そうそう思い通りにはならないものだ
Side ビオレラ(エルフ?)
「おとなしく捕まりなさい。サンダー!」
私は比較的得意な分野である雷系統の魔法を素早く行使する。周りに被害を出さないよう、慎重に事象をイメージしコントロールする。そして何より相手を殺さないように。この男には気の毒だが逃げられないように全身をしびれさせ、しばらく動けないぐらいにはさせてもらう。勝手にエノーミ様の家に入りこんだのだから、それくらいのことは覚悟してもらおう。自業自得である。
バチバチとした放電音とともに私の雷魔法が容赦なく男に襲いかかる。
珍しいことに魔法を使えそうな人間であることはなんとなく感じ取れていたので、迷わずこちらも魔法を使う。魔法を使える人間(エルフ、ドワーフもだが)に対しては魔法を使っても何ら問題はない。この世界の常識である。もちろん魔物は例外であるが。しかし、使えない人間に対しては注意が必要である。どうしても止むをえない場合もしくは相手がそれ相応の力を持った者である場合など、限られた条件以外の時は通常魔法を使ってはいけない。厳密に禁止されているわけではないが、暗黙の了解として成り立っている常識である。そうでなくてはそれこそこの世界は無法地帯になってしまう。なぜならば、魔法を使えない人たちにとっては魔法を防ぐすべはほとんどないからである。強い力を持った者が一人でもいれば、それだけで国一つ簡単に落とすことができてしまうからである。そんな者が何人も関係なく魔法を行使し続ければ一年もたたないうちに地上から人などいなくなってしまう。そんな中で仮に生き残ったとしても、何の意味があるのだろうか。数少ない生き残りだけでその後どうして生活していけるだろうか。何人もの人が集まり、集落ができ、街ができ、国ができ、そうやって人々の生活は成り立っているのである。そうならないためにも、大なり小なり魔法を使えるレベルに差もあるが、魔法を用いるものは全員このルールを守っているのである。実際は表向きはであるが……。それだけ魔法の力は規格外であるということである。
不思議なことに、男に焦っているような様子は全くない。直撃すればしびれる程度では済まないだろう。まさか死ぬことはないだろうが、下手すれば再起不能ぐらいにはなるであろうレベルの魔法である。私としてはある程度よけるなりなんなりすることを予測して使ったのだが、よけるようなそぶりを微塵も見せない。ただ単にあきらめたのだろうか。
ならご愁傷さま。この家に侵入したことが運の尽きね。そして私に見つかったことも。
よし、直撃。
内心ガッツポーズをとる。小物相手ではあるが、悪を懲らしめてやったことは気持ちがいい。無抵抗の相手だったのが少々気が引ける部分でもあるが、そんなことは些細なことである。なにせ、勝手に家に入っていたアイツが悪いんだから。
ドーン!
盛大に壁が吹き飛ぶ音。男は勢いよく壁に叩きつけられると、それをぶち破って向こうの部屋まで吹き飛ばされた。私の雷撃が直撃し男の体が後方に吹き飛んだのだ。すさまじく破片やら埃やらが舞い散る。
あらら、ちょっとやりすぎたかな……。もうちょっと手加減するべきだったかしら。私はニヤリと笑みを浮かべながら、遅すぎる後悔をする。
……というのが少なくとも私がイメージしていた光景の中で一番ありそうなものであった。
「なぜだ? いったいなにが……」
つまりそうとはならなかった。
雷撃は男に直撃する前に、何かに阻まれたかのように拡散した。まるで水蒸気が蒸発するかのように。
おかしい。
私の雷撃は正確に男に直撃したはず。確かにこの目で見た。だがしかし、男は何もなかったかのようにその場に平然と立っている。ありえない。魔法言語を唱えた様子はなかった。むしろその時間もなかった。つまりこの男は魔法以外で私の雷撃を防いだことになる。
誰かが助けに入ったのか? いやこの場には私とこいつだけの気配しかない。
―――ありえない
この男は私に攻撃を受けたのにもかかわらず、依然として無表情を貫いている。いったいなんなんだろうか。ずっと何かを考えているような感じだ。
―――やはりありえない
私はもう一度身体に魔力を循環させる。これはきっと何かの間違いだ。理由はわからないが、何かの偶然が重なって助かったに違いない。だってこの私の魔法が防がれるなどあり得ないからだ。この私の……。こんどこそ動けないようにしてやる。
私はさっきよりも強い魔法を使おうと心に決めたのだった。