後に英雄と呼ばれる探索者、その名は…
今からおよそ50年前。
その日は300年ぶりの皆既日食を見ることができるということで、街では多くの人々が、太陽が月に隠れるその瞬間を今か今かと待ちわびていた。
しかし、人々が待ち望んでいたその瞬間は、全人類にとって最悪の日のはじまりとなった。
そんなことはつゆ知らず、広場には多くの家族連れやグループが皆既日食グラスを片手に空を見上げていた。
「おい、もう少しで日食が始まるぞ!」
徐々に月に隠れていく太陽と、それと同時に闇に染まっていく地表。
ゆっくりゆっくりと月が太陽を飲み込む姿を、人々は固唾を飲んで見入っていた。
そして遂に月が太陽を飲み込んだ。
正にその瞬間、まるで地球が雄たけびを上げたかのような、耳をつんざく音が辺り一面に鳴り響いた。
人々は咄嗟に耳をふさいだが、耐え切れなくなった者はその場で失神した。
あまりに突然の出来ごとに、何が起きたのか人々は呆然とした。しかしその直後人々は驚愕することになる。
「あれはなんだ!」
地平線から突如としと現れたのは、この世のものとは思えない獣の群れだった。
狼のような肉食獣から、ライオンの10倍はあるような生物、空には翼竜のような生物も見て取れた。
そんな大小さまざまな獣が、少なく見積もっても数十体、人々のいる広場に向かって突進してきた。
獣の群れは、先ほどまで幸せに満ちていた広場になだれ込み、その地を瞬く間に地獄に変えた。
人々は悲痛な声を上げ、逃げまどった。
先ほどまで隣で笑いあっていた友人や家族、恋人は、今や獣の口の中で肉片とかしていた。
「助けて!!」「死にたくない!!」
人々の怒号なのか、悲鳴なのか、それとも祈りなのか、何が因果なのかはわからない。
この世が終わったと思われたその時、どこからともなく一人の男が広場に現れた。
男はフルフェイスで顔を隠し、手には何の変哲もない金属バットを握っていた。
彼は人々の波に逆らって獣の軍団に突っ込んでいった。その速度はおおよそ人間離れしており、あっという間に、200mは離れていたであろう先頭の獣にたどり着いた。
そして次の瞬間、ゆうに30mを超える跳躍を見せ、持っていた金属バットを目の前の獣の脳天に振り下ろした。
バキャ!!
その鈍器は鈍い音を鳴らし、先ほどまで残虐の限りを尽くしていた獣を原型なく押しつぶした。
そして、獣を葬った反動そのままに、男は周囲にいる8体ほどの獣を一瞥すると、金属バットを力任せに振り切った。その衝撃波は瞬く間に周囲の獣を木っ端みじんに吹き飛ばした。
逃げまどっていた人々は1人また1人と足を止め、突然舞い降りた正体不明の男の一挙手一投足を固唾を飲んで見守っていた。
その観衆たちとは裏腹に、フルフェイスの男は次々と獣を討伐していった。最初は男に怒り狂い、なりふり構わず襲ってきた獣達だったが、暫くするとまるで蜘蛛の子を散らすように男から逃げまどい始めた。
そんな敗走者達に待ち合わせる慈悲など一切ないと言わんばかりに、男はそれらすべてを容赦なく葬った。
獣の乱入で絶望に覆われた広場は一転、興奮の渦に飲み込まれ、すでに姿が見えなくなった彼を、神が遣わした救世主として称えた。
この日、地球上のありとあらゆる地域で獣の群れが人々を襲う事件が勃発した。しかし、一部の地域ではフルフェイスの男と同じような超常の力を持つ者が現れ、獣から人々を守った。
この日を境に、世界全体でねじ曲がった空間が突如として現れ、その中から獣が這い出てくるようになった。
地表は瞬く間に獣に占領され、世界地図を大きく書き換えることとなった。
世界を激震させたこれらの事件は後の時代に「皆既日食の悲劇」と呼ばれるようになった。
各地に現れたねじれた空間について、ある地域では「魔境」、ある地域では「地獄」と表現されたが、獣たちを閉じ込めている牢屋という意味を込めて、国際連合では「ダンジョン」と命名した。
政府は人類を脅かすダンジョンを排除すべく、諜報機関や軍隊を送り込んだ。しかし中に跋扈している獣や、複雑に入り組む迷路のような地形に悉く阻まれた。
ダンジョン発現当初は、未知のお宝を狙う者や、興味本位でダンジョンに入り込む者が後を絶たなかった。もちろん、何の対策もなしにダンジョンに入ったほとんどの者は消息不明となった。
この件を憂慮した各国政府は、確認できる範囲のダンジョン全てを立ち入り禁止とし、あふれてくる獣対策のため、ダンジョン周辺には軍隊と兵器を並べた。
そしてそれと並行して、世界中に突然現れた「救世主」を探し出すという名目で「ダンジョン特別探索者資格」が新設された。
通称「探索者」と称された資格取得者には、ダンジョンへの入場許可と、そこで発見した財宝や素材の売買権、生活が一生涯保証される特区への移住など、様々な特典が与えられた。
探索者たちはそれぞれの想いを胸に、地表の獣たちを屠り、未知の財宝を求めダンジョンに潜った。
あるものは莫大な財宝を、あるものは未知の鉱物を発見し、そしてあるものは地表を跋扈している獣を屠った英雄として、歴史に名を遺す偉業を達成するようになる。
ーーーーそして50年経った現在ーーーー
この50年でダンジョンを取り巻く環境は大きく変化した。
ダンジョンからもたらされる希少な鉱物や素材は軍備拡張や高性能なインフラ整備に大いに寄与した。銀以上の電導率を誇る貴金属の発見、獣の素材で性能を上げた武器の開発など、それらの発見と探索者の貢献により、人類は多くの都市を取り戻した。
またこの50年に渡る研究により、一般の人間であっても、ある条件を満たすことで、世界を救った「救世主」のような人間離れした力を目覚めさせることができると分かった。
実は世界中に現れた「救世主」たちを調べると、DNA配列の中に通常とは異なる配列を発見した。
その配列は「神の奇跡」と称され、政府は多くの予算を割いてそれと同じ配列を持つ人間を探した。
しかし当然と言うべきか、政府が実施した検査においてその遺伝子を持つ者を見つけることはできなかった。
各国政府が新たな「救世主」の誕生をあきらめた時、無断でダンジョンに入って生存できた男から「神の奇跡」が発見された。
この発見をきっかけに政府は、表向きはダンジョン攻略作戦として、特殊な訓練を受けた軍人をダンジョンに送り込み、DNA配列に変化を起こさないか、帰還した軍人を調べ上げた。
すると極わずかな者が「神の奇跡」を発現させていた。
これを持って、ダンジョンに一定時間潜伏し、尚且つ獣を討伐した人間に限って、一定確率で「神の奇跡」が発現すると結論付けた。
発現するための潜伏時間は人によって様々だが、およそ72時間が目安とされた。逆にその時間以上ダンジョンに潜伏しても「神の奇跡」の発現がなければ、その者には資質が無いと判断できることも分かった。
