いざ
あれから三日ほど経過したが進展はゼロであった。
慰め程度に何か些細な進歩を自分の中で探してみたがそれすらも一向にないのであった。本当に何の進歩もなかった。
悔しいが、自分ではどうしようもない。今までの人生の中で持っていた私一人でやってやろうなどというくだらないプライドは早々に捨てるべきだと理性的に考える。さいわい今日はエノーミ様が家にいるようなので教えを乞いに行ってみようと思う。最近ほとんど家にいなかったのでお会いできなくて悲しかった。なのでいつも以上に嬉しさがこみあげてくる。
だが果たしてすんなりと教えを乞うことはできるだろうか。
「……無理ですね」
正直な話エノーミ様の性格を考えると、無理だと断言できる。当たって砕けろの精神ではないがどこまで食い下がれるかになってしまうのではないだろうか。
作戦も何もないですね。
「ふふっ」
一人馬鹿らしさに笑いを浮かべてしまった。あまりのいい加減に思わず自分に突っ込んでしまうぐらいノープランである。でもエノーミ様に断られるのもそれでなんとなく刺激的である。あのキリリとした美しいお顔で「無理だ」なんてはっきり言われたところを想像してみた。
ジュル。
まずい……。あまりのすばらしい光景に涎が……。
っと……。とにもかくにも、そう考えると気も楽になってきた。まずは行ってみようと思う。
さっそく私はエノーミ様の部屋の扉を叩いた。ドキドキする。
「エノーミ様ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
「なんだ? 入っていいぞ」
ギー。
ドアのきしむ音とともに部屋の中に踏み入れた。
う……汚い。私は部屋のなかの物を傷つけないよう慎重に中に入った。あいかわらずの散らかり具合である。
エノーミ様は椅子に座り何かしらの分厚い本をめくっていた。
部屋ぐらい綺麗にしてください!!
私の心の叫びはともかくエノーミ様は「どうした?」と読みかけの資料から目を離す。
ああ、ただ本を読んでいる様子だけでもなんてかっこいいのでしょう。いつも思ってしまうが、本当にこの世の人とは思えない。ただ、エノーミ様に関しては違う世界から来ただとか、実は神の一族だったとかそんな風に言われた方がよっぽどしっくり気がする。だって完璧すぎておかしいもん。ただエノーミ様がなんであれ私の気持ちが変わるわけではない。
私は気持ちの高ぶりをなんとか押さえつける。
「これについてやり方を教えていただけないでしょうか」
私は単刀直入に先日この部屋から拝借した魔力干渉に関するエノーミ様の本を見せた。回りくどいことをしてもいいがエノーミ様相手に意味はないと思う。だとしたら直球で行く方がよっぽどましである。ただ私が面倒なことが大嫌いなのもあるが。
「ここ数日これの習得を目指しているのですが私一人ではまったくできないのです」
エノーミ様はそれを目にすると雰囲気が変わったかのようにスッと目を細めた。ゆっくりとそれを手に取るとページをペラペラとめくりだす。
「は~……」
エノーミ様はため息を吐く。
「よりにもよってこれを選んだのか」
「はい。エノーミ様のようになりたいので」
エノーミ様の重厚な声に負けないように私はできるだけ力強く答えた。気持ちで負けていては駄目である。やはりというか、かなり第一印象としては難しそうな様子である。かといってあきらめることはできない。
頑張れ私!
