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だから未来人な私は歴史を学ぶ……  作者: マシュマロ羊


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2/2

壇ノ浦での出来事

気ままな旅行の一幕です。

 







 壇ノ浦の潮風に吹かれながら、夫のセリフは暴走していた。


「あんまり傲慢すぎたから、首を斬られて埋められたんだよ」


 目の前に広がる関門海峡の、激しい潮の流れを指差してながら、夫は朗々と子供らにはなしていたが……。


 私は「へっ?」と、隣で唖然と立ち尽くした。

 ここは壇ノ浦……。

 平家一門が最期を悟り、幼き安徳天皇と共に波間に消えていった、悲劇の聖地である。

 その海を眺めながら夫が繰り出したのは、あまりにアバンギャルドな「平家滅亡史」だった。


「ちょっと待って。誰の話?」


「平清盛だよ。有名だろ?」


 潮風に吹かれ、ドヤ顔で答える夫……。

 しかしその内容は歴史の断絶どころか、時空がねじ曲がっている。

 清盛といえば、高熱にうなされて亡くなった平安末期の絶対権力者。

 一方……、首を斬られ、その首が京都から江戸まで空を飛んだというバイオレンスな伝説を持つのは、それより二百年も前の坂東の覇者、平将門である。

 夫の脳内で二人の英雄は、「傲慢な平氏」という雑なカテゴリーで合体を遂げていた。

 もしここに耳なし芳一がいたら……、呆れて琵琶を弾き損ねていただろうし、浮かばれぬ鎧武者たちも「俺たちのボスを勝手にホラーにするな」と海中から這い上がってきそうだ。

「よよよ……」と泣き崩れる女官たちの声が、幻聴となって聞こえる……。

 オイ、源氏方の末裔。

よりによってこの場所で、平家一門の歴史を勝手に書き換えるんじゃない。






 お人好したちの、悲しき誤解


「間違えやすいし、分かりづらいだろ、平は……」


 波の音に混じって、夫はこともなげに言い放つが、その「分かりづらさ」の裏側に、どれほど純粋で不器用な男たちの物語が隠されているのか、歴史に興味のない彼には届かない。


