再会(2)
「お嬢様、お召し物が汚れてしまいます!」
「何言ってるのよ、庶民の暮らしをよくするのも貴族の役目でしょ!」
私を諫めようと駆け寄るナタリアに構わず私は大きなスコップで灰を掘り進んでいく。当然、泥で服が汚れようが気にしない。
噴火から十数日。
無事中間試験ですべての科目で高得点をたたき出し、すべての授業の免除権を勝ち取った私は今、被災地の復興支援に来ていた。
授業へ出なくてよいならば、復興支援に行きたいとお爺様に申し出て。
貴族が率先して自ら復興支援へ出ることで、少しでも地方の貴族に対する心象をよくできる。そうすることで、延いてはクーデター派の心象をも良くできるかもしれない。
そう訴えたところ、私の専属秘書であるナタリアに加えて、お爺様とお父様の秘書計2名の付き添いでなら、という形で渋々承諾してくれた。
「マチルダ、ナタリアをあまり困らせるものではないよ」
灰の山の向こうから少尉の階級章を付けた軍人が歩いてくる。
私のお兄様、ハワード・キャベンディッシュだ。
山の向こうではお兄様の部下達がスコップの掘る音がいくつも聞こえる。
ここ数日、お兄様の小隊にくっついて復興支援を行っている。
もう部下のみんなとは笑顔で会話できるほどに親しくなってしまった。
お兄様の部下達は農村部出身者が多く、初めは都会の貴族が何しに来たという雰囲気だったが、私が真剣に灰をかき分け、小さい身ながらも瓦礫や岩を片付けている様子を見て心象も変わっていったようだ。
私のような貴族は初めて見たという軍曹さんもいた。
「私達の困りごとなど、せいぜい服が汚れて疲れるくらい。一方で、被災者の方々は今もなお命の危険があります。民草を守らずして、国家の繁栄はありません」
「そうか、そうだな」
一瞬口を大きく開きかけたがぐっとこらえ、更に続ける。
「父上からはまるで人が変わったようだと聞いていたが、なるほど、確かに以前のマチルダとは大きな違いだ。以前は理論だけはいっちょ前で自分では何もやらなかったのに」
「今はローランド殿下の婚約者ですもの。王族に連なる者になる可能性があるのに、恥ずかしい真似はできません」
お兄様とこうして会話をするのは私の誕生日パーティーの日以来。洞窟から帰った日はすぐに門限が来てしまってお兄様は帰ってしまったから。
だから、私の印象はまだ私が転生する前のマチルダが色濃く残っているのだろう。
マチルダが作中で多くの人に避けられていたのは、そういう、口だけ番長なところもあったのだろうと思う。
「そうか。マチルダはよい国母になれるよ。そういえば、被災者の避難所の慰問をしたいとも言っていたな」
そう。私の本当の狙いは避難所への慰問である。
避難所は陸軍が管理をしていて、立ち入るには陸軍の許可がいる。傷病人のみでなく孤児も集まるために衛生面に気を使わねばならず、高貴な立場の者は本来入れてはならないともお兄様から聞いていた。
だが、入れてはならない理由は他にもある。それは高貴な立場の者を危険から遠ざけるためだ。
被災地は精神的に参っている人が多い上に、農村部出身者は元来貴族への反感を抱いている者も多い。安易に避難所に立ち入れば、被災者がどんな逆恨みを持って襲ってくるかわからないのである。
だが、十中八九、避難所にはトックヴィル少佐かノトセレの主人公がいる。主人公の名前はゲームプレイヤーが各々決める形になっていたから、この世界では何という名なのかはわからないけれど。
「お前ら! もし避難所で俺の妹が暴漢に襲われそうになっても、いの一番に守れるか!」
「「当然!」」
お兄様の言葉に山の向こうから元気な返事が一斉に返ってくる。
「だそうだ。一応大隊長には俺から伝えてみるが……もし駄目でも恨むなよ」
大隊長とはトックヴィル少佐のことである。
「もちろんです」
そう言ってニコりと笑うと、お兄様が困ったような顔をして山の向こうに戻っていった。
同じ頃。トックヴィルが避難所の倉庫で食糧の在庫管理をしていた。
「大隊長、そういった雑務は私どもが行いますので」
兵士が倉庫に入ってきてトックヴィルに語りかける。
「いや、できることがあるならば、大隊長とて働かねば。下の者への示しがつかん」
「上が休まねば下が休めません」
そう言って兵士がトックヴィルから書類を取り上げる。
「仕方ないな。では後は頼むよ」
口角を上げながら兵士の肩をポンと叩き歩き出すと、出口の扉に手をかけ兵士に振り返る。
「そうだ。あの件はどうなっている」
「先ほどルノワール中隊長が連れてきた孤児の中に一人、それらしき者がおりました。酷く怪我をしておりますので、しばらく様子を見てからお会いになられてみては」
「そうか。感謝する」
言い終わるとトックヴィルが倉庫から出て行った。
避難所の救護所の入口。一人の中隊長が救護員と会話をしている。
「ルノワール」
「大隊長」
ルノワールと呼ばれた中隊長が振り向きトックヴィルに敬礼する。
「医官殿、少しルノワールをお借りしてもよろしいかな」
トックヴィルは答礼を終え救護員にそう優しく語りかけると、救護員は一礼して救護所に入っていった。
「どうだ。見つかったか」
「ええ。十中八九、そうでしょう。身体的特徴が合致します。それに、これも持っておりました。容体が落ち着いたら大隊長のご自宅まで護送します」
そう言いながらルノワールがトックヴィルにブレスレットを見せる。緑の宝石の周りに金細工で装飾を施されたブレスレット。
それを見るなりトックヴィルが涙ぐむ。
「やっと、見つかったのか」
「高価なものはここでは盗まれやすいです。本人に持たせておくよりはあなたが持っておくのがよろしいかと」
「わかった。だがこれが手元にないとわかれば彼女が錯乱するかもしれん。慎重に見守ってやってくれ」
「わかりました。では私は引き続き医官殿から話を聞きます」
ブレスレットをトックヴィルに渡し敬礼すると、ルノワールは救護所に入っていった。
トックヴィルは答礼をすると、ブレスレットを握り締める。そしてそれを胸に押し当てるのだった。




