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わけがわからない


「まったくもってわからない」



 あ~もう、いらつく。

 私はいつになく気持ちが逆立っているのを感じる。今まであまり感じたことのない類の感情であることは分かっている。確かに頭では分かっている。わかってはいるが、かといって冷静になれるほど自分の感情をコントロールできるすべは持っていない。読みかけの本を机の上に投げ出すと、思わず天を仰ぐ。

 わけがわかんないわ……。


「お昼の用意できましたよ~」


 少々間の抜けた、いや、大分間の抜けた声が部屋の外から聞こえてきた。若干主観的な部分は入っているがおそらく、十人に聞けば七~八人は同じように感じるだろう。私は投げ出した本をガサッと手に取り、読みかけのページがわかるように目印をつけておく。またこの分厚い本をどこまで読んだか確かめるために再度開くのも手間がかかってしょうがない。


「聞こえてますか~? お昼できましたよ~」

「聞こえてる」


 自分でも機嫌の悪いとわかるような声が出てしまう。いったいなんなの。自分でも自分がよくわからない。


 自室を出るとテーブルの上には昼食が並べられていた。サラダ、スープ、パン、どれもとてもおいしそうだ。私としては気に食わないことである……。簡素なメニューではあるがどれも手を抜いているわけではないのがよくわかる。

 まずは口を湿らすためにスープから口をつける。


 おいしい。


 透き通るような色合いであっさりそうな見た目ではあるが、思いのほか濃いめの味である。なんというか私好みの味である。むしろ私好みに味付けされているといったほうがいいのだろうか。私としては非常に気に食わない事であるが……。ここに来てからというもの自分のペースを乱されっぱなしである。原因ははっきりしていることではある。もちろんこの人間。 


 コタローである。


 ここに来てからというもの食事において不満を感じたことはない。もちろん味的な意味ではあるが。むしろ国で暮らしている時よりも充実している気さえする。料理のレベルでいえばかなり高いことがうかがえる。少なくとも私よりはかなり上である。

 ほんっとにもう。なんなの。私だってそれなりにできると思ってたのに……。

 そしてそのほか掃除、洗濯などもそつなくこなしている。なんとなくこれだけを考えると女としてかなり負けているような気がするが、それだけがすべてではないと無理やり自分自身を納得させこの考えを消し去る。早く忘れてしまおう。

 

 私は実においしく昼食を平らげると、エノーミ様の部屋へと足を向けた。もちろんエノーミ様に許可はもらっている。部屋のドアをゆっくりと慎重にあけ、細心の注意を払って部屋の中を歩く。そう慎重に。なぜこんな慎重に歩いているのかと疑問に思うかもしれないが、この部屋の中を見てもらえれば誰でも一目瞭然である。


「そう汚いのである。……うん!? いけない。私としたことが」


 汚いわけではない、整理されてないだけである。食べかけの何かだとか、埃が積もっているだとかそういった汚さではない。そうエノーミ様の名誉のために二回言わせていただきますが、物やら本が整理されていないだけなのだ。エノーミ様は熱中すると片付けることよりもそちらに気が行ってしまい、そのままにしてしまう。部屋の中を見渡せば、低俗な類の本から世界に何冊ともない貴重な本まで多種多様な本が所狭しと並んでいた。むしろ積まれていた。まるで本の山である。


 は~……。

 エノーミ様は自分がどんな立場にいるのか、もっと自覚してほしいです。私は思わず一つため息をつく。エノーミ様は完璧なんですから、整理整頓ぐらいしっかりしてください。

あっ!? そうだ。私がエノーミ様のお世話をしていけば問題ないじゃないですか。我ながらなんて名案。グフフっと思わず自分でも気持ち悪いとわかるぐらいの笑い声がこぼれてしまう。誰かに見られたら問題になりそうなほど悪い顔をしているに違いない。だけどエノーミ様にさえ見られなければそんなのはどうだっていいわ。チラッと一瞬だけここ最近知り合った人間の男の姿が頭をよぎるがあまり気にしないようにしよう。

私はとりあえず、床に転がっていた手じかな本やら資料を基あったであろう場所に戻していく。

ただその作業中にはよく見れば見る人が見れば泣いて喜ぶか、よだれを垂らしてかぶりつきそうなほど貴重な資料が平然といたるところに散らばっていた。


 信じられない…。

 ここにある物の価値は軽く見積もって国一つ分の予算を軽く凌駕するほどである。下手をしたら人間の国全部買えてしまうかもしれない。流石に初めてエノーミ様の部屋に足を踏み入れた時は、あまりの散らかり具合と高価な本や資料の数々とその扱われ方に一分ほど思考が停止したものだ。慣れとは実に恐ろしいものである。