そしてその限られた人間を選別するための手段として、政府は「ダンジョン特別探索者資格」を能力を持たない一般の人間に対しても広く募集することとした。
しかし、試験とは言え、ダンジョンに72時間は潜伏させないといけないこと、余りにも多くの発現者を出しても財政的に受け入れが困難であることを考慮した政府は、その合格基準を厳格なものとした。
その結果、毎年の試験合格率も全体で1%未満に留まり、年によっては合格者なしとなる超絶難関資格となっている。
1次試験の筆記試験ではダンジョンに関する法律や、ダンジョン内の構造、獣に関する知識などを問う問題が出題され、2次試験の身体試験は現役の兵士ですら突破が難しいと言われる内容となっている。
試験は各国で行っているが、全世界での受験者総数は毎年1,000万人とも言われている。探索者には満18歳以上の者であれば誰でも受験資格が与えられることとなった。
現役探索者の平均年齢は28歳で、おおよその人間は20代前半で探索者になることが多い。
そしてここ日本支部でも、今まさに2次試験を突破した9人の受験生が揃い、国家ダンジョン特別探索課主事の日比谷優斗から最終試験に関する説明を聞いていた。
日比谷は探索者歴10年のベテランで、数々のダンジョン探索に赴いた実績がある。その戦闘スタイルと強面の外見から「鬼教官」とも揶揄され恐れられている。
実際は部下想いの優しい上司なのだが、生死にかかわる現場ではついつい語気が強くなってしまうので、そのやさしさに気が付く部下は多くない。
その「鬼教官」が受験者に対して講義をしているのには理由がある。これから向かう最終試験は、実際に国有ダンジョンに潜り、「神の奇跡」を取得できるか調べるものだからだ。
綿密に計画されてる試験ではあるものの、運が悪ければ受験生が死ぬ可能性があるため、現役探索者チームが共にダンジョンに赴くこととなっている。
その総責任者として任命されている日比谷は、これから望む試験に神経を尖らせている。
そんなこととはつゆ知らず、受験者の多くは、人生をかけて挑んでいる試験の合否が今まさに目の前に迫っているという高揚感で、1秒でも早くダンジョンに行きたい気持ちが抑えられずにいた。
その受験生の中に18歳という歴代最年少でこの最終試験を受ける少年がいた。
彼の名前は一色隼人。赤茶色の頭髪をし、血色の良い肌、整った顔から覗かせる切れ長の目の奥はギラリと光っており、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。身長は180センチと大柄であり。服の下に隠れているその鍛えぬいた体格は、ミドル級ボクサー並みである。
彼は1次試験を受験生内トップで突破し、続いての2次試験での身体試験も、天性の運動神経と並々ならぬ努力でもってトップ通過していた。
彼はほかの受験者とはまた違った意味で、ダンジョンに入るその時を今か今かと待ちわびていた。
そんな彼に対し、隣に座っている女性が小声で話しかけてきた。
「ねえ、隼人。もう少しでダンジョンに入れるんだね。なんだが緊張してきちゃった。」
隼人と呼ばれた少年は一瞬眉をひそめたが、すぐに思い直したようにその声にこたえる。
「そうだね柚ねえ。もう少しで探索者になれると思うと心からワクワクするよ。」
目を血走らせながら答える隼人に対して、やれやれと言った風に彼女は話す。
「全くワクワクなんて感じてる様子じゃないよ。まあ、隼人の気持ちはわかるけど、あんまり根を詰めすぎると危ないからね。」
彼女は東雲柚希。隼人の4つ年上であり幼馴染。ぱっと見開いた目に少し丸みの帯びた鼻、柔和な口元。近寄りがたい隼人とは対照的に、誰もがほこっりとしてしまいそうな雰囲気を漂わせている。
とある事件がきっかけで小学生の頃に隣に引っ越してきた隼人のことを弟のように可愛がっており、防衛大学卒業と同時に探索者試験を受験。隼人と同じく天賦の才でこの最終試験まで潜り抜けてきた逸材だ。
「おいそこ!勝手にしゃべるんじゃない!今すぐ失格にするぞ!」
日比谷の怒号が2人の耳をつんざいた。慌てて「申し訳ございませんでした!」と同時に深々と謝った。
隼人は柚希の方を睨んだが、柚希は口パクで「緊張とれた?」と微笑みながら言っていた。
柚希は隼人の様子が心配で、試験前にわざと声をかけてくれたのだった。
もちろん、隼人は怒られたわけで有難迷惑には違いないが、柚希の穏やかな顔を見たら、不思議と肩から力が抜けていた。
隼人も柚希に「ありがとう」と口パクで答えた。怒られた2人は着席し話を聞いた。
日比谷は2人が着席をしたことを確認し話をつづけた。
「これから諸君らに入ってもらうのは、国有ダンジョンの中でも危険度が低いエリアだ。知っての通り、ダンジョンはその規模や生息する獣の種類などによってA~Eの5段階に分けられている。その上にSというランクもあるが、これは知る必要はないだろう。今回はEランクのダンジョンに潜ってもらう。そしてそのダンジョンで獣を狩りつつ72時間生き残れ。これが最終試験の内容だ。何か質問はあるか?」
受験生の中から質問が出る。
「獣は絶対に狩る必要があるのですか?」
日比谷が答える。
「獣を狩らずに最終試験を終えるものが出てくることがあるが、その者に「神の奇跡」が発現した記録は一切ない。逆に、獣を狩った数に応じて発現率も僅かながら上がる可能性もあるそうだ。なので発現させたければなるべく多くの獣を狩れ。」
また違う受験生が質問する。
「獣を狩る場所はどの層でもいいのでしょうか?」
「今回のダンジョンは3層に分かれているが、そのどこにいても問題ない。ただし、基本的には全員まとまって第1層にとどまるものとする。もし万が一はぐれてしまった場合もその場にとどまり救助を待つように。諸君らには発信器をつけているので試験監督者が必ず探し出す。また、ダンジョン最奥にあるコアは破壊するな。試験会場として優秀なので、国も最重要ダンジョンに位置づけしているからな。」
この言葉を聞いた隼人は僅かながら舌打ちをした。隣でそれを見ていた柚希は何とも言えない表情を口元ににじませた。
そんな隼人の内情を余所に、その後も受験生からは、獣を狩る武器や72時間生き残るための食事はどうすればいいのかなど質問が上がった。日比谷はこれに対しても答える。
「武器および食事の持込制限はない。隣の部屋にある武器や道具、食品、何でも利用していい。とにかく72時間獣を狩って生き残り、ダンジョンから出た後に改めて検査を行う。そこで「神の奇跡」が発現していた者が合格。以上だ。」
日比谷は話を終えると受験生に対して隣の部屋に移動するよう号令をかけた。
