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雪山(2)

「はい、じゃあ、これまでのおさらいをしましょう」

 先生が黒板にチョークで文字を書いていく。二十年振り近くの懐かしい風景だ。文字は英語だけど。来月には新学期が始まり中等部1年生になる私達の授業にふさわしい、総ざらいと言った感じの授業。数学や自然科学の内容は概ね日本と同じみたい。

 まあ、ノトセレの登場人物の年齢と、その言動が現代日本から見ても違和感なく受け入れさせるためには基礎科学の知識は日本と同じの方が都合がいいのかもしれない。

「はい、それじゃあまとめテストをしますよ」

「えー!」 

 先生が手をポンと叩き、飛び交う不満の声の中テストを配る。私が入る前のマチルダは結構勉強を頑張っていたのがわかる。先生の話す内容に戸惑いなく細かいところまで知識のおさらいができたのも、マチルダの知識が有ったればこそである。




 その日の放課後、帰ろうと支度をしているとミモザが駆け寄ってきた。

「ねえ、明日の課外実習は楽しみだね」

「ああ、ロングフィールドに行くんだっけ」

 ロングフィールド、ルナマーレの中央にある地域の名だ。よくよく見れば、ルナマーレの地名は日本語をそのまま英語に訳したものが多い。ロングフィールドは長野だろう。ノトセレの作者達、意外にも安直である。ルナマーレの土台となったのは日本だというのが透けて見えてくる。アルビローズも、十中八九、モデルはイギリスだろう。

 課外実習は6年生皆で冬の山の植生を調べるという名目の、ただの学年合同キャンプだ

「楽しみね。夏の森も良いけれど、冬の森も静かで好きなんだ」

「雪が降ってなければ良いけれど」

「それフラグ」

 互いに笑い合う。きっと明日も楽しく森を散策できるだろう。そんな風に考えていた時期が私にもありました。




「皆さん、決して前の人の鞄から手を離さないで下さい!」

「もう少しでログハウスに着きますからね!」

 吹雪の中、先生方が叫ぶ。森の中を散策中を急な吹雪に見回れたのだ。最早笑うしかない。長野は東京とは違い3月でも雪がチラつくこともある場所だが、まさか吹雪になるとは。

 この状況では吹雪が過ぎ去るのをじっと待つという方法もあるのだが、生徒の一人が低体温症になってしまい、急遽ログハウスに戻ることになった。

 今は皆、前の人の背負う鞄を両手で握り締めて一本の数珠繋ぎになって進んでいる。先頭と最後尾、縦隊の横には先生がついている。低体温症の生徒は先頭の先生に背負われている。


「マチルダ、大事ないか!」

 私の鞄を掴むローランド様が後ろで叫ぶ。

「ええ、ローランド様! ミモザも大丈夫?」

「ええ、今のところは!」

 ミモザが振り向きもせずに叫ぶ。もう大分無理をしているようだ。先生達が風上に並んで飛んでくる雪をある程度緩和してくれているとは言え、すべての雪や冷気までを防げるわけではない。何より、足元の雪がどうしても体力を奪っていく。

 最短ルートを選んでいるため、横は結構な坂が続いている。足を踏み外さないように注意して歩くにも精神力が削られる。


「光が見えてきた。皆、もう少しです! 頑張って下さい!」

 ログハウスの光が目に映る。ログハウスには万一に備えて教頭先生と養護教諭が詰めている。

「助かった。やっと身体を暖められる」

「ミモザ! あと少しよ! 頑張って!」

 返事がない。もう限界なのだろう。身体の小さいミモザでここまで保った方が寧ろ驚きだ。正直言えば、私も限界が近い。ローランド様も私の鞄を握る手も力がない。でも、あと数百メートル。それさえ乗り切れば!

「おい……おい!」

「ローランド様? どうなさったの?」

「前! 前を見ろ!」

 急いで前を振り返ると、ミモザの身体が揺れている。

「ミモザ? 大丈夫? 気を確かに持って!」

 言い終わった刹那、ミモザが足を踏み外して坂を転げ落ちる。

「ミモザ!」

 身体が自然と動いていて、気付いた時には私も坂を滑り降りていた。

「マチルダ!」

「ローランド様! 先生に伝えて! 私は大丈夫だから!」

 目の前が雪で真っ白だ。けれど、その中に一つだけ光る赤い点。ミモザの鞄! それさえ分かれば進む先は分かる! 目や口、耳に雪が入ろうが構うな。ただミモザの鞄を見失わないようにしなさい!

「うっ?」

 数十秒坂を下ったところで急に傾きがなだらかになって、雪の中に身体が下半分埋まってしまい、雪が舞い上がる。そしてその雪を結構肺に入れてしまった。

「ごほ、ごほ、ミモザ! ミモザ! どこ⁉」


 辺りを見回すと、少し離れたところに倒れていた。

「ミモザ!」

 ミモザと私の間の雪を両手でかき分けながら取り除いていく。

「ミモザ!」

 ミモザに駆け寄ると、意識はあるが呼吸が浅い。まずいわ。このままじゃ命に関わる! 取りあえず暖めなきゃ。でも、どうやって。火はない。あるのは雪と凍てつく風。まずこの風をなんとかしなきゃ。

 ふと、自分が転がってきた坂が目に入る。私達が転がってできた道。そこに生える木。結構太い木なのに樹冠部分が私の身長くらいから始まっている。

 つまり、この坂は思いの外、雪が積もっているということだ。

 そうだ。

 鞄からスコップを取り出すと、坂の雪を真っ直ぐ横向きに掘っていく。何かあるかもと思って鞄に入れといて良かった。出来上がったのは子供2人がなんとか入れるくらいの横穴。


「できた……かまくら」

 正確には雪洞という感じだけれど。

 ミモザを抱えかまくらに飛び込む。これで少しは風邪を凌げる。しかし寒さと疲労で、流石に意識が遠退いてきた。

 ミモザの冷たく黒くなっている手を咄嗟に私の懐で暖める。このままでは凍傷になってしまう。

「×××××!」

 かまくらの外で誰かの声がする。誰? 先生? 3人くらい? ああ駄目、意識が朦朧としてきた。誰でもいい。

「お願い……助けて」

「×××××!」

「×××××!」

 入ってきた人たちが叫ぶ中、私の意識は消えた。

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