 まずは夫が「首を斬られた清盛」と誤認した平将門だ。

 日本三大怨霊の筆頭として恐れられる彼だが、その実像は驚くほど「近所の頼れる兄貴」である。

 困っている農民や、板挟みになった下級役人の相談に乗っているうちに、引くに引けなくなって国家反逆罪のレッテルを貼られてしまった。

 今風で言えば、「巻き込まれ型」のヒーロー。

 戦場でも、追い詰めた敵を「まあ、今回はこれくらいにしておこう」と逃がしてやったり、裏切った身内をあっさりと許してしまったり……。

 その「甘さ」こそが彼の真骨頂であるのだが、こめかみを射抜かれ致命傷となった……。


 とにかく彼は、「NOと言えない日本人」の元祖……。優しすぎて、お節介すぎて、気づけば首が飛んでいた。

 そんな不憫な将門(おとこ)を、「傲慢」という一言で片付けるのは、あまりに哀しいではないか。



 そして平清盛……。

 教科書では「奢れる平家」の象徴とされるが、彼もまた、身内への愛に溢れたお人好しだった。

 かつて敵対した源氏の幼子・頼朝を、涙ながらの助命嘆願にほだされて生かしてしまったのは彼だ。

 結果として、その温情が平家を滅ぼす引き金となる。

 清盛の脇の甘さは、何と言っても「神対応」にある。

 若い部下が失態を犯しても、「わざとじゃないだろ」と笑って許し、身内の子供たちには最高の教育とポストを惜しみなく与える。

 一門が団結しすぎたのは、彼が「みんなを幸せにしたい」と願い、パトロン気質の塊だったからだ。権力者としての冷徹さよりも、身内の笑顔を優先してしまう。

 そんな甘い土壌で育ったお坊ちゃまらは、非情な源氏の波に飲み込まれていく。



 将門は他人のために……、清盛は身内のために……、それぞれが甘さを捨てきれずに散っていった。

 歴史を動かしたのは冷徹な野心ではなく、「ほっとけない」という人間味だったかもしれない。



 なのに……、「お人好しの血筋」を、よりにもよって宿敵・源氏方に「傲慢」呼ばわり……。


「俺のご先祖さまは、源氏方らしいぞ」


 アッハハ……と笑い言う夫に、子供は無邪気に「じゃあ、僕は源氏?」と言う。


「じゃあ、お母さんは?」


「……平家一門だよ」


「……、僕たちハーフ?」


 なんだそのハーフって……、なんとも言えない空気が、壇ノ浦の地に流れた。


 海中へと沈んだ女官たちが「よよよ……」と泣き崩れる幻影が、ますます激しく聞こえた。






 スタバに響く、与一の矢


 そんな「令和の壇ノ浦」の顛末を、旅行から戻った週末、友人の那須さんにスタバでぶちまけた。お土産を渡すついでに、夫の知ったかぶりと私の憤慨をノンストップで喋り倒す。


 しかし那須……。その名字を聞けば、歴史好きならピンとくる。

 壇ノ浦の合戦で、揺れる小舟の扇の的を見事に射抜いた、あの那須与一の末裔かもしれない彼女である。

 源氏方のエースの血を引く彼女は、私の愚痴をフラペチーノ越しに、まるで数百年繰り返されてきた光景でも眺めるかのように聞いていた。

 そして、ふっと口を開いた。


「……あんた、壇ノ浦で、壇ノ浦されちゃったわけね」


 彼女がポツリとこぼしたその一言は、まさに与一が放った矢のように、私の胸のど真ん中をストンと射抜いた。


 そう……、八百年前、海の上で行われたのは武力による制圧。

 そして今回目の前で行われたのは、源氏の夫による「歴史的暴挙」という精神攻撃……。

 私はまんまと、夫のガバガバな知識の波に飲み込まれていた。

 源氏の夫が知ったかぶりで攻め、平家の私が憤慨し、那須さんがそれを一言で射抜く。


 令和の壇ノ浦は、八百年前と何一つ変わらない構図で、しかし最高に滑稽な形で完結した。

 私はあまりのハマり具合に、さっきまでの「よよよ……」という悲劇のヒロイン気分が、一気に吹き飛んでしまった……。






 海の下を、笑って歩く


 そして今、スタバで那須さんの一射を思い出し、私は改めてあの日の壇ノ浦の光景を反芻する。

 目の前に広がった関門海峡は、かつての激流が嘘のように陽光を跳ね返し、穏やかな(さざなみ)を立てていた。

 巨大なタンカーが静かに横切り、頭上には関門橋が弧を描く。

 そんな「今」の景色の中で、私は夫の誤謬を正し、清盛は熱病で、将門はこめかみを射抜かれて亡くなる別の人だと話した。


「あ、そうなんだ」


 真相を知った子供の呆れ顔に、夫は「いやあ、平はエピソードが強すぎて……」と笑いで誤魔化す。

 海中から聞こえていたはずの「よよよ……」という女官の泣き声も、いつの間にか潮風にさらわれ消えていた。


 私たちはそのまま、海の下へと続く「人道トンネル」へ足を踏み入れた。

 かつて「波の下にも都がございます」言い、安徳天皇と一門が運命を共にした海……。

 その海の中に現在はトンネルが通り、自転車を引いて歩く地元の人や、写メを撮る外国人観光客の姿があった。

 八百年前の血なまぐさい戦場は、今や国境も時代も超えた人々が、思い思いの歩幅で行き交う散歩道になっている。

 もし海の底で静かに眠る安徳天皇が、この賑やかな足音を聞いたならば、きっと優しい笑顔を浮かべるのではないだろうか。

 地上に戻れば、また些細なことで言い争う日常が待っている。

 けれどそんな「間違った歴史」を笑い合える事が、八百年の時を経て辿り着いた一番贅沢な和睦の形なのかもしれない。







読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)

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