不覚!
明日はレッズ戦!! 期待しすぎて待ちきれん。
(人間。これはお前がやったのか?)
誰だ?
不意にどこからか聞こえる声。オレは虎から目を離さないようにしつつ、周囲の気配を探る。おかしい、誰もいないはずだ。この場にいるのはオレと対峙しているこの虎だけ。そう一人と一匹しかいないはず。
(もう一度問おう。お前がやったのか?)
頭に響くような声。けっして偉そうにしているわけでもなく、自然と畏怖を感じるような威厳を醸し出していた。
いったい誰なんだ。オレは感覚を研ぎ澄ます。
(探しても無駄だ。しゃべり掛けているのは私だ。今はお前の脳内に直接しゃべり掛けているのだからな)
脳内にしゃべり掛ける? いや、まさかね。そんなはずは…。
まあ~正直に言うと、初めからなんとなくわかっていたさ。もうだいたいの展開ぐらい読めてくる。この状況を考えてみるに、ここに来て考えられることは一つしかないような気がする。すでに経験してきた非日常的なファンタジーの世界。オレは恐る恐る確かめてみた。
「もしかして、しゃべり掛けているのはアナタですか?」
目の前の虎さんに向かって質問する自分。醸し出すオーラが恐れ多くて呼び捨てなどになどはできない。とりあえずさん付けで許してもらおう。もしだめなら虎様にすぐさま訂正させていただくつもりでいる。それにしてもなんてシュールな光景なんだ。しかも虎に対してアナタとか。我ながらおかしすぎる。なんと呼んだらいいかわからないのでアナタとか言ってみたが、よく考えると違和感ありすぎる。
(そうにきまっておるであろう。我の存在を知らないわけではあるまい。もう少し賢い者と思っておったが、存外気がつくのが遅いな)
あ~あ。やっぱり予想道理であった。しかも遅いとか言って怒られちゃった。虎さんに怒られるオレ……。まあ、いいけど。やはり有名な存在なのだろうか。確かに見た目はかなり珍しいとは思うけど。まあ、できればいきなりバカな人間だとは思われたくないな。でもこっちは異世界歴半日である、知っているわけがないのでしょうがない。少しばかり反論を試みることにした。
「それは申し訳ありません。ですが、信用してくれるかはわかりませんが、私はこの世界の住人ではないのです。いわゆる異世界人と言うやつでして、この世界には正直戸惑っております」
(……そうか、そういえば昨日マナが激しく揺らいでおったの。そうか、なるほど。そうであったか。それは無礼なことを言ってすまなかった)
驚くことに素直に虎が謝ってくれた。しかも少し頭を下げたようにも見えた。
「え? 信じてくれるんですか?」
(信じるも何も、この子を助けてくれたのではないのか。それを見れば一目瞭然だとは思わないか?)
虎さんは猫ちゃんの方を顔で指し示す。
……どう言うことだ? オレにはいまいち意味が理解できない。頭の中では猫ちゃんを助けたことと、オレが異世界人であることがイコールで結ばれることはどうしてもなかった。むしろ全く関係ないし。
「大変申し訳ないんですけど、もう少しわかりやすく教えてもらえないですか? なにぶんこの世界のことについては何も知らないものでして」
(何をたわけたことを。とぼける必要はない。お主が我の娘をエノーミの考えた晶壊術で治療してくれたのであろう)
「晶壊術?」
聞いたことも無い。おそらくあの治療もどきのことを言っているのだろうか。だとしたら、魔法を使った治療の結果は成功していたことになる。
(本当に知らんのか? お主エノーミの弟子ではないのか?)
