元老(1)
翌日。
ルナマーレ最大最高の山を臨むサイレントヒルのとある邸宅のその執務室にアーサーが入る。
「やあ、アーサー、君も元老参りの仲間入りか」
元老、リチャード・アースキン。
元老とはアルビローズの枢密院より派遣された代理人。
ルナマーレの首相をアルビローズ本国に推挙する役目も負っており、言わばアルビローズ王室とルナマーレの政治を繋ぐ存在である。
件の女王からの書簡もリチャードより内閣にもたらされた。
ここはリチャードが構えた別邸。別邸とはいうものの、専ら居住の地はこの別邸になっている。
そのリチャードの持つ影響力故、政財界の面々が頻繁にリチャードを訪問するようになると、いつからかリチャードを訪ねることは元老参りと呼ばれる様になっていた。
アーサーがリチャードに促されてソファに座る。ソファは中央の机を挟む様に2台置かれている。
リチャードが書斎机の椅子に座ったまま手をポンと叩くと、執事がアーサーに紅茶をいれる。
「ありがとうございます。ここはいいところですね。空気も綺麗で、何より静かです」
「年の瀬には敵わんからな。終わりは静かに迎えたい」
そう言ってリチャードが静かに笑う。
「まだまだ国のために働いて頂かないと困ります」
「はは、それで、今日はなんの様かな?」
「本日は、父の名代として参りました」
そう言いながら鞄から封筒を取り出す。
「それは?」
「今後起こるであろう、とあることについての父の書簡です」
書類を机の上に置くと、リチャードの執事にちらりと視線をやる。
「なるほど、そういう代物かね。悪いが、席を外してくれ」
執事が一礼して部屋を出ていくと、アーサーが立ち上がり書類をリチャードに手渡す。
リチャードが封筒から取り出した書類に目を通していくと、見る見る血の気が引いていく。読み進んでいけば行くほどに。
彼が読んだのはマチルダがジェイソンとアーサーに話した内容だった。
リチャード様が額に手を当て俯く。
「馬鹿な……なんてものを読ませるんだ、君は。この情報の出どころは……一体?」
リチャードがアーサーの目を見る。
「リチャード様、その件で、あなたに会わせたい人物がいるのです。父上も、あなたなら、きっと彼女を上手く導いて下さるだろうと」
「彼女? まさか女性とは。で、どんな人物なんだ?」
言いながら書類に再度視線を落とす。興味津々といった雰囲気だ。
「年は? 四十そこらか?」
「もっと若いです」
アーサーの表情は硬いままだ。
「少な目に言ったつもりだったんだが。三十」
「もっと」
「二十後半」
「もっとです」
「嘘だろう? この書類を読めばわかる。この人物は国内の情勢のみならず国際情勢にも精通している。そんな若い女性が、世間に出ていないなど、国家の損失だ。教えてくれ、一体いくつなんだ」
書類を叩きながら目を丸くするリチャードの顔を見てアーサーがニコリと笑って言う。
「会えば分かります。ところで、リチャード様は、ラプラスの悪魔は信じますか?」
聖暦1930年、4月1日。無事に中等部1年生になった。因みにお兄様も無事陸軍の新米少尉として部隊に配属されたらしい。後でお祝いの電話をしなくっちゃ。
さて、新しいクラスでは私とミモザは引き続き同じクラス。それに加えてローランド様も同じクラスになった。
「よ、1年よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
そう言って一礼する。
「俺とお前の仲だろう。やめてくれ。な?」
私の頭をぽんと撫でる。それに大人しく甘えていると、すぐ横の視線が刺さる。
「ねえ、マチルダさん、いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「え?」
ミモザの言葉に我に返ると、クラスの皆の視線を集めていた。
「以前はちょっとよそよそしかったのに、その変わりようはどうしたの?」
「あ。いや」
思わずローランド様の手を振り払ってしまうと、ローランド様がちょっとむくれた顔をする。
「実はな――」
「ローランド様?」
得意げに何かを話そうとしているローランド様の前に立ち遮る。何を喋るのか、容易に想像がつくからだ。皆の前で恥ずかしい思いはしたくない。
精一杯の笑顔をしているつもりだが、きっと私は怖い顔をしているのだろう。ローランド様が私の顔を見て言いとどまる。
「や、やだなあ。あれは俺達の秘密だ。言うわけないだろう?」
「どうかしら。私の家族にはお口が軽い様ですけれど?」
「あ、あれは悪かったって何度も言っているだろう」
申し訳なさそうに眉をしかめるローランド様。
「本当に仲がよろしいのね」
驚きの眼のミモザ。
「よ、ローランド。今年も一緒だな。」
ローランド様の後ろから現れた男の子が急に話に入ってきた。この子は確か……。
「モーリスか。よろしく頼むよ」
そう、モーリス様だ。
ノトセレでの攻略対象の一人でもある。
父親が陸軍将校で、性格は非常に実直。初めは主人公に対し良い感情を持っていなかったが、触れ合うにつれて次第に心を開いていく。
ローランド様とは幼馴染らしく、ローランド様を様付けで呼ばない数少ない人物の内の一人だ。
硬派な性格とその肉体美に、ローランド様に負けず劣らず根強いファンが多い。
因みにアニメ化された後、女性よりも男性のファンが多くなったらしい。
「そちらのお嬢さんが例の?」
「ああ、紹介するよ。こっちが俺の婚約者、マチルダ・キャベンディッシュ。そちらがその親友、ミモザ・リンドバーグだ」
「キャベンディッシュとリンドバーグか。お爺様方と同様に非常に仲が良いのだな」
私のお爺様とミモザのお爺様が刎頚の友というのは貴族社会では有名な話だ。
「いや、失礼。私はモーリス・ミルズ。このローランドとは幼稚舎からの付き合いだ」
「お噂はかねがね。よろしくお願いします。」
ミモザに合わせて私も一礼する。
「どんな噂かな? 悪評でないと良いのだが」
ミモザへ彼の鋭い視線が刺さる。
私も彼に対する噂は知らない。知っていたら、さっきの登場の時に誰かわかるはずだ。
「とても真面目でお優しい方で、常に正義感を忘れることのない、ローランド様の右腕に相応しいお方だと」
「それは嬉しいが……なんだか恥ずかしいな」
先程までの固い顔が一変して柔らかくなる。その顔は普通の中学一年生といった感じだ。彼の素はこちらの方が近いのかもしれない。




