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元老(2)

 今日は始業式とクラスの顔合わせくらいで、お昼過ぎに屋敷に帰ってくると、お爺様が屋敷にいらっしゃった。

「あ、お爺様!」

 ふと視界に入ったお爺さまに駆け寄る。屋敷にいるなんて珍しいわね。

「マチルダ、中学はどうだった。やっていけそうか?」

「ええ」

「まさか、その子なのか?」

 聞き覚えのない声のする方を見ると、そこにはお爺さまと同じくらい年を取った男性が立っている。


 誰か分からず戸惑っていると、お爺さまが先に口を開く。

「彼はリチャード・アースキン。この国の元老だ」

 リ、リチャード・アースキン⁉

 アルビローズ王室とルナマーレの政治を繋ぐ数少ない人物の一人じゃない!

「ご、ご挨拶が遅れました。ジェイソン・キャベンディッシュの孫、マチルダ・キャベンディッシュと申します」

 恭しくお辞儀をする。どうしてこんなところに?


 リチャード・アースキン。

 若くして本国アルビローズからルナマーレに渡り、幾多の戦争に隊長として参加。

 その後政界に入り、現在に至るまでルナマーレ政治の中核にいる人物。女王陛下からの信頼も厚い。

 まさにルナマーレ政治の生き字引。

 そんな人物がなぜここに?

「ラプラスの悪魔に取り憑かれた、というのは本当なのか?」 

 目を丸くしてお爺様の顔を窺う。


 お爺様、リチャード様に話したの? どこまで?

「場所を変えようか」

 そう言われ、私は再びあの分厚い壁の密室に連れて行かれたのだった。

 



 以前と同じように、机を挟んで二人が目の前に座る。中央にはリチャード様、私から見て左にお爺様だけれど。それとお爺様の書いた書簡が目の前にある。

 その内容は私が以前お爺様とお父様に話した内容と同じだった。

「マチルダ、君に聞きたいことがあるんだが」

 お爺様が私の顔を覗き込む。

「なんでしょう」 


「そのクーデターとやらは、誰が起こすのかね。君の言う通り北方氷雪平原の支配を主張した将校は確かに陸軍省にいる。だがその者に会ったことはあるが、小心者だ。そんな人物が本当に起こすのかね」

 もう調べたのね。

 クーデターを起こす皇道派がこの世界だとなんて呼ばれているかわからないけれど。

「いいえ、蹶起するのは20から30代の青年将校です」

「青年将校だと?」

「はい。青年将校達はその方の思想の影響を受けます。ですが、彼らはいずれその者の元を離れ、思想はより偏向していき、蹶起しか国を変える道はないと思うようになるのです」


 暫くの沈黙の後、リチャード様が私に問う。

「その未来も見たと言うのかね。君はこの世の全てを知っているのか?」

「いいえ」

 首を横に降る。

「では、どこまで」


「1936年、2月26日、陸軍に私が、私達家族が、殺されるその日まで」


 これを聞いてお爺様とリチャード様が目を大きく見開いたかと思うと、即座に悲しげに目を瞑る。

 理解したのだろう。私がクーデターを止めたい本当の理由を。

「誕生日の前、17歳か。もっと君には長く生きして欲しいよ。クーデターは、私達にも責任があるのだろうね」

 お爺様が悲しい顔をする。今にも泣きそうだ。

「だが、それほどまでに計画的で、組織的であることがわかった」

 リチャード様がお爺様の肩をポンと叩く。


「クーデターは人が起こすものだ。自然とは違って、人の行動は変えられる。必ずどこかに避けられる方法があるはずだ」

「そうだな。考えよう。皆で」

 二人が私を見つめる。

 私は今、二人の強力な協力者を得た。その喜びと同時に、未来が変わりつつある実感があった。未来が変わった時、私はその先を予測できるのだろうか。




 とある民家、そこに若い男が複数集まっている。

 絶賛宴会中だ。

「おい聞いたか、政府は海軍の次は陸軍の軍縮を進めるそうだぞ」

「大蔵省はこれを契機に我ら軍隊を金食い虫だとして少しでも弱めようと鼻息が荒いらしいな」

「なんだと? 国を守っているのは一体誰だと思っている!」

 一人の男が声を荒げ机を叩く。

「政府の連中は我ら陸軍が恐ろしいのよ」

 別の男がそう言って酒を煽る。


「インフラを整備すると言っているが、お袋や妹たちは今も明日の生活すらままならない状態だ。安心して畑仕事も出来やしない。北氷原から兵が帰ってきた時が旭日人掃討の絶好の時だったと言うのに、今やその力も削がれて消えた! これは女王陛下に対する反逆だ!」

 皆が同調する言葉をあげる。

 その時、玄関の扉が開くと、入ってきた男を見て一番若い男が叫ぶ。


「バーナード・テイラー少将閣下ご到着!」

「いよう、やってるな?」


「敬礼!」

 号令に皆が立ち上がりバーナードに敬礼する。

「ああ、私に構うな。気にせず続けてくれ。今日はお前達の士官学校卒業祝い兼、部隊配属歓迎祝いなんだ」

 そう言って部屋に入りながら手を降る。


「待っておりました! ご無沙汰しております閣下!」

 最奥で座っていた男が立ち上がり、バーナードに話しかける。

「あの時のハナタレが教官とはなぁ。見違えたぞ」

「北氷原では短い期間でしたがお世話になりました。ささっ」

 そう言って男が杯をバーナードに渡す。


「済まんな。それでどうだ。ひよっこ士官どもは」

「立派な女王陛下の兵の一員として、いつでも陛下のために活躍してくれるでしょう」

 聞くなりバーナードが途端に目を細めて笑う。

「そいつぁ重畳」

「それで、女王陛下の奸臣どもの動きはどうなんです?」

 男がそっとバーナードに囁く。


「スティーブ将軍が政府の連中にガツンと言ってやったそうだ。そのことも近々新聞に載るだろう。それで陸軍の軍縮案は撤回される」

「それは素晴らしい! この調子で軍拡を!」

 バーナードが杯を男に向ける。


「そうだな。栄えある王国の覇権の為に」

「栄えある王国の覇権の為に!」

 そう言ってバーナードと男が杯を酌み交わした。


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