雪山(4)
数日後、洞窟入口のすぐ近く、私は旭日人達の畑を耕していた。遠くには田んぼも見える。上手く行けば、お米を頂けるかもしれない。
働かざる者食うべからず。低体温症の後遺症がまだ残るミモザとは違い元気な私は率先して手伝いを買って出た。
これで彼女達の心象は悪くならないだろう。
「ねえ、一つ聞いても良いかしら」
鍬を土に差しながら深雪さんに聞く。深雪さんとは姫の名だ。
「なんだ?」
「定期的にここを訪ねる人ってどんな人?」
「学者だ。私達の文化を知りたいらしい」
「私達のことは憎んでないの?」
「旭日がルナマーレに滅ぼされたのは300年以上も前だ。竹中からかつての生活はどんなだったかたまに聞くけれど、私にとっては遠い昔だし。今の私達はそれほど生活に困っていない。これが日常さ」
竹中というのはあの老人のことだ。
もちろん、竹中さんが数百年も生きている訳がないから、伝聞や文献等で今に伝えているのだろう。
そう言えば、洞窟には本棚もあったな。
確かに過去の栄光を知っている人からすれば復興を、という気運が生まれるのかもしれないが。時代が下ればそれも薄れゆくのかも知れない。
「そう。で、その学者の名は?」
「トックヴィルだ」
トックヴィル⁉ トックヴィルはノトセレの主人公の姓だ。陸軍の上級将校であるトックヴィル家が、なぜ旭日人と関わりを? いや、ただの同姓という可能性もあるし。
「それで? いつになったらあなたは私の質問に答えてくれるんだ? あなたが私達の文化を知っている理由は?」
深雪さんがしゃがんで私の顔を覗き込む。
「知ってどうなるっていうの? そのトックヴィルって人が来れば私とあなたはもう関わることはないでしょ」
「アルビローズ人の社会に旭日人が溶け込めているなら、それは私達の生活が上向く兆しかもしれないだろう? 学者との交易もいつまで続けられるかわからないし、他人に頼ってばかりはいられない」
「ふーん、じゃあ、ここで見たことは学者には〝気が動転していてよく覚えていない〟って言うように私達に指示した理由を教えてくれたら考えてあげる」
そう、アルビローズと旭日の接点を求めている割には、私達が旭日人と関わったことをなかったことにしようとしているのだ。深雪さんが真剣な眼差しで私を見つめる。
が、しんとした空気を竹中さんが乱す。
「姫様! 学者が来ます!」
全速力で走ってきたのか、かなり息を切らしている。
「バカな、早すぎる。ついこの間来たばかりじゃないか。本来は3日後じゃないのか⁉ 理由は⁉」
深雪さんが竹中さんに向かって歩きながら叫ぶ。何をそんなに慌てているのだろう。
深雪さんが何やら指示を出すと、一目散に竹中さんは駆け出した。
「どうしたの?」
「あなたには関係のないことだ。鍬を片付けて、学者と一緒に帰りなさい。連れと一緒にね」
深雪さんの顔は見れなかったが、その声は寂しさと怒りを孕んでいるように聞こえた。
洞窟の前で数名の旭日人とミモザとで学者を待っていると、遠くから数人の人影が見えてきた。あれが学者か?
「お爺様!」
「ミモザ!」
途端にミモザが駆け出し、一人の老人に抱きつく。お爺様……あれがミモザのお爺様、リンドバーグ伯爵か。
何故これほど早く来れたのかミモザが伯爵に尋ねると、どうやら警察から知らせを受けたミモザの父がこの辺りの調査を担っているトックヴィル家に頼み込んで連れてきてもらったらしい。
ミモザの家はロングフィールドに土地を持っており、そこはミモザの祖父が居留しているため、すぐに対処できたのだとか。
トックヴィルと呼ばれている人物の姿は私がよく知る人物だった。トックヴィルの父そのものだ。どうして軍人が学者を騙っているのか。調査とは何の調査だ? 軍人が何の調査を行う?
ヒントは旭日人を見ればわかりそう。深雪さん、竹中さん、旭日人の主要人物が居並ぶ中、ここにはいない人物がいる。千秋くんだ。
さっき深雪さんが慌てていたのは千秋くんを隠すため? 私達に何も語らない様に念を押していたのは千秋くんのことを悟らせないようにするためなのかも知れない。でも、どうして?
「トックヴィル卿、感謝します。あなたがいなければ、ミモザはどうなっていたか」
「リンドバーグ伯爵閣下」
「君がジェイソンの孫娘かい。大変だったね」
お辞儀をしながらミモザの父に話す。もちろん、カーテシーで。
「マチルダと申します。リンドバーグ伯爵閣下、ミモザと私が救われたのは、旭日人達の適切な処置によるものです。どうか、彼らにも感謝を」
「そうか。旭日人よ、大儀である。我々に対する日々の献身を忘れるな」
立ち上がり威圧的に話すリンドバーグ伯爵に、旭日人達は無言で頭を垂れる。そうか、これが一般的なアルビローズ人と、旭日人のやり取りなのか。そりゃあ、私が奇の目で見られるわけだ。
「トックヴィル卿、すぐにミモザを医者に診せたい。早くこんな薄汚いところからおさらばしよう。さ、マチルダくんも」
そう言って私の手を取ると、脇目も降らず洞窟を後にした。
山を下り人里に出ると、そこには車が停められていた。
車に揺られ十数分後、私達はリンドバーグ伯爵邸に着いた。私の屋敷程ではないけれど、絢爛豪華と言っても遜色ない屋敷。聞けば、家業はもう殆どミモザの両親に任せており、伯爵夫妻と僅かな使用人しかいないそう。
そんな無駄に大きい屋敷で身体の洗浄や治療を受けていると、気付けば夕方になっていた。
息抜きに廊下で沈みゆく太陽を眺めていると、私専属のメイド、ナタリアと再会した。専属とは言え、初等部には原則メイドや執事は入れない。メイドや執事が常に側に控えることができるのは中等部からだ。
「お嬢様、お怪我は御座いませんか?」
私を見るや否や、泣きじゃくりながら駆け寄ってきて私に抱きついてきた。
「大丈夫よ、ナタリア」
そう言いながらナタリアの頭をそっと撫でる。確か十四歳だっけ。マチルダと比べるとお姉さんだけれど、私から見れば可愛い子供だ。きっと不安だったろう。急に自分の主人が消えていなくなるのだから。明日の我が身も知れぬ中、主人が見つかったと聞けばどこからでも馳せ参じるだろう。
聞けば、私が消えたという報を聞いて昼夜を問わずお父様の執事が車を飛ばしたのだとか。お爺様も、今回のことを受けて、中等部に上がるまでの間、私と同じクラスに専属メイドを編入させることを決めたらしい。
「マチルダくん。明日にはお父上が迎えに来るそうだ。それまでここでゆっくりしていくといい」
廊下で抱き合う私達にリンドバーグ伯爵が声をかける。
「リンドバーグ伯爵閣下。この度はなんとお礼を言えば良いか」
「いやいや、聞けば、マチルダくんがいの一番に駆け出してミモザを救ってくれたそうじゃないか。特にミモザのかわいい指を凍傷から守ってくれたとか。感謝すべきは私の方だよ」
笑顔で歩み寄るリンドバーグ伯爵。そのまま私に手を差し伸べ、握手をした。




