雪山(3)
なんだか身体がじんわりと暖かい。
パチパチと音もする。焚き火の音かしら。
かけられている布団も相まって気持ちがいい。このままゆっくり眠っていたい。いや、駄目よ!
「おや、起きられましたか」
ガバリと起き上がると、見知らぬ男に声をかけられる。東洋風の顔立ちだ。見るからにかなりの高齢で、口や顎に髭を蓄えた老人。杖を握りながら岩に座っている。
辺りを見回すと、ここは洞窟の中のようだ。ここで生活しているのだろう、フライパンや鍋などが隅の方の棚に整然と仕舞われている。私の状況を確認すると、薄い毛布を地面に敷いて、分厚い毛布を上から被されていた。
私と老人の間には焚火があり、それがあたりを温かく照らしていた。
「私と一緒にいた子は?」
この状況でいの一番に考えたのはミモザだった。彼女の指は大丈夫だろうか。老人が指を揃えて指し示す方向に、私と同じように毛布にくるまるミモザがいた。
「ミ……」
名前を叫びそうになったが、得体の知れない老人に知られるのはマズいと思い、言い止まる。チラリと老人を見るが、私達には感心がないのか顔を此方に向けずに焚き火に木を焼べる。
ミモザに駆け寄り指に触れると、ほんのり暖かい。
よかった。凍傷にはなっていないようだ。
作中でのミモザは高校生の時しか知らないけれど、常に手袋をしていた。恐らく凍傷になって、その後遺症で色素が沈着して、それを隠すために手袋をしていたのだろう。
「良かった」
「その子の指、ここに来るまでずっとあなたが胸で暖めていたから無事だったのですよ。がっしりと掴んでいて、引き離すのに苦労しました」
老人が炎を見ながら声をかける。
「ここはどこ? 私達を助けてくれたのはあなた?」
「ここは私ども、LF・コロニーの持つ住処の一つです。ここにあなた方をお連れしたのは私どもの若様です。失礼ながら、あなた方の学生証と鞄の中身を拝見させて頂きました。今は吹雪も止んでいるので、他の皆はあなた方の責任者を探しに外に出ています」
先程とは違い杖で指し示す方向に私達の鞄と学生証がある。ということは、私達の名前も素性も粗方把握されているわけね。
コロニー? 初めて聞く言葉だわ。LFはそのままロングフィールドでいいのかしら。
「どうして私達を助けたのかしら」
「あなた方、アルビローズ人が私共の土地で亡くなられては私共が叱られるからではありますが、どこの誰ともしれないあなた方をただ善意のみでここに連れてきたのは若様です。若様はお優しいお方であるという事はお忘れなきよう願います」
この人は私達をアルビローズ人と読んだ。ひょっとして、ルナマーレがアルビローズに従属する前からここにいた人達?
でもそんな人達がいるなんて設定はノトセレにはなかったはずだけど。ここは取り敢えず話を合わせた方が無難よね?
「分かりました。お礼が遅れた非礼をお詫び致します。重ねて、私達を助けて頂きありがとうございました」
両手を膝にあてながら頭を下げる。
「その所作、やはり、旭日人の文化を知っているのね」
きょくじつじん? このルナマーレの原住民かしら?
声がする方を見ると、そこには見知らぬ女性が立っていた。この人が若様? でも若様って普通男に対する呼び方よね。
そう思っていると、女性の後ろから私のちょっと下くらいの年齢と思しき男の子がぴょこりと顔を出す。
「大丈夫?」
「え、ええ」
「千秋、お前が連れてきた客人だろう。びくびくしてどうする」
諭すように言いながら女性が男の子の頭をポンと優しく叩く。あ、やはりこの男の子が若様なんだ。
「済まないな、うちの弟は人見知りなんだ」
「あ、いえ」
女性は言いながら此方に歩み寄ってくる。遠くでよく分からなかったが、近くに来て炎の光で顔が照らされて結構な美形だというのが分かった。歳は20近くに見えるけれど、身長は170センチはあるんじゃないだろうか。
キョクジツ、チアキ、日本語と東洋風の顔立ち。この人達は、日本人がモデルなんだわ。でも、ノトセレにはそんな要素はどこにもなかった。どういうこと?
「姫様、アルビローズ人になんて口の利き方を」
「あ、私は気にしないので」
掌を老人に向けて左右に振って見せる。
東洋人でこの身長、この顔。きっとこのコロニーの象徴になっているに違いない。カリスマのオーラが出ている。一方の千秋と呼ばれた男の子は美形ではあるのだが、気弱で、虫も殺せなさそうな雰囲気を醸し出している。とても集団を率いることができるとは思えない。
これは教育係も苦労するだろうな。ここからどれだけ素養を磨いても、優秀な姉と比べられるのだから。
まあ、他人の私があれこれ考えることでもないか。
「私達を助けて頂き、ありがとうございます。弟君の慈悲に多大な感謝を」
女性に先程と同様の所作でお辞儀をする。
弟君はなんだか嬉しそうだが、此方を見る姉君は目つきが違う。
「そうそれだ。アルビローズ人がお辞儀をするなんて、どういうことだ?」
私を指差し言う。
「郷に入っては郷に従え、と申しますので」
「いや、アルビローズ人が、植民地人である旭日人の作法をするのが、どういうつもりなんだって聞いてるんだが」
植民地人。言われて気付く。本来ならば、アルビローズ人の方が旭日人よりも立場が上なのだと。もし知らなかったとしても、西洋人が東洋人の文化に自分が合わせるなどという発想がそもそもこの時代にはないのだと。ヨーロッパの伝統的なお辞儀の作法であるカーテシーをするのが常道だ。頭を下げるお辞儀はアルビローズの文化にはない。
カーテシーとは片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする作法だ。
こんな子供が、自分の文化にないお辞儀をするのはおかしい。相手が見るからに日本人っぽい顔をしているからウッカリしていた。思わず冷や汗をかく。
「それに、あなたが作ったアレ、かまくらだろう? あれもどこで覚えたんだ?」
どうしよう。今の私は明らかに異質だ。思わず押し黙る。
「どこ? ここ。マチルダさん?」
ミモザが目を醒ましたようだ。
「あなた、平気? ログハウスに向かう途中で足を踏み外して坂を転げ落ちたのよ。この人達は私達を助けてくれた人達よ」
怖がり震えるミモザの肩を抱き寄せる。
「姫様、それで、外の様子はいかがでしたか」
「ああ、峠のログハウスは無人だったよ。ここいらで人が泊まれるような場所はあそこだけ。それと、新雪を踏み抜いた跡が麓まで続いていた。皆下山したと考えるのが普通だろう」
「そんな、私達は見捨てられたの?」
ミモザがこの世の終わりを見るような顔をする。
「い――」
「いや、二次被害を出さないためだろう。外から覗いたが、電報を打った跡があった。麓の警察に連絡したかも知れない」
私が言おうとしたことと同じ内容を姫が言う。
「どうだろう。我々があなた達を麓までお送りするというのは」
「それがよろしいと存じます。ただ、一つ問題が」
「ああ! そうだったな」
姫が天を仰いで額に手を当ててる。
「申し訳ないが。我々は峠から向こうには行けないことになってる。実を言うと、峠のログハウスに近付くのもここの知事にダメだと言われていて。見つかったらお縄にかかってしまうんだ」
申し訳なさそうな顔をしながら私達に言う。
「いえ、そんな危険を冒してまで。ありがとうございます」
手と首を振り謝意を伝える。
「けれど、完全に人里に近付けないというわけじゃない。定期的にここを訪ねてくれるアルビローズ人がいるから、その人にお願いしてみるよ」