隼人と柚希を含めた他の受験生も、ぞそぞろとその号令に従い移動した。
隣の部屋は小ホールになっており、右半分には武器類、左半分には食料品類が置かれていた。武器の種類は剣や銃器といったものから、ヌンチャクやこん棒のようなものまで幅広くあった。
日比谷が説明する。
「ここにある武器は全て獣の素材から作られている。なので現時点の君たちの能力であっても獣に対して十分致命傷を与えることができる。また、食料品はアレルギーの有無や体調管理の観点から自分で選んで持って入るように。これも探索者として必要な素質だ。今から1時間後に出発する。では、各自解散。」
日比谷が話を終えると同時に受験生は武器の方に集まった。初めて相対する獣を前に、どの武器を使用すべきなのか多くの者が悩んでいた。
特に多くの受験生が銃火器を中心に集まっていた。
アサルトライフルやマシンガン、狙撃銃など種類は豊富で、そこに込める銃弾もセットで準備されていた。受験生はそれらを手に取って自分にとって最適な武器を試行錯誤していた。
それらの受験生と少し離れた刀剣の保管場所で、隼人は鋭い目線で武器を選んでいた。
刀剣のほとんどは片刃であり、その刀身は赤黒い光沢を帯びている。
「たぶんこれはDランクダンジョンにいるというレッドスコーピオンの外殻を使用しているのだろう。Eランクの獣相手であればこの刀身で両断可能ということか。」
隼人はぼそぼそと独り言を呟きながら、自分の身長にあう剣を持ち上げた。刀身の割には軽く、手に吸い付くような感覚を覚えた。獣素材の武器は耐久性が段違いではあるが、万が一の刃こぼれも考慮して砥石を腰に差すことにした。
彼の中では、刀剣こそが憎き獣を己の手で屠ることができる唯一の武器であり、銃器に頼っている他の受験生はただの腰抜けだとさえ思えた。
そして若さゆえの過信か、ダンジョン内で自分の力を見て羨望の眼差しを向ける他の受験生の姿を頭の片隅で夢想しながら、隼人は武器選びを終えた。
続いて食料品を選びに行こう踵を返しかけたところ、190センチ以上はあるであろう大柄で屈強な男が近づいてきた。厳つく無骨な見た目の男は、隼人に対してその見た目通りの低い声で話しかけた。
「おう坊主。まさか剣だけで戦うって言うんじゃないだろうな。相手は獣だぜ。」
隼人は内心「うるいさな。そんなのおれの勝手だろ」と思いつつも
「ご忠告ありがとうございます。ですが生憎、銃火器を戦闘で使用したことがないのです。なので、最も使い勝手のいい剣での受験を考えているところです。」
もちろん隼人も銃火器くらいは扱える。しかし敢えてそう言い、男に対してにこりと微笑み軽く会釈した。すると男は大きな笑い声をあげた。そして、
「勘違いさせてしまったようだ。すまない。言い換えよう。君は剣の腕に自信があるようだが、それは敵に接近を許した時の護身用として使用したほうがいい。何も自分から相手の懐に飛び込まなくともいいだろう。それに、ここの連中のほとんどは接近戦にも覚えがある。だからこそ、銃火器とセットで刀剣を選ぶ者も多い。」
男が隼人の後ろに目配せを送ると、そこにはいつの間にか数人の受験生がおり、それぞれが刀剣を手に取っていた。
その光景を見た隼人は、自分が周囲に無鉄砲な若者と内心思っていたのではないかと思い、また、他の受験生を心の中で小馬鹿にしていた自分の勘違いに羞恥心を覚えた。
そして、その事実に顔を少し赤らめながら
「すみません。僕の視野が狭かったようです。アドバイスありがとうございます。」
と恥ずかし気に早口で謝罪した。
その言葉に対して男はまたも笑い声をあげ
「素直でよろしい。君は若いのに大した人物だ。一緒に試験を乗り越えよう。ああ、名乗り忘れた。俺の名前は夫馬京弥。元国防軍だ。」
男は手を差し伸べながら力強い、そして優しい声で言った。
隼人は男の差し伸べた手を握り
「僕は一色隼人です。こちらこそよろしくお願いします。」
先ほどとは打って変わって晴れ晴れしい顔つきで隼人は言った。
そこに武器を選び終えた柚希が足早に駆け寄って来た。
「何かあったの?」
「いや、あの人からいいアドバイスをもらっただけだよ。」
話している内容を聞き取れなかったため心配した柚希だったが、隼人の晴れやかな表情を見て少し安心した。そして隼人に
「あの人は夫馬三等陸佐。防衛大で講義を聞いたことがある。獣対策のスペシャリストだったけど、地上戦で部下を亡くしたことが原因で心を病んで5,6年前に退官したって。その後は大学講師になったんだけど、探索者に転身することにしたのね。それに他の受験生も、皆顔くらいは知っている有名人ばかりよ。隼人も皆の話を聞いて学ぶといいかもね。もちろん隼人も十分すぎるほどの有名人だけどね。」
そう言うと、柚木は他の受験生について軽く紹介してくれた。元レンジャー隊隊長の田辺紘一、皇統無神流師範新井沙耶、無差別格闘技5連覇の毒島俊など、錚々たる面子らしい。
隼人は先ほどまで内心見下していた受験生に対して考えを改めた。彼らは自分とはまた違う覚悟をもつ人間であり、ここではお互いの背中を守りあう心強い仲間であると。
その後隼人はアサルトライフルと防具、生き残るための最低限度の食料品を選び、日比谷の号令を待った。
他の受験生も刻一刻と近づく最終試験を前に神経を張り詰めていた。
先ほどの騒々しい空気は一変し、誰一人言葉を交わすことなく、張り詰めた空気が部屋中を漂わせている。
「よし、準備は良いか?」
入場してきっかり1時間後、日比谷が武装を整えて部屋に入ってきた。
皆一斉に日比谷の方を向き、色々な感情を振り払うように力強く立ち上がった。
全員の顔を見渡し、日比谷はつづけた。
「今から建物を出て車に乗り込んでもらう。道中は守秘義務の観点から目隠しをし、こちらの号令があるまで目隠しをとることを禁ずる。では移動開始。」
日比谷の言葉通り、隼人たちは建物の外に出た後目隠しをされ、移送用車両に乗車した。
車両は受験生に行き先を探られないよう、敢えて右折や左折を繰り返し、本来は5分ほどで移動できる距離を30分ほどかけて移動した。
車両の扉が開き、目隠しを取るよう合図があった。
目隠しを取り外に出た隼人が目にしたのは、まるで空間が途中でねじ切られたような異質な穴であった。
森の中にあるようで、周囲には木々が生い茂っているのだが、穴の周囲は草木一本生えておらず、更に穴は平面で、この世ならざるまがまがしさがあった。
初めて目にしたダンジョンに、隼人は一瞬身じろぎした。しかしほかの受験生はその光景を前にしても顔色一つ変える様子はなかった。ほとんどの者はダンジョンを目にしたこと自体初めてと思われるが、そのほんの僅かな差が隼人には歯がゆかった。
そして皆に負けじと、胸を張って集合地点に足を運んだ。
