やはりそう来たか
「コタローはこれがなんだかわかるか?」
エノーミさんは封筒をオレに指し示すかのように僅かに持ち上げた。
なんの変哲もないただの封筒である。いったいあの封筒がなんなんだろうか。なんとなく見当はつくが詳しいことはわからない。さっき鍵がどうとか言っていたから、文字通り鍵がかかっているということなのだろうか。……なんて安直な考え。そのまま過ぎて笑えてくる。
「わからないです」
オレは考えるのを諦め素直に答えることにした。
「この封筒には一般的に鍵魔法と呼ばれる魔法がかかっていて、その魔法を解除してやらないと開けられないようになっている。さきほども言ったと思うが、この封筒には現在8つの鍵魔法がかけられている」
ふ~ん。そういうことだったのか。……てか鍵ってそのままの意味だったのか。俺の考えていたこととあまり変わらない内容にちょっと幻滅してしまう。
とは言ってもビオレラさんが開けられないって言っていたことからも相当なレベルの魔法がかけられているということなんだろう。さきほどビオレラさんが封筒を持って何かやっていたのも、きっとこの鍵魔法ってやつを解除しようとしていたのだろうと思われるので、そのビオレラさんのレベルを比べて考えれば容易に想像できる。
「その鍵魔法と言うのは一体どういうものなのですか?」
それほどまでの魔法ならいったいどういったものであるのか非常に気になる。
「別にたいしたものじゃない。ようするに何かに鍵をかけることができるわけだ」
オレの僅かに興奮している様子を感じとってか、それを諌めるかのようにエノーミさんは言った。
「というと、何かの箱に鍵をかけて開けられなくしたりってことですか?」
「そうだ」
エノーミさんは僅かにうなずく。
「そうだな、例えばこの扉に鍵魔法をかけたとする。そうすることでこの扉はその魔法を解除しない限り絶対に開けられなくなる」
「その場合物理的に扉を壊して開けることもできないってことですか?」
いくら扉に鍵がかかっていたとしても、それ自体をぶち壊すことができてしまったら意味がない。さきほどの封筒もそうである。破くことが出来てしまったら、いくら鍵がかかっていたところで全くの無意味である。
「無論不可能だ」
ですよね。まあ当然それくらいは予想できることである。でもその扉以外にということであったらどうなのであろうか。
「鍵魔法の目的は何を守りたいか、何を保護したいかというのが基本になってくる。だからこの例の場合、鍵をかけて守りたい対象が何になるのかということをまずはっきりとさせる必要がある。もしその対象がこの扉だった場合、扉自体に物理的なダメージは全く通用しない。もちろん魔法もだ。しかし、扉以外の部分。窓であったり、壁であったりその他の部分には魔法がかかっていないので、それをぶち破れば簡単に家の中に入ることができる」
「……なるほど。そういうことですか。だとしたら、鍵をかけたい対象が家の中であった場合、家全体に干渉が不可能になるわけですね」
「その通りだ。ただし、その場合扉だけと違って、家全体に魔法をかけなくてはいけなくなるから、必要とされる魔力が何十倍にも多くなってしまうがな」
対象物の大きさか。まあそうだろうな。小さいものと、大きいものとで同じ効力を発揮させるのに、同じ魔力量で足りるとしたら至極おかしい話である。
「鍵魔法とは単純にその対象に鍵をかけることだが、具体的に言えば魔力で迷路を作ってやるようなものだ。つまり逆に鍵を解除するためには正しい道をたどって迷路を抜けてやればいい」
「迷路ですか?」
「そうだ。魔力を使って迷路のようなものを構築する。当然何重にも鍵魔法をかけてやれば、その分だけ迷路が何個にも増えるため解除は容易ではなくなってくる。もちろん幾重にも魔法を重ねればより強固な鍵となっていくが、重複した魔法をかけるためにはそれ相応の魔力と実力が必要となってくる」
「自分でかけた鍵も同じように迷路をたどって開けなければいけないんですか?」
「なかなかいい質問だな。確かに自分でかけた鍵も同じように迷路をたどって開けなくてはならない。もちろんショートカットや簡単な解除方法などは存在しない。ただ、自らが作った迷路なのである程度の道筋さえ覚えていれば、さして問題にはならないがな」
「確かに先生ならそうですけど……」
