこそ今の今までエノーミ様を追っかけることはせず、ひたすら勉学に励んだ。特に魔法は死ぬほど覚え、練習した。歴史、数学などのさまざまな教科も手を抜くことなく勉強した。挫折しそうになったことも一回や二回ではない。その度に私の心を奮い立たせたのはエノーミ様に近づきたいという思いだけであった。その結果として今の地位がある。だけど私の目標のまだスタートラインにすら立っていない。
うらやましい。私もあんな風にエノーミ様に認められたい。それが幼いころからの私の願いでもある。
私は胸の鼓動が強くなるのを感じる。そう、エノーミ様に並び立つ。そのためにこの力を手に入れたいと願っているのだから。
「彼女の、母親のオリヴィアに聞いたことを私に説明できるか?」
う~ん…。私はゆっくりと考えを整理し、わかりやすく無駄のない答えを用意する。ミスはないだろうかともう一度頭の中で確認してみる。
なんとかうまくまとまっただろうか……。
私はエノーミ様にまとめた内容を説明した。母に教えてもらった事、マナ操作の概念の内容から今日までの散々な結果を。それから最後に今回の核心である話をする。
「だからこそマナ操作が何よりも肝心であり、その基本だと教えてもらいました。だからこそこの本をまずマスターしようと」
そして私はエノーミ様の眼を力強く見つめる。
「そしてそれこそがエノーミ様だけの力である治癒術を可能にするからです」