集合地点で日比谷は説明を行った。
「これがダンジョンだ。ほとんどが謎に満ちている空間ではあるが、ここで君たちは72時間生き延びなければならない。君たちの安全はここにいる木原と田内、私の3人が確保する。が、何が起こるか分からない。有事の場合は取り乱すことなく対処するように。」
日比谷の紹介で木原と田内と呼ばれた2人が軽く自己紹介をした。
「国家特別ダンジョン捜索課の木原心菜です。探索者歴8年となります。安全は確保しますのでよろしくお願いいたします。」
スラっと背の高く、気の強そうな女性だった。修羅場を潜り抜けてきたであろう自信が溢れている。
「国家ダンジョン探索課の田内信二です。探索者歴5年です。本日は死傷者の出ないよう気を引き締めていきましょう。」
木原とは対照的に気の弱そうな雰囲気ではあるが、ほほにつけた傷と優しい顔つきの中にぎろりと光る眼が、男の底知れぬ凄みをかんじさせる。
一通りの紹介を終えた後日比谷が号令をかけた。
「諸君らはここにいる3人の後ろについてダンジョンに入ってもらう。昨日も安全面を確認しているので指示する地点までは危険はない。その地点に入ったら3つのグループに分かれて獣の掃討を行う。」
そういうと日比谷は紙を取り出しグループに分けだした。
「まず木原班。田辺紘一、新井沙耶、神戸准。続いて田内班。一色隼人、東雲柚希、夫馬京弥。最後に日比谷班、古谷辰巳、毒島俊、金剛明日香。以上だ。これは2次試験までの成績と各々のプロフィールから導き出した編成となる。」
メンバー発表に対して眉一つ動かさなかった隼人であったが、知り合いだけで構成された班編成に内心ほっとした。
「では各員ダンジョンに入場する。気を引き締めて我々に続け。」
そう言い終えると日比谷は黒い空間に消えていった。木原もその後に続き、残った田内が受験生に先に行くよう促した。
隼人は目の前の空間に次々と人間が吸い込まれていく状況に一抹の不安を感じながら、その後に続いた。
目を開いた次の瞬間、そこには今までいた森林とは逆に、まるで洞窟のような空間が広がっていた。
本来であれば真っ暗で何も見えないであろう空間なのだが、光源がそこかしこにあるようで、周囲がある程度見渡すことができた。
初めてのダンジョン内部に見とれていたその時、
「ギャオオオオ!!」
この世のものとは思えない断末魔が隼人の耳をつんざいた。
声の方を見ると日比谷が狼のような獣、シルバーウルフを両断していた。
「気を引き締めろ!ここはダンジョンの中だ。いつ襲われてもおかしくない。改めて言うが、私たち探索者と違い諸君らは力が顕現していない。今の私の攻撃で獣が弱いと思わないように。」
隼人は思い直した。
「そうだ、ここはダンジョン内部だ。試験官が付いているとはいえいつ襲撃があってもおかしくない。気を引き締めなければ。」
他の受験生も各々が選んだ武器を手にとりつつ、各自ができる最大限の警戒をしながら日比谷と木原の後に続いた。そして最初の狼襲来が嘘のように静まり返ったダンジョンの中を、一行は緊張の面持ちで歩いた。
数分歩いたのち、眼前に開けた空間が現れた。高さ10mの小ホールのような場所だった。周囲には3つの分かれ道があり、それぞれがダンジョンの奥に続いていた。
「よし、ここが目的の地点だ。ダンジョンにはこの地点のように獣を寄せ付けない「セーフティゾーン」がある。壁面に要因があるのだろうが、なぜこのような空間が存在するのかも解明されていない。もし何か想定外の事態があれば、この空間まで逃げてくれば問題ない。」
隼人は日比谷の説明を聞いて何か違和感があったのだが、なぜそう感じたのかは分からなかった。その違和感がこの最終試験に大きな悲劇を及ぼすとは、試験官含めここにいる全員知る余地はなかったーー
そんな隼人を余所に、少し緊張感がほぐれた柚希が人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
「何暗い顔してるの。せっかく一緒の班になったんだから、お互い合格できるように頑張ろうね。」
その後から夫馬がやってきて2人に話しかける。
「一色君さっきぶりだね。そちらは東雲さんだね。防衛大きっての才女と組めて光栄だよ。2人とも今日はよろしく。」
防衛大きっての才女と呼ばれた彼女は、はにかみながら「よろしくお願いします」と会釈をした。
隼人も続いて「よろしくお願いします」とぎこちなく会釈した。
夫馬はそんな2人を見て再度「よろしく」と返した。
そんな3人に班長である田内が近づいてきた。
「改めて最終試験でこの班の班長を務めることになった田内だ。ダンジョン内では1体でも多くの獣を狩る必要があるが、ほかの受験生に後れを取るという焦りから無理をして獣に突入する者が一定数出てくる。しかしそういう「向こう見ず」程、致命傷を負ったうえで最終試験を棄権している。君たちはそうならないよう己の力量に合わせて討伐を行うように。」
田内は鋭い眼光を3人に向けて言い放った。その言葉は先ほどまで一人で討伐を考えていた隼人にも深く刺さった。
他の2人も田内の言葉に深くうなずいていた。
一通りの会話を終えたところで、日比谷から全体に通るような声で
「よし、各自自己紹介が済んだようなので、今からダンジョンの奥に行って討伐を開始する。各員班長に続け!」
と指示があった。
一同は希望に満ちた顔でそれぞれの班長についていった。
この試験が最悪の3日間となることを誰も知らずに。
そんなことはつゆ知らない受験生は班長と共に次々とダンジョンの奥に足を踏み込んでいった。田内班の3人もそれに倣ってセーフティゾーンからダンジョン奥地へと足を踏み出した。
セーフティーゾーンから外に出ると、そこは縦横5mほどの通路が延々と続いていた。穴の奥からは先ほどまで聞こえなかった獣の唸り声が響いてくる。一同は顔を見合わせ各々の武器を構えた。
数十秒歩いたところで、突然田内が班の動きを止めた。前方から獣の姿が見えた。おそよ3匹のシルバーウルフが音もたてずにこちらを見定めるように近づいてくる。
一瞬身じろぎした3人だったが、柚希と京弥はすぐに思い直したように武器を構えなおした。
2人に1拍遅れて隼人も武器を構えなおした。
3人の間には何とも言えぬ緊張感が漂った。熱くもないのにこめかみに1筋の汗がつうっと流れた。
経験豊富な京弥は2人に対して
「おれは真ん中の奴をやる。一色君は左、東雲さんは右のやつを頼んだ。」
と静かに指示を飛ばした。
そんな一行の殺気に反応したのか、シルバーウルフは一瞬の間をつき、全速力で突っ切ってきた。
「今だ!」
京弥の合図と同時に3人が手元のマシンガンを放った。シルバーウルフは弾を避けるよう右左へ移動しながら突進してきた。
