これから……
「さて今日は何をして過ごそうかな」
とりあえず、椅子に腰かけて飲み物を口にする。
ふ~。落ち着く。最後の一口は残しておき、抱き上げたミカちゃんの口元に持っていく。ちろちろとそれを舐める姿はオレを殺してしまいそうなほど超絶にかわいい。
いつも治療術および魔法を教えてくれているエノーミさんはどこかへと出かけている。1週間ほど前、著しくオレの心にダメージを与える出来事となった、麗しいエルフ族、ビオレラさんの訪問もとい来襲以来、エノーミさんはあわただしく動き回っていることが多い。
――――
「コタロー。しばらく家を空けることになった」
「……そうですか。わかりました」
「……やはりお前は若いくせに落ち着いているな」
「まあ、なんとなく予想はできましたから」
とはカッコよく言ったものの、正直言うと落ち着いていられるわけがない。なんせ、やっとここでの生活に落ち着いてきたところであったのである。知らない世界に来て。知らない世界を知って。知らない世界を経験して。地球よりもはるかに真っ暗なこの世界で少なくない孤独と戦って。なんとかがむしゃらに目の前のことと向き合って過ごしてきた。そして唯一(アクナさんとミカちゃんは除く)の頼れる人物であるのがエノーミさんである。これから生きて行けるのだろうか。切に感じざるを得ない。
「まあ、いいや」
後ろ向きになったところでしょうがない。よく考えたらこれからもずっと頼りきりで生きていけるわけではない。ここは別のことを考えてスパッと気持ちを切り替えよう。
とりあえず、気になるのは手紙の内容かな。家を空けるということは、ほぼ100%手紙に書かれていた内容が原因だろう。わざわざエノーミさんに、ましてやこんなところまで手紙を持ってきてまで伝えなくてはいけない内容ということを考えると、呼出しもしくは何かのエノーミさんにしかできないような頼みごとというのは十分に考えられる。だとすると、しばらくいなくなってしまうというのもある程度覚悟はしていた。それとは別にしても、魔法の使い方も徐々にではあるが慣れてきた中でしばらくは自主練になってしまうのもまた残念である。まあ、ミカちゃんと楽しく二人(一人と一匹)で過ごせると考えると悪くないような気もする。一日中ミカちゃんの肉球をモフモフしてやるんだ。
……お!? もしかして、もしかするとこれは思いかけず最高の至福の時間になるんじゃないだろうか。あのぷにぷにの肉球をひとり占め……。考えただけで思わずよだれが出てしまいそうだ。それはそれで待ちどおしくてしょうがない。
「ちなみにどれくらい出かけている予定なんですか?」
「そうだな……。全くわからん」
「…………」
さすがエノーミさん。いつもどおり素晴らしく適当で、ざっくりしたお答えでいらっしゃる。
「なんだ、何か今失礼なことを考えていなかったか?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。ははっ」
「…………」
「今コイツ、絶対エノーミ様のこと適当な奴とか思ってましたよ」
なんと、さきほどから不気味なほどにだんまりを続けていたビオレラさんが、ここぞとばかりに口を開く。ちょっとこれはひどくないっすか。オレはそんな嫌われているんだろうか。またもやへこむじゃないですか。
「まあ、コタローが私のことをどう思っていようと関係ないが、とにかくひと月後ビオレラとブルーフォレストに行くことは頭に置いといてくれ」
エノーミさんのオレに対する視線がなんだか鋭くなった気がする。鋭いというか、怒っているといったほうがいいのだろうか。なんていうか負のオーラ? よくわからないけど気のせいだよね……。ここは弁解しとかないとまずい気がする。
「ちょっと、オレはそんな失礼なことは考えてないですよ。それは全くの誤解です。ビオレラさんも変なこと言わないで下さいよ」
「どうだか」
ビオレラさんはいい気味だといわんばかりにそっぽを向く。爆弾を投げるだけ投げてそのままとかなんてひどい仕打ち。ビオレラさんは絶対Sだ。そうにちがいない。むしろエルフという種族はみんなそうなんじゃないだろうか。こえ~。なんと恐ろしい種族。
「何はともあれ気をつけて行って来て下さいね。エノーミさんなら全然心配ないと思いますけど」
「何を言ってるんだ。コタローも行くに決まっているだろ」
……は? うそ!?
エノーミさんは当たり前だろといわんばかりに言い放つ。
その表情には微塵も冗談を言っているような気配はない。
まじでオレも行くのか。いったいなぜ? どこに?
「さっきブルーフォレストってエノーミ様が言っていたでしょ。なに聞いてるの」
「確かにそれは今聞いたからわかってますけど……」
「まったくだったらアンタはなに聞いてるの。まさかその耳は飾りなんて言わないでしょうね」
「…………」
なんという毒舌……。なんだろう早くもこれに慣れてきたような気がしないでもない。けっしてそっち系の趣味を持っているわけではないが、微妙な感情が湧き上がってくるのはどうしたらいいだろうか。
オレは若干の苦笑いを浮かべながらも今まさに話に出た場所について考えてみる。
ブルーフォレスか……。
正直なところ、どんなところであるかまったくわかってない。エルフの街の一つであるということは知っている。森の中に造られた街。大きく分けて三つあるエルフの街の一つであり、閉鎖的なエルフ族の中でも最も多種族との交流が盛んな街。かと言って閉鎖的なエルフ族の中では一番というわけで、だれでもほいほい訪れることのできる場所ではないようである。ここアクナさんの森と同じように周囲には魔法によって強力な結界が張られており、同族以外は許可なしに入れないような仕組みになっている。
そして一番の特徴は名前の由来にもなっているブルーフォレストである。この街は森の奥深くに造られているが、街に近づいていくにつれ周囲の森、つまり木の葉の色が緑から青に変化していくそうだ。エルフの持つ強力な魔力に当て続けられ突然変異を起こしたという話もあれば、特殊な地形・地脈によっておこったとも言われているが、その真偽のほどは定かではない。ただ一つ言えるのは街周囲の木々は鮮やかなサファイアブルーに染まっているということだ。
そんなところになぜオレもつれていくのだろうか。
「今説明してやってもいいが、どうせついて来ればわかることだからいちいち説明するのもめんどくさい」
「左様ですか……」
どうやらこれから大変なことになっていきそうである。
「せっかくエノーミ様と二人きりだと思ったのに。なんでこんな奴も一緒に……」
いろんな意味で……。