「さてやりましょうか」


 私としてもただ無駄に時間を過ごすつもりはない。この宝の山を有効に活用しなくては。

 役立ちそうな資料を物色する。

 何か役立ちそうなものはないだろうか。


「とは言っても、私が欲しいのはあれしかないのだけれども」


 今日もやはり例の物を探す。ここに来てからというもの毎日この部屋の中を探しているがいまだに見つかっていない。う~ん……、絶対にあるはずなんだけど。それにしても散らかっていますね。昔からそうでしたが、ホントにエノーミ様にはもう少し身の回りに気を使って整理、整頓をしっかりしてほしいものです。


 うん!? これは……?

 私は一冊の本に目が留まる。上に積まれている本を慎重にどけると、ゆっくりと手に取り本の表紙を確認する。

 

“物理干渉に関するマナ操作の概念・著エノーミ・リア・ノイアレン” 


「あった!!」


 私は興奮のあまり手が振るえてしまった。ある病気にかかると手が振るえてしょうがなくなるがまさにそんな感じである。


「ようやく見つけた」


 表紙の裏には百年前の日付が印字されていた。私はこれに決めると自室に戻る。椅子に腰かけゆっくりと内容を確認することにする。

 

 やっとだ。やっとこの日が……。


 す~は~。

 一度深く深呼吸をしてみる。いったん落ち着こう……。

 す~は~、もう一度深呼吸し、ゆっくりと表紙に手を伸ばしてみる。

 だめだ。本を開こうとすると胸の鼓動がものすごい勢いで早くなっていく。こんなことでは集中して読めない。でもどうやっても抑えきれない。少しの間横になろうか。私はベッドに倒れこんだ。


 何分くらい経っただろうか。胸に手を当てて自分に問いかける。もう大丈夫だよね。

 今度こそ静かに表紙を開いた。


 あれ……? 何にも書かれていない。何ページもめくってみるがどのページも真っさらである。何度めくってみようが、反対にしようが、おそるおそる叩いてみようが変わりはなかった。いったいなぜ……。


「そうか! 鍵がかかってるのね」


 やはり調べてみると鍵魔法がかけられていた。レベル的にはそれほどでもない。


 私は鍵を解除し、本当に今度こそ表紙に手をかけた。そこにはエノーミ様の流暢な文字によって、マナに関する様々な考察とそれに対しての検証が記されていた。私は内容をパラパラとななめ読みし、残り数百ページまで飛ばしていく。軽く見ただけでも目からうろこの内容ばかりである。理解できない部分もかなりあったが、そこはこれからじっくりと読み進めて行けばいい。


「マナ操作についての結論と実証方法……。これね」


 無意識的に本を掴んでいる手に力が入る。

 ここにはマナ干渉に関する結果が順を追って説明されていた。

 簡単に要約すると体の中を絶えず循環しているマナを外部に放出して、なおかつそれを維持、活用しようというものだ。つまり魔法における呪文を必要としないということだ。本来マナとは体の内を流れるものであり、外に出すことはできない。正確に言うとできないのではなく空気中に放出すると拡散してしまうのである。世界の素となるマナは大気中に充満しているものであり、世界と個人ではその在り方も変わってくる。例を出すとしたら、広大な海の上に色のついた水を一滴落とすようなものだろうか。いちいち説明しなくてもわかると思うが、色水は瞬く間にその色を失い海という水にその身を変化させてしまう。マナにおいてもそれと同じである。自身のマナを空気中に流せばすぐに大気中のマナと同化してしまう。

 およそ二百年前までは魔法言語を用いてのみマナを扱う事ができた。それが世界の常識であった。しかし、一人のエルフによってその常設はあっさりと覆された。もちろんそれはエノーミ様のことである。

 エノーミ様はマナを魔法言語と切り離しそれ単体で用いることに成功したのだ。つまり「マナ」それ自体を物理的なことに干渉させたのである。要は魔法言語を必要しないということである。マナの扱いだけで人と触れ合うことや物を動かすことなど単純なことから、非常に高度なものまでさまざまなことを可能にした。そしてそれはあることも可能にした。

 この世界ではエノーミ様ただ一人にしかできない事である。その事実だけを見れば最早神と言っても差し支えないような気もする。


 そしてこのマナを直接扱うということは魔法言語の使用と比較して決定的な違いがある。それはマナを消費しないということである。

 

「マナを消費しないとか最早反則ね」


 私は軽くため息をつく。

 いつか自分にもできたら。いつもそんなことを考えてしまう。


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