理解はできるが、納得はしない
いつもと何故かテイストが違う気がする……。
「それはだな…」
「ええ。いったいなんですか。死ですか?」
「おしいな。確かに結果的には死ぬことだが、厳密に言うと違う。この世界においては死よりも重いものだ」
死ではあるが、違うもの? いったいなんだ。死よりも悪い? まったく見当もつかない。人間に限らず生物には平等に寿命というものが存在している。そんなものは子供でも当然理解していることであり、誰一人逃れ得ないものである。それこそ唯一普遍の事象であり、おそらく今後も変わることはないものだろうと思う。人に限って言えば地球においても科学技術、医療技術が目覚ましく発展をとげ、寿命をなくそうと研究が進んでいるに違いない。もしかしたら理論上もう既に出来るのかもしれない。しかし、オレは寿命をなくすことは出来ないと思っている。おそらく人が人である限り出来ないと思っている。けっして技術的な問題で出来ないと言っているわけではない。人であるからこそ寿命があるのだ。寿命のない者などそんなものは最早生き物ではないし、別の生命体である。だからこそ、生き物は生きるために必死になり、子孫を残し自らの存在・生まれた意味を世界に残そうとしていく。人は人であり続けるために死は必ず必要なのだ。死が訪れなくなるということは、人は人でなくなるということだ。つまり人間ではなしえないこととなる。それはどの生物でも同じだ。
そしてエノーミさんはまっすぐと腰まで垂れ下がった銀髪を滑らかな動作で払うと一息に答えた。
「それは存在の消滅だ」
「消滅ですか……。と言うことは消えてなくなると言うことですか。何もかも」
「流石に頭の回転が速いな。そうだ、消えてなくなる。なにもかも。肉体はもちろんのことその人に関する記憶まで消え去っていく。他者の心からな」
(この世界であるグアスは魔力で構成されとるというのは覚えておろう。つまり魔力が無くなるということはこの世界の存在ではいられないのじゃ。悲しいことにな)
「つまり他者から記憶が無くなるということはその人の存在が無かったことになるということでいいんですよね。
(そうじゃ)
「でしたら、この世界の仕組みがおかしくなりませんか? その人が子供を作っていたらその子供はどうして生まれてきたことになるんですか? その人がいなくなったら残してきた物、物理的なものでも間接的なものでも構いませんそれらはどうなるんですか? 他にも考えうることはいくらでもあります。それこそ無数に矛盾が出来てしまうと思うんですが……」
「そうだな。うむ。その通りだ。本来はその通りなんだろうな。だが悲しいことに答えは簡単なんだよ」
エノーミさんはそれに対してとても悲しげに笑って答えた。
「グアスは魔力で出来た世界。だから矛盾などできないんだ」
いまいちオレは言っている意味を飲み込むことができない。
(簡単に言うと、世界が変わるのじゃ。その瞬間にな。コタローは並行世界というのを知っているか?)
「はい……。詳しいことを説明しろと言われたら無理ですが、名前と軽い意味ぐらいは」
(ならば話は早い。世界が変わるということは世界が別の世界になったということじゃ。今いる世界の軸で魔力を失った者がいた瞬間、その世界は違う軸を流れていた世界にとって代わる。つまりその者の存在していなかった全く別の世界になってしまうのじゃ。じゃから矛盾など生じない。いや矛盾などというものが存在するはずがないのだ。なにせ違う世界なんじゃからな)
なんだって……。
言っている意味はかろうじてだが理解できる。なんとかだが。今ある世界ではない別の世界になる。おそらく簡単に言えば、回復ではなく再生。修復ではなく製造といったところだろうか。矛盾となる矛盾を与えない。つまりなかったことにする。確かに理論的には納得できなくはない。もちろん納得はしていないが。だが、
「それこそ矛盾ではないんですか?」
オレは思う。その世界こそ矛盾の上に矛盾を重ねた、偽りの世界ではないのだろうか。
「(その通りだ)」
二人の声が重なる。アクナさんの声から心なしか悲しげな雰囲気が伝わって来る。そしてもうこの話は終わりとばかりに、視線を外に向ける。
二人とも何か嫌なことでも思い出したのだろうか。きっと何かこのことが関係して悲しいことがあったのだろうか。オレはすぐに話を変えることにした。二人の雰囲気にとても入っていくことはできなかった。二人程生きていればそれだけ多くの悲しいことを経験しているのも当然のはずだ。触られたくないこともあるはず。
その日はこの後エノーミさんが猫ちゃんの治療に取りかかり、オレはじっとその様子を横で見ていた。自分が関わっていただけに成り行きを最後まで見届けたかったというのもある。エノーミさんはそれこそ今までの雰囲気が嘘のように真剣に治療に取りかかっていた。猫ちゃんを助けると言う思い、そしてミスをしないという様子がひしひしと伝わってきた。まるで空間が圧縮されているかのように、張り詰めた雰囲気の中であった。
オレはひたすらだまってその様子を見ていた。エノーミさんは恐らく魔力を猫ちゃんの体内に流し込み遠隔的に自らの魔力を用いて猫ちゃんの内部に干渉しているのだと思われた。自分がしたようにイメージ任せの魔力を用いた適当な治療ではない。魔力を数ミリ単位で完全に操り、それこそ毛一本一本にまで神経を行き渡らせるような集中力で猫ちゃんに対峙していた。そこにはオレの漠然としたイメージである魔法とはかけ離れたものがあった。不可能を可能にするという点では変わらないかもしれないが、過程は全く異なっていた。
地球で言う医者や医療術者となんら変わりはない。
すごいな。
その日寝る間際までオレの口からはそれしか言葉は出なかった。