1-14:破天荒の原点
美桜以外の全員がフリーズする中、
パーシバル卿は、つかつかつか、とあっという間に部屋を横断し、そのままセラを抱き上げた。
今までの空気?ないなった。
「セラフィーナァ!!」
豪放磊落に笑いながら……
セラフィーナをお手玉のように空中に何度もぶん投げる。
「わー!」
セバスチャンは直立したまま謎の息を漏らし、家令はいつの間にか椅子に腰掛けてその様子を眺めている。
ママはそれを呆れた顔で見ながら椅子に座り、パパは止めたいのに手が出せない、と顔に書いてある。バーソロミューはそんな伯爵と可愛い悲鳴を上げて喜ぶセラを見ながらくつくつと笑った。
投げ上げられて景色が激しく揺れるのを楽しんだあと、地面に足がついたので、改めてぎゅっとお腹のあたりに抱きつきつつ、口を開く。
「おじーちゃん久しぶりだよ!……また筋肉増えたんじゃない!?」
そんなセラの第一声に対しパーシバル卿は破顔しながら応える。
「おう、ちょうどドラゴン狩ってきたばかりでな!
土産は厨房にぶん投げてきたから後で食おうぞ!」
そこに後から追いついた夫人が入ってきた。
「あ・な・た!まったく!!」
◆ ◇ ◆
夫人の言うことを全く耳に貸さないまま、しかし、久々の来訪もいったん落ち着き、全員が椅子につく。
使用人が菓子と紅茶を給仕し、団欒となる ──
── 前に、と、伯爵が立ち上がった。
「まず親父殿。タイミングが最悪ですよ。
ちょうどセラフィーナが法の儀式を終えた後で色々と……」
「……おう、まあそろそろかとは思っていたが。
いいぞ、これで戒律なんざ気にしなくていいってわけだ。
セラ、一緒にドラゴン狩りに行くぞ。早速明日から……」
「やめてくれ、親父。まだろくに信仰書も読んでないんだから」
「要らねえよあんなもん。流し読みしたら俺は捨てた」
そう言った瞬間、隣りに座っていた夫人が無言で頭を引っ叩いた。
……かなり全力で。
椅子がとても嫌な音を立て、パーシバル卿が物理的に数センチ沈んだ。
祖父が一度立ち上がり、足で椅子を蹴って修復魔法を使いながらその減らず口を再び開く。
「で??そんなことよりわざわざ冒険者雇ってまで俺に伝令寄越してここに呼びつけた理由ってのは何だァ?
ドラゴンより面白くねえ内容だったらしばくぞ。
……いや、セラが半人前になったってのは十分面白えか。」
「話をさせてくれ。
── 話というのは、
あ、これは先程言いかけたことでもあるが、」
ここでいったん言葉を切った。
そして、伯爵は机に手をつき、目を閉じて一旦息をして、
目を開き、口を開いた。
「エリアルが第二子を授かった。」
エリアルは微笑み、
護衛執事が目を見開き、家令もわずかに顔に出る。
特別秘書は眉と口輪筋を上げて体を数センチ後ろに無意識に引き、
祖父は呆けた顔、祖母は目を丸くし、
そしてセラフィーナは……
……現実感が追いつかず、一切の反応が起きなかった。
今、なんて?
弟か妹?
えっ?
あたしに?
何やら叫びだした祖父の声が少し遠く感じられる。
そして、視界がぼやけた。
泣いている、と気づいたのは数秒遅れてからだった。
── ごめん、お母さん。
そうだよね。
一度も顔にも出さなかったけどさ、欲しかった……かも、しれなかったよね。
生まれつき身体弱くて、もともと心臓にトラブル抱えてたあたしで手一杯で、そんな余裕なかったよね。
いや、私は悪くないと言えば悪くないけど、
……そうなんだけどね。
まあ、いいや。いいことにしておこうって、もうとっくの昔に決めたから、これ以上は考えない。
えっと、
そっか。
……いや、無事に生まれるかは医療レベルによってはけっこう心配残るけど、
でも、めでたいし、
あたし、お姉ちゃんになるのかもしれないんだ。
どうしたらいいのかな。
いいお姉ちゃんになれるかな。
……なってみなきゃわからないか。
でも、ふふ、いいかも。
正直、ずっと憧れてた。元気に生まれてきてほしいな。
そこまで思考してから、それを打ち切って、その騒ぎに加わった。
「ママ、パパ、おめでとう!!」
◆ ◇ ◆
先代伯爵卿とその夫人を迎えた上に、伯爵夫人の懐妊が発表された……
そんな日の夕食、というお祭り騒ぎの準備で屋敷中に熱気が溢れる中、
セラフィーナはひとり屋根の上で座る。
夕暮れにはまだ早い、西に傾いたぽかぽかとした日差しが心地よい。
危険……?いや、大丈夫でしょ。どうせどっかでセバスが見てる。
そして、ぼんやり考える。
アイリスちゃんさん。あなたが女神さまなのかはわからないけど、
── ありがとう。
私、この世界でやっていけそう。
家族に恵まれてる。親やその親もみんな素敵な人たち。
一門衆もいい人たち。よく働いてて、私たちに良い生活をくれつつ、楽しくやってる。
街の人もあったかい。通りがかりに道案内してくれた誰かも、面白い八百屋もいた。
良い世界だと思う。
それに、私は元気。すっごく元気。
こんなにすごいもんなんだね、元気な体って。
走っても心臓が変な動きしない。
激しく咳き込んで骨が折れる心配もいらない。
起きたら髪がごっそり抜ける心配も、血液透析もいらない。
ちょっとずるいって思っちゃうくらい、ありがたい。
でも、前の世界に生きてるわけでもなし、
……ちゃんとお別れ言いたかった気持ちはあるけど。
でも、生きてるうちに言えることは全部言ったし、後悔もやり残したこともない。
ないはず。うん、ない。思い当たらない。
そして、8か月後くらいに弟か妹が生まれるかも。
あたしはここで生きてる。
楽しいよ。
── ありがとう。
精一杯、思うままに生きるね。
厨房にて。
「この肉どうやって食ったら旨いんすかねぇ、料理長……」
「任せろ、俺を誰だと思ってる?王国ホテルの料理長補佐をやってた男だぞ?
ドラゴンくらい……
……これ、何だ?古代竜か?
さすがにひとりで捌いたことねえぞ。
っていうか、古代竜なんてオークションでいくらするんだ?
まあ、でも属性竜と基本は同じだ。やろう。
お前ら!やるぞ!」
「「「「はい!!」」」」




