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実践

 私はエノーミ様の本を片手に家の裏手に出た。


「いい天気ね」


 一歩でも外に出れば眩しく感じる日差しに嫌が応にも目を細めさせられる。本能的にそちらに視線を走らせれば、雲一つなく青々と澄み渡っている空が広がっていた。ギラリと照り付ける光は更に容赦なく降り注ぐ。

 日焼けに気をつけなくては。特にエノーミ様と暮らしているのにみっともない姿は見せられない。めざせエノーミ様のようなクールビューティー。


 おっとっと、それにしても今日はなんて雲一つない快晴なんでしょうか。はたしてこんなにいい日は一年ではたして何回あるだろうか。思わずそんなことを思ってしまうほど気持ちの良い天気である。


 そんなことよりも。まずはとにもかくにも実践である。


「とりあえずはこれから始めましょうか」


 私はさきほど家の中を物色して探してきたものを取り出した。太さ三センチほど。長さは二十センチぐらいの白いろうそくである。私はそれを倒れないように慎重に地面に固定した。そしてさっそく火をつける。ほんのりとしたオレンジ色の炎が現れた。私はそれから一メートルほど距離を離し地面に座り込む。


「準備完了ね」


 地面に突き刺さるろうそく。

 ……何よ。別に変なこと考えていたわけじゃないからね。なんとなくシュールな見た目だったから戸惑っちゃただけよ。

 わずかばかりの風が時おりろうそくの火を揺らめかせるが消えてしまうほどのものでもない。


 私は改めて気持ちを集中させる。原理はおおよそ理解した。自身のマナを外に放出する。






「……だめね」


 一時間ほど経過しただろうか。ようやくろうそくの火が消えた……残念なことに。わずかばかり残っていたろうが最後まで燃え尽きてしまった。私を容赦ない失望感が包み込んでいく。

 もうなんでよ!!


「まさか一発でできるようになるとは思っていなかったけど、これほどまでとは……」

 

 流石に一時間やってみてまったくと言っていいほど成果がないとは予想外であった。もうできちゃった私って天才!? みたいなことになるなんてこれっぽっちも思ってなかったけれど流石にこれはへこむ。だって仕組みはさっきの本を読むことによってだいたい理解してたし。原理がわかっていれば手ごたえぐらいはあると思ってたけど……。

 いくらわずかな人たちにしかできていないものだとしても、ある程度までは可能であると思っていた。それぐらい自分の能力には自信を持っていた。だからこそこのタイミングで挑戦しようと思ったのだ。原理的には驚くべきことに非常に単純である。できなくはない。むしろなぜ今までごくわずかの人にしか出来ていないのかが不思議に思ってしまったほどだ。だが現実はそう優しくなかった。いざ実際にやろうとするとイメージができない。まるでこの雲一つない今日の青空から雲をつかむような状態である。


「そういうことね」


 私は今更ながら真相を理解した。頭の中がもやもやとする。あ~~~っと大きな声で叫びたいくらいだ。状況を知れば知るほど気持ちが沈んでいく気がする。まだ始めたばっかりだというのに。まるでやる気はろうそくとともに燃え尽きてしまったようだ。さきほどまでは気が付かなかったが、おそらくこの技術に関しては誰も出来ていないのではなくやろうとしないのだと思う。おそらく賢い者はこれには手を付けない。なぜならばすぐにこの技術の異常さに気がついてしまうからだ。


「その結果がこれね」


 私はろうそくの置かれていた場所に手を置いた。まだ地面がほんのりとあったかい。不思議とその暖かさとともにやる気もわずかだが湧き上がってくる。私にできるだろうか……。

バカバカ。まったく自分に腹が立つ。なにを弱気になっているのだろうか。たかがこれしきの失敗で落ち込むなんて自分に嫌気がさす。このマナ操作を前にして、いったい何様のつもりなんだろうか。


 私は自分の太ももを勢いよく叩く。

 痛った―――。驚くほどきれいな音が響き渡った。ちょっと強くたたきすぎたかしら。若干、いやかなり赤くはれ上がった太ももがその強さをよく表していた。でも落ち着いた。そういえば自分で言うのもおかしいが私はハードルは高ければ高いほど燃える性質であった。そう、簡単に諦められるもんですか。

 家の中に戻り、別のロウソクを再び用意した。


 同じ場所に腰を下ろし、一度静かに目を閉じ心を落ち着ける。

 なぜなのだろうか。私は落ち着いてさきほど失敗した原因を考えてみる。

 まずマナを体外に放出、そしてそれをろうそくの火にぶつける。

 ……簡単ね。「あれ? これだけ?」って思ったアナタうるさいわよ。ほんとにこれだけなんだからしょうがないでしょ。

 馬鹿にしているわけではないが、要はそういうことである。マナを放出する際、空気中にマナが拡散しないよう外側に薄いもう一層密度の濃いマナでコーティングすることによって可能にする……らしい。


「練習あるのみ」





「あ~、疲れた」


 爽やかであったそよ風もすでに夜風と言って差し支えないほど、冷たさを帯びてきた。

いつのまにかぎゅっと強く握りしめていた五本の指をゆっくりと何度も開く。肩に入っていた力を抜き脱力する。

 あ~、手が痛い。肩が凝った。バタンと後ろへと倒れこみ目を開ける。

 あ~、空が紅い。空の色の変化に一瞬時間が早送りされてしまったのではないかと思ってしまう。


「ふ~」


 結果は失敗。繰り返し繰り返しやってみるがまったくうまくいかなかった。失敗の連続である。悲しいことに成功の兆しすらない。

 気が付くとすでにあたりは薄暗くなっていた。かれこれ五時間くらいは経っているだろうか。真っ青だった空も最早オレンジ色に染まる綺麗な茜空へと変貌していた。燃え尽きたろうそくの数はもう五本にもなる。


「風の神様にも馬鹿にされているのかしら。もしいればの話だけれどね」


 三本目のロウソクにチャレンジしている際一度だけ火が消えた時があった。私はうれしさのあまり飛び上がってしまったが、すぐにそれは心地よく顔にあたるそよ風によってもたらされたものだとわかった。情けないことこの上ない。


 キ――、ムカつく。私は怒りのため近くに転がっていた石を思いっきり蹴り上げた。こういう時はだいたい蹴った石は跳ね返ってきて自分にぶつかるのよね。しかし綺麗に飛んでいった石はカコーンと音を残しながらパチンコ玉のように木々の間を跳ね返って森の中に消えて行った。


 な~んだ……。跳ね返ってきてくれた方が今の私にとってはよっぽど慰めになるのに……。


 私は座りっぱなしで疲れた足をひきずりながら家まで戻っていった。

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