1-11:屋敷のひみつ
4歳児の体力というものは実にパワフルだ。
(17歳の時より腕力あるかも……?)
なんて思うくらいには。
それでも……
(お勉強つかれたー!)
ぼふっ。
ベッドにダイブ。しばらく洗いたてのシーツを堪能したあと……
……待って。
また、思い当たった。
(シーツ、柔らかくていい匂いするけど洗濯どうしてるのかしら。いつも風呂入ってるから石鹸があるのは知ってる。
……じゃあ柔軟剤は?
ああもう、いっこいっこ謎だらけなんだから!!)
思い立ったら即行動。考えて分からないことは調査するに限る。
ベッドに飛び込む瞬間に脱いだ靴を急いで履いて、そのまま廊下に駆け出した。
◆ ◇ ◆
「お嬢さま!勝手に外に行かれてはなりません!」
屋敷の庭に出た瞬間、なんかうるさいのが秒速で湧いてきた。
「行かないわよ。
外出許可の代わりに、勝手には行かないって、あのとき約束したでしょ」
腰に手をやって睨みつけると執事は片膝をついて小さくなる。
「……たいへん失礼いたしました」
「この際だから言っとくけどね、あたしは人とちゃんと約束したことは守るわよ。
出来ないことは約束しないもの。それが信用だ、ってあたしは知ってる。
……そりゃもちろんアクシデントで守れないこともないとは言わないけど、そういう時は事情話すし、なるべく先に言うし。」
「仰る通りです……」
なんかふつうに俯いてるので、美桜は、ぱちん、と手を叩いた。
「はい、はい、おわりおわり。湿っぽいの嫌い。
そんな気にしてないし、信用の貯金が大変なのはあたしもよく知ってる。
保護しなきゃ、があんたのお仕事だってのもわかってるわよ。
あんたはこれからもやることやればいいし、
あたしも好きにするし。
それより──」
そして胸を張る。
「──洗濯ってどこでしてるのかしら?」
「は?」
ついてこれなかったらしい。無理もないか。
◆ ◇ ◆
珍妙な顔をされつつ、
リネン室に案内してくれた。外で干さないのか、と疑問を抱きつつ、開けられたその部屋には……
巨大な金属の樽のような桶の中で水と共に回転する布と、
それに手を翳している、顔を見たことのない若い使用人がいた。
「これが洗濯です。……あまり面白いものではないと思いますが。」
執事がなんか言ってるが、無視。
面白いじゃないの。
そんなことを考えながら観察モードに入ると、セバスチャンはそのまま少し小声でその使用人に向かって続けた。
「……ローズ、全く気にせず続けていいよ。お嬢様の例の見学ツアーだからね」
それに小声で頷く彼女。
「はい」
……なるほど。
(この桶、要するに洗濯槽ね。それで……?)
美桜が見ている前で沢山の布が空中に浮き、そしてその布が含んでいたであろう水が突然ばしゃりと水面に落下した。
それから桶の底を抜いたのか、床の排水溝に大量の水が流れ、しばらくしてから壁から生えている蛇口を捻った。滝のような勢いで水が溜まり始め、そこに布が落ち、再び水を含んでいく。
(蛇口……あるのね。素材はおそらく真鍮。二つの栓がひとつの蛇口に繋がっているということは混合水栓。
……混合水栓!?)
「ちょっと執事!?
ボイラーあるの!?」
「は?はぁ……ありますが」
「ぇ」
まじか。それは想定外だったわ。
◆ ◇ ◆
あの後もうしばらく見ていたが、それ以上の特別なことはなかった。
巨大な桶を洗濯槽にして半固形の洗剤を入れて洗い、空中にて魔法で脱水し、水を替えて濯ぎ、最後の一回の濯ぎでは秘伝の南国のヤシの木油とレモンの果汁を贅沢に、しかし適量追加して繊維を和らげ、最後に脱水したら隣の部屋の乾燥室に干す。
昔は屋外で乾燥させていたらしいが、伯爵夫人の芝鼻炎がひどいため今は全部室内干しだそうだ。
そんなことより。
(ボイラー!?いや、あるんかーい!?
