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泥沼



「……うそよ。そんなことできるはずがないわ」


 ビオレラさんは口をあんぐりと開けたまま、絞り出すかのようにポツリと言った。 


「この世で先生以外にこんなことが……。ありえない……」


 

 う~ん…。そんなこと言われても実際にできてるんですけどね…。


 オレ的に言わせていただくとですね~。なんというかですね~、いささか自身はなかったけど出来る気はしていました。予想通り意外というかあっさりと鍵を解除することができた。さっきも言った通り、まあなんだかんだで適当にやればできてしまうとは思ってはいたから、なんてことはない。ただ単純に魔力の流れが見えるからこそできた芸当である。道のわかっている迷路なんて最早迷路ではない。

なんて反則。なんてチート。オレは破れた封筒から手紙を取り出すと、それをそのままエノーミさんに手渡す。

 それを当然のように受け取り、エノーミさんは手紙に目を落とした。


 しばらくの間、終始沈黙が続く。非常に重たい空気……でもないが、けっして心地よいわけではない。うん……なんというかどうしたらいいんだ。この間もちろんビオレラさんの厳しい視線はオレに対して問答無用で注がれている。オレは極力視線を合わせないよう、自然な素振りをよそ装いつつ周囲のものに目を走らせる。なんか話題を変えられるようなものはないか。


 落ち着かん。

 オレはエノーミさんに視線をもどした。なんか違うことを考えよう。そうだ。何と言うかこういう場面では普通よくやったなとか、流石だなとか、なんか言ってくれてもいいような気もするんですけど、エノーミさんに対してそれはオレの期待し過ぎであろうか。今までもずっとそうであったからなんてことはないが、エノーミさんのことだから、きっとオレならできて当然だと思ってくれているのだろう。むしろ前向きにそう考えることにしたい。そう思えば非常に嬉しい気持ちにならなくもない。



「ちょっとアンタどういうこと?」

「うん?」

「とぼけているんじゃないわよ! どうやって魔法を解除したかって聞いているの」


 自分の世界にトリップしていたせいで、反応ができなかった。

 ビオレラさんはとうとう我慢の限界を超えたようで掴みかかるようにオレに詰めよってきた。と言うかすでにオレの胸倉をつかみかけている。



「いや、どういうことと言われても……、こういう事としか言いようがないんですけど」 



 オレは破れた封筒を見せる。



「だから、それがどういうことだって言ってるのよ。だってアナタはさっきまで鍵魔法の存在すら知らなかったのよ。それをいとも簡単に解除しちゃうし、しかも先生以外できるはずもないし、でもそれをやっちゃうし、あ~もうわけがわかんない」



 ビオレラさんはその場にうずくまる様にして頭を抱え込む。

 ええ~っと……。オレは一体どうしたらいいんでしょうか。それになぜビオレラさんはこんなに混乱しているんでしょうか。自分にできなかったことが見知らぬオレなんかに出来てしまったことが悔しいのだろうか。だとしたら気軽にもドンマイとは言えないし。何と言ってもオレが原因ってことになるんだし。でもちょっと試しに言ってみようか……。いや、やめておこう。オレは恐怖に身体を震わせる。想像しただけで恐ろしい。それは確実に謝った選択肢をとることになる。オレはまだ死にたくない。二十年ちょっと生きてきたオレの本能がそう言っている。というか、何も悪いことなどしていないはずなのに、なぜかオレがいけないみたいなこの状況になっているのだろうか。頭を抱えたいのはむしろオレの方である気がするのだが。



「スースー」



 規則正しい寝息が胸元から聞こえてくる。依然としてミカちゃんはスースーと音を立てながら熟睡している。

 お前はいいよな~。気持ちよさそうに眠っていて。

 オレはすやすやと眠るミカちゃんを起こさないよう優しくなでなでする。ゆらゆらと揺れる尻尾がまたかわいい。

 まったくミカちゃんが羨ましい。オレもこんな風に寝ていたい。



「このことに関しては、ビオレラ、特にお前が気にする必要はない。コタローに関しては規格外の存在だ。できたとして何の不思議はないし、むしろ出来てもらわなくては困る」



 おっと。まさかの思わぬ人からの助け舟。手紙の内容には目を通し終わったようで、懐にしまっていた。流石はエノーミさん。実にいいタイミングで声をかけてくれる。ただ若干危険ワードが混じっていたが、とりあえずここは置いておくとしよう。エノーミさんから言ってくれれば彼女もすんなり納得してくれるだろうか。それよりも何よりも、まさかまさかエノーミさんがオレのことを認めてくれているかのような言葉を言ってくれるとは。べ、べつに褒められて嬉しくなんかないんだからね。……すいません、かなりうれしいです。いや超うれしいです。もうなんともいえない優越感を感じる。



「アンタいったいなんなの?」


 オレのそんな気持ちに気が付いてか、彼女の機嫌はさらに悪くなる。


「弟子だ」

「……だそうです。一応エノーミさんに修業させてもらっている身なんで」

「え? こいつは先生の弟子なんですか?」

「そうだが」


 思いのほか彼女はビックリとした風な声を上げる。そんなに驚くようなことなんだろうか。別にエノーミさんほどの実力があれば教える立場に立つなどあたりまえのことに思えるが。



「本当に先生が弟子をとられたんですか?」

「そうだ」

「本当に本当に弟子をとられたんですか?」

「だからそうだって言っているだろう」

「コイツなんですよね?」

「お前が誰のことを言っているのかはわからんが、この場でコイツと言えばコタローしかいないだろうな」

「うそ……」


 彼女はひどく落ち込んだように目を伏せる。

 コイツ、コイツって連呼しすぎじゃないですか? いくらなんでも地味に傷つくんですけど。



「なんでこんな奴を」



 あの~、一応しっかり聞こえているんですけど。コイツの次はこんな奴ですか。今日会ったばかりの名前しか知らない人とはいえ、コイツに加えてこんな奴って言われればかなり傷つくんですけど。それに加え向けられる視線の鋭さが3割増しになった気さえする。


 なんてことだ。エノーミさんの助け船はどうやら泥船だったようだ。



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