「ええと…、本当に知りませんし、エノーミさんの弟子ではないです」
虎はどうやらエノーミさんと知り合いのようだ。エノーミさんの名前がでてきたなら、少なくとも敵ではないと思われる。
(よく考えてみると、昨日マナの震えがあったということは昨日の今日でエノーミの弟子というのはありえないの)
「それで、あの子は大丈夫なんですか? それだけが心配で。見つけた時はすでにすごい傷があって、もうどうしようもない状態だと思って魔法を使ってみたんですけど……」
オレは猫ちゃんに視線を向けた。
(うむ。あの子は大丈夫だ。今は単に気を失っているだけだ。明日には傷もふさがって目を覚ますだろう)
「本当ですか?」
(うむ。お主は命の恩人じゃな。礼を言う)
良かった。本当に良かった。猫ちゃんが無事なら何も言うことはない。肩の荷がどっと下りるのを感じた。あんなかわいい生き物が死んでしまうなど、許せることではない。死んでしまったら世界規模の大損失である。
うん。そうだ。オレは一人悦に入る。
(それにしても、お主はマナの扱いが得意なんじゃな。おかげで助かった)
「……非常に言いにくいことなんですが、魔法を使ったのは初めてなんですよね……。あの~、それでなんですけど、ついでに言ってしまうと晶壊術とはなんですか?」
(なんと……。お主は初めての魔法で晶壊術を使ったと言うのか…。信じられん)
)
虎さんは本当に驚きで言葉を失っているかのように見えた。人間以外の表情でこんなに驚いていることがわかりやすいとは…。それにしてもそんなにすごいことだったのか。晶壊術だっけ。我ながら信じられないことをしてしまったようである。依然虎さんは固まったままだ。
(……晶壊術に関してはエノーミに聞くがよい。一応確認だが、娘の体内を流れていた魔力塊を砕いたのはお主で間違いはないのだな?)
魔力塊か…。多分身体の中を流れていた黒い点のことかな。だとしたらオレが魔法で砕いたことになる。
「はい。一応そうなると思いますけど…。魔力の流れを黒い点のようなものが塞いでいたのでよくないと思い砕いてしまいました。まずいことでしたか……?」
(良くないことか)
虎さんは面白そうに、ふぉっふぉっふぉと笑う。
(いや、むしろ感謝しているほうだ。魔力塊とはマナの流れを寸断させて、細胞を死滅させていくものであるからな。お主がいなければ娘は死んでたであろう)
本当に感謝している、と虎さんは再度頭を下げた。今度ははっきりとわかるぐらいに。
「いや、止めてくださいよ。正直自分のしたことについて全然わかっていないんですから、感謝される理由はないですよ」
こんな威厳あふれる虎さんに頭を下げられるとか、恐縮すぎてなんかそわそわしてくる。まさかこんな感謝されるとは逆に申し訳ない気持ちになってくる。
(人間よ、聞くがよい。自分の行いが何であるか理解しておらずとも、娘に対してしてくれた行為自体はなんら減ずるものではない。たとえ百人中百人が同じ事をするとしても、今回お主が実際にやったということになんら変わりはない。今回のことは十分感謝に値することだ)
虎さんはその威厳あふれる声で諭すように説いた。
なんかマッチしすぎてないか…。虎と哲学。正直オレの中で虎さんの神々しさレベルが格段にアップしていく。すごそうな虎さんから神のような虎さんにレベルアップした。
そして、今さらながら気がつく。猫ちゃんじゃなくて虎ちゃんであったことに。不覚。一生の不覚。まさか猫と虎を間違えるとは。確かに同じ猫科であるがそれは猿と人間ほどの違いがある。オレは自分に失望した。これは自称肉球ハンターの称号ははく奪だな。
「あの子は虎さ…ええと、娘さんでしたか。そういえばお名前を聞いていなかったんですけど、なんとお呼びすればいいですか?」
(これはスマン。我としたことが恩人に対して名を名乗らぬとは)
虎さんは居住まいを正すと、オレの目を見つめる。
(我の名はアクナ。本当の名は人間にとって馴染みのない言語であるから一応アクナと名乗っておる。よろしく頼むぞ)
こうしてオレはアクナさんと知り合いになったのだった。