エノーミさんの解説に今まで静かにしていたビオレラさんがひどく納得していないかのような声色で割り込んできた。そのエノーミさんを見つめる目つきはひどくあきれたようなジト―っとしたものである。そして彼女はその視線をオレに向けた。
「確かに先生の言うように自分がかけた鍵に関しては道筋を知っているから簡単に解除できるように思えるかもしれないわ。でも本当のところはそんな単純なものじゃない」
どういうことだろうか? ビオレラさんはどうやらオレにエノーミさんの話の補足をしてくれるらしい。
「実際一つの鍵魔法を解除することに関してもかなりの実力が必要になってくるわ。開ける側は迷路を出口に向かってたどって行く。鍵をかけた人間といえどもそれこそ何百通り、何千通りもの道順を正確に記憶しておかなければならないわ。それを自身の魔力を使ってたどって行く。とてつもない集中力と精神力の2つが必要よ」
「まあ、そんな大層なものではないがな」
エノーミさんはそんなの関係ないという風に軽~い感じで話をぶった切る。
確かにアナタならそうかもしれないですけど……。オレは内心ため息をつく。ほらね、ビオレラさんなんて「もういいです」なんて言って心底あきれている。彼女もわかっているのだろう。エノーミさんの性格と言うか、行動はなんとなくわかるようになってきた。それこそ、その奔放な性格と規格外さはここ最近嫌と言うほど実感しているところである。オレは若干めんどくさいことになりそうだな~なんて思いながら封筒を眺める。
「ほら、じゃあコタローもやってみろ」
やっぱり……。やはりというかなんというか。予想通り、やってみろと来たか。
オレはしぶしぶ封筒を受け取ると、その周りをいろいろと確認してみる。確かに封を開けようとしても、一向に開けられない。破ろうとしても同様だ。傷一つ付かない。
「本当に物理的には開けられなくなるんですね」
オレとしてはある意味驚嘆の目でこの封筒を眺める。だってそう思わないかい? 何しても開けられない封筒だよ。最近はこっちの世界に順応してきたからいまいち感動が薄れているが、それでも日本にいた時には考えられないことである。個人的にはこの感動を長く忘れないでいたいものだ。
「ちなみにどうやってやるんですか?」
「さっき言っただろう。魔力でできた迷路を突破するんだよ」
……そんな無茶な。そんな一言で言われても全く知らない魔法なんですけど……。
まあいいか。よくよく考えたら今までもこんな感じだった気がする。改めて今までのことを思い返してみよう。
回想1
「今日はこの薬の調合についてやってみるか。よし、じゃあやってみろ」
「え?」
回想2
「今日はこの魔法をやるんだったな。ほれ、早くやってみろ」
「え??」
回想3
「今日はなんだっけ。ああ~、ムクタス病についての治療か。脚を治せばいいんだよ」
「え???」
……回想終わり。
オレすげー。よくがんばった。あまりの健気さに(オレの)なぜか目から鼻水が。
これを思い返したらなんとなくいける気がしてきた。
「ちょっとアンタ何やる気になってんの。そんなの無理に決まっているでしょ」
オレの様子に気がついてか、彼女は至極当然な意見を言ってきた。
いや。そうともかぎらん。今のオレならいける気がする。
「そもそも鍵魔法自体さっきまで知らなかったんだから無理に決まってるわ。そうじゃなくたって先生以外解除することなんて不可能なものなんだから」
オレはとりあえず彼女の言葉を無視し、やってみることにする。魔力を身体に循環させ、封筒にかけられている魔力に意識を集中する。
確かにこれはすごい魔法だな。魔力によって構築された無数の道がクモの巣のように広がっているのをすぐに感じ取ることができた。本当に迷路のようなものである。一つの迷路だけでも目がくらむほどのとてつもない大きさである。鍵魔法とは本当はこれ一つで十分なのであろう。ただ今回はそれが8層に連なっている。文字通り鍵魔法8つ分と言うことだろう。本当におそろしい魔法である。
「これは確かに開けるのは不可能そうだな~」
「あたりまえでしょ」
彼女は当然とばかりにうなずく。
確かに開けるのは不可能そうだ…………オレ以外には(エノーミさんは除く)
ビリ。
「え?」
ビリビリ。鍵魔法の解除とともに勢いよく封筒は破け去った。
今更ながら、BAD Apple!!feat.nomico にはまっております(笑)