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発覚(2)

「それじゃあ、詳しく聞こうか」

 あの雨の日から数日、私の目の前には机を挟んで、中央にお爺様、私から見て左にお父様が座っている。ここは屋敷に数ある応接室の一つ。最も部屋の壁も扉も分厚い部屋だ。

 私達3人の前には紅茶が置かれているけれど、誰も口を付けていない。

 あの日以降、お父様は私の顔を見てくれなくなってしまった。


「お前が勉強熱心なのは良いことだが、書斎にはお前にとって有害な書物もある。勝手な事はしないで欲しいな。これはお前のためを思って言っているんだぞ?」

 お父様の目は笑っているが口が笑っていない。一見して冷静でいるように見えるが、腹の中は煮えくり返っているのだろう。

「有害、というのは、先の大戦で使われた毒ガスで命を落とした兵士の写真ですか?」

 書庫には従軍記者の撮影した世界大戦の戦場の写真集があった。お父様が溜め息とともに頭を抱える。余程見せたくない写真だったのだろう。

 普通の小学生ならば余りのショックに泣くかも知れない。だが現実の私は齢三十を超える。

「それを見て何とも思わなかったのかい?」

 お爺様が問う。


「悲しくない、ということはありませんが、そこは戦場で、死んだのは兵士です。民間人ならばいざ知らず、悲しみよりもその毒ガスを撒いた軍隊に対する怒りの方が勝ります」

「それでも尚、紙を捲る手を止めなかったと?」

「はい」

 時計の針の音だけがしばらく部屋の音を支配する。

 それを破ったのはお父様だった。

「お前が強い心を持っているのは分かったけれどね、興味本位で軍の、それも陸軍士官の名簿を勝手に見るのはどういう了見なんだ。あまつさえ、陸軍がクーデターを起こすなどと。妄言も大概に—―」

 お父様の言葉をお爺様が右手を上げて遮る。

「クーデターを起こす理由は? 陸軍に何があるのかね?」


 お爺様の目は、子供を見る目から、他人を見定める目に変わっていた。前世で私がよく見た目だ。向けられたのは私ではなかったが。

「理由は大きく分けて3つあります」

「3つも」

 二二六事件の原因とされる背景も3つ。けれど、この世界と前世では大なり小なり差異がある。

「まず一つ目は、北方氷雪平原への出兵です」

 北方氷雪平原とは前世でいうところのシベリアのことだ。

「どうして北氷原のことが関係があるんだ?」

 お父様が尋ねる。北氷原は北方氷雪平原の略称。

「北氷原に派兵された将兵らは、北の大国、連邦の軍を見ているのです。お父様、北氷原を連邦に対する防衛戦にしようというという動きが陸軍にありませんでしたか?」


 沈黙するお父様。沈黙、ということは肯定ということでいいのよね?

「それ自体は叶いませんでしたが、そういった考えがまだ大陸駐屯中の陸軍の中にあるのです」

 ルナマーレは島国だが最も近い大陸の対岸に領土や権益を持っている。前世でいえば朝鮮や満州にあたるものだ。そして連邦は常に不凍港を求めている。

「そして、その駐屯軍出身の陸軍将校が今、何名か陸軍省にいらっしゃるはずです」

「それとクーデターになんの関係があるんだ」

「彼らは連邦に対抗するため、軍拡を求めているのです。お父様。ですから、軍縮を進めようとする政府は彼らにとって敵、ということです」

「では、先のルーナスター駅の事件は裏に陸軍がいると、マチルダは思っているのかい?」

「さあ、そこまでは」

 首を振りながらお爺様に答える。


 ルーナスター駅の事件。ルーナスターとは前世での東京にあたるこの国の首都だ。世界の情勢に協調し、軍縮を進めていた首相を駅員が刺殺した事件だ。

 前世でも1920年、当時軍縮を進めていた首相を東京駅で刺殺した駅員の背後には陸軍がいるんじゃないかって説があるけれど、証拠がないのよね。

「二つ目は、都市部と農村部の格差という問題です。陸軍士官学校は、平民であっても、それこそ、貧しい農村部の出身であっても入れる場所です。故郷の貧困から、貧しい田舎に仕送りをするために入る者もいます」

「それの何が問題だと言うんだ」

 お父様が問う。

「農村部には未だに電気が、更には下水道が、通っていない地域がありますよね。そこから都市部に出てきた者は、都会を見て、どう思うでしょう」

「どう……とは」

「なぜ自分の故郷には、これがないのだろう。こんなにあるならば、故郷に分けてやってもいいじゃないか。なのにこいつ等は、政府の人間は、ルナマーレの富を独占している女王陛下の奸臣だ。だから、政府の人間を、すげ替える必要がある。そう思うのです」

