1-5:おそとでるの
「伯爵さま……。
やはり今回こそ、もはや私めからセラフィーナ様にお教えできることがひとつもありません……
申し訳ありません、この浅学非才な身をどうか……。」
どことなく調子がおかしい。なんというか、つらそう。
最近しょっちゅう薬屋に出入りしては胃薬を調達しているなんていう噂もある。
「前もほとんど同じような台詞を聞いた気がするが……。
セラフィーナも口では色々言いつつも懐いているように見えるが、
違うのか?」
ゴルトン伯爵は短く刈った髭に手をやりつつ、呆れたように言った。
が、家庭教師担当のその騎士、バーソロミューは首をふるふると振る。
「あれはその……
"ちょっと物知りな近所のお兄さん" を知識的に搾り取っているだけ、です。
しかも自覚なし、純粋な知的好奇心。
正直、もはや止めようがないですし、なによりもう私から提供できる情報が殆どありません。
最近は暇だからと言って私の本来の職務の徴税管理の台帳を改造し始めていて……。」
「それはさすがに娘とはいえ、まかりならんな」
「いえ……その、とても見やすく計算しやすくミスも減るのです……」
そのバーソロミューのあまりに情けない顔に、
伯爵は浮かしかけていた腰をストンとソファに落とした。
「……どうしたらいいのだ?」
「……どうしたらいいんでしょうね、あは、あはは。」
気まずい。
沈黙がとても気まずい。
◆ ◇ ◆
二人して内心で頭を抱えつつ、黙ったまま何となく目を逸らしてソファに腰掛けたまま。
バーソロミューは(どうやって辞めさせていただこうか)と考え、
伯爵は(どうやって慰留しようか)と考えている。
そんななか、使用人が駆け込んできた。
──と言ってもあれである。可愛い若い女の子なんてほとんどおらず、美しいお姉様ばかりだが、
ノックも超高速にコンコンコンコンと連打したうえで返事を待たずに遠慮なくガチャリとドアを開け、
そして、聞かれる前に口を開いた。
「伯爵さま、どうか落ち着いて聞いてください」
……この時点で下手人はほぼ一択に絞られた上、ろくな事案じゃないのが確定した。
「……聞こう。」
「今朝、朝食後からセラフィーナさまがどこにもいらっしゃらず、
気づくのが遅れてしまったことについては誠に申し訳ないのですが……」
「それはよい。そのあたりはどうにもならぬ時も多いのだからな」
ここまではギリギリ鷹揚な態度でいられた。
「……はい、
地下倉庫の床板を外した先に謎のトンネルを発見しまして、」
……待て、それ以上聞きたくない。
という声を発する前に、報告が続いた。
「土に25サイズ程度の靴の跡がありました。つまり……」
「セラ、か……」
「です。騎士団には連絡しつつ、使用人総出で捜しはじめています」
「あ゛あ゛……。」
「それでは失礼致します」
……この使用人、有能ではあるのだが、いささか真面目というか、
愛想はない。そのドライさが、今はしんどい。
「誰か1杯水を持ってきてくれ」
そう絞り出すのが精一杯だった。
そして同時にバーソロミューはこう──
(あの、そろそろ私いらないですね、ですよねー?
給料は良すぎるけど正直しんどすぎるんでもう勘弁っす……
ああ、、胃が……)
──思った。
◆ ◇ ◆
(いやー、1ヶ月かけて地面掘った甲斐があったわねぇ!)
そう、頭の中で叫びつつ、美桜は街道で腕をぶんぶん振り回す。
その見た目は……、畑仕事をサボって近所で遊んでいる女の子といったところだ。
お小遣いはパパの財布から抜いてきた。
……その金額分、代わりに帳簿の抜け漏れの指摘書類を置いてきたし、
服は話の分かる子持ちの使用人とこっそり交渉して町娘っぽい服を調達済み。
『捨てる代わりに、それを必要としている恵まれない子供に届くよう、教会に喜捨するのはいかがでしょう?
ぜひ一度、集めてから、あまりに傷んだものは掃除などに回し、そうでないものは……』
とか言いながらそこから目立たないものを数枚パクってきただけである。
それを必要としている恵まれない子供──まあ、当てはまるよね?
そんなことより、景色が綺麗。
目の覚めるような黄緑色の麦が畑で揺れ、
遠くにはなだらかな山、その手前に城壁。
郊外っぽく見えてもここは城壁の中ではあるらしい。
その城壁はところどころにD型の側防塔が設けられ、 "ちゃんとしている" 。
それは、まさにRPGの世界を実写化したようなもので、
もっと一言で言うなら……
そう、景色が綺麗なのである。何度でも言いたい。
伯爵邸はあえて伯爵領の中心部には置かれていない。
あくまで中心には "役場" があり、そこに伯爵は毎朝、馬車で通勤している。
以前聞いてみたところ、
『まあ、中央に大きな塔を建てる貴族もいるが……
ウチのように、一等地を占有せずに郊外でのんびりする者も多い。
なんせ、公務も大変であるからゆえ、少しでも落ち着きたいものだよ』
……そんなもんか。そんなもんらしい。
いや、おかしくない?
それが実現するって、自動車社会並みに街道が整備されて……
美桜は足元に視線を落とす。
……されてるわ。
なにこの、変哲もない地味な石畳ですみたいな顔しておきながら実質タイル張りな道路。
むしろこの工作精度出るのに石油アスファルトコンクリート使ってないのも意味不明。
なんなのかな、これ。
魔法のせいで科学の発展遅れてるとかかしら……?
気になることばっかり。
さあ、夕食の時間までひたすら遊ぶわよ!!
全部見るのは無理だけど、やれることは全部やりたい。全部見たい。
美桜はひとり、
おー!とばかりに拳を突き上げた。
道行く通行人が微笑ましくその仕草を見ながら通り過ぎていった。
よかったね、ほんとに。




