干犯問題(3)
学園の講堂はそこでオーケストラの演奏もできるような造りになっており、奥の舞台から手前にかけて座席がせり上がっていく形になっていて、収容人数は2千人を超える大規模な建築物である。
そんな講堂に入ると、そこには中等部のみならず初等部5年生から高等部の生徒が所狭しと座っていた。
モーリス様も、神妙な顔付きであたりを見回している。
「一体何が始まるんだ?」
第三次大戦だ。って、友人に前世の私なら呟くんだろうな。
「さあ? けれど、余程、重要な内容なのか、それとも重要な人物が登壇するのか、或いは、その両方でしょう」
「結局はまるで検討がつかんということではないか」
「モーリス、マチルダ、静かにしろ。学園長が登壇される」
ローランド様の言葉に私とモーリス様がしゃんと前を向く。
「本日は特別講師をお招きしております。どうぞ」
学園長が教壇から降り舞台の下手に入ると、新たに教壇に上がった人物を見て講堂全体がどよめく。
現れたのはなんとウィリアム殿下だった。
そう、現ルナマーレ総督にして、ローランド様の父君。
ローランド様の口があんぐりと空いている。何も知らされていなかったのだろう。
そして、ウィリアム殿下が講堂全体を一瞥してから口を開く。
「諸君、将来の家の当主とそこに連なる者たちよ。諸君らがここで学ぶことの意義を、今一度諸君らに問いたい」
ウィリアム殿下の演説は1時間以上続いた。
小学5年生にも理解できるように噛み砕きつつも、委細を説明した結果だろう。
大まかな内容は現在、ルナマーレを取り巻く国際関係と数年前から続く恐慌についての政府の活動についての理解を求めるものだった。
ここで話した内容がそのまま私の親兄弟、当主にまで伝わるとは限らない。
けれど、高等部の学生の中には、数年後には当主となる者も出てくるだろう。
中等部1年の私達でも十年すれば他家に嫁ぐご令嬢も出てくる。
つまりこの演説は、十数年後の将来を見据えたものでもある。
11年後、1941年。
その時、十字架を背負ったルナマーレは、来る戦争を避けることが出来るのだろうか。
2時限目はウィリアム殿下の演説に対する感想文を書くことになった。これは個人ではなく、クラス全体での感想文。
方法は問わないから、皆の納得する内容を提出するように、との先生からの指示だった。
後から聞いたが、他のクラスでは、複数人のグループに分かれて感想文を書き、その中から多数決で決めたところもあったようだ。
私達のクラスはまず皆で感想文の基本骨子を共有し、その上で肉付けする文言や内容を議論しながら決め、代表者が執筆する方法を取った。
その過程ではっきりしたのが、各家がそこまでルナマーレを取り巻く国際関係を理解していなかったということだ。
新聞で謳われているように、ルナマーレ政府が自分の利益を追求するために軍部の力を弱め、その影響で政府の発言力が世界の中で低下している。そんな認識の家が多かったのだ。
メディアの影響力の強さを今一度思い知る。
前世で日本が負ける戦に突き進んでいった理由の一端を垣間見たような気がした。
「いいかしら」
「どうぞ、マチルダ」
この議論の議長はローランド様が務めている。身内だから、感想文の内容にあまり関わらない方が良いだろう、という本人の判断だ。
「今回の感想文の基本骨子は、総督閣下の内容を要約し、その上で、我々にできることを模索する、というものですよね?」
「そうだな」
「では、総督の仰っていた内容を、新聞が言っている内容に近しいものに修正するというのは、その基本骨子から外れるものです」
言い終わると一人の生徒が声を上げる。
「それは、新聞の言っていることが間違っていると言いたいのか?」
彼は……確か地方貴族の倅だったかしら。
確かに地方から出てきたらその貧困を見ているだろうし、それを批判する新聞には共感するところが大きいのだろう。
「すべてが間違っているとは申しません。ですが、新聞業も商売です。多くの人間に新聞を買って貰えるよう、過激な内容になることもあります」
「誇張されている部分もあるということだな? マチルダ」
「ええ」
ローランド様からクラスの皆に身体の向きを変える。
「軍縮条約を批准しなければ、確かにルナマーレの軍は強いままです。ですが、その後、ルナマーレはどうなりますか? 軍縮は今や世界のスタンダードです。それをしないということは、ルナマーレは戦争の準備をしていると各国は思うでしょう。そうしたら先ずは経済制裁。恐慌と経済制裁で地方は更に荒廃するでしょう。強い軍と引き換えに、廃墟と化した故郷をお望みですか? その上で、世界との戦争に勝てますか? 我々は、数年後の未来ではなく、数十年、数百年後も、ルナマーレを後世に残すことを考えるべきなのです」
しんとする教室。さっきの倅も、しゅんと身体を小さくさせている。
「マチルダの言うとおりだな。我々には長期的な視点が求められる。他に意見がなければ、総督閣下の演説内容に新聞の内容は入れないということにするが、それでいいか?」
全体を見回して挙手がないのを確認して頷く。
「では今我々にできることだが、何か案のある者はいるか?」
軍縮で弱体化する軍部に入り、下支えをする。
議員となってルナマーレ国民のために働く。
会社の社長になって多くの従業員を幸せにする。
色んな案が出た。
それらは等しくルナマーレの未来の繁栄を考えたものであり、否定されるべきものではない、ということで、すべて採用された。
「じゃ、あとは頼むよ」
ポンと肩を叩くローランド様。
モーリス様を見ても、さもありなんという顔で首を横に降っている。
ミモザは……見て見ぬフリをしている。
私が頼まれたのは感想文の執筆。あれほど皆の前で、堂々と意見を述べていたのだから、マチルダが執筆するのが最も皆が納得するだろうということになった。
言い出しっぺの法則という奴だ。
そして私の机の上には議事録の束。約1時間、議論したのだから結構な量だ。
これを纏めて、来週までに提出しなければならない。
相当な作業量に呆然としていると、ローランド様がボソッと囁く。
「泣きつきたくなったらいつでも胸を貸してやるぞ」
「ロ、ローランド様!」
思わず顔を真っ赤にして耳を塞ぐ。
「はは、すまんすまん。だが困ったらいつでも手伝ってやるからな」
そう言ってニコりと笑うローランド様。
「お、俺も手伝うぞ」
「私も」
まったく、みんな調子が良いんだから。