「そんな大袈裟な」

「果たしてそうでしょうか。先の連邦の革命は、国民が、政府が富を独占しているのだとして起こした革命です。革命には兵士も加わったと記録にありましたが」

「それで陸軍士官の農村部出身者を探していた、ということかね」

 お父様に顔を向けて答える。


「はい。三つ目の理由は—―」

 先程まで椅子にもたれ掛かっていたお爺様が前のめりになっている。

「旭日人の存在です。今も生きているのでしょう? 旭日人、ルナマーレができる前からこの島を統治していた人達が。そして彼らはこの国にいてはならない人達のはず」

 二人が途端にガタリと椅子から立ち上がる。

「どこまで知っている。いいや、どこまで読んだ」

「女王陛下からの書簡のことでしょうか。首相及び陸海軍大臣宛て、国際情勢に鑑み、ルナマーレ領内の異端勢力を速やかに抹殺せよ、という文章だけ。でも、それだけで十分です」

「なっ」

 力無くお爺様が椅子に座ると、へなへなとお父様も続く。座るや否やお父様が紅茶を一息に飲み干した。

「それが何故旭日人だと?」

 お父様の声にも力がない。


「現在アルビローズにとっての国際情勢における最重要懸念事項は、民族自決です。それがルナマーレでもムーブメントを起こす恐れがある。故に、女王陛下直々に書簡をお出しになされたのではないか。そう思いました。ルナマーレはアルビローズ人の国です。であるのに、独立の気運が起こる可能性がある。だから思ったのです。旭日人が、そうなのだと」

 反論はない。思ったより頭は回ってる。

「それが何故クーデターに繋がる」

「旭日人を抹殺しろと女王陛下直々に命が下っているのにそれが遅々として一向に進まない。中にはこう思う者もいるでしょう。これは女王陛下に対する反逆である、と」

 前世では統帥権干犯問題が理由になっていた。天皇の断りなく軍縮を強行した内閣は天皇の統帥権という絶対的権能を侵害しているという問題だ。ルナマーレに天皇はいない。

 だからこそ、本国の女王という存在に歯向かう内閣という構造になっているのだろう。

 皆黙りこくってしまった。


 当然か。つい数日前まで世間知らずな12歳の箱入り娘だった者が、今や政治にも、国際情勢にも理解を示すとくれば、私なら驚きを通り越して恐怖を抱く。

「トックヴィル氏からは何も覚えていないと聞いたが」

「演技です。何か知っていたら口封じされかねない雰囲気でしたので」

 そう言ってニコリと笑う。

「マチルダ、お前は一体、何者なんだい」

 お父様が異質なものを見るような目を私に向ける。

 そう、これが当然の反応よね。

「階段から落ちて気を失った時、私は恐らく未来を見ていました。初めは見たこともない記憶に戸惑いましたが、あの雨の日に確信しました。これは未来の記憶なのだと」

「ラプラスの悪魔に取り憑かれたとでも言うのかね」

 お爺様が小さく呟く。


 ラプラスの悪魔というのは、ある時点において作用している全ての力学的・物理的な状態を完全に把握・解析することが出来れば、未来を含む宇宙の全運動までも確定的に知り得ることができるという論説のことだ。そうか、このゲームでもこの時代に浸透していたのね、前世では否定された悪魔。

「ともかく、先に上げた3つの理由から陸軍がクーデターを起こすのです。どうか、対策を」

「理由は理解したがね、連邦とは違い、そのクーデターは軍人が起こすのだろう? 果たして、理性ある軍人が、本当に感情のままにクーデターを起こすだろうか」

 お父様の顔は悲しげだ。もう私を見る眼差しは最愛の娘に向けるものではなく、何か、異形のものを見るようなものをしている。


 お爺様も、お父様も、いつもの柔らかく朗らかな笑顔とは全くの別物になってしまった。けれど後悔はない。愛する家族を守るためならば。だから、お父様の問いに対する答も躊躇わない。

「いつの世も、正義を掲げ、歴史と伝統を壊す奴らは、感情を理性で正当化するものなのです」

 お爺様とお父様の顔が強張る。

「言いたいことは分かった。だが、勝手に私の書斎に入って機密文書にまで触れたことは見過ごせないよ。マチルダ、しばらく寝室から出ないように」

「わかりました」

 私は立ち上がって、部屋を後にする。

 今話せることはすべて話した。これ以上何か情報を口走れば、彼らを味方にすることはできなくなるだろう。これ以上話したならば、きっと私は危険因子として彼らに排除される。

 だから、今は大人しく彼らの反応を待とう。

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