しかし、落ち着いて対処した3人は、進行方向を予測した的確な射撃でもって難なく討伐していった。
隼人が最後の1匹を討伐し、初戦闘を終えた。
京弥は初戦闘を終えた若い2人に対して
「2人とも流石だ。この場面で難なく獣を殺すのは並大抵のことじゃない。この3人なら問題なく3日間の試験を突破できるに違いない。」
と、きれいな白い歯を覗かせて笑いかけた。
その言葉に対して柚希が
「夫馬さんの的確な指示があったおかげです。」と引き締まった顔で礼を伝えた。
隼人も続いて礼をした。
後ろで見ていた田内も「お見事」と3人に一言声をかけた。更に続けて、
「今のがこのダンジョンで最も生息数の多いシルバーウルフだ。今ので分かったと思うが手元の武器で十分対処可能だ。このほかにも何種類かの獣が生息しているが、おそらく諸君らの敵ではないだろう。」
と、3人の戦闘技術の高さに対して素直に賞賛した。
とは言え3人はその言葉で慢心することはなく、これから続く獣との戦闘により一層気を引き締めなおした。
しかし3人の緊張感とは余所に、その後も同じような戦闘を繰り返した後、試験1日目を終えた。
探索を切り上げた一行は、セーフティーゾーンまで戻りそこでキャンプを組んだ。ほかの班も試験を切り上げており、複数個のテントが張られていた。
テントの前では、各班が1日の振り返りを行いながら食事をとっていた。
田内班もそれに倣い2つのテントを張ったのちに食事をとり始めた。
「ダンジョンに入った時は正直不安だったけど、この3人なら安心できるって思う。隼人のことも心配だったけど、いつの間にかたくましくなったんだね。」
試験中の張り詰めた表情とは打って変わって、元の天真爛漫な笑顔を見せながら柚希が言った。
「柚ねえはいつも心配性すぎるんだよ。おれも死ぬ気で特訓してここにいるんだから心配しなくても大丈夫だよ。逆に何かあったらおれが柚ねえをまもってやるから。」
隼人はきりりとした表情でそう伝えたが、当の柚希はくすっと笑いながら「はいはい、その時はよろしくね。」と軽い口調で返答した。
その様子を傍目で見ていた夫馬は微笑ながら
「君たちは本当に仲がいいんだな。正直うらやましいよ。」といった。
そして続けて2人に尋ねた。
「ところで、2人はなんで探索者になろうと思ったんだ?はっきり言ってこの仕事は過酷だし、命の保証もない。収入は億を超えるが、それが理由ってだけでここまで来れるほど、この試験も甘くはない。よほどの覚悟が必要だ。ちなみにおれは獣の討伐と、過去の因縁に決着をつけるためとでも言っておこう。」
夫馬の真剣なまなざしに対して柚希は答える。
「私は元々国防軍に入隊するために防衛大に入学しました。でも、国防軍に入隊してもすぐには獣の討伐に参加することはできず、そのほとんどがダンジョン周辺の安全確保のみ。もちろんそれも大切な職務ですが、探索者となり自分の力でダンジョンを消滅させ、より多くの不幸をこの世の中から消し去りたい。それが私が探索者となった理由です。」
先ほどの笑顔は消え、真剣な表情で淡々と話をした。
「そう思って探索者を目指すものは多い。しかしおれの部下がそうだったように、勇み足になった者から死んでいく。」
少し遠くを見るような物悲しそうな目で京弥が答える。すぐに思い直したように2人の顔を見つめなおした。
柚希と京弥の話を聞いた後に隼人も続けた。
「おれは子供の時、獣に家族を殺された。何もかもが突然だった。街中に突然ダンジョンが発生したらしく、警報音を聞いた両親はおれと妹の手を引いて地下壕に走った。でも地下壕の近くで獣に遭遇して、おれと妹を地下壕に入れた両親は目の前で獣に…。」
隼人は言葉に詰まったが、話をつづけた。
「だからこの世から獣をせん滅させるために、おれは世界にあるSランクのダンジョンコアをすべて破壊する。そのために探索者を目指している。」
「辛いことを思い出させてしまってすまなかった。しかしSランクダンジョンの踏破とは、大きく出たな。」
隼人の言うSランクダンジョンとは、世界に11か所ある。過去に1度だけ踏破されており、その地域から新しいダンジョンが生まれなくなったことから、Sランクダンジョンをすべて破壊すればダンジョンはこの世界から消えると言われている。
しかし、世界でも選りすぐりの探索者と各国の連合軍が綿密な計画を立てて成し遂げたSランクダンジョンの踏破は、その代償として参加した探索者の大半を失う結果となった。そしてそれと同時に他のダンジョン攻略を大幅に遅延させてしまった。
生還者は「世界の英雄」と称えられているものの、あまりに多くの犠牲を生んだ各国に対しては「今世紀最大の失策」だと咎める声も多い。
なので各国はSランクの破壊は諦め、そのほかのダンジョン踏破を優先して行っているのが現状である。逆にいえば、Sランクのダンジョンさえ攻略することができれば、人類が怯えて暮らすことはなくなるということだ。
そのSランクの踏破を目標にする目の前の少年に対して、京弥は改めて感心した。そして、若かりし頃の自分が考えていた目標を成し遂げようとするその姿が羨ましくさえ思えた。
「一色君、それはとてもいい目標だ。それなら今回の最終試験、最後まで一緒に頑張ろう。」
3人の話を少し離れたところで聞いていた田内は、自身も探索者となった時のことを思い出した。そして、3人が探索者になれるよう静かに祈った。
決意を新たにした一同は、2日目の試験に備えるためそれぞれ就寝した。
2日目の試験も1日目とあまり変わり映えのしないものだった。ただ、1日目よりも獣に遭遇する頻度は多くなっていた。とはいえ、いくら数が多いと言ってもせいぜいが2~3匹の群れでの行動であり、それをマシンガンで屠るといった、半ば作業に近い探索が続いていた。
ここで隼人はふと疑問に思った。
「探索者じゃないおれ達でもこんなに簡単に獣を殺せるなら、別に探索者じゃなくてもダンジョンの踏破はできるってことじゃないか。なんで「神の奇跡」がないと探索者になれなんだろうな。」
この疑問は、同じく探索者を目指してダンジョンに潜っている他の受験生もチラホラと思っていた。逆にそれくらい単調な作業をほかの班も行っているということだった。
なので2日目の試験終わりに隼人は田内に疑問をぶつけた。
「田内さん。今日で2日目が終わったわけですけど、探索者じゃない僕たちでもほとんど危なげなく獣を討伐できますよね。なんで探索者になるには「神の奇跡」を発現させないといけないんですか?」
田内は別に面食らうわけでもなく、如何にも何回も答えているような口調で答えた。
