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王国の刺客と禁断の琥珀色

 王都アルバードの聖堂。そこには、地方から逃げ帰った徴税使たちが、冷や汗を流しながら「釈明」を並べていた。

「枢機卿、信じてください! あの追放された不浄のウィルは、デッドランドのガラクタを継ぎ接ぎした、見るも無惨な汚らわしい馬車を駆り、不浄な毒水で民を惑わしているのです!」

 実際には、バルカンが魔銀ミスリルで装飾した機能美溢れる『大樽号』なのだが、徴税使たちは「あんな凄い馬車に負けた」とは口が裂けても言えなかった。自分たちが屈したのは、あくまで「汚らしい異端」でなければならなかったのだ。

「ほう。ワインの気品を汚す、その汚らわしい馬車ごと、不浄の芽を摘み取らねばな」

 枢機卿が放った冷たい言葉を受け、一人の女が影から進み出た。

 名を、リネット。表向きは王立騎士団のエリートだが、裏の顔は教会の汚れ仕事を請け負う「毒蜂」と呼ばれる一級スパイである。

「お任せください。その男に近付き、内部から爆破してまいります」


 数日後。砂漠を抜けた街道の木陰。

 リネットは、ボロボロになった旅装束に身を包み、行き倒れの少女を装って待ち構えていた。

(……来たわね。あの汚らわしい馬車が……って、えっ!?)

 地平線から現れたのは、徴税使の報告とは似ても似つかぬ、重厚でどこか神々しさすら感じる巨大な銀の装飾が施された移動醸造工房だった。

(報告と違う……。あんなに磨き上げられた魔銀ミスリルのパイプ、王宮の宝物庫でも見たことがないわ。……いえ、騙されない。中身はきっと腐った泥水の巣窟よ!)

 彼女は懐に爆発魔石を隠し、弱々しく手を伸ばした。

「……お、お助けください……。水を、喉を潤す水を……」

「ウィル、お客さんよ。なんだか訓練を受けた兵士のように綺麗な倒れ方しているけど」

 エルザの冷静な指摘に、リネットの背筋が凍る。

「いいじゃないですか。俺たちのビールの『市場サンプル』は多いほうがいい。えーと、リネットさんでしたっけ?水より良いものがありますよ」

 ウィルが差し出したのは、氷の聖女エルザが完璧な温度で管理していた、キンキンに冷えた『ラガー』だった。

(……麦の汁? 豚の飲み物じゃない。……でも、この輝きは何? 教会の聖杯に注がれる特級ワインより、ずっと透き通っている……。いえ、一口飲んで油断させた瞬間に殺す……!)

 リネットは一気にジョッキを煽った。

 ――その瞬間。

「……ッ、ごふっ!!???」

 喉を突き抜ける、凍てつくような冷たさと、爆発的な炭酸の刺激。

 軍人として厳しい訓練に身を置き、嗜好品を断ってきた彼女の脳に、ダイレクトに「快楽」という名の電撃が走った。

「なっ、なにこれ……! 喉が、喉が熱いのに冷たい! 鼻に抜けるこの爽快感は何なの!?」

「あ、飲み干しちゃった。カイル、おかわり。あと、バルカンさんが焼いた『ガーリック・シュリンプ』を」


「リネットさん。ビールは空腹で飲むのが一番ですが、この『ニンニクと香辛料で炒めた海老』を一緒に食べると、人生観が変わりますよ」

 ウィルが差し出したのは、香ばしいニンニクの香りが漂う一皿だ。それがラガーで洗われた嗅覚を暴力的に刺激する。

「ふ、ふん! たかが麦と海老でしょ! 私は教会の最高級ワインで……(サクッ)……んっ、んんんんんん!!!」

 プリプリの海老の甘みと、ガツンとくる塩気。すかさずウィルが冷えたラガーを注ぐ。

 脂をビールが綺麗に洗い流し、舌の上がリセットされ、再び海老が欲しくなる。

 この「悪魔の循環」に、エリート軍人の鉄の理性が音を立てて崩壊した。

「……ッ、もう一杯! もう一杯よ! 私、こんな……こんな世界を知らないで、今まで何を訓練してきたの!?」

「ウィル、この女、さっきから懐の魔石を握りしめながら震えてるわよ? 怖いわ」

 エルザがジト目で見つめる。

「これ!? これは……その、自分に気合を入れるための『重石』よ! ああ、もう一杯! 騎士団の給料を全部つぎ込んでもいいわ!」

「おや。騎士団の方だったんですか?」

「あっ」

 ウィルの問いに、リネットは凍りついた。だが、口の中に残るガーリックとビールの余韻が、彼女に「隠し事は不味いビールを飲むのと同じ罪だ」という極端な思考を強制させた。


 夕暮れ時。

 リネットは、すっかりビールの虜になり、大樽号の掃除を手伝っていた。

「ウィル様! 私、決めました! あなたの護衛の……補佐として同行させてください! あの王都の民は、まだこの『神の雫』を知らないなんて可哀想すぎますわ!」

「カイル、どう思います?」

「リネット…王都の暗殺部隊ですね。ただ、今の彼女はビールのことしか考えていません。……ある意味、エルザ様より扱いやすいかもしれません」

 ウィルは苦笑しながら、地図を広げた。

「いいですよ。ちょうど次の目的地、火山地帯は人手が必要でしたから。リネットさん、あそこは暑いですよ。ビールの消費が捗ります」

「火山! 喉が渇く場所! 理想的だわ!」

 こうして、一行は「教会の刺客」を逆スパイ(あるいはただのファン)として抱え込んだまま、次なる聖地へと旅立つことになった。

 一方、王都では――。

「……リネットからの連絡が途絶えた。まさか、あの不浄の男に消されたのか?」

「……恐ろしい男だ。あの一級暗殺者を一瞬で始末するとは。あの汚らわしい馬車には、死霊でも棲んでいるのではないか?」

 教会の勘違いは加速し、ウィルの名は「邪悪な魔王」として王国に広まり始めていた。

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