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干犯問題(1)

 なぜ前世におけるイギリスが、ウィーン会議から第一次世界大戦までの約100年間、覇権国家たり得たか。それは、世界の海運を支配したからに他ならない。

 タンカー1隻の運搬能力は、貨物車両100両を遥かに凌ぐ。陸運では海運に太刀打ちできないのだ。

 イギリスが覇権国家たり得たのは、大西洋、インド洋、という2つの大海を支配し、その上で、太平洋に大きな影響力を保持していた日本との同盟があったからだ。

 第一世界大戦後、日本という重要な相棒を失った英国がその影響力を低下させ、アメリカに抜かれ、そして第二次世界大戦後にはソ連にまで抜かれたのは、インドを失ったことも大きな要因の一つだ。


 それほどまでに、海運、延いては、大海の支配力というものは、世界の覇権国家たり得るために必要不可欠なのだ。

 ソ連という例外を除いて。

 日本が英国の一部というこの世界は、ある意味、第一世界大戦後でありながら日英同盟が存続している世界線とも言える。太平洋、大西洋と2つの大海に一国で影響力を及ぼし得るアメリカ。

 それに対して、一国で3つの大海に影響力を及ぼし得るイギリス。


 これが今後前世の歴史とどう変わってくるのか、未だ検討もつかない。




「だから国際情勢の情報は重要なのだけど……いまはそれよりも国内問題ね」

 海軍軍縮会議の終結と、それに付随して表出した干犯問題。




 聖暦1930年、4月25日。

 この世界では本国のアルビローズ女王陛下の“領内の異端分子”排除の命を実行しようとしない上に軍縮を行う政府に対する批判として新聞に載っている。旭日人は表向き存在しないため、“領内の異端分子”は大陸地域を脅かす勢力ということになっているけれど。


「これは……まずいわね」

 大陸への拡大が前世以上に国民に支持される。それは、満州事変が正当化されるということだ。

 政府に逆らう軍隊を正当化する国民? そんなの、革命主義以外の何物でもないわ。

「お嬢様、そろそろお時間です」

 ナタリアに促され時計を見ると、もう登校の時間だった。

 急いで椅子から飛び上がりて玄関先に待機していた車に飛び乗ると、遅れてナタリアが私の鞄を持って車に乗り込んでくる。

 中等部からは専属メイドを傍に付けることが許されるため、ナタリアも一緒に校門をくぐることができる。

 授業中、各家のメイドや執事が教室の後ろにずらりと並ぶ光景はまさに圧巻である。


 学校へ着くと、ローランド様の姿が目に入る。少しお疲れのご様子。どうしたのかしら?

「おはようございます。ローランド様。お加減が優れないようですが、どうかなさったのですか?」

「ああ、いや……父を手伝っていたら深夜遅くまでかかってしまって。大丈夫だよ」

「まさか干犯問題の件で?」

 耳元でそっと囁く。

「よくわかるな。流石は元首相の孫娘」

 ローランド様の父は現ルナマーレ総督。

 元老であるリチャード様がルナマーレの首相を本国アルビローズに推挙するのだが、本国に任命された首相はルナマーレの元首ではない。

 王族たる総督が元首なのだ。

 元首ではあるが政治に関する行為は国家危機に関する重大事項を除いて基本議会に一任しており、ただ、ルナマーレがアルビローズの国であることの象徴としてこの国に存在している。