「このダンジョンは試験会場であって、誰でも踏破可能なくらいのレベルになっているだけだ。気が付いていないようだから言うが、このダンジョンには希少な鉱物や高強度の魔物は生息していない。おれ達探索者が必要なのはCランク以上のダンジョンの踏破並びに希少鉱物の確保をするためだ。なのでこの試験の内容が探索者としての活動ではないということは頭に入れておくように。」
隼人はそれもそうだと思った。自動車教習所でも仮免許の人間に対して、最終試験でいきなりF1カーに乗せて走行させるような真似はしないだろう。
その地点にあった試験を与えるのは当たり前のことなのに、このような常識の範囲外にある状況で感覚がおかしくなっていたのは否めなかった。
隼人は田内に対して
「ありがとうございました。それならこの試験内容も納得です。」と伝えた。
ただ田内も隼人に
「君たちは討伐を焦っていないことが功を奏している。現に2日目にしていいチームワークが取れている。もし1人でも慢心して単独行動をとっていれば、そんな疑問を抱くことなく獣相手に致命傷を負わされていることだろう。」
そう言って隼人のこれまでの姿勢を評価しつつ、慢心しないようにと釘を打った。
隼人もそれを察し、最終日に向けて気持ちを新たにした。
そしていよいよ最終日。
この日は昨日までの遭遇が嘘のように数時間かけて探索しても獣の姿が見えなかった。獣の討伐数を稼ぐ必要がある受験生にとっては絶望的な状況だった。
「何も出てこないね。」
少し焦った声で柚希が隼人に話しかけた。
「獣が出てこないと困るのにな。」
隼人もはやる気持ちを押さえながらも、その言葉に対して冷静に答えた。
京弥もこの状況に不安を覚え、少し緩みかかっていた気持ちを再度引き締めなおした。
探索者である田内は、この異常な状況に何かを感じたのか
「一旦セーフティゾーンに戻る。各自周囲を警戒しながら後退するように。」と号令をかけた。
一同が緊張の面持ちで引き返した。引き返している途中にも一切獣が出てくることはなかった。
「まさかすでに獣は狩りつくされてしまったのか。」
隼人はそう考えながら進んでいた。しかし、もう少しでセーフティゾーンに入ると思ったその時
「グガーー!!」「ギャーーーー!!」
セーフティゾーンからものすごい数の唸り声が聞こえてきた。
4人が急いでセーフティゾーンに入ると、そこには何十匹もの獣が既に戻っていた他の2班を襲っていた。探索者の日比谷と木原も応戦していたが、次から次へと出てくる獣に対して手数が圧倒的に足りなかった。
そして、その中に受験生の姿もあったが、突然の大群にパニックになったのか統率の取れていない動きで獣の群れに対して銃撃戦を行っていた。
獣の中にはシルバーウルフのほかに、鈍器を手にした140センチ程度の緑色の獣であるゴブリンや、角の生えたウサギであるホーンラビットなどがいた。いずれも単体単体では強敵ではないが、これだけの大群になると話は変わってくる。
「総員気を引き締めろ。これはスタンピードだ。」
田内はその異常な光景を見て田内は班員に対して言葉をかけた。
スタンピードとはダンジョン内部で貯まった獣が一斉に外にあふれ出る現象をいい、なぜそのような事態になるかは不明である。一説にはダンジョンコアの暴走だとか、ダンジョン内部に異常な獣が出たために、その脅威から逃れるための獣の本能ではないかともいわれている。いずれにしても何らかの以上がこのダンジョンで起きていることは確かである。
隼人含め受験生の3人はすぐに助けに入ろうと身構えた。しかし田内がそれを制した。
「はやるな。号令と同時に3人で陣形を組みながら突入しろ。そしてパニックになっている受験生の援護をしろ。おれが先陣を切る。」
そういうと今まで抜かなかった腰の刀剣を手にし、ものすごい速さで獣の群れに突入した。
その後に続き京弥、隼人、柚希の3人は横に展開しながら獣の群れを1匹ずつ射撃しつつ前進した。
異変を感じた獣が突進してきたが、それらは先陣を切った田内に悉く切り捨てられた。
状況が変わったことを察知した日比谷と木原は、受験生を田内に任せ、獣の処理を優先させた。
受験生の下に到着した田内は、尚もパニックになっている受験生にむかって
「もう大丈夫だ。君たちはおれが援護する。まずは冷静に目の前の獣を打つんだ。」と檄を飛ばした。
田内から少し遅れて隼人たちも他の受験生の下にたどり着いた。そこで他の受験生も我に返り、すぐさま陣形を組んで応戦を始めた。
陣形を組んだ受験生と攻勢に入った日比谷、木原によって獣の屍が次々に積みあがっていく。
それらを見送って田内は受験生の1人である毒島俊に状況説明を仰いだ。
毒島は答える。
「おれもよくわかりませんが、今日は獣が一切出てこないということでセーフティゾーンまで戻ってきました。木原班も同じだったようでセーフティゾーンで合流しました。でもそのすぐ後に突然おれたちが通ってきたルートから獣が溢れ出てきたのです。ここは獣が入ってこないと思っていたので突然のことでパニックになり、先ほどの状況になってしまったということです。」
田内は毒島に「報告ありがとう」と礼を言い、再度獣の掃討に入った。
セーフティゾーンに獣が入ってくるという状況は異常ではあったものの、このダンジョンに現役探索者3人が遅れることはなく、受験生と共に瞬く間に群れを全滅させた。
「これより試験官権限により一時試験を中断する。しばらく周囲を警戒しつつ待機するように。」
全滅を確認した日比谷は木原と田内を呼び出し、試験の続行をするか否かの相談を行った。異常ではあるものの、対処できない範囲ではないこと、試験最終日であり残り数時間で試験が終了するというこの場面での撤退は合理的なのか、3人が頭を悩ませていた。
隼人と柚希を含め、他の受験生も固唾を飲んでのその話し合いの様子をうかがっていた。
「どうなっちゃうんだろうね。ちょっと怖いかも。」
いつも明るい柚希の顔は心なしか青ざめて見えた。
隼人は柚希に声をかけようとしたが、自分自身戸惑っていたこともありうまく言葉が出てこなかった。
そんな2人に京弥が
「大丈夫だ。試験がなくなっても命の方が大事だ。それに、才能があれば「神の奇跡」が既に発現している可能性もある。どちらにしても試験官が何とかしてくれるさ。」
と安心感のある優しい声色で言葉をかけた。
もちろん京弥が「神の奇跡」について詳しいわけでも、この状況に恐怖を抱いていない訳でもない。目の前の若い2人を励ましたい一心の言葉だった。
そんな京弥に対して柚希は
「夫馬さんありがとうございます。どんな結果が出ても受け入れます。」
そんな話をしているうちに日比谷から発表があった。
「今回の試験は中止だ。ダンジョンから出て再試験とする。すぐに出発するから用意をしてくれ。」
試験は中止。その決定が下ったその時だった。
