最終話
王都への凱旋は、熱狂的な歓迎に迎えられた。
エンシェント・ドラゴンを討ち滅ぼした救国の英雄を一目見ようと、民衆が沿道を埋め尽くしている。
「『エインズ』様、万歳!」
「エーレンフェルト公爵閣下こそ、次期国王にふさわしい!」
投げかけられるのは、賞賛と歓喜の声。
あの日、侮蔑と嘲笑の中で王都を去ったのが、まるで遠い昔の夢のようだ。
私とカイウスは馬を並べて、ゆっくりと王城への道を進む。
彼が私に向ける眼差しは、誇らしさと、そして独占欲を隠そうともしない熱に満ちていた。その視線が心地よくて、私はつい頬を緩めてしまう。
王城の謁見の間。
再び足を踏み入れたその場所で、玉座の前には、青ざめた顔のアルフォンス殿下と、泣きそうな顔のソフィア嬢がうなだれて立っていた。
国王陛下が、重々しく口を開く。
「イライザ・フォン・ベルクシュタイン嬢、カイウス・フォン・エーレンフェルト公爵。この度の働き、まことに見事であった。そなたらは、我が国の誇りである」
労いの言葉を受け、二人で深く頭を下げる。
その時だった。
「待ってくれ!」
アルフォンス殿下が、狂気に近い表情で叫んだ。
彼は玉座から転げるように駆け下りると、私の足元にすがりついたのだ。
「イライザ! 私が間違っていた! 君こそが、私の隣に立つべき唯一の女性だったんだ! 君の才能も、その強さも、私が見抜けなかっただけなんだ! お願いだ、もう一度、私と……!」
「見苦しいですよ、殿下」
彼の言葉を、氷のように冷たい声が遮った。
私ではなく、カイウスの声だ。
「貴方が手放したのは、ただの辺境令嬢ではない。この国の未来そのものだ。貴方は、己の見る目のなさで、国を滅ぼしかけた。そんな男に、王たる資格も、彼女の隣に立つ資格もない」
カイウスはアルフォンスの襟首を掴んで引きはがすと、まるで汚れた布でも払うかのように突き放した。
「それに、彼女の隣は、もう予約済みだ」
そう言って、カイウスは私の腰を抱き寄せ、国王陛下に向き直った。
「陛下。この場をお借りして、正式に申し上げます。私は、イライザ・フォン・ベルクシュタイン嬢を、我が妻として生涯を共にすることを誓います。御許しをいただけますでしょうか」
堂々としたその宣言に、謁見の間が再びどよめく。
国王陛下は、満足そうに深く頷いた。
「許す。これ以上の良縁はないだろう。……アルフォンス」
陛下は、床にへたり込む息子に、非情な宣告を下す。
「お前は本日をもって王太子の座を降り、北の修道院にて謹慎を命ずる。己の愚かさを、生涯をかけて悔いるがよい」
「そ、そんな……! 父上!」
アルフォンスの悲痛な叫びは、誰の心にも響かなかった。
さらに、追い打ちをかけるように、神殿からの調査報告が読み上げられる。
聖女ソフィアの癒やしの力は、微弱な自己治癒能力を増幅させるだけの、ごくありふれた魔力であったこと。そして、彼女が『聖女』であると偽るために、高価な魔道具をいくつも使っていたことが暴露されたのだ。
「嘘よ! 私は本物の聖女ですわ!」
ソフィア嬢の叫びも虚しく、彼女は実家であるヴァイス子爵家共々、爵位剥奪の上、王都から追放されることとなった。
見せかけの価値にすがり、本質を見誤った者たちの、あまりにもあっけない末路だった。
***
あれから、一年。
王都の喧騒を離れ、私は故郷であるベルクシュタインの領地に戻っていた。
新しく建てられた広大な工房。
そこが、私の新しい城であり、仕事場だ。
王家との契約により、私の作る魔道具の権利はすべて保護され、私は誰にも邪魔されることなく、自由に研究開発に没頭できる日々を手に入れた。
カン、カン、と響く心地よい槌の音。
その隣で、私の手元を覗き込んでいるのは、漆黒の髪を持つ、私の夫。
「ほう、次の新作は飛行装置か。面白い構造だな」
「ええ。個人の魔力だけで長距離を移動できるの。これがあれば、あなたの騎士団も、もっと機動力が上がるでしょう?」
「素晴らしい。だが、あまり根を詰めすぎるなよ、イライザ」
そう言って、カイウスは私の額にそっとキスを落とす。
彼の無骨で大きな手は、今では私の一番の心の支えだ。
アルフォンス元王子は、北の修道院で今も祈りの日々を送っているらしい。
そしてソフィア元令嬢は、平民に身を落とし、日々の糧を得るのに必死だと風の噂で聞いた。
もう、私たちの人生が交わることは二度とないだろう。
「カイウス様」
「ん?」
「私、今、とても幸せです」
私の言葉に、彼は一瞬目を見開いた後、今まで見た中で一番優しい顔で微笑んだ。
「その言葉が聞きたくて、私はお前を追いかけてきたんだ」
彼は私の手を取り、その甲に誓うように口づけをする。
「お前が何かを生み出すその手を、その情熱を、私は誰よりも愛している。これからも、ずっとお前の隣で、お前の作る未来を見ていたい」
その言葉だけで、十分だった。
私の価値を、私の本質を、誰よりも深く理解し、愛してくれる人がここにいる。
私は、地味だと虐げられた辺境令嬢だった。
王太子に婚約破棄され、惨めな思いもした。
でも、そのすべてがあったからこそ、今、この腕の中にいる最高の宝物を手に入れることができたのだ。
「さあ、設計の続きをしましょう! まだまだ改良の余地があるんですから!」
「ははっ、本当に君は……。わかった、手伝おう。次は、どこだ?」
二人分の笑い声と、希望に満ちた槌の音が、青空の下にどこまでも響き渡っていく。
これは、一人の地味な令嬢が、本当の自分を取り戻し、最高の愛を手に入れるまでの物語。
そして、ここから始まるのは、伝説の職人と鉄血公爵が、二人で未来を創り上げていく、新しい物語の始まりである。
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