 総督のルナマーレにおける役割としては、前世の大日本帝国における天皇に近い。


 干犯問題が表出した今、本国がルナマーレ総督の統治法に疑問を抱くのは想像に難くない。

 世界恐慌からの脱却のためにも軍事費を他に回すことは理にかなっている。

 軍縮も国際協調の面から行わなければ本国へ迷惑がかかる。

 が、それと旭日人の排除は別だ。本国からは速やかな旭日人の排除を再度勧告されただろう。


 かといってここで旭日人排除のために無理に軍事費を増やせば金本位制を取るルナマーレは財政難に陥ってしまう。

 本国からの命を遂行するか、ルナマーレの経済を安定させるか。二つに一つ。

 針の筵とはこのことだろう。

 中間管理職のつらさよ。ローランド様の父上も大変ね。

 ん? 総督の仕事を手伝っているなら、ローランド様は旭日人のことを知っているのかしら。


 どうしよう。極力旭日人は守りたいけれど、それで私が排除の対象になったら元も子もないわ。

「大陸がルナマーレの生命線であるのは分かるが、大陸の対抗勢力は今内紛を抱えていてこの国に攻めてくる余裕などないというのに。排除だと? 本国は何を考えているのだ」

 あ、知らないみたい。

「干犯問題か。我が家でも問題になっている」

 不意に、モーリス様の顔が視界に入る。

「モーリスか」

「何でも、この干犯問題は軍縮反対派のとある陸軍将校が言い出したらしい」

「陸軍? 今軍縮が進んでいるのは海軍でしょう?」

「海軍の後は陸軍の番だと上層部が恐れたらしくてな。今回の件で海軍軍縮が破談になれば、海軍にも恩が売れるだろ?」

 前世での干犯問題はロンドン海軍軍縮条約に反対していた海軍が問題にしたはず。ここも前世と歴史が違うわ。

「折角纏まりつつあった軍縮条約が頓挫し兼ねない。その将校はどこのどいつだ」

 ローランド様が苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

「我が家でもその者を探しているのだが……派閥が違うというのはまるで国が違うようだと父も言っていた」

 あら意外。モーリス様は軍縮反対派ではないのね。


「軍人は皆軍縮には反対なのだと思っていました」

「軍縮は反対だ。だが、国際協調路線から外れて、ルナマーレが世界から孤立するのはそれ以上に認められない。ルナマーレ一国で列強達と戦うことはできん。それくらいの理性はあるさ。その分、軍部での肩身は狭いらしいが」

 そう言いながら肩を上げて首を潰す。

「私の家も同じですわ」

「ミモザ」

「おはようございます。我が家も国際協調路線を重視していますの。お爺様が元海軍大将ですから今朝も我が家に若い将校がやってきてお力添えを乞われましたけれど。勿論、追い返しましたわ」

 えっへんと胸を張るミモザ。

 これは思ったより青年将校の政府に対する反感が強いのかもしれない。




 リチャード邸。そこではリチャードが電話を取っていた。

「そうか。ロニー君、厄介なことになったね」

 電話の相手は現首相、ロニー・ジャクソンである。

「軍部に影響されて野党まで干犯問題を批判してくるとはな。お陰で枢密院までその勢いに吞まれそうになっているのか」

 一つ、大きな溜息をついてから続ける。

「枢密院には私の名を出してでも黙らせろ」


 枢密院は総督の輔弼機関である。故に政治に対する直接的な影響力は持っていないが、法律上、枢密院の意見を総督は尊重しなければならない。

 そして、総督の意見を首相は尊重しなければならない。

 即ち、枢密院を動かせば、巡り巡って首相を動かすことができるのである。

「ウィリアム殿下から何かお言葉はあったか?」

 ウィリアムとは現ルナマーレ総督、ローランドの父である。

「そうか。まだ何もないのだな。相当な重圧だろうに、殿下に感謝せねば。わかった。私の方でも何人か味方を探しておく」

 そう言って受話器を置くと、一呼吸してから再度受話器を取り、番号を打つ。


「やあジェイソン、ラプラスの女神の調子はどうかな?」

 ラプラスの悪魔に取り憑かれたとは言え、マチルダ本人は悪魔と言うには程遠い少女である。

 己の殺害を防ぐという理由もあるが、それでもルナマーレのためにクーデターを止めたいという意志もある彼女を悪魔と呼ぶのは如何なものか、ということでマチルダのことを隠語でラプラスの女神と呼ぼうということになっていた。


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