ダンジョン奥からけたたましい雄たけびが鳴り響き、セーフティゾーンに4mはある大型の獣が侵入してきた。すぐに異変に気が付いた日比谷は、持っていたマグナムを獣目掛けて打ち込んだ。
Cランク以下の獣であれば跡形もなく消し飛ぶ日比谷の特注品だった。先ほどは味方が密集していたので使用できなかったのだが、少人数で活動する探索でいざという時に頼れる相棒である。
日比谷の放った銃弾は獣に直撃し獣を通路側に吹き飛ばした。が、
「グガーーーー!!」
獣はバラバラになるどころか傷一つ負わずに立ち上がった。そして怒り狂ったような咆哮を上げた。
「全員直ちに退避せよ!これは非常事態だ!こいつはAランクのエンペラータイガーだ!!」
日比谷は大声で叫んだ。探索者歴10年の日比谷だが、Aランクに潜ったことはない。Aランクダンジョンにいる獣は、1匹でも逃せば町1つが滅びると言われている。なのでダンジョンの外にはいくつもの兵器を並べ、漏れ出してきた獣は地形が変わるほどの攻撃を加えて討伐しているのだ。
探索者の中でもAランクを単独で討伐できる者は数えられるほどしかいない。通常は10人程度のパーティーを組んで討伐に向かう程の相手なのだ。
しかし、ここで尻込みをしてはこの場にいる全員が危ない。セーフティゾーンを超えている以上、こいつは入り口まで受験生たちを追う。
「日比谷先輩!私も援護します!」
日比谷が頭を悩ませているところに木原が駆け付けた。そして同時に、
「田内!お前は受験生を逃がせ!そして探索課に通報しろ!」
と田内に対して力強く命令した。
「先輩、こんなところで死んじゃダメですからね。死んだら呪ってあげます。」
冗談めかした言動をしつつ、木原はその肩を震わしていた。
「なに、撤退戦に持ち込めば問題ない。このマグナムで押し込みながら退路を確保する。」
硬直した顔をすこしほころばせながら日比谷が答える。
一連の流れを遠目で見ていた隼人と柚希、京弥は2人の無事を祈りつつダンジョン入り口に走った。
「隼人、私たちどうなっちゃんだろ」
普段のお姉さん然とした態度はなくなり、恐怖におびえているのがひしひしと伝わる。
「あの2人がいれば大丈夫。田内さんもいるし、あんな獣どうってことない。何かあればおれが柚ねえを守るから。」
後方で警戒しながら走っていた京弥も、2人に対して励ましの言葉をかけようとした。
しかしその時、
「うわーーー!!獣の群れだ!!」
入り口に退避したはずの受験生がセーフティゾーンに引き返してきた。通路からは先ほどとは違った種類の獣がなだれ込んできた。
「あれはブラックボアー!Cランクダンジョンの獣じゃないか!」
京弥が叫んだ。
数にして20匹弱。田内が懸命に応戦しているが、1人で相手がどう見ても手数が足りない。田内との戦闘を回避したブラックボアーが次々とセーフティゾーンになだれ込んできた。
「さっきのスタンピードを潜り抜けたんだ!こんなところで死ねるかよ!」
目の前の死を意識した受験生は、せめてものあがきと次々と武器を構えた。元レンジャー隊隊長の田辺はマシンガンをブラックボアーの眉間に打ち込み、門下生1万人の剣術道場師範である新井は見えない速さの斬撃で接近してくるブラックボアーの体に切りかかった。
しかし、いくら武芸に秀でたとしても所詮は「神の奇跡」を持たない一般人。それに武器の性能もDランクのものばかりであり、そのどれもがブラックボアーに弾かれていた。
「嘘だろ…。」
ブラックボアーに斬撃を入れた新井は息をのんだ。そして次の瞬間には目の前が真っ黒になった。
突然の災厄に隼人と柚希、京弥は足を止めた。
「どうすればいいの?もうだめかもしれない…」
柚希ががくりと肩を落とした。探索者でもない自分たちではひっくり返ってもこの戦況を覆すことはできない。それどころか、探索者である3人の重荷にしかなっていない。
しかし、目の前の地獄をただ突っ立って見ているわけにはいかなかった。ブラックボアーがこちらに向かって突進をしてきたからだ。
「おれが柚ねえを守るよ。夫馬さんはここで柚ねえを守ってください!」
「待て!無謀すぎる!」
京弥は隼人を制止したが、その声は隼人の耳には届かなかった。
隼人は持っている刀剣を構え、ブラックボアーの群れに突っ込んでいった。少しでも柚希から獣たちを守るために。
刀剣には隼人の並々ならぬ思いがあった。
両親を殺された隼人がいつか獣をその手で屠るために、彼は刀剣にその人生をささげる決意をした。強くなるためならと、実践剣術を学べる道場の門を叩き、寝る間も惜しんで血の滲むような特訓を重ねた。その結果、彼の才能も相まって、15歳にしてあらゆる流派が出場する剣術大会を史上最年少で優勝。その後3年連続で防衛し、不動の地位を獲得している。そしてその才能は剣のみならず、陸上においても世界記録をいくつか保持している。
『天が遣わした男、一色隼人』そんな見出しで地元の新聞が騒いだこともある。
「こんな状況でも隼人なら何とかしてくれる。」
柚希はそんな期待を胸に、飛び出した隼人の後姿を目で追った。
刀剣を手にした隼人は突進してくるブラックボアーの巨体を受け流し、その胴体に切りかかった。
切りかかった剣はブラックボアーを一刀両断し、隼人は柚希に向かって微笑んだ。
そうなればよかった。
現実はおとぎ話でもなければ小説でもない。
隼人は突進してくるブラックボアーを避けることはできたが、その巨体に似合わない俊敏な動きのブラックボアーはくるりと体を反転させ、力任せに隼人を思い切り吹き飛ばした。
ぼろ雑巾のようになった隼人は力なく吹き飛び、そして無情にも地面にたたきつけられた。
「いやーーーーー!!!」
柚希の絶叫がホール内に響いた。
その光景を止められなかった京弥も唇をかみしめる。
『またあの日と同じだ。あの日からおれは一体何をしているんだ。おれはもう誰も失いたくないから探索者を目指したんじゃないのか。』
京弥の脳裏に獣の軍勢に蹂躙される部下の顔が浮かんだ。
京弥はSクラスダンジョンの攻略の場に国防軍として派遣されていた。兵器が取り逃がした獣をせん滅するための地上部隊の指揮官だった。近代兵器は獣の素材を使用されており、例えSクラスの獣であっても十分せん滅できる性能を誇っていた。なので地上部隊とは言え、ほとんど被害無く終えるはずだった。
しかし、いざダンジョン攻略を始めたところ、いつもであれば多くても1週間に1体ほどしか出ない獣がぞろぞろとダンジョン外に這い出てきた。近代兵器で持って応戦したが間に合わず、逃れた獣が次々を地上部隊を襲った。京弥は必死に指揮を執ったが、次々と襲い来るSランクの獣に圧倒され、部隊は次々と壊滅していった。
遂に京弥の眼前に獣が迫ってきたその時、周囲の獣と一緒にダンジョンの入り口が消えた。