洗顔は部屋に毎朝使用人がお湯の入った桶と洗面器持ってきてくれるし、風呂は沸かしてるのかなとか、それ以外でお湯使うことないからどうしてるのかそこまで気が回らなかったっていうか、普通に沸かしてるのかと思ったよ!
まさかボイラーあるとはね……。もうまるっきり近代じゃん。
いや、
それでこの科学理解で止まってるの、ほんとに意味わかんないわ……。)
そんなことをぐるぐる考えながらセバスチャンの後ろに続いて歩いていると、重厚なドアの部屋の前に辿り着いた。
「……先程も申し上げた通り、」
「入るのは短時間、危ないから動き回らない、暑いから気をつけろ、でしょ?わかってるわよ。なんなら15秒見れれば十分だもの」
「いえ、それ以外にも、嫌な思いをされると思いますが……
……まあ。
では、参ります」
ガチャリ、ギギ……と重厚な鉄のドアが開けられ、ぼわっ、と熱気がまろび出てきた。
いかにもな感じの、
汚いとも少し違う、焦げや煤や石炭カスの零れた石造りの部屋。
……石炭?
中を覗くと、見たことの無い顔の年老いた男がスコップで石炭を掬い、釜に投げ込むところだった。
そして、それを終えてスコップをガリっと床に突き立てるように支えにしてからこちらを向き……、
「あ゛?誰だァ?」
嗄れた声が響いた。
「私ですよ、グレッグ爺さん」
執事があまり聞いた事のない口調で答えた。
「お前じゃねえよセバスジュニア、そこのちんちくりんの方だバカタレ」
え。いや、屋敷の中でそんな呼ばれ方したの初めてだけど?
「じーさん!こちらこそが……」
「ああ、当代の娘か」
「やめてください!」
セバスチャンのそれは半ば悲鳴に近かった。
そしてそのグレッグ爺さんと呼ばれた年寄りは口元に薄汚れた布を巻いたまま足を引きずるように近づき、セラフィーナを見下ろした。
「こんな仕事だ、誰も気づかねぇ。キツい。暑い。汚ぇ。誰も近づきやしねぇ。
何の用だ?当代の娘。
見せもんじゃねぇ。お前さんがぬくぬくと風呂入れんのも……」
そこでセバスチャンがセラフィーナを遮るように物理的に割り込んだ。
「そこら辺にしてください。いくら私とて……」
そんなセバスチャンの足に手をかけて横に押す。
「いい。あたしが話す。
……あのね、なんとかっておじさん。
さっき洗濯するとこを見た。
混合水栓からお湯がとんでもない量出てくるのを見た。
その隣の部屋が熱々の乾燥室になってるのも、わかった。
──だから、来た。
あたしは知ってる。
ふわふわの布団で寝られるのは、洗濯してたあの子のおかげ……
……だけじゃなくて、その仕事を差配してる人、
その子の賄いを作ってる料理人、
他の仕事仲間。
その中にあんたもちゃんといる。
別にあたしに忠義なんて求めないわよ。
ただ、
── いつもご苦労さん。
暑いでしょ。
他の仲間はいるの?
適当に交代してたまには涼みなさいよ。
知ってる?厨房の冷凍室ってすごく涼しいのよ。
疲れたらそこで氷でも貰ってくるといいわ、あたしの名前出していいから。」
そして下からキッと視線を送る。
……
しばらくまるで睨み合うかのように視線を交錯させたあと、
その爺さんは、フン、と鼻を鳴らした。
「お前さん……、先代そっくりだ。
……あんがとよ。
おめぇみてぇのがいんなら、この仕事続けてやる。
── おいジュニア、弟子の話、受けるとシニアに伝えろ。
それと氷か?遠慮なく貰ってくからな」
そう言うと、足を引きずりながら戻っていった。
あたし、こういうおっちゃん、嫌いじゃない。
……実は、けっこうすき。
ジャラリ……
バケツの中に水、そして大量に浮かぶ氷。そこに足を突っ込む。
「こりゃたまらんなァ。
あと10年早く言われてたらもっと楽だったものを。
……こりゃ癖になりそうだわ」