私は知っている。エノーミ様という人物の凄さを。エルフを除くたいていの人たちは勘違いをしているのだ。エノーミ様の本質を。かつての大戦時に見せたエノーミ様の働きはどれも華々しい物であった。膨大な知識。圧倒的な魔法の実力。そして美貌。どれか一つでもその光景を目にしたら盲目的な尊敬を抱いてしまうほど虜になってしまう。あれからどれだけの時間が流れたというのだろうか。だというのに今だエノーミ様の名声は衰えることがない。むしろエルフ族の中でさえより神格化してきているほどだ。
すでに私の中では神以上の存在であるが、とにかくエノーミ様の凄さは口では説明しきれない。
「お前ならもうわかっていると思うがこれは止めておけ」
エノーミ様はいつものごとく感情を表には出さない。人によってはそれが怖いだとか、欠点だとか言うかもしれないが、私にとって逆にそれが大きな魅力の一つでもある。もちろん表情豊かでいつも笑顔でいてくれた方がいいのかもしれない。エノーミ様の笑顔はそれはもう破壊力抜群で、それを見ただけで一生がんばれそうなぐらいのパワーを持っている。でもだからこそ滅多に見せない表情を見れた時の希少価値と言ったらとてつもないものなのである。私としてはそんなエノーミ様の機微を一番に理解し、また引き出したいとい願っているがなかなかうまくいかない。まあ、でもまだまだこれからである。
「これを持ってくるということはおそらくあれを覚えたいという事だろうが、私の使っているところを見たことがあったか……?」
「以前お母様に使っているのを一度だけ見たことがあります」
「ああ。あの時か」
エノーミ様は思い出すかのように言った。ちなみにビオとは私の愛称である。
ぐふふ。何度聞いてもすごい感動です。ビオレラ様に愛称で呼ばれる人はそんなに多くはない。だからその名で呼ばれるたびにうれしくなります。
「だとしたら尚の事あきらめた方がいい。お前は賢い。これとは違ったものを学ぶべきだ」
「やはりそう言われると思いました」
予想していたとはいえ直接と言われると胸の奥から悔しい気持ちが湧き上がってくる。しかしここで引いてしまっては何の意味もない。
「でもエノーミ様にできるということは不可能なことではないはずです」
半ば自分に言い聞かせるように言葉にした。
そう。エノーミ様が可能とならほかの人物にも理論上はできるということである。まるで子供のような考え方ではあるが、まさか超能力などの類ではないだろう。エノーミ様だけの特別な能力だということであれば素直にそれはあきらめるがそのようなことはないと確信している。もしそうなれば本当にお手上げであるが、エノーミ様に限ってそのようなあ不確定な要素を一時であるが使用し続けるなどしないはずである。きっと特殊な方法は必要かもしれないが、視点や考え方を変えればできはずだ。
「私には100パーセントできないのでしょうか?」
「そうだ。一つ言わせてもらえれば、ビオレラに限ってではない。おそらく私以外は無理だ。この星に生まれたものなら99,9パーセント不可能と言っても過言ではない」
エノーミ様にそこまで言わせるとは……。流石エノーミ様、そんなものを使いこなすとはなんてかっこいいんでしょう。
……ですがいまはそんなことを言っている場合ではないですね。
まさかここにきて超能力説が浮上してくるとは、さてどうしましょうか。
う~ん。だとしたら逆にどんな深い仕組みになっているのだろうか。マナ操作についての概念は一応理解しているから単純にその応用だと思っていたが、まさかそれだけではないのだろうか。確かにもしこれが基礎中の基礎だとしたら、それすらこの世界に扱える人は数人しかいないというのに、はたしてできる人がいるのだろうか。そう考えるとエノーミ様にしか扱えないというのも頷ける。そして私と言えばその基礎すらもまったくと言っていいほどお手上げの状態である。
エノーミ様の前じゃなかったら泣きたいところである。
「99.9パーセントということは千人に一人はできるんじゃないですか? なら私にだって」
「そう揚げ足を取るな。私の言うそれはすでに不可能と同義だ」
そこまで言われてしまうと返しようがない。人によってはひどく傲慢なセリフであるがエノーミ様であればすんなりと納得できてしまう。
「でしたら理由を聞いてもいいでしょうか。あと今言ったこの星に生まれたらというのはどういう意味ですか?」
「そうだな……。そうしたら場所を変えて落ち着いて話すか」
エノーミ様は「ビオが知りたいというならしょうがない」とつぶやきながら立ち上がった。
やった。私は心の中でガッツポーズを上げる。とりあえずは何とか食い下がることに成功した。問題はこれからであるが、エノーミ様もなんとなくだが教えてくれそうな雰囲気なので一安心である。
「向こうの部屋で話そう。コタローも呼んでくるといい」
「コタローもですか?」
え?? なぜアイツも?
「そんな不思議そうな顔をしなくても、読んで来ればわかる」
私は疑問に思いつつコタローを部屋に呼びに行った。