「もしあの時おれに力があれば、部下たちを死なせずに済んだ。今も目の前で散っていく人たちを救えたはずだ。」
京弥は眼前に迫りくるブラックボアーを相手に、刀剣を手に取り立ち向かっていった。
「うおーーーーー!!」
その瞬間、京弥は今までに感じたことのない力が手にこもっていることに気が付いた。しかし、そんなことはどうでもよかった。目の前の獣を討伐できれば。
京弥は刀剣を振り切った。
と同時に、目の前にいたはずのブラックボアーは真っ二つに両断された。
一瞬京弥は呆気にとられたが、眼前に迫りくるブラックボアーに意識を集中しなおした。
1匹、また1匹とブラックボアーが血を噴き上げて両断される。
目の前で繰り広げられる光景に、柚希も呆気にとられた。そして思い直して隼人に駆け寄った。
吹き飛ばされて血だらけの隼人だったが、幸いにも息があった。
「ごめんね。隼人。」
柚希は隼人に涙ながらに謝罪した。そして今なおブラックボアーを蹂躙する京弥の方を見た。
京弥は次々とブラックボアーの群れを両断し、遂に田内の元まで駆け付けた。目の端で京弥の変貌ぶりを見た田内は驚愕した。
そして目の前に来た京弥に向かって
「夫馬君おめでとう。君は今日から探索者だ。」
夫馬に対してにかっと笑いながら、田内は京弥を祝福した。
「ありがとうございます。田内先輩。」
京弥は引き締まった表情で答えた。そして、今なお向かってくるブラックボアーを相手に田内と共に応戦し始めた。
後方で起きている状況の好転を感じ取り、日比谷と木原は目配せした。そして全体に響き渡る声で
「全員入り口を目指せ!退避だ!」
と命令した。
柚希は隼人を肩に担ぎ、懸命に入り口を目指した。意識の混濁している隼人はもはや何が起きているのかわかってすらいなかった。ただ目の前の地面がゆらゆらと動いているのがわかる程度だった。
彼ら以外の受験生も致命傷を負っている仲間を担ぎ、懸命に入り口目指して走っていった。。
受験生がセーフティゾーンの入り口に移動していったことを見た日比谷は、残った弾丸をエンペラータイガーに打ち込み、十分な距離を稼ぎつつ殿を務めた。
この場にいた全員が、これで逃げ切れると確信した。そしてこの日の恐怖を生涯忘れまいと心に誓った。
その時、入り口で応戦していたはずの田内がセーフティゾーンの真ん中まで吹き飛んできた。田内は息絶え絶えに苦しんでいた。
呆気にとられた受験生たちがその方向を見ると、そこには更にもう1体のエンペラータイガーがいた。
覚醒した京弥が必死に対抗しているが、その健闘むなしく、エンペラータイガーの一撃で田内同様吹き飛ばされた。
希望から一転、絶望の文字が全員の脳裏に浮かんだ。
銃弾を撃ち込んでしまった日比谷は一瞬考えたが、その思考がまとまる前に受験生が向かっていた入り口のエンペラータイガーに突撃していった。
流石ベテラン探索者というべきか。田内と京弥が食らった攻撃をかわしながら、刀剣で応戦している。しかし大した攻撃にはなっておらず、攻撃をかわして何とか進撃を止めることで精いっぱいだった。
「木原!援護してくれ!」
日比谷が後方に叫んだが、返答はなかった。
先ほど吹き飛ばしたはずのエンペラータイガーに木原もまた致命傷を負わされていたのだ。
日比谷は奥歯を嚙み締めた。まさしく万事休す。
そしてその獣はその先にいる受験生に向かっていった。日比谷にはもうどうすることもできなかった。
受験生も自分の命をあきらめ、武器を手に取る者は1人もいなかった。
ただ1人柚希を除いては。
「さっきは守ってもらった。今度は私が隼人を守る。」
柚希はそう叫んで、突進してくるエンペラータイガーに向かって銃撃を浴びせた。しかし当然ながら、銃弾は全て弾かれた。
迫りくる獣を前に柚希は銃を撃つのを辞め、後方にいる隼人に微笑みながら言った。
「隼人、ごめん。」
エンペラータイガーの力強い拳が柚希の体を吹き飛ばした。その威力は一般人では原型がとどまることがなく、柚希の体はどこにもなくなってしまった。
と、思われた。
「あ!あいつは!」
毒島が叫んだ。目をつぶった柚希の隣には、さっきまで瀕死だった隼人がエンペラータイガーの拳を片腕で受け止めていた。
「遅くなってごめん。柚ねえ。今度はおれが守るから。」
そういった隼人はエンペラータイガーの懐に飛び込んだ。一瞬行動を止めたエンペラータイガーであったが、隼人の行動をいち早く察知し、大きく身を下げた。
「避けるのが上手いな。次は外さない。」
いつの間にか刀剣を抜いた隼人はそういうと、目にもとまらぬ速さで再度エンペラータイガーに向かっていった。その姿を捕らえたエンペラータイガーは隼人に向かって更に速度を上げた拳を振り下ろした。
しかしその拳は隼人に届くまでもなく空中に吹き飛んだ。何が起きたか理解が追い付かないエンペラータイガーは、次の瞬間には首を落としていた。
その姿を一部始終見ていた受験生は何が起きたか分からず、声を出せなかった。
その沈黙を破るように柚希が叫んだ。
「隼人が勝った!!」
その声に呼応するように他の受験生も一斉に歓声を上げた。
隼人はその声を横目に、日比谷が相対しているエンペラータイガーに向かって突撃した。
防戦していた日比谷は、その横目に隼人を捕らえた。
そして次の瞬間には今まで激しい攻撃を繰り返してきた獣の首が目の前に落ちてきた。
しばし呆然とした日比谷だったが、すぐに隼人に向かって声を上げた。
「ありがとう!君のおかげで我々は救われた!」
隼人はそこで足を止め、日比谷に一礼して柚希の下に駆け寄った。
「ほらね。柚ねえのことはおれが守ったでしょ。」
先ほどまで獣を屠っていた表情とは一転して、にこやかに笑う隼人に対して柚希は
「ありがとう。隼人。」
といつものように優しく、涙を貯め込んだ目で答えた。
隼人は京弥と田内の下に駆け寄り、「ありがとうございました。」と礼を言い、2人を担ぎ上げた。
2人とも意識も絶え絶えに、「恩に着る」というと安心したように気絶した。
そして柚希や他の受験生たちを護衛しながら人生初のダンジョンを後にした。
この日を境に、世界各地のダンジョンではクラスに関係なく獣が溢れるようになった。そしてそのダンジョンからはそれまで以上に獣が溢れるようになった。
この時の人類はこの日を「人類滅亡の日」と言い世界の終わりのカウントダウンを始めた。しかし彼らはまだ知らない。
10年後のこの日のことを、全人類が「英雄誕生の日」として記録していることを。
-------------------------------
これはのちに、「世界の救世主」と呼ばれた英雄「一色隼人」が、仲間と共に世界各地にあるSクラスダンジョンを制覇し、世界を救うまでの成長と困難を描いた物語。
彼の英雄譚は始まったばかりだ。




