さ、さかな?
「デ、デカイ魚……?」
ギョロリとした二重のまん丸いお目め。ギザギザとしたのこぎりのような背びれが水面
から半分ほど突出し、さざ波のように光を反射する鱗がキラキラとまぶしいほどに光り輝いている。全長は到底目測では測ることができないほど巨大であるが、ゆうに十メートル以上はありそうだ。もはやクジラのようなものである。その大きな尾びれはまるで巨大な団扇のようであり、仮に叩かれでもしたらゾウに踏まれたアリのごとく、簡単につぶされてしまうであろう。
そしてそれ以上に目が行ってしまう部分がある。
「それにしても口がデカイくないか……」
水面からのぞくその大きな口は直径で言うとおそらく二メートルくらいはあるんじゃないだろうか。まるで一種のブラックホールだ。いやむしろフィッシュホールか。直訳すると魚の穴。……直訳する必要はなかったな。ミカドはもちろんのことオレでさえ軽く一飲みにされてしまいそうだ。なんていう規格外なでかさ。規格外な生き物。
しかし、まあなんだ……。一見これまでのことを聞くと、とてつもなく凄そうに聞こえるがオレは一つ重要なことに気が付いた。そう、とても重要なことに。
「ただの超大きいフナじゃん!」
大きさに惑わされ凄そうに見えていたが落ち着いて考えると、とてつもなく大きなフナである。
「なんか、変な感じ」
オーガ事件(命名オレ)からはや一カ月。今日もお散歩とかこつけて、少し勉強を抜け出してきた。オレはちょっとした珍しい薬草を発見したため寄り道をしていると、いつの間にかミカドの姿がなかった。
そして現在に至る。その大きなフナさん(なんとなく、凄そうだから敬意をはらってさんづけで)はなにやらミカドと楽しそうに戯れているようである。実にうらやましい。フナさんの分際でミカちゃんと楽しそうに……。くそ~、オレも混ぜてくれ。
オレはゆっくりと、そして恐る恐るミカドの方に近づいて行った。すると、フナさんはオレの存在に気がついたのか、その巨大な目をギロリとオレの方に向けた。
こえーよ! 思わずそう口に出してしまいそうな目力である。なんせ目玉だけでも三十センチはありそうだ。そんな物に目を向けられたら、怖くないわけがない。今日夜眠れるかな……。昔、某も○○け姫に出てくる祟り神を見てから一週間、怖くて夜眠れなかったんだよな。しかしこれはもうホラーの域だね。
(はじめまして。君がコタローくんかな?)
アクナさんの時のように直接頭の中に声が聞こえくる。とても柔らかい。くだけた感じのやさしい男の声である。
「こちらこそはじめまして。斎藤 虎太郎です。……と言っても、自己紹介の必要はないみたいですね」
オレは声の主であろう人物? いや魚に返事をした。
「オレに話しかけているのは、アナタでいいんですよね?」
(そうだよ。コタロー君。異世界から来た君とぜひ一度話がしてみたかった)
フナさんは嬉しそうにその大きな目でバチバチと瞬きをする。尾びれを少し動かしただけで、水面が大きく揺れた。
「どうしてオレの名前を知っているんですか? それに異世界から来たことも」
もうこの世界に来てから早数ヶ月。誰とでも違和感なく会話できるようになった。たとえそれが初対面の巨大なフナであろうと。人は環境に順応していく生き物なんだな。オレはしみじみと頷く。
(君はすでにこの森の中では有名人だからね。情報に長けているものたちはみんな知っているよ)
「……?」
オレは首をかしげる。なんか有名になるようなことしたっけ。
(なんせ君は、エノーミ様とアクナ様に認められた人間だからね)
なるほど、そういうことか。オレは合点がいく。
(さらに言うと彼女に認められた方がどっちかというと大きいかな)
フナさんは器用にも片目だけミカドの方に目を向ける。
(それに、彼女から君のことをずいぶん教えてもらったよ)
「そうなんですか……」
彼女とはもちろんミカドのことであろう。この場で該当しそうなのは、このまっ白な生き物しかいない。
あれ? そういえばミカドってしゃべることできたっけ……?
オレの記憶上、にゅ~とか、にゃ~とかしか聞いたことがないような……。ま、まさか。このフナさんはネコ語がわかるのか? フ、フナさんのくせに。違ったトラ語だったか。この際どっちだっていい。くそ~。なんて魚類は凄いんだ。耳も無いくせに。
(なんでミカド様と会話できたのかと考えているね)
「…………」
ここで一度整理しておこう。気のせいではないと思うが、この世界の人たち(+生き物)はどうしてオレの考えていることがわかるんだ。なんか納得いかない。そんなに表情に出ているのだろうか。これでも地球ではポーカーフェイスで通っていたはずなんだが。
(別に顔に出ているとかではないよ。ただ、なんとなくそう思っているんじゃないかなと思っただけ。深い意味はないよ)
「…………」
左様ですか。もうこの件に関してはどうでもいいです。
この世界ではどうやらポーカーでいくことは無理らしい。あきらめよう。
オレは一つため息をついた。そして仕切りなおすために、フナさんに改めて話しかける。
「あの~。一応お名前だけでも教えていてだけないでしょうか?」
(おっと、これは失礼。私の名前はディ・ハルーク。みなには短くハルと呼ばれている。コタロー君もハルと呼んでくれたまえ)
「わかりました。ハルさん」
「にゃ~」
ミカちゃんも改めて挨拶をしたようだ。いったいなんて言っているのだろう。
「それで、さっきの話に戻るんですけど、ハルさんはこの子と会話することができるんですか?」
確かアクナさんはそのうち人の言葉も話せるようになると言っていたが、まだミカドにその気配はない。つまりまだしゃべれるようにはなっていないはず。オレはミカドを抱き上げると、その顎をすりすりとなでながら考える。
(私は訳あって、アクナ様たち神獣の言葉を理解できるんだよ。しゃべることはできないけどね)
なある。そういうことか。にしても凄いな。見た目フナなのに神獣であるミカちゃんたちの言葉がわかるとは。
(それにしても、コタローくんは随分とミカド様に好かれているね。さっきから君のことばかり話しているよ)
「そうなんですか?」
そんなにオレのことについて話すことなんてあるのだろうか。
(そうだよ。こっちが恥ずかしくなるくらい君のことが好きみたいだね)
すいません、オレも恥ずかしいです。ミカちゃんにそこまで好かれているのはかなり嬉しいが、他人にまで言いまわるのはちょっとやめてほしい。これからは自重させようか。まあ、方法はないけどね……。
(ミカド様のことをよろしく頼むよ)
「できる限りは」
しかし、この子はなんでこんなにオレに懐いているのかな。何か思い当たる節は全くない。特に何かをしたわけでもないし。強いて言えば、異世界人であるということか。まあ、これが一番考えられることかな。
「にゅ~」
喉のあたりをすりすりとさするとミカちゃんは気持ちよさそうに声を上げる。
(それで君に聞いてみたいことがたくさんあるんだけど、まず君はいったいどういった世界から来たのかな?)
「そうですね……」
オレはこの後ハルさんの山のような質問にしばらくの間答え続けることになったのだった。
おかげさまで累計PV100万突破しました。ありがとうございます。驚きすぎて、一人声を失っておりました(笑)