1-3:わたしのほしいもの
……っていう夢を見た。
いや、だからといって病室で目覚めたわけではない。
目覚めたのは、そこそこ豪華で、しっかりと手の込んだ内装の室内。
天蓋付きのベッドの中。
その手には静脈注射の跡も無いし、皮膚炎が色素沈着した跡もない。
指は小さく、自分の身長も低く、周りは謎言語で話し、恭しく接されたり、親(まあ親だわな)からも割と溺愛されてる。生活水準は妙に高いのと、ツッコミどころの多い部分と、謎に不便になっていないところと。
……どう考えても『あるある』のファンタジー世界。
いやそう。そうなのよ。
ずっと夢で積まれてきた"謎の"記憶と、
このちんまい身体側で体験する出来事が全然噛み合わなくて、
こっちではわたしは『セラフィーナ』って呼ばれてて、
あっちでは美桜って名前だったはずで。
その、最後の確証のピースがやっと今朝、嵌った。
そっか、『アイリスちゃんさん』がここに送ってくれた、ってことね。
……まあ、自分が妄想拗らせ疾患でなければ、だけどさ。
さすがにないとは思うけど。理屈が通り過ぎてるし。ただ、悪魔の証明なのでなんとも言えないのがもにゃるとこ。
それはいいか。
え、いやそんなことより。
……どうしたらいい?
どうしよう、というか。
好きにしていいわよって言われた。じゃあ、何する?
◆ ◇ ◆
答えなんて見えていた。
美桜は自分の過去の発言を振り返って顔を顰めた。
"美桜だったもの"が2歳の頃。
「いや!えほんとかおもんない!もっとむずかしいごほんよむ!」
「もっとあそぶ!おそとがいい!でもごほんもよむ!やーだ!」
"せらふぃーな"が3歳の頃。
「わたしはせらふぃーなってよばれてる、みお、だったきがするのに」
「わたしびょーきでうごけないはずだったきがする」
「あれ?わたし、ちがうせかいからきた?」
「なんで……?なんで???ぱぱ、あたしってなに?」
……正直、忘れたい。頭を抱えて叫びたいくらい。
いっそ先に、転生したというあの死後の世界の記憶を見せてくれてればああはならなかったかも……?
いや、それはまずいか。
あの死後の世界的な何かの記憶が戻るのが最後じゃないと……、
──あ、まあ多分最後だと思ってるってのは仮説だけどね。それは今夜寝たら分かりそうなことだから優先度低いけど、うん、ともかく──
あの記憶が最後に来たからこそ深い納得感があった。
もしあれが先だったら、その後の夢全てを疑ってたと思う。
けれど、たぶんだけど、ずっと0歳とかから自分の記憶が繰り返し積まれてきたからか、その記憶や思考様式など、美桜が美桜たる部分は全てこの『セラフィーナ』の身体に刻み込まれている。
だから……
「わたしはわたし。わたしは美桜。
そして、この世界でのリアルアカウントIDはセラフィーナ・ゴルトン。伯爵令嬢っぽい何か。
それだけ。
そんなことより……
……まずは知識が、欲しいわね」
瞳孔が少し開き気味だった。こわい。
なお、自覚は、ない。
◆ ◇ ◆
「伯爵さま……。
ですので、もはや私めからセラフィーナ様にお教えできることがひとつもありません……
申し訳ありません、この浅学非才な身をどうか……。」
執務室の応接ソファに向かい合った男二人。
家庭教師担当にしていた騎士からその言葉を聞き、ゴルトン伯爵は頭痛がする思いで額に手をやった。
「いや、バーソロミューくん、君は我が領でも指折りの賢人だと思っているのだよ。
私とも歳が近く、だからこその柔軟性がある。決して卑下することなどないのだ。
だが……
親バカになる気はないつもりでいるが、
……うちの娘、やはりおかしいのだろうか?」
そうまっすぐに言われた騎士バーソロミューは動揺しながら答えた。
「いえ……、
いやある意味ではおかしいです。
もちろんですが、理解が速すぎます。
そして、その場で理解したことと知識への接続が異常なくらい広いです。
発想力が化け物じみています。正直、人間と思えないくらいです。
質問も的確です。次に教えようと思ったことの伝え方を考える前に、
私が話し終える前から、
"じゃあこれはこうなるんでしょ?"
"ここだけは情報が足りないの、ざっくり教えて頂戴"
と刺しに来ます。あれは……わかる人間ほどキツいですね。」
正直なところ、胡麻を擂るどころか、本心を抑えているくらいだ。
あれははっきり言って未知との遭遇に近い。知性のホラーとでも言いたいくらいだ。
「いっそ修道女に……?」
伯爵が漏らしたそれはあくまで一案程度だったが、バーソロミューは鋭い声で突っ込んだ。
「それはおやめください……!
"アレ"を閉鎖的な組織に雑に放り込んだ日には内側から崩壊しかねません。
どちらが死ぬかで言ったら……」
「待て、待て、待て。ただの仮定だよ。
分かっているが、いや、
でも……
可愛い娘なのだよ。本物のバケモノならともかく……」
その続きをバーソロミューが引き取った。
「そうなのです。普通……いや、とても豊かな感性を持ち、
よく喜び、無邪気で真っ直ぐで、
それでいてよく倫理を弁えている。
ただ……」
「そうなのだ、いささか過激というか……。
──ただ、君、うちの娘を "アレ" 呼ばわりはないだろう」
「申し訳ありません、どうか」
「冗談だ、気持ちはよくわかる」
「「はぁ…‥。」」
同時に深い溜め息が出た。
と、その瞬間、伯爵執務室のドアがとんでもない勢いで開いた。
勢いよく壁にぶち当たったドアが破裂音に近い音を発し、
それに二人が突っ込む間もなく、その原因そのものは宣った。
「もっと知識を所望するわ!!」